第171話:どうしたものか
「なるほどね、とりあえずボコす」
再び言うなり、
レナは腰に据える長剣へとスッと手を伸ばす。
「いや待てし!
またこの展開でやンスか!?」
「うっさい。
とりあえず泣かす」
「天丼すんなし!
てかいいから早く、
その笑うに笑えない無表情を止めるでやンス!!
俺はウソなんて言ってないでやンス!!」
「ホントにウソは言ってないでしょうね?」
「俺がここで、
ウソをつくメリットがどこにあるでやンスか!!」
まあそれもそうかと、
レナはひとまず、
イグノが発した言葉を信じてみる事にした。
というより、
レナも元々それほど、
イグノが嘘を言っていたとも思っていない。
「ま、さっきとは違って、
シャックの関係について何も知らない、
ってのは何となく予想していたけど」
「そうなんでやンスか?」
「だって、前にナナズキに話した時も、
全然おハナシにならなかったし」
「おハナシにならなかったって
レナは何か知っているでやンスか?」
「知っているっつーか、何というか」
別にこっちも知りたくて知ったわけじゃないんだけどと、
レナは前置きしたうえで、
「クライドが、シャックのボスなのよ、
端的に言うと」
クライド本人から直接告げられた、
目に耳に届いた真実を、伝えた。
「?????」
ワームピル大陸の王都ファースターの、
事実上のナンバーワンの地位に就く者が、
犯罪集団のボスだったという事実。
イグノからしてみれば、
正義を掲げて平和を守ってきたかつての上司が、
実は敵対する悪の組織のリーダーでした、と言われたようなものだ。
「え……は?」
元3番隊隊長のイグノは、
今にもくしゃみが出るんじゃないかと思えそうな、
何とも間抜けな表情を浮かべながら、言った。
「……熱でもあるでやンスか?」
瞬間、
パチン、とレナのスイッチが入った。
「なるほどね、とりあえずボコ
「あー待つでやンス待つでやンス、
俺が悪かったでやーンス!!」
三たび笑わぬ顔で長剣に手を懸け、
今にもONモードフルスロットルになりそうなレナに、
イグノは必死に平謝りを続ける。
この男、地雷爆破マスターか何かだろか。
「で、でもホントなんでやンスか!?
クライド騎士総長がシャックのボスだなんて……!」
さらには怒りのベクトルを外へと向けるべく、
イグノは必死にレナへと問いかけている。
「残念だけど、ほぼほぼ真実よ。
何を隠そう、本人が言ってたんだから」
何なのよコイツとなぜか疲れに襲われそうになるレナだったが、
とにかく今はと、話を先に進めることにした。
「クライド騎士総長が言っていたでやンスか!?」
「そっ。
ダート王洞ってあるでしょ?
あたし達がそこへ行った時に、
後から追いかけてきたクライドから、
そう告げられたわ。
そのあと危うく、殺されそうになったけれど」
「殺されそうになったって……。
お前ら、騎士総長と戦ったでやンスか!?」
「そうだけど?」
「お前ら……命知らずでやンスな……」
「別にこっちも好きで戦ったわけじゃないけどね。
ま、そんなこんなでクライド本人から聞いてるから、
たぶん間違いはないと思うわよ」
「ううむ……俄かには信じられない話でやンスが……」
苦虫を噛み潰した表情で、
イグノはそこまで言って沈黙する。
まあ、いきなり信じろって言っても無理な話――と、
レナは腹をくくっていたのだが、
「まあでも、有り得ない話ではないでやンスな」
意外にもイグノはあっさり、
レナの言葉に対して肯定の意を示した。
彼女が思っている以上に、
事は意外と早く展開された。
「ずいぶん物わかりがいいのね。
長年仕えてきた上司サマの事だから、
てっきりもうちょっと、
受け入れられるのに時間がかかるかと思ったけど」
「別に俺だってレナの言葉を、
完全に信じ切ったわけじゃないでやンス。
ただ、そう言われれば、という部分が多少あったワケで」
「ふーん。
思い返してみればアレとか怪しかったなー、とかってこと?」
「怪しかった、とまではいかないでやンスけど」
思考の奥から記憶を引っ張りだしているのだろうか、
澄み渡る晴天のある上空へ視線を送りつつ、
「確かに俺ら7隊長は騎士総長の命を受けて、
任務をこなしていたでやンスが、
でも、直接騎士総長から命を受けたことは、
ほとんど無かったでやンス」
「……は?」
レナは、その言葉の意味が理解できない。
「クライドの命を受けたのに、
クライドの命を受けたことはないって、何ソレ?」
まさか夢や空想の中でとかいう、
ファンタジー、あるいはサイコといった類の話だろうか。
だとするならば、レナにはまったく興味のない話である。
だが、
「違う違う、騎士総長から“直接”、
命を受けたことが無いでやンスよ」
無意識下でレナが削ぎ落としていた、
“直接”という単語を、
イグノは語気を強めて言う。
「たぶん、他の7隊長も同じだと思うでやンスけど、
基本的に俺らの任務については、
すべてナウベルから与えられていたでやンス」
「ナウベル?」
「ナウベルってのは7隊長の1人で、
4番隊の隊長でやンス」
「あー……なんか聞いたことがあるような……」
言って、今度はレナが、
過去の記憶を、脳内検索する。
詳細を掘り起こすことは難しそうだが、
それでも何となく、“ナウベル”という響きを、
かつて耳にしたことがある、そんな気がした。
あれーいつだったかなーと、
ぼんやり思考を遊泳していると、
「たぶんだけど、
会ったことはないと思うでやンスよ?
