第166話:うつろう影
「……私よ。
今、どこ?」
ファースター騎士隊が誇る、
7人の優れた小隊長、別名7隊長の1人であるナウベルは、
通信機の相手に対し、いつものように低い、
それでいて重厚感のある声で問う。
「そう、着いたのね。
そしたら指示した通り、
先に潜入しててちょうだい。
潜伏する場所はあなたに任せるから。
……何言ってんの、ダメに決まっているでしょ」
もはや彼女の隠れアジトとなりつつある、
現在立ち入り禁止区域となっている、
セカルタの王立魔術専門学校の屋上にて。
会話の途中、表情を崩して――というより、
呆れた様子を見せながら、
4番隊隊長である彼女は続ける。
「騒ぎが起きないように潜入するのに、
潜入先で騒ぎを起こしてどうするのよ。
……ハイハイ、分かったわ。
指図してごめんなさいね」
察するに、通信相手から、
意図せぬ叱責を受けたのだろう、
ふう、と一つため息をつきながら、
ナウベルはうわべだけの謝罪を伝えると、
「でもそれだけは、守ってもらえるかしら?
今、あなたが騒ぎを起こしたら、
お目当ての人がそこに来なくなる可能性が高くなるわよ、
それでもいいの?」
今一度、相手に対して意志を押し通す。
不動心。
その言葉の強さ、重みに、一切の揺らぎはない。
「……分かってもらえて助かるわ。
あなたの気持ちも分からなくはないけれど、
今は少しだけ、我慢してちょうだい」
まるで事前から、
その言葉を用意していたかのように、
ナウベルは粛々と言葉を並べる。
「……そうね、おそらくだけれど、
ここ数日で会えるんじゃないかしら。
そしたら、思う存分、暴れてもらって構わないわ。
ただし本人たちは、殺しちゃだめ。
これは騎士総長様の命令よ。
……さあ、私も知らないわ。
他の人たち? それは私の管轄外だから、
好きにして構わないわ、本人たちさえ、殺らなきゃ、ね」
何やら不穏で、仰々しい単語が見え隠れするが、
ナウベルは、まるで能面のように眉一つ、動かさない。
「それじゃ、潜入に成功したら、
また連絡ちょうだい。
もう一回だけ言っておくけど、
勝手な行動は……」
慎んで、と結びの言葉を発する前に聞こえた、
ブチッ! という、乱暴に通信を切断された騒音。
最後の言葉は、伝えきることができなかった。
ふう、と再び息をつき、
ナウベルはポツリと呟く。
「……黙れクソ女、か」
それは先の相手から、言われた言葉。
クソ女とはもちろん、
通信の発信者であるナウベルを指している。
当たり前の事ではあるが、
これは正真正銘、悪口である。
どの視点、角度から捉えても、
相手をリスペクトするような、
プラスの意味とすることはできない。
しかも、
「もう少し年上に対して、
まともな口が利けないのかしらね」
相手はナウベルより、若い。
にも関わらず、
4番隊隊長に向けられた最後の言葉が、
“黙れクソ女”。
「ふう……」
気が付けば、
まるで上と下からの板挟みに心底疲れている中間管理職のごとく、
ここ最近、息をつく回数が爆発的に増えている気がする。
それはたぶん、
自らが他の7隊長とは違う立場にいるから。
7隊長の直属上司である騎士総長クライドから唯一、
直接指示を受けている立場。
同時に、他の7隊長である6人に対し唯一、
直接指示を送っている立ち位置。
総指揮者と実働部隊の間に存在する、
いわば伝達役。
それがナウベルの、現在地。
とはいえ、伝達役と簡単に言い切れるほど、
彼女のこなしている任務は容易なモノではない。
その理由は、
「みんな揃いも揃って、
どうしてこう、個性の塊ばっかりなのかしら」
この言葉に尽きるのだった。
例えば、何かがあればすぐに首を突っ込みたがり、
鋭い視点を連発する割にはすぐに周りが見えなくなる。
時には与えた任務を完遂できないこともある5番隊隊長の、あの少女。
無論、彼女だけではない。
7隊長屈指の腕力を誇りながら、
なぜかその力を使いたがろうとしない最年長の6番隊隊長や、
一見すると7隊長唯一の良心に見えるが、
逆に何を考えているかさっぱり分からない、
常に冷静沈着な切れ者の2番隊隊長。
加えて、こちらが何度注意しても治らない、
必要以上の喋りをつい繰り広げてしまう、
自称100点満点の7番隊隊長も、
言うなれば個性の巨岩といってもいいだろう。
あとは……もはや突っ込みどころ満載で、
逆に突っ込むところが無くなっていた、
“でやンス”が口癖の、3番隊隊長。
もっとも、彼だけはもう、7隊長ではないのだが。
(まあ、それでもあの子に比べたら、
みんなまだまだ、まともよね)
ナウベルは、手に持つ通信機に、
再び視線を送る。
科学文明によって生み出された、
