第170話:うわさ
次回投稿予定→12/23 15:00頃
「なるほどね、とりあえずボコす」
言うなり、
レナは腰に据える長剣へとスッと手を伸ばす。
「いや待てし!
何でボコされなきゃいけないいでやンスか!?」
「うっさい。
とりあえず泣かす」
「おかしいおかしい!
無表情でおかしい事言ってるでやンスよ!!」
「何もおかしくはないわ、
とりあえず一回、丸焦げになれ」
まるで嘘がバレた子どものように、
かつ、まるで体中から汗を散らすマンガのキャラクターのように、
イグノは慌ててレナの次の行動を収めるよう尽力しているが、
レナは一切聞く耳を持たない。
「昨夜あんだけ絶体絶命の時に助けた恩人に対し、
平然とウソをいけしゃあしゃあ。
そりゃー、一度くらい別世界へぶっ飛ばしても、
神仏から見捨てられはしないでしょ。
というわけで、早速炎破を……」
「待て待て待て待てーい!!
俺はウソなんてついてないでやンスッ!!」
どうどう、と、
まるで暴れる馬を相手するかのように、
イグノは力の限りを尽くして、
今にも長剣を抜きかかっているレナの右手を押さえつける。
「戯言はいいわ、
とにかく――」
「いやホントでやンス!
俺は一切ウソはついてないでやンス!
信じるでやンス!!」
なおも心の叫びを響かせるイグノ。
と、ここでようやくその想いが通じたのか。
「……ホントに言ってんの?」
「いやだからホントでやンス、
クライド騎士総長様は基本的に、
ファースターからは出ないでやンス」
ようやく、レナは耳を愚か者……もとい、
イグノへと向けた。
クライドは、
ファースターから原則、外に出ない。
怒りのあまり攻撃的な行動に出そうになったが、
それは言われた途端にソッコーで否定できるくらい、
レナにはにわかに信じることのできない事実だった。
「ホントに言ってんの?」
だからこそ、レナはもう一度、
イグノへと問いかけた。
もしこの男の言っていることが真実であるならば、
レナの、いや、
他の仲間たちとの中で共有している意識が、
根本的から覆されることとなる。
クライドは、“世界を救う”ために世界各地を飛び回っているという、
大前提としていた共通意識が。
だが、
「うん、ホントでやンス」
イグノの返答は、いともあっさりしたもの。
みんなの共有認識を爆薬で木端微塵に打ち砕く、
それくらいにあっさり、
それでいて破壊的なものだった。
「どういうことよ?」
当然、レナが発する次の問いは、
このようなものとなる。
「いや、どういうことも何も、
クライド騎士総長様は基本的に外へと出ないでやンス。
今回のような首脳での会議がある時以外は、
ファースター城内か、せいぜい市街地の視察くらいしか、
動くことはしないでやンスよ」
「何ソレ?
じゃあクライドは会議の時を除いて、
ほぼファースターに引きこもっているってこと?」
「引きこもりって表現が合ってるかは分からんでやンスけど、
騎士総長様はファースター城、
もっと言えばほとんど自室にいるでやンスよ。
……というか、騎士総長様って言い方、
俺はもうしないでいいでやンスね、
これからクライド、って呼ばないといけないでやンスね」
そんなことは今どうでもいいと心底思ったレナだったが、
そこは少し大人になり、スルーすることにした。
「……質問を変えるわ。
あんた、シャックとクライドの関係については、
どこまで知ってる?」
そして次に知りたいことを、
これまたストレートに投げかけてみる。
仮に、クライドがイグノの言うとおり、
原則ファースターに滞在し、
他国への訪問を行っていないものとする。
となると一つの疑問が浮かんでくる。
今、ディフィード大陸を除く3大陸、
ワームピル大陸、エリフ大陸、ウォンズ大陸で、
列車を専門として強盗、恐喝など数々の犯罪を働いている、
謎の集団シャック。
そしてクライドは、そのシャックのボス。
この事実は、確実に揺るがない。
なぜなら、情報のソースが何を隠そう、
クライド本人だからである。
かつてローザをファースターからセカルタへと連れて行く際、
プログとアルトを含めた4人で侵入したダート王洞。
そこでクライドから、
自らがシャックのボスである、
という事実を知らされた。
レナ達をかく乱させるためのワナとも、
一応考えられなくもないが、
(いや、あの場でウソをつく意味がないでしょ。
あの時、あたし達を殺しに来ていたんだし)
レナは即座に、その仮定を思考の片隅へと、
まるでホウキでゴミを端へと掃き捨てるかのように追いやった。
0ではないが、限りなく0に近い、
ウソという可能性。
ならばクライドはやはり、
シャックのボスであると考えるのが自然だ。
そして、クライドがシャックのボスであるとすると。
(自室で引きこもりのクライドが、
どうやってシャックに指示を送ったり、
組織、運営をしているのかしら?)