何せナウベルは基本的に、
表に出てこないでやンスからね」
「あー……」
そこまで言われて、レナの感覚と記憶がようやく、
一つの線でつながった。
あれは確か、セカルタ城にいた時だった。
プログの口から、
『ナウベルってのは、
ファースター騎士隊の5番隊隊長なんだよ。
前に城にいた時に聞いたことがある。
もっとも、イグノやナナズキとは違って、
表舞台に出ることが滅多にない、
名前以外は謎につつまれた人物だから、
俺も詳しくは知らねえけどな』
そう発せられたと、記憶には残っている。
と、
「……あれ?
ナウベルは4番隊隊長なの?」
レナは気づいた。
記憶の中での数字と、
今聞いた数字が違う。
「? そうでやンスけど?」
「5番隊隊長じゃなくて?」
「5番隊の隊長はナナズキでやンス」
プログ(あのバカ)、適当なこと言いやがって。
レナはふつふつと感じるものがあったが、
今はそんなつまらない事はどうでもいいと、
とにかく話題を元のレールへと戻す。
「まあいっか。
とにもかくにも、
そのナウベル、って女から、
あんた達は指示をもらって動いていたってこと?」
「そうでやンス。
まず騎士総長からナウベルに、
指令が届く。
その指令をナウベルが、
他の7隊長へ向けて発信する、って仕組みでやンス」
「つまりナウベルが中間管理職、的な役割って事ね」
そう言うことでやンスね、
とイグノはコクリとうなずく。
要はクライドがリーダーでナウベルが中間管理職、
そして他の7隊長がプレーヤー、という構図のようだ。
「じゃあ、あんたやナナズキ達が、
クライドから直接命令を下されることは、
ほとんどないって事ね」
「命令どころか、
イベント事でもない限りは、
騎士総長と直接話をすることもほとんどないでやンス。
7隊長は城の外にいる事がほとんどだし、
城に帰ったとしても騎士総長は自室にこもっているから、
当然っちゃ当然なんでやンスけど」
今思えばおかしな仕組みでやンスねと、
イグノはまるで外人のオーバーリアクションのように、
大きく肩をすくめているが、
レナにとってその動きはどうでもよかった。
(なるほどね。
その仕組みならイグノやナナズキは、
クライドがシャックのボスであるという事を知らない、
という現象も引き起こせるわけか)
少女はようやく、理解ができた。
イグノを含めた7隊長とクライドの中間に立つ、
ナウベルという人物。
ナウベルが存在し、
かつ双方の間を取り持つことにより、
クライドと他の7隊長の間に、
物理的にも精神的にも一定の距離感が生まれる。
例えばその距離感を、
クライドが自発的に望んで生んでいるものとしたら。
自らがシャックのボスであることを、
7隊長に隠すことを目的として、
わざわざそのような仕組みを、
作ったとしたのなら。
(城の中はシャックだらけなのに、
なぜイグノやナナズキには隠そうとしたのか、
そこら辺はいまだによくわからないけど、
でも……)
真意や心情云々は横に置いておくとしても辻褄は合うか、
とレナは思う。
第三者の客観的視点から見れば、
7隊長に自分はシャックのボスである、
という事実と伝え、助力を得た方が、
少なくとも仕事の効率はいい、そんな気はする。
だが、クライドはあえて、それをしていない。
なぜか。
(7隊長にはその任務を与えたくなかったのか。
あるいは……)
レナは考える。
(7(・)隊長に(・)は(・)言えない(・・・・)、何か特別な理由があったか……)
レナの思考では到底到達しがたい、
何か特別な理由でもあったか。
考えは脳内で膨らむばかりだが、
でも、それでも。
(……いや、今はいっか。
何も事情を知らないイグノに、
このテの質問をしてももう答えられないだろうし)
ここから先に、
この場で踏み込んでいこうとしたとしても、
それはすべて憶測の域を出ない、
曖昧で抽象的なモノに終始してしまう。
レナは脳内の思考遊泳を、強制終了させた。
そして、そのかわりに、
(……ってことはこれ以上の、
更なる情報を得るためには……)
クライドの真相を突き止めるための、
次なるステップを踏むための思考を起動させる。
7隊長に対する指示を、
あえて2段階にさせてまで、
真実をベールで覆い隠そうとしたと思われるクライド。
そこまで到達した、
今の地点から更に、情報を集めるためには。
「ねえ、あんた元7隊長なんでしょ?