無機質なその機械。
そこからつい先ほどまで聞こえていた、“あの子”の声。
ある意味で7隊長の中でもっとも人間的な子でありながら、
でも、7隊長の中でもっとも……無機質な、1番隊隊長。
それを知り得ている中で、ナウベルは思う。
(確かにあの子の実力なら、
最年少で1番隊隊長に抜擢されても、
何ら不思議ではないのは分かる……)
騎士総長の部下としてファースターに君臨する、7隊長。
このうち、1番隊隊長と4番隊隊長を除く隊長、
すなわち2、3、5、6、7番隊隊長に、
規則性や意味合いはない。
強い方が番号が若いとか、
あるいは就任歴が長いほど後の番号になるとか、
そういったことはない。
あくまでランダムに、5つの隊長位は決定される。
しかし、残る1番隊隊長と4番隊隊長だけは、
他の隊長位とは違い、その地位自体に、大きな意味を持つ。
例えば、現在はナウベルが務めている4番隊隊長は、
騎士総長と自分以外の7隊長を繋ぐ橋渡し役を必ず担うこととなり、
加えて裏の世界で諜報活動や根回し行為など、
裏の世界で暗躍する性質を持つ。
4番隊隊長は、言うなれば“裏世界の暗躍者”として、
もっとも適した人物に与えられる称号である。
そしてもう一つの決められた隊長、1番隊隊長。
それは。
(7隊長のなかでもっとも、力のある実力者……。
つまりもっとも強い者に与えられる称号、
それが1番隊隊長)
シンプルにして明快。
7隊長の中でも最強の者が背負うことのできる、
1番隊隊長。
2番隊隊長、無数の針で敵を串刺しにするシキール。
元3番隊隊長、霊符で爆発的な攻撃を生み出すイグノ。
5番隊隊長、杖と爆炎で相手を吹き飛ばすナナズキ。
6番隊隊長、その圧倒的な腕力と巨大ハンマーで相手を粉砕するアーツ。
7番隊隊長、相棒のロックを駆使して獲物を逃がさないリョウベラー。
そして。
4番隊隊長、膨大な情報網と手に持つボウガンで、
人知れず、相手の息の根を止め続けるナウベル。
ファースター、
いや、ワームピル大陸全土から集められた有能な兵士の中でも、
たった7名にしか与えられない地位、7隊長。
そのうえさらに、他の6人の隊長をも力で凌ぐ者、
それが、1番隊隊長なのである。
さらに、この1番隊隊長を背負うという事は、
もう一つ、重要な事実を内包している。
それは、
(次期騎士総長があの子、ということ……)
徐々に日が沈み、気温が急激に低下していく、
エリフ大陸特有の中でナウベルの、
いままで鉄のようだった表情が、わずかに曇る。
そう、1番隊隊長はファースターの長い歴史の中で、
次期騎士総長となるのが、しきたりとなっているのだ。
事実、現在の騎士総長であるクライドも、
かつては1番隊隊長の看板を背負っていた。
1番隊隊長に就任する事。
それはすなわち、
もはや王族が完全に形骸化しているファースターにおいて、
実権のほとんどを、掌握することに等しい。
それは、約束された、確定された未来。
だが、
(分からない……)
ただ一つ。
たった一つだけ。
騎士総長であるクライドの指令、思想、言動。
ありとあらゆるものに賛同しているナウベルが、
唯一、疑問を抱いている事。
それが、“あの子”を1番隊隊長へと、
任命したことだ。
いや、決して実力を疑っているわけではない。
むしろナウベルだって、
7隊長随一の強さを誇る“あの子”は、
一目置く存在である。
強さは、申し分ない。
ナウベルが気にかけている点は、そこではない。
まるで歯に挟まる小骨のように、
わずかに心に引っかかっている点は。
「“あの子”がファースターのリーダーになるには心が、
思想があまりにも危険すぎる……」
思わず漏れた、ナウベルの本音。
まだ幼い、とはいえ。
いや、まだ幼い、からこそ。
裏社会を生きる少女は、
危惧の念を強めずにはいられない。
さきほど通信機の切り際にも垣間見せた、
敵はおろか、仲間に対しても敵意を向け、
そして蔑むような、好戦的な態度、言動。
幼くしてすでにそのような人格が形成されている子が、
果たして今の騎士総長、クライドのような、
圧倒的なリーダーシップを持ち、
全臣下から慕われるような存在になれるのだろうか。
(確かに圧倒的強さを持っていることは分かるけれど、
でも、それ以外にあまりにも欠落している部分が多すぎる……)
少なくともナウベルには、
どれほど楽観的な立場に立ったとしても、
今の問いにYESと答えることができない。
それでももし、“あの子”を、
1番隊隊長として据えるのならば。
(通例上の都合で、やむをえず1番隊隊長としているのかしら。
あるいは、私の考えが及ばないところで、
何か騎士総長様にはお考えが……?)