この点に、明らかな疑問が残る。
確かに、
(クライドはファースター城内がシャックだらけ、
とは言っていたわ……)
レナも、その言葉は耳に残っている。
だが、
(でも、だからといって、
世界中に影響を及ぼすほどの影響力を、
ファースター内、しかも城内、
さらに言えば自室内で完結させることができるのかしら……?)
そこが、どうしても解せない。
その解けぬ難題の、
複雑に絡み合った判断材料を解きほぐすのにまず必要なもの、
それが先ほど、今目の前に立つ元3番隊隊長へと問いかけた、
シャックとクライドの関係性に関しての認識度である。
レナが仮定の1つという前置きのもと、
導き出した考え。
シャックは世界中を混乱に陥れているにもかかわらず、
そのシャックのボスであるクライドは、
ファースター圏内からほとんど外出をしない。
となればクライドのほかにも誰かが協力して、
シャックの運営、指示を代理で行っている可能性が高い。
レナは少なくとも、
その“代理者”と疑われる人物に3つ、心当たりがある。
まず真っ先に挙げられるのが、
以前、バンダン水路で出くわした、
あのいけ好かない年増女、ファルター。
ローザをエリフ大陸の首都であるセカルタで保護してもらうべく、
ワームピル大陸からエリフ大陸へと渡す際に通った、
破棄され廃れた水路、バンダン水路。
その最中、レナはファルターと名乗る女と出くわした。
何やらプログの知り合いらしいその女は、
自らクライドの名前を持ち出し、
自分達を“統率者”と呼んでいた。
(素性は良く分かんなかったけど、
クライドという名前を口にした以上、
少なくとも何らかの関係性を持っていることは間違いないのよね)
それだけで、
マークするには十分すぎる要素を、
あの女は兼ね備えている。
2つ目が第3の大陸、ウォンズ大陸の王都、
サーチャードという存在である。
この世界、グロース・ファイスは4つの大陸、
ワームピル大陸、エリフ大陸、
ウォンズ大陸、ディフィード大陸で構成されている。
その中でワームピル大陸とウォンズ大陸は、
古くから同盟国として親密な仲とされており、
特に王都ファースターとサーチャードの関係は、
他のありとあらゆる集落間の、
どの関係性よりも深く、そして強い。
サーチャードという、
国家レベルで犯罪組織の加担など……、とも考えそうだが、
よくよく考えてみれば、
(クライドが言うには、
ファースターの城の中だってシャックだらけなんだし、
サーチャードも同じことになっている可能性はあるわよね……)
同じ穴のムジナではないが、
大いにあり得る話だ。
それにサーチャードという国家単位で、
シャックを動かす加担をしているとしたら、
すでにシャックの根城と化していながら、
市民達にはその惨状を隠蔽し続けている、
今のファースターと、どこか通ずるものがある。
ファースターとサーチャード。
まるで鏡をみるかのように、
まったく同じ動きをすれば、
結果でさえも、自ずと同じものとなるだろう。
そして、最後の3つ目、
それこそが、クライドの側近とも言える、
7隊長という存在。
現状、クライドがもっとも、
直接的、物理的に指示を出しやすいのが、
この7隊長と思っていいだろう。
騎士総長であるクライドの補佐、
およびワームピル大陸の安全、秩序の恒久的保持。
それが本来の7隊長の役目である。
だが、レナは今まで、
4人の7隊長と顔を合わせているが、
そのいずれとも、
ワームピル大陸とは別の場所で遭遇している。
イグノは言わずもがなであるが、
5番隊隊長のナナズキはエリフ大陸のトーテンの町で、
そして2番隊隊長のシキールと6番隊隊長アーツは、
独立地、ジンム島の八雲森林で、
初めて顔を合わせた。
つまり、本来の管轄であるワームピル大陸を、
少なくとも4人の7隊長が外れている事となる。
子どものワガママのごとく、
独断でそのような行動を、
誇り高きファースター騎士隊の上に立つものが、
取るはずがない。
おそらくはクライドの指示によって、
彼らは場所と行動を実行しているだろう。
となると、
(世間体への名目は王女ローザの捜索ってことにして、
7隊長に対してはシャックに関する別の指示を送っている、
っていう可能性は大いにあるわよね)
これもまた、
有り得ないわとバッサリ、
切り捨てることはできない可能性である。
行方不明になった王女を捜索するため、
