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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第164話:シックディスの真実

出発の時間は、そう遠くはなかった。



「ちょっと、気持ちだけ……温かくなったかしら?」


「そ、そう……?

 僕からしたら、ここに入る前と、

 全然変わってない気がするけど……うぅ……」



酒場の外、銀世界へと再び顔を出したアルトは、

まるで高熱があるかのようにガタガタと体を震わせるが、



「んや、レビリンが言うとおり、

 ちっとばっかし暖かくはなってるな。

 まあ、言っても雀の涙程度だけどな、ハッハッハ」


「フロウ……雀の涙の使いかた、絶対に間違えてるわよ」



一方のレビリンとフロウは、

寒さなどどこ吹く風、とばかりに、

平然とした表情で空を見上げる。


ディフィードの空の主役、牡丹雪は相変わらず、

彼らたちにとっての当たり前の光景である、

白銀の世界を作るために頭上から絶え間なく降り注がれている。


フロウからの依頼により、

王都キルフォーから北東の方角にある村、

シックディスへ向かう事となったアルト達。


行くことを決断してから、およそ20分後。


少年達はすでに目的地へ向かう、

旅の開始寸前のところまで決意を固めていた。


現政府を倒し、キルフォーの街を、

そしてディフィード大陸を、

自分たちの手に取り戻すために戦う組織、

暗黒物質(ダークマター)の剣。

そのリーダーであるフロウから、

もし可能なら今すぐにでも向かってほしい、

と言われたのが、その理由だ。


一緒に戦うと伝えた瞬間から、

この出発を迎えるまでの“光陰矢のごとし”っぷりに、

少々面食らった格好ではあったが、

もとより問題を早く解決させたいアルト達にとって、

今すぐの旅立ちに反対する理由も、特にない。


結果、本日中に村へ向かうことを、

二つ返事で了承したのだ。


「えっと……確認なんだけど、

 シックディスの村で一番大きな家に住んでる、

 スーシア、って人に会えばいいんだよね?」


「ああ、そうだ」


「それで、スーシアさんを家から呼び出すには……」


「まず家のドアでまずスーシアを呼んでくれ。

 おそらく何の反応もないから、

 続けてジーターって声をかければ、

 おそらく家からおっさんが出てくるはずだ」


「ジーターさんが本名なの?」


「んや、逆。

 ジーターってのが偽名で、

 スーシアってのが本名さ」


「スーシアさんのあとにジーターさんね、分かったよ」


「あー、それと一つ気を付けてほしいのが、

 確かにスーシアのおっさんは、

 村で一番デカい家に住んでいるが、

 村でもっとも大きい建物は酒場だ。

 別に間違って入っても構わねえけど、

 いくら探してもそこにおっさんはいないから、

 間違えないようにな」


おっさんおっさんってフロウも十分おっさんだと思うけど、と、

無精ひげを存分にこさえる姿を見て、

アルトは心の中でツッコまずにはいられない。



「あらあら、そんな大きな酒場があるのね。

 体を少しでも温めるためにBBA、

 そこで一杯くらいいただいちゃおうかしら?」


「あー、やめときな。

 別に入っていきなり何かされることはねぇだろうが、

 あそこはディフィードの中でも治安が最悪な場所だ。

 俺らの仲間と分かってもらう前に、

 下手にヨソモノがウロチョロしようものなら、

 何されるか分かったもんじゃねえぞ。

 特に酒場に入り浸ってる連中はな」


「え、シックディスって、

 そ、そんな危ない場所なの??」



何の気なしにサラリと、

まるで後出しじゃんけんのように飛び出た、

新しく、驚きの事実に、

アルトの先ほどまでのツッコミ心思考は、

完全に脳の外部へと放り出される。


シックディスが、治安が最悪。

その情報は、アルトがこの大陸へ来て、

初めてもたらされる新事実。


さらに、



「私が昨日の夜に話したこと、覚えてる?

 場所によっては人殺しや強盗が、

 当たり前に起きる場所だってあるって。

 その一つが、今から行ってもらうシックディスの村よ」


レビリンの言葉が、額にジワリと、

粘度の高い汗を滲ませ始めたアルトに、

追い討ちをかける。



『食べ物にありつくためには、

 強盗や詐欺なんかは日常茶飯事。

 ……時には殺人だって起きるくらい、

 凄惨な場所になってしまっているの』



確かにあの時レビリンは、そう言っていた。


だが、あの時は二つの街とこそ言っていたものの、

具体的な地名、集落名は口にしていなかった。


強盗、殺人。

おおよそ人道から外れた行為が蔓延る地。

そのうちの1つが、シックディス。


それ、先に言っといてよ――。


外気以上の寒気を肌で感じ始めたアルトは、

言葉が口から飛び出そうになる。


だが、



「まあ、シックディスは危ない場所ではあるが、

 この大陸には、どこにも安全な場所なんてない。

 結局ゼロなんてありえない、

 つまらない比較論でしかないさ」



それよりも一瞬早くフロウの、

何か諦めの境地にも似た言葉が発せられる。


「シックディスは確かに治安が悪い。

 ただ、俺から言わせりゃ、

 シックディスとキルフォー、どっちもどっち。

 例えて言うなら質より量か、

 それとも量より質か、その違いだけさ」


「質と量?」


「ああ。

 もしかしたらアルト達はキルフォーに犯罪が少ない、

 と思っているんじゃないか?」


「うーん……難しいけど」



アルトはそう前置きしたうえで、



「今回が2回目の訪問だけど、

 まだ犯罪らしき光景は見たことないし……」



率直な意見を吐露した。

事実、前回訪問した時と今回、

キルフォーの市街地内では、

殺人はもちろん、強盗やスリといった、

倫理に反した行動を起こす者を、

まだ目にしていない。


というより、

そもそも市街地を人が歩いていない、

ゴーストタウン状態である。


たとえ凶悪なサイコパスが罪を犯そうと街を徘徊しても、

肝心の人がいなければ、

人に対する“犯罪”という行為が、

そもそも成り立たない。



「ま、外から見てたら、

 そう映っても仕方ないわな。

 だが、現実はそう甘くはないんだわ」



だが、アルトの答えに対する、

フロウの返答は、NOだった。



「実際、外面だけ観察してりゃ、

 犯罪の匂いはどこからもしない。

 だが、シックディスが犯罪の量が多いとするなら、

 キルフォーは犯罪の質が、限りなくエグいのさ」


「あら、質がエグい?

 どういうことかしら?

 1人当たりの犯罪数が多いのかしら?

 それとも再犯率が高いとか?」


「ま、ある意味その程度のモノだったら、

 まだまだ可愛いモンだったんだがね、

 フェイティの姐さんよ」



途中で口を挟んだフェイティに対し、

フロウは笑顔を返しながら、



「何しろこの街は、

 政府公認の役人が犯罪を犯しまくっているからな」



上辺だけの乾いた笑顔そのまま、

その言葉を吐き出した。



「…………!!」



その場を和ませる表情と、

その場を凍りつかせる言葉。


まるで白黒、

オセロのようなコントラストを描く、

フロウの様子にアルトほか、

他の仲間たちも思わず息をのむ。



「街は一見、静かに見えても、

 城の中じゃ兵士たちがやりたい放題。

 年貢の納めが少し遅れればすぐに捕まり、そのまま処刑。

 市民が街を歩いてたら兵士に呼び止められ、平然と金を奪う。

 またある時は美人ドコロを見かけりゃ相手の意思関係なく、

 そのまま城へとお持ち帰り。

 城の内部じゃ、偉い役人に取り繕うと、賄賂が横行。

 そのくせ市民が飢餓や病に苦しんでても……我関せずで完全シカト」



次第にフロウの顔から、笑顔が消えていく。

喜の感情が、まるで過去の思い出のように、

徐々に色褪せ、消えていくかのように。



「殺人、強盗、誘拐、賄賂。

 役人が犯罪の限りを尽くす、ディフィードの王都。

 そんな場所が、統治されていると思うか?

 件数こそ、シックディスには及ばない。

 だが、これでもこの地が、安全な地区だと、

 はたして言えると思うかい?」



何も、言えなかった。

徐々に消えていく感情が完全に無へと帰したフロウに、

他大陸で生活をしてきた少年達が、

何かを言えるはずが、なかった。


アルトは、後悔した。


それはここに来たことを、ではない。

先ほどのフロウの問い、

キルフォーに犯罪が少ないと思っているか、という題に対して

肯定をしてしまったことを。


間違っていたとは、思えない。

正直、その問いを投げかけた時は、

アルトは城の内情なんて知り得ていなかったし、

自分がこの地で見聞し、経験したすべてを思考に集約し、

意見を述べた。

それは言うなら答えではなく、少年の率直な感想だった。



だが、答えではなかったにしろ、

その感想は結果として、フロウの問いに対して、

肯定の意を示す“答え”と、直列的に変化した。


決してアルトの本意ではなかったが、

だが、フロウに受け取られたのは、“答え”。


後悔でしかなかった。

たとえ自分にとってはただの感想だったにしろ、

易々と言葉としてアウトプットすべきでは、なかった。



(黙っていたほうが、よかったんだ……)