斜に構えるわけではないが、
多少の穿った見方をせずして、
納得する答えは見つからない。
それくらいに、問題を多く抱えている、
ワケあり物件の“あの子”。
『アイツは、あまりに危険すぎるわ。
確かにナウベルの言うとおり、
戦闘能力はピカイチよ。
でも、それ以上に欠落しているものがありすぎるわ。
下手をしたら、ファースターの品位すら、
疑われる可能性だってあるのよ?
アンタだって、それくらいはわかるでしょ!?』
以前ナナズキに言い放たれた言葉が、
再びナウベルの、憂いを纏った脳内へと突き刺さる。
そんなことは、
わざわざ言われなくても理解している。
まるで1+1が2であるように、
脳内で考える必要などない、
反射的に即答できるレベルに。
ナウベルにも、その程度の理解はある。
(ホント、痛いトコをズケズケとついてくるわね)
ナウベルは苦笑いを浮かべて、
そう思いつつも、
(でも……)
ナウベルには、それでも“あの子”を派遣することに対して譲れない、
明確な理由があった。
(それが、騎士総長様の命令だから)
結局はその事実が、一番だった。
誰に何と言われようとも。
仲間内から批判の言葉が散見されたとしても。
この事実があれば、ナウベルにとっては、
それがどの項目よりも最優先事項、
最上位の意味合いを持つものに昇華される。
クライドが言った言葉は、絶対。
クライドから受けた任務は、必ず遂行する。
たとえそれが他者にとっては、
疑問を呈するような行動だったとしても。
それでもナウベルは、
迷わず騎士総長についていく。
直線という言葉が一切の曲がりを表現することなく、
ただただ真っ直ぐな線を描くかのように。
それくらいにナウベルの行動指針は、
一切のブレがない。
明快にして、実直。
だが、その明快、実直こそが、
ナウベルを動かす、最大の原動力となる。
明快な行動指針があるから、
少女は裏の世界でも自分を見失わず行動ができる。
実直な行動指針があるから、
一切の迷いすら持つことなく、
どんな汚れた任務でもこなすことができる。
だから、今回の件で多少意志がグラついたとしても、
それでも“あの子”のディフィード大陸派遣を、
進めることができた。
(迷う事なんてない……。
騎士総長様がそう仰ったのだから、
私はそれを行動に移ればいいだけの事)
要は、それだけの事だった。
サアァァ……と、風が、吹き始める。
さながら嵐の前の静けさ、といったばかりに、
地上に植えられている木々のさざめきと共に、
穏やかな風がナウベルを優しくなぞっていく。
同時に、肩口くらいまでで毛先をそろえた、
ショートヘアの黒髪もフワリと僅かに舞う。
「ふう……」
乱れた髪を整えながらナウベルは、
自らの気持ちを整理するかのように、
大きく息を吐き出した。
この件で考えるのは終わり、
と区切りを打つかのように。
ナウベルは、こんなところで立ち止まっている時間などない。
クライドから受けた任務は、まだ完遂していない。
1つの問題をいつまでも、引きずっていられるほど、
少女は時間を持て余してなどいない。
寝ている時間すら、
ナウベルにとっては惜しい時間なのだから。
『まあ、連絡した俺が言うのも何だけど、
もう少し体調に優しい、
日々の過ごしかたをした方がいいッスよ。
今は若いからどうにでもなってるけど、
歳とったら一気に老け込む原因になるよ?』
7番隊隊長から言われた言葉を、
不意に思い出す。
「一気に老け込む、か」
髪を直していた手を止め、
ナウベルは、ポツリと一言だけ呟く。
そして、
ホント余計な事ばっかり言ってくれるわねと思いつつ、
「でもこれじゃあ、
白髪が出始めるのも時間の問題かしらね」
ナウベルは漆のように艶やかに光る黒髪を、
指先で遊ばせて、再び苦笑いを浮かべていた。
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