世界各地に7隊長を派遣した。
例えば政府からこのような通達があれば大半の市民達は、
この文書の意味をそのまま吸収し、
なんの疑いもないまま、
1つの事実として思考に反映させるだろう。
王女が行方不明! 大変ねえ~とか、
早く見つかるといいわねえとか、
有事ではあるが、その言葉の響きそのものに対しては、
何ら懐疑心を持つことはないだろう。
でも、もしその言葉に、
隠された意味があったとしたら。
(……一番、7隊長が怪しいのよね)
正直、レナの中ではそのような想いが、
考える力の大半を占有していた。
“統率者”と言っていたファルター。
確かに怪しいが、素性がほとんど闇に隠れている上に、
具体的にクライドとどのような関連を持つのか、
その肝心な部分が見えてこない。
そしてサーチャードという国家。
こちらももし、クライドと手を組んでいるとしたら、
これほど強固でそして厄介なものはないが、
しかしこちらもあまりにも、判断材料が皆無で、
言うなればレナの勝手な思い込みでしかない。
例えて言うなら、遠く離れたところに住む友人に、
お前の友達が人を殺したんだがお前も仲間だろ! と、
ぶしつけに殴り込みにかかるようなものだ。
これではまったく論理的ではない。
となれば、一番気になるのが、
第3の可能性、7隊長という存在。
レナが思案を巡らせるなかでは、
もっとも現実的かつ建設的なものとなる。
可能性は、高いかもしれない。
だが、レナには7隊長という説を断言することができない、
一つ気になる点があった。
(ギルティートレインでナナズキと話した時、
あの子はシャックとクライドの関係について、
何も知らなかった……。
当然、知らないフリをしていた可能性もあるけど……)
本当のところはどうなのかしら、と、
レナは疑いの念を払拭することができない。
乗客を死へと確実にいざなう恐怖の魔術列車、
ギルティートレイン。
かつてレナ達が迷い込んだ際、
一時休戦と言う形で共闘したナナズキ。
そのナナズキはかつて、
レナからクライドとシャックの関係について聞かされた時、
『騎士総長がシャックのボス!?
アンタねぇ、いいかげんにしなさいよねッ!
どんな濡れ衣を着させようとしてんのよッ!!
そもそも今回だって、アンタら捜索と同時に、
シャック掃討の任務をクライド騎士総長から受けて、
ここまで来てんのに、
何を根拠にそんなデタラメを……ッ!!』
烈火のごとく怒りを露わにし、
関係を真っ向から否定していた。
無論、知らないという演者となっていた可能性はある。
だが、
(敵とはいえ共闘の礼としてあたし達を見逃してくれた、
義理堅くて頭の固いあの子が、
そんなウソつくかしら……?)
一昔前の熱血漢のヒーロー(少女版)という、
何とも真っ直ぐな性格をしていそうなナナズキが、
果たしてウソという裏の顔が存在しているのだろうか。
レナは、どうにもそうは思えない。
もしかしたら、ナナズキは本当にシャックについて、
何も知らないのではないか。
あの時感じた違和感が今、
再びレナの脳内でリプレイされる。
しかし、この違和感がもし現実のものとなったら、
シャックの運営は7隊長という説は、
根本から脆くも崩れ去ることとなる。
疑念、違和感、事実。
これらをすべて真実という、
一本の清い道筋へと変えていく作業。
その中で必要な行程、
それこそが先ほどイグノへ問いかけたもの。
ナナズキは知らないと言っている。
ならば同じ7隊長という立場で働いていたイグノはどうか?
イグノは現在仲間となり、
ウソをつくことはない、という保証も得ている。
つまり、イグノから発せられる言葉は、
すべてが真実と考えていい。
つまり、次にイグノが発する言葉、
その言葉はそっくりそのまま、
レナが今求めている答えに直結することになる。
そしてそれはレナにとって、
次なる一手を打つための、
大事な一言となる。
「騎士総長とシャックの関係、でやンスか?」
ゴクリ、と。
まるで何かの試験の合否を伝えられるかのように、
やや強張った表情で息を呑むレナの真正面で、
イグノは少しだけ、考える素振りを見せたのち、
「いや、別に何も……?
騎士総長がシャック撲滅に躍起になっている、
ってことくらいしか知らないでやンスけど?」
あっけらかんとした表情、
かつ言葉遣いで、
元3番隊隊長は真実を語った。