たぶん、だけれどと少年はそう痛感せずにはいられない。

もはやシックディスの危険性の事など、

思考からすっかり抜け落ちていた。



「わりい、湿っぽくなっちまったな。

 これから半日歩いてもらうのに、

 こんな所でお前さん達の体を冷やしちまったら、

 何にもならねえ」



フロウは実感のこもらぬ苦笑いを浮かべると、



「レビリン、ホットコーヒー3つ、急ぎで頼むわ」


「分かったわ」


「あ……えっと……」


「あーお代は俺でつけといてくれ、

 あとで払うからよ」


「珍しいわね。

 いつも飲み逃げして代金なんて踏み倒してるクセに」


「客人の前で余計な事言うなっつーの」



ハイハイ、と、

まるで熟年夫婦のようにレビリンは手であしらいながら、

再び酒場へと姿を消す。



「なんか……、すみません」


「いいってことよ。

 無茶して行ってもらうんだ、

 これくらいの事はさせてくれや。

 それに……」


「それに?」



フロウはわずかに間をおいて、



「一緒に戦うにあたって、

 ディフィード大陸の現状を知ってもらいたいんだわ」



懐から再び手のひらサイズの、

ウイスキー小瓶を取り出しながら言った。



「無論、おっさんに伝言をお願いするのが第一の目的だが、

 まだカイトとキルフォーしか知らない、

 アルト達に他の街がどうなっているか……、

 その惨状を、目で、雰囲気で感じてほしいのもあるんだ。

 そうすれば一緒に、

 意識を共有できてもっとよりよく、

 一緒に戦うことができると思うしよ」



再びアルト達は、

何も言うことが出来なくなってしまう。


一体、この大陸の闇は、どこまで深く、

根元まで続いているものなのか。


いつまで続くかもわからぬ負の底は、

いかなる姿で自分達を、

待ち構えているのだろうか――。


気が付けば酒場から出た時にはチラチラと舞い降りていた、

大粒の雪はすっかり止んでいた。



「わりい、また湿っぽくなっちまったな」



変わってフロウは、

いたずらっぽく、

無邪気な子どものように笑う。



「ま、とりあえずオッサンによろしく言ってくれ。

 こっちもこっちで色々と準備するし、

 それに……さっきお願いされたことも、

 可能な範囲で調べてみるからよ」


「あ……。

 すみません、よろしくお願いします」



半ば空返事気味に、

アルトは言葉を返した。

思考が絡まり、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、

それを整理するのに精いっぱいだったからだ。



「お待ちどうさま。

 コーヒー、持ってきたわよ」


「あ、どうもです……」



頭の中で思考遊泳をしつつ、

レビリンが運んできた、コーヒーの口にする。



「ッ!」



身体がわずかにビクッとする、

ビターな大人向け、ブラックの味。

正直アルトにとっては、

ちょっとだけ苦手の味だった。


だが、それが。



(まあでも……今は、とにかく先に進むしかない、か)



かえって、絡まった思考を、

ある意味すべて黒に染めるような、

すべてをゼロに戻すような、

プラスな効果をもたらした。


ここで考えても、しょうがない。

事実、アルト達は前に進むしか、ないのだから。



「よし、行こうか」



腹は、意外とすんなりとくくれた。

アルトは周りにチラリと目をやる。

他の仲間たちも、小さくコクリとうなずく。


翻意する者は、いない。

ならば、進むだけ。


「よっしゃ、そしたら作戦実行だ。

 レビリン、いつもの抜け道へ、

 アルト達を連れてってくれ」


「了解っと」


「アルト達、頼むぜ」


「分かりました、行ってきます」



フロウの最後の言葉に促され、

アルト達は一歩、足を踏みだす。


キルフォー、そしてディフィードのために、

本気でフロウ達と一緒に戦うために、

仲間と一緒にアルトはシックディスを目指して、

旅路を急いだ。



ただ一人、ファースター元王女、

ローザを酒場の中へ残して。


次回投稿予定→11/4 15:00頃

来週は私情により休載となります。

最近多くてすみません。。

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