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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第163話:曖昧な存在

「わりいな」



先ほどまでウイスキー原液を、

浴びるかのように飲んでいた人とはまるで別人のごとく、

フロウはもう一度、真面目な顔のまま言う。


レナとプログがいない。

その事象が引き起こす、戦力ダウンという現実。


自他共に認めざるを得ない、逃れようのない事実に、

落胆するアルトを慰めるかのように、

反政府組織、暗黒物質の剣のリーダーは申し訳ない、

と手を合わせながら、



「ただ、こちらとしても、

 前回いたハズのメンバーがいないとなれば、

 色んなことを警戒しなきゃいけなくてな。

 もちろん、アルト達がスパイだとか、

 そんなことは微塵も思っていない。

 だが、俺達が表社会から距離を置き、

 秘密裏に動いている以上、

 ありとあらゆる懸念材料を、

 すべて払拭していかなければならない。

 それだけは理解してほしいんだわ」



その言葉通り、わかってくれとばかりに、

今度はポン、とアルトの肩を軽く叩きながら言う。



「俺達には、たった一度の失敗も許されないし、

 ほんのわずかの綻びだって、あってはならない。

 目に見えて払拭することのできるリスクは、

 見逃すことなくすべて消し去っておきたいんだよ」



これが、フロウの本音。


アルトも、何となくではあるが、

彼の言っている事は理解できた。


リーダーのフロウ、

そして副リーダーのレビリンが先頭に立つ、

打倒ドルジーハを掲げる反乱分子、暗黒物質の剣。

現政府をひっくり返す革命を密かに目論む彼らにとって、

最も警戒しなければならないもの。


それは、政府の動き……ではなく、

“曖昧な存在”である。


この場合の“存在”とは、決して人物だけを指すものではない。

情報や思想といった、不可視な要素も含めた、

極めて広義なものとして捉えるものだ。


表社会という光の場所から一線を画した、

裏社会での暗躍を是とする彼らにとって曖昧な存在というものは、

彼らの行動理念にしてただ一つの義である、

打倒政府という信念を揺るがしかねない、

大きなリスクとなる。


例えば真か偽か分からない情報がもたらされれば、

組織の中に疑念が生まれ、

1つに向いていた行動のベクトルが分離される危険性がある。

また、敵か味方か分からない人物が組織の中に紛れ込めば、

信念という名目で固く結ばれていた結束が緩む恐れがある。


その姿は、まさにガン。

正常な細胞の中に1つ、

たった1つのガン細胞が投げ込まれることで、

悪の細胞は瞬く間に広がっていく。


それほどの恐ろしい可能性を、

“曖昧な存在”というものは内包している。


固く結束された集団。

一見強固に見えるものこそ、

実は脆いものであったりする。


フロウは戦力ダウンに対する、

負の感情を見せたワケではない。


自分達の存在、

暗黒物質の剣という組織がある事を告げた、あの時。

あの時にいたはずの2人、レナとプログ。

その2人が今回は、いない。

なぜ?

この“なぜ?”という曖昧な存在を、

確かな事実へと変えたい。


フロウの言葉の真意はそこにあった。



(……って、たぶん思うんだけど)



とはいえ確証が持てないアルトは、

心理の語尾が何とも自信なさげなものになってしまっている。


アルトは気術の使い手ではあるが、

決して、超能力者ではない。


相手の考えている事を完全にスキャニングする事など、

絶対に出来ない。


ゆえに、すべては憶測に過ぎない。


だが、



「ま、そんな陳腐なウソをつくとも思えないし、

 レナとプログがドルジーハに追い返されたって事実は確かだし、

 君たちにだって色々事情があるんだろうし、

 これ以上の詮索はしねぇさ。

 それにお前らが俺らに加わってくれるだけで、

 こっちとしては大幅な戦力アップだ。

 よろしく頼むぜ、アルト君よ」


「……そう言ってもらえると助かります」



フロウの、

その言葉を聞くことができただけで、

そんなことはどうでもよかった。


切望こそされていたものの、

この地に何の縁もない、

他大陸出身の者達のことを、

すんなりと受け入れ、歓迎してくれた。


その事実が、何よりもアルト達にとっては、

どんな言葉や建前よりも嬉しく、安心だった。


加えて、



「さて、と。

 さっきチラリと話は聞いたけど、

 俺らと一緒に戦ってくれる代わりに、

 ローザさん……を保護してあげればいいんだっけか?

 どんな事情があるかは分からないが、

 俺らの活動に支障をきたさない程度でもいいなら、

 こっちとしては一向に構わないぜ」


「あ、ありがとうございます!

 その、詳しい事情については……」


「あーあー、皆まで言うなって。

 別にこっちも、深入りするつもりなんてねえからさ。

 幸いこの酒場には、

 ほとんど部外者が立ち入らねぇからな。

 誰かを匿うにはもってこいの場所だからよ」



その言葉が、アルトに対して、

さらなる安堵をもたらす。


一を聞いて十を知る。

アルトがすべてを話さなくても、

まるですべて分かっているぜ、とでも言うかのように

フロウはニヤリと笑う。


そこには、現状に絶望して酒に走り、

アルコールにすべてを委ねる世捨て人の姿はない。


世を、街を、

いや、この大陸を変えるべく。

誰に頼まれたわけでもない、

自らの力で立ち上がり、

本気で現政府に勝とうと向かっていく、

変革者としての姿、フロウがそこにはいた。



(……僕たちも頑張らないと)



激励されたわけでもないが、

アルトは自然と武者震いが起こり、

身がピシリと締まる想いだった。



「それにしてもホント、

 ちょうどいいタイミングで来てくれたよな」



不意にフロウがそう切り出すと、

何かを噛みしめるようにウンウンとうなずく。



「どういうこと?」


「実は、俺達もそろそろ、

 行動を起こそうかと思っていたんだよ」


「え、行動って……」


「もちろん、ドルジーハの野郎をぶっ倒す行動さ」



ちょいと失礼と、

フロウはキョトンとした表情を浮かべる、

アルト達の横に軽く腰掛けると、



「実は俺達も、

 徐々に準備が整ってきたから、

 そろそろアホ共にケンカを売ろうかなと、

 作戦を練ってたんだよ」


「あらあら、これまた随分と唐突な展開ねぇ」


「まあ、お前らにとっては、

 完全にいきなりなタイミングになってまったが、

 これでも俺達は長い期間欠けて色々と、

 根回しはしといたモンでな」


「で、でも僕たち、

 お城に突撃なんてやったことが……」


「ハハハ、落ち着けよ、少年君。

 何もいきなりキルフォー城でドンパチやるワケじゃねえよ」



座学なしでいきなりの実戦とか、

どこぞのブラック企業のような展開に焦るアルトに、

フロウは乾いた笑い声を交えて言う。



「頭の中身こそスカスカのポンコツとはいