表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
169/219

第165話:思惑の中で

それは当然の、判断だった。

だが同時に苦渋の、決断でもあった。



「……」



レビリンの家にある抜け穴からキルフォーの絶対守護壁をすり抜け、

新たな目的地であるシックディスへ向かうべく、

北東の方角へ道なき道を歩くアルトは、

しばらく無言で、雪で塗り固められた荒野を、

仲間と共に歩いていた。


その人数は、3人。

アルト、フェイティ、そして蒼音。


そこに、ローザの姿はない。



「…………」



それは予め、みんなで決めていた事。

キルフォーにたどり着き、

反政府組織を掲げる暗黒物質の剣との接触に成功し、

ローザを保護する約束を取り付けることができたならば――。



『それでローザの保護って話だが、

 具体的に俺達はどうすればいいんだ?

 まさか保護の身でアルト達と一緒に、

 シックディスへ向かわせるわけにもいかないだろ?』


『あ、はい。

 なので暗黒物質の剣のアジト? みたいなところで、

 もっとも安全な場所に、

 できれば保護してほしいんだけれど……』


『それなら、なんてこたぁない、

 俺らの基地で一番安全な場所はここさ』


『あらあら、王都キルフォーのど真ん中が一番安全って、

 他の場所はそんなに危険なのかしら?』


『まあそれもあるが、

 ここなら何かが起こっても、

 俺やレビリンが対処できるからな。

 他にもいくつか匿えそうな場所はあるが、

 いずれもキルフォーではない場所だから、

 いざとなった際の安全性が少々、心もとなくてな』


『そっか。

 じゃあローザ、その――』


『皆まで言わなくてもいいですよ、アルト。

 私はここに残ります。

 私の事は気にしなくていいですから、

 アルト達も気を付けて、シックディスへ行ってきてください』


『ローザ、ごめん……』


『ローザちゃん、少しの間だけ待っててね。

 BBA達、すぐに戻ってくるから』


『はい、ありがとうございます――』



はい、ありがとうございます――。

元王女の最後の言葉がアルトの耳から、

まるで鼓膜で無限に反響しているかのように離れない。


きっとそれは、その時のローザの表情が、

その眼に焼き付いているから。


悲笑。


世にこのような単語がもしあるとするならば、

まさに、その時のローザに当てはまる言葉だった。


凛とした姿で、彼女は笑顔で仲間を送り出した。

だが、そのあまりに完璧すぎる姿が、

かえってアルトにはその裏、

内面に潜んでいる哀しみを僅かながらも表面化させている、

そんな気がしていた。



『私は、ここに残ります』



きっとそれは、本意ではなかったに違いない。

見知らぬ土地、初めて訪れた街で、

気心の知れた仲間達と別れ、

すべてが初対面の人々に囲まれて、時を過ごす。


その不安、ストレス。

精神的な負担は、決して四則計算だけでは計り知れないもの。


これで、よかったのだろうか――。



「これで……よかったのかな……」



口から零れ落ちるように、アルトは呟いた。



「ローザちゃんの事、かしら?」



その零れ落ちた言葉を、

フェイティはすぐさま掬い上げるように言う。



「やっぱり気がかりよね。

 みんなで決めた事とはいえ、

 一人ぼっちにさせちゃうのは」


「そうですね……。

 周りは、知らない人ばかりですし……」



加えて、すっかり顔色が戻った蒼音も、

最後方からポツリと呟く。


下戸で一滴も酒を飲んでないにも関わらず、

アルコールの臭いだけで顔が、

まるでちょうど食べごろの茹でダコのように真っ赤だった蒼音。

だが、酒場という地獄から脱出し、

しばらく外の寒気にあてられると、

徐々に体調が復活していった。

ちょん、と押せば今にも雪の大地に、

バッタリと倒れそうだった千鳥足も、

今では完全に、

素面のしっかりとした足取りとなっている。



「うん……そうだね……」



その蒼音の言葉を背に受け、

アルトは改めて、下を向いてしまう。


ベターな選択だったことは、間違いない。

それは、きっと合っている。


だが、決してベストな選択では、なかった。


ローザが最後に見せた、

必死に“哀”の感情を殺した、

痛々しいとさえ感じられる、

あの笑顔を見てしまっては。



もしかしたら――。



「これで良かったのかどうか。

 その答えはBBAにも分からないけれど、

 でも、少なくとも一つだけは、

 絶対に正しい事と、言えることはあるわ」



と、フェイティはおもむろに切り出した。



「正しい事……?」


「そっ、絶対に正しい事、

 それは、今はとにかくシックディスを目指すことです」