他のメンバーと、どうにかして連絡取ったり、
情報を集めたりすることはできないの?」
「無茶言うなでやンス。
俺がもう7隊長じゃないのは、
みんな知っているでやンス。
今連絡を取ろうものなら、
ソッコーで捕まっちまうでやンス」
「もー、ホントにダメダメねー……」
口ではそう言ってみたものの、
確かに無茶があるわよねとは思っていた。
例えて言うなら、
お尋ね者として貼りだされている場所に、
自らコンニチワと呑気に乗り込むようなものだ。
それはさすがに、
いくらなんでもイグノがかわいそうである。
イグノを使った情報収集は見込めない。
それならば――。
「今までの話をまとめると
どうやらナウベルって女がこれ以上の、
何らかの情報を握っている可能性は高いわね……」
その考えはすぐさま、頭に浮かんだ。
クライドの指令を受け、
それを他の7隊長へと個別指示するナウベル。
ということは、
このナウベルという人物はクライドと直接、
ことばのやりとりをしているであろう、
数少ない人物となるに違いない。
ならば今、
レナ達が知り得ている情報以上の“何か”を、
彼女が知っていても何ら不思議はない。
「ねえ、そのナウベルってヤツと
「ナウベルを捕まえるのはたぶん、
無理でやンス」
だがレナの狙いは、
最後まで言い切る前に目の前にいる、
尖るアヒル口男によってあっさり破られてしまう。
「あんたねえ……。
何で一瞬にしてやる気を削ぐような、
バカみたいなタイミングで否定してくんのよ」
レナは恨めしげにアヒル口男を睨むが、
「だってしょうがないでやンス。
ナウベルは表舞台にはほとんど顔を出さないうえに、
全世界、全大陸、すべてを活動地域としている奴でやンス。
それに他の7隊長ですら、ナウベルがいつも、
どこで何をしているかちっとも分らなかい、
それくらい行動、気配を消すのが得意でやンス。
探そうと意気込んで見つかるような、
そんなヤワな相手じゃないでやンス」
そう話すイグノの表情は、
妙に自信の満ちているものだ。
その行為だけは、絶対に不毛なもの――。
そう言いたげに、イグノの顔は見えた。
(何であんたが自慢げな表情をしてんのよ)
まるで親に褒められた子どものように、
なぜか鼻息を荒くしている男に、
レナはわずかにイラッとしたが、
その一方、
(まあでもコイツがそこまで言うくらいだし、
その線はアウト、か……)
思考は冷静に、
ナウベルを探すという選択肢を、
脳内から完全消去した。
イグノはナウベルを探すという選択肢を、
断固否定した。
形式上ではあるが、
今のイグノとレナの関係は、
用心棒とその依頼主である。
本来の用心棒は、
依頼主がどこに行くとしても黙ってついていき、
万が一危険に晒されるようなことがあれば、
命を賭して主を守り抜こうとするものだ。
故に依頼主の意見は絶対であり、
反対意見を言おうなど、もってのほかなはずだ。
だが、用心棒であるイグノは、
それでもレナの考えを即座に否定した。
逆に言えばそれはつまり、
それほどレナが実行しようとしていた行為が、
不毛なものである、ということを意味する。
ナウベル捜索という線は、望めない。
「うーん、困ったわね……」
文字通り、レナは困っていた。
正直、手の打ちようが、ない。
少なくともシャックに関して言えば、
これ以上イグノから情報を得ることはできない。
今のレナには、
イグノ以上の情報源となり得る人物がいない。
だが、情報がなければ、
迂闊に次の行動をとれない。
「んで、レナはこれからどうするでやンスか?
騎士総長がシャックのボスだったとして、
それを止めるにしたら、
シャックのアジトを突き止めないことには
「ンな事はあたしも分かってんのよ。
それが分からないから情報が欲しい、
って言ってんのよ」
吐き捨てるように言う少女は、
明らかに苛立っていた。
これからどうするか。
今はまさにそれを、
決定しなければならない時間となった。
新たな情報源を探すか、
それとも不確定要素を残したまま先へ突き進むか。
あるいはもう少し、この場で考えをまとめるか。
「――――ッ」
いくらでも思い浮かびそうな選択肢、
行動パターンの中で、レナは。
「ここいらでプログ、スカルドと、
合流するのも一つの手かしら……」
どうにも自信なさげにポツリと、
静かに呟いた。
次回投稿予定→1/6 15:00頃
今話が2018年最後の更新となります。
今年も1年間、ありがとうございました。




