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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
173/219

第169話:ある朝の日常

「へっくしょいッ!!」



男顔負けの豪快なくしゃみを、

広さにして6畳程度の部屋中に、

少女は威勢よく響かせる。


続けて、



「ふみゃふみゃ……。

 誰か噂でも……しているのかしら……」



眠いという感情を寝言いっぱいに詰め込んで、



「………………」



彼女は再び、ふかふかベッドの中で、

眠りの世界へと戻っていく。


空前絶後の寝起きの悪さを兼ね備える二刀流少女、

レナ・フアンネ。


筋金入りに朝が弱い彼女は、

よほどの事がない限り、

自分から寝床を出るような事はしない。


寝れるならば、どこまでも。


ワームピル大陸にある小さな街ルインで、

駅員を務めているとは、

到底思えないほどのひどさである。


そしてそれが居心地の良い、

睡眠に最適とも言うべきベッドという環境下ならば、

なおの事だ。


ちなみに本日の予定は、特にない。

やることがまったくない、と言えばウソになるが、

それでも今日中に、あるいは午前中に絶対、

これをやらなければ! などという、

お尻に火がつくような特記事項は、ない。


つまるところ、

現状では睡眠を妨げるようなものは、ほとんどない。


ひとたび睡眠という、

彼女にとって至福の時を遮るような者が現れたならば。


おそらくその後の行方を知る者は誰もいなくなる――。

そのくらい自殺行為なものとなり得る。


だが、



「あのぉ~レナさ~ん……」



そんな猛獣とほぼ等しい存在と思しき、

寝起き寸前のレナに対し、

果敢に挑んでいこうとする、命知らずが1人。



「そろそろ、起きた方がよろしいかと、

 思うんでやンスが……」



ただでさえ特徴的なアヒル口をさらに尖らせ、

ファースター元3番隊隊長であるイグノは、

蚊の鳴くような、小さな声で猛獣へと話しかける。


現在、午前11時。

世間一般で言えば、

立派な“寝坊”に分類される時間帯。


だが、レナは起きない。



「あのぉ~……」



再びイグノは、レナへ声をかけてみるが、

その声量は先ほどの蚊レベルと、何ら変わっていない。


無論、少女は起きるはずもない。

まるでそれが当然とでも言うかのように、

何の迷いも曇りもなく、

ベッドの中で安らかな寝息を立てていた。


いや、イグノも分かっている。


今、自分がどれほど愚かな行動をしているか。

自らの行動が、自死への道を絶賛爆走しているかを。

そして、それ以上に自らが、

今の行動をまったく望んでいないことを。


分かっている。


それは7隊長に所属していた頃から、

レナを追う上でナウベルに散々言われてきたことだ。


『いい? レナ・フアンネはとにかく朝に弱いわ。

 奴らを狙うなら、朝よ。

 ただ気を付けてほしいのが、

 レナの寝起きが凄まじい事。

 一つ間違えれば返り討ちにあうかもしれないから、

 撃つなら必ず早朝にしてちょうだい。

 間違っても、午前の中途半端な時間はダメよ』



確かに、ナウベルはそう言っていた。


そして現在の時刻は、午前11時。



(いやいやいや午前の中途半端な時間、

直球ど真ん中じゃないでやンスか!

絶賛返り討ちタイム真っ只中すぎるでやンス!!)