本職である先生のような口調で、



「ローザちゃんの事ももちろん心配だけれど、

 3人でシックディスを目指すと決めた以上、

 今は目的地に向かうことに、

 全力を注ぎ込むべきだと思うの。

 だって、ローザちゃんを心配するあまり、

 こっちが目的を達成できなかったら、

 元も子もなくなっちゃうし、

 それに……」


「それに?」


「ローザちゃんの事だから、

 もしBBA達が失敗しちゃったら、

 自分のせいで、って、

 変な責任を感じちゃうかもしれないでしょ?

 ローザちゃんのためにも、

 まずBBA達はしっかり、

 フロウくんに言われた任務をしっかり、

 こなしていかないと。

 フロウくんやレビリンちゃん達にも、

 要らぬ心配をさせないためにも、ね?」



言って、最後にフェイティは微笑んだ。

その笑顔は、ローザが最後に見せたそれとは、

明らかに違う。

きっと裏にも腹にも、笑み以外のなにものも内包しない、

純度100%の笑顔。


それは前を向き、

とにかく先へ進む力を生み出す、

不可視でありながらも、実感できるチカラ。



(…………すごいな)



改めて、アルトはフェイティの強さを、肌で感じた。


いや、アルト本人も、

今はいち早く、

シックディスに向かわなければいけない、

という思いは存分に持っている。

そしてそれを行動に移さなければいけない、

という事も。

いくら寒気に震え、

多少の思考力が低下していたとしても、

それくらいはアルトにだって容易に思いつく視点である。


少年が強さを感じたのは、そこではない。


ローザや僕たちだけじゃなく、

フロウやレビリンさんの事も考えていて。


それに。



(この状況で、笑顔でいられるなんて……)



僕にはできないよ、と。

アルトはシンプルに思う。


笑いという感情は、

おおむね2つの意味として人々に捉えられることが多い。


1つは喜楽の感情を発信する能動的な意味として、

もう1つは相手に安堵を供給する受動的な意味として、である。


前者の能動的な笑みは本人こそ、

プラスのイメージが脳を支配するが、

時たま緊張が緩んでいるだの、真面目さが伝わらないなど、

他者にとってはマイナスのイメージとなる場合がある。


一方、後者の受動的な笑みは、

緊迫や焦燥に駆られる人々の心を、

一時的に鎮静化させる、

どちらかといえば他者にとって、

良い印象を植え付けることとなる。


今回のフェイティは。

アルト達の事を考え、

ローザの事を考え、

さらにはフロウやレビリンの事を考え、

そして笑ったフェイティの笑顔は、

確実に後者の笑み。


少なくとも、アルトにはそう受け取れた。


フェイティが、そこまで考えて言葉を発して、

そして笑みを浮かべたかは、分からない。


だがこの場合、

頼れるBBAがどう考えているかは、

さほど問題ではなかった。



(そうだ……人の心配をするより、

まずは自分たちが任務をしっかり、こなさないと……!)



自分でも何でかは不明だったが、

それでも不思議とアルトは、

前を向くことができた。


この場合に大事だったのは受け手、

つまりアルトや蒼音が、

フェイティの所作をどう捉えたかが、重要だった。


事実、



「そう、ですね。

 トライさんの言うとおり、

 まずは私たちがしっかりやらなくちゃ、ですよね」



最後方を歩いていた蒼音の言葉からも、

アルトに似た想いが汲み取れる。


自分の意志を出すことが不得手な、

口数があまり多くない赤髪巫女さんでさえ、

決意の言葉を、口にした。


その事実だけで、

少年は改めて、

フェイティの存在の大きさを感じられた。

決して年長者だからとか、

そんな単純な理由ではない。


少年の中でフェイティの存在が大きい理由。


それはアルトが知っている、

おそらくアルトだけが知っている、

フェイティが強くあり続けなければならない意義があるから。



「お互い、この大陸で何か情報を得られるといいね」



フェイティに対して、

ふとアルトはそんなことを口にする。



「そうね。

 フロウくん達に勢いでお願いしちゃったけど……。

 何かが分かれば、いいわねぇ……」



その言葉とは裏腹に、

先ほどまで見せていた笑顔が一転、

フェイティの表情はどうにも冴えないものとなる。


2人が脳裏に浮かべたのは共に、同じ場面。

フロウやレビリンに見送られて酒場を出る、

少し前の出来事だった――。



『あの、そういえば』


『ん? どうしたアルト?』


『フロウに1つ、お願いがあるんだけど……』


『なんか急に改まったな。

 んで、お願いってのは?』


『人探し、というか、

 実は僕とフェイティは、

 ある人を探してて、その人たちの情報を知りたいんだ』


『あらら、アルト君?

 その話は……』


『フェイティ、せっかくの機会なんだし、

 聞いてみようよ』


『でも……BBAは


『何か話が良く見えてこねえが、

 とりあえずアルトとフェイティの探し人に関する、

 情報があれば教えてほしい、ってところか?』


『うん。

 色んなところで聞いてはみてるんだけど、

 情報がまったくなくて……』


『ちなみになんだが、

 その探し人の名前は?』


『僕の方がヴェール・ムライズ、

 僕の母さんなんだ。

 それとフェイティの方が……』


『……セントレー・チェストライ。

 私の息子よ』


『ヴェールとセントレー、ね。

 うーん……。

 俺には聞き覚えがない名前だな。

 レビリン、お前は?』


『いや……私も聞いたことないわ』


『そっか……ゴメン、変なこと聞いちゃって』


『おっと待ちな。

 確かに俺とレビリンは知らないが、

 暗黒物質の剣の他のメンバーなら、

 何か知っているかもしれない。

 3人がシックディスに行っている間に、

 ちょっくら確認してみるわ』


『本当? ありがとう!』


『あの……BBAの方はそんなに無理しなくてもいいわよ?』


『確認するのに1人も2人も大して変わんないさ。

 何なら、この大陸限定にはなっちまうけど、

 少し調べさせてみようか?』


『え、いいの!?』


『よそから来てくれて、わざわざ一緒に戦ってくれるんだ、

 これくらいの事はしてやらねーと、だろ?』


『フロウくん……こんなBBAのために……』


『ありがとう! すごく助かるよ!』


『いやいや、気にすんなって。

 その代わり……と言っちゃなんだけど、

 シックディスのスーシアへの伝言、

 よろしく頼むぜ?』


『うん、任せてよ――!』



そして、蒼音を含めた3人は、

酒場を後にした。



「お互い、何か情報を得られるといいね」



アルトはもう一度、

先ほどと同じ言葉を口にする。


行方不明となっている母の捜索。

それは、アルトが生まれ故郷を飛び出し、

この極寒の大陸まで足を運ぶことになっている、

最大の原動力だ。


レナの役に立ちたい。

ローザを安全な場所へと匿う。

ディフィード大陸を変える。


これらの想いにもちろん、偽りはない。


だが、あくまでもこれらの概念は太い細いの違いはあれ、

言葉悪く言えば根幹から派生する枝葉でしかない。


アルトにとっての行動原理、根幹は、

あくまでも母、ヴェール・ムライズに会うことだ。


この大陸に来るのを選択したのも、

どんな些細なモノでもいいから、

何か情報を得たいという根幹の意識が、

少なからずあったから。


だからこそ、

アルトはここまで歩いて来た。


フロウに母の捜索をお願いすること。

それは、この大陸に来る前から、

心に決めていたこと。


そして、アルトが描いていた、もう1つの展望。

それがフェイティの息子の情報を、

同時に集めるという事だった。


事前にフェイティと、

特に話し合いをしたわけではない。

それは、完全なるアルトの独断で、切り出したこと。



「ごめん、フェイティ。

 本当なら事前に話をしようとも、思ったんだけれど……」



多少の罪悪感はあった。

我が子が行方不明である事など、

本来なら知られたくはないはず。


ましてや、フェイティは今、

フロウやレビリンも含めた関係者の中で、最年長者だ。


大人の立場として、

気を遣わせるような行為をさせまいとする感情が、

当然あるだろう。

事実、先ほどからフェイティの表情は、

何か心配事を残したまま外出をしてしまったかのように、

憂いを帯びる、思いつめたように曇っている。


自分が、自分の私情が、

相手に気を遣わせてしまった。

きっと、そう思っているに違いない。


だけど。

いや、だからこそ。



「でも……」



晴れぬ顔色をした年長者に対し、

アルトは、自分の行動を貫き通した。

なぜなら、


「似た境遇の僕も……フェイティの息子さんが見つかってほしいと、

 本当に思っているから」


それがアルトのウソ偽りない、

心の底から願っている事だったから。


アルトは、そう言って歩みを速めた。


次回投稿予定→11/11 15:00頃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