ナウベルの言っている事が正しければ、

今はまさに、死亡フラグが乱立する、

逆ゴールデンタイムだ。


加えてイグノは現在、

レナに対して頭が上がらない上下関係となっている。


それは昨晩、元部下だった2人、

ウィルとペストに襲撃されたのを助けられたものだけが、

原因ではない。


イグノは元々、ほぼ一文無しの状態であり、

昨夜も宿に宿泊する事などできないほど金欠だった。


それをレナ、そして宿の主人に無理言って、

本来一人のみの宿泊しか許されていない部屋に、

半ば居候という形ではあるものの、

一晩を過ごさせてもらっていたのだ。


たった一つの部屋の中に共に寝泊りする男と女という、

字面だけ見れば明らかに、

色んなことを疑いそうな展開。


その時点で、レナ……いや、

レナさんの機嫌は怪しいものだった。


無論、同じ布団で寝たワケではない。

少女はベッド、イグノは床で雑魚寝、

当然のことながら、その構図はすぐに出来上がった。


だがそれでも、

『万が一寝てる時に襲ったら躊躇なく殺すわよ』だの、

『もっと離れて寝なさいよ』だの、

文句と言う文句を一通り部屋の中にぶちまけて、

『まったく、もうちょっと考えるべきだったかしら』と、

最後の最後まで散々な扱いを受けながら、

そして、今を迎える。


その中で。



「レナさぁ~ん……。

 そろそろご起床ぉ~……」



その眼はもはや、涙目となっている。

どう考えても負け戦、いや、死に戦である。


何を好んで、

こんな無謀な行動を取らなければならないのか。


その理由は一つ。


コンコン。



「!」



心臓が止まるくらいにビクッと体を震わせるイグノに続き、



「すみませーん、そろそろチェックアウトの……」


「わ、分かってるでやンス、今出るでやンス~!」



先ほどから幾度となく、

ドアの向こうから聞こえてくる、

優しく、穏やかで、

そして悪魔にも感じられる宿屋の主人の声。


そう、この宿屋のチェックアウト、

すなわち強制的に部屋を退室させられる時間は、

午前10時。


都合、これで主人からチェックアウトを促されたのは8回目。


最初のインフォメーションは9時50分。

チェックアウト10分前でーすという、

まだまだ時間にも言葉にも余裕を感じられる、

そしてイグノにもそれほど焦りを感じない、そんな朝だった。


だがそこから、

まるで時計を凝視しているかのように、

キッカリ10分毎に訪れる、

主人の退室を促す言葉。


始めこそ、やれ“ちゃんと出るでやンス”だの、

やれ“もう少し待つでやンス”だの、

まったくせっかちな主人でやンス、と、

悠長に上から構えていたイグノだったが、

さすがにリミットを30分も過ぎた頃には、

“も、もうちょっと待つでやンス”とか、

“すいません、あと10分だけ待ってくれでやンス”とか、

明らかに下から出るようになっていた。


ドアの向こうからは退室を促す、

いうなればイグノの背中をグイグイと押す、

主人の勧告。


だが、それとは対照的に目の前からは。



「ZZZ……ZZZ……」



まだ起こすんじゃないわよとでも言いたげな、

いうなればイグノを後ずさりさせるような、レナの寝息。


行け行けと言われながら、

来るな来るなという圧力を感じる、

イグノの今日この頃。



(あ~もうレナを起こすしか方法がないでやンスでもここで起こしたら

ボコボコにされるの確定だし起こしたくないでやンス

でもそろそろ部屋でないと今度は主人に怒られるしむしろそれ以上に

警察とか呼ばれるかもしれないし~~~!)



進んでも地獄、引いても地獄。

さらに言えば、止まっていても地獄。


四面楚歌ならぬ、三面楚歌という言葉がもし存在するなら、

きっと今のイグノの事を指すことが出来るだろう。


結局のところ。



「あーもうどうすればいいでやンス~!!」



今のイグノには、そう嘆くことしかできなかった。

と、思っていたのだが、

このあまりに残念すぎる男に対し、

どこぞの女神様がすこしばかりの良運を、

分け与えたのだろうか。



「まったくもう……うるっさいわねぇ……。

 せっかく熟睡していたってのに……」



進んでも地獄となっていた、

眼前で眠りについていた悪魔……もとい、

レナは、心底不機嫌な様子で呟く。



「!!」


「おかげで目が醒めちゃったじゃないの……」



それはイグノにとって、

本日の出来事の中でおそらく、

もっとも神様という存在を信じようと、

心から思った瞬間だったに違いない。


ようやく地獄の底から、

手を差し伸べられたような、そんな感覚だった。



「ふああぁぁ……よく寝たわ……、

 ありゃ、もうこんな時間。

 ちょっと寝過ぎたかしら?」



男にも劣らぬ豪快なあくびを決めながら、

どこかホクホク顔をしているレナ。


その姿を見てイグノは、

何を呑気なことを言ってるでやンスか! とか、

お前のせいでこっちはどんだけの苦労を! とか、

少しは謝罪の意も示したらどうでやンスか! とか、

今と同じセリフ宿の主人に対して言ってみるでやンス! とか、

とにかく言いたいことなど、いくらでもあったのだが。



「そ、そうでやンスね……。

 元気なら、何よりでやンス……」



結局、すべてをかみ殺した苦笑いで、

その言葉しか言うことの出来ない、

そんな意気地なしの自分に、



(ホント、とんだクソ野郎でやンス……)



ほとほと嫌気がさしそうな、

残念すぎる元7隊長、イグノなのだった。





「んー! 気持ちいい!

 今日もいい天気になりそうねー!!」



長い滞在を経て宿屋を出たレナは開口一番、

ほぼ南の方角にまで上昇を遂げた太陽の光を浴び、

これでもかとばかりに大きく体を伸ばしている。



(……それは11時を過ぎてから言うセリフじゃないでやンス)



一方、頭を巡る血がかき乱されるかと思うくらい、

宿の主人に必死にペコペコと頭を下げたイグノ。

どんだけ呑気に構えてるでやンスかと、

心の底から思ったのだが、



「そ、そうでやンスね……」



思っているそれとはまるで違う、

口から出た言葉。


そんな意気地なしの自分に、

ほとほと嫌気が差し



「んで、早速聞きたいんだけど」


「ほあッ!?」



自分の意識世界へと旅立っていたイグノは、

気が付けば自らに近づいていたレナを確認し、

思わず体をのけぞらせる。



「なんつーリアクションしてんのよ、あんた。

 ちょっと近づいただけで……。

 もしかして、女性の免疫ないの?」


「そ、そんなわけないでやンス!

 7隊長にだって女性はいるでやンス!!」


「んじゃなんでそこまでびっくりすんのよ?

 あたし、そこまで変な匂いでもする?」


「い、いや、そういうわけじゃ……」


「ははーん、さてはあんた、

 あたしと似た感じのナナズキとかに、

 こんな感じですこぶるいじられてたんじゃないの?」


「うっ……」



痛いところをつかれたイグノは、

思わず口をつぐんでしまう。


そして、その姿を見逃すレナではない。



「図星か。

 まあ確かにナナズキもかなり気が強そうだし、

 あんたみたいな格好のいじられキャラ、

 あの子が放っておかないでしょうね、

 もちろん悪い意味で」



グサッ! と。

イグノは心臓が矢で射ぬかれたような気がした。



「てか、ナナズキだけじゃなく他の7隊長にも、

 色々と遊ばれてたんじゃないの?」



グサグサッ!! と。

次々にイグノの弱った心臓へ、

無慈悲に矢が刺さっていく。



「というか、7隊長どころか、

 部下とかにも呆れられたりしてたんじゃないの?」



ポキッ、と。

最後は何かが折れた気がした。



「もうやめるでやーンス!

 俺は……俺はすごく傷ついているでやーンス!!」



その顔は、もはや半ベソ状態である。


傷に塩を塗るどころか、

さらにそこからトドメのカラシを擦り込まれたかのような、

容赦のなさである。



「ぜーんぶ図星ってか。

 まったく、よくそんなんで7隊長が務めら


「そ、そんなことよりも聞きたいことは、

 聞きたいことってなんでやンスかねえ!?」



時折声を上ずらせながらも、

イグノはレナの言葉を押しつぶし、

必死に話題を誤魔化した。


これ以上、自らの黒歴史部分をえぐられるのは、

心身ともに到底、耐え切れなかった。


一方の、レナ。



「あーハイハイ。

 まったく面白くないわねー」



もう少し弄りたかったのになーと、

どこかがっかりした様相を呈しながらも、

まあ今はそれどころじゃないかと気を取り直すと、



「えーと、

 聞きたいことは山ほどあるんだけど……」



そう前置きしたうえで。



「まず一番知りたいことなんだけど、

 クライドって、

 普段、どこで何をしてるの?」



とりあえず、率直に言葉をぶつけてみた。


それはレナが、

いや、今この場にいないアルトやプログ達も含めた、

すべての仲間がもっとも知りたい事の一つ。


ファースター騎士隊の騎士総長にして、

列車を専門として犯罪を繰りかえす謎の集団、

シャックのボス。


言うなれば表と裏、

相反する組織の、

それぞれのトップとして君臨するクライド。

そのクライドが、

一体どのような動きをしているのか。


騎士総長としての動きと、

シャックのボスとしての動き。

そこには、絶対と言い切ってもいいほどの、

言動の差が必ずあるはず。


2つの組織、

そのいずれにも属さない、

部外者であるレナでは、

奴の動きを把握することが、ほとんどできない。


事実、今までの動きだって、

ファースターとセカルタ、

そしてウォンズ大陸の王都サーチャードの首脳で会議を開くため、

セカルタへと来たという、

たったそれだけしか知ることができていない。


圧倒的な情報不足。

この一言に、今の状態は尽きている。


だが、イグノなら。

一方の組織に所属していた、

元ファースター騎士隊3番隊隊長だった、

このお調子者の男なら。


クライドの考え、企みは分からずとも、

少なくともヤツが何処へと赴き、

何をしてきたのか。

その行動くらいは、きっと知っているはず。


まずはそれを、掴むことができれば。

そこから如何様にも、動きを展開することができる――。


先ほどの質問の答えは、

言わば今後の行動の礎を築く、

それほど大事なモノだった。



「騎士総長様がどこに行っているか……でやンスか?」



だが、鳩が豆鉄砲を喰らったような、

キョトンとした表情でそう切り出したイグノから、

次に発せられたのは。



「基本的には城の中にずっといるでやンスよ?」


「……は?」



礎を築くための、

おおよそレナが想定していた、

返答とはかけ離れた回答だった。


次回投稿予定→12/16 15:00頃

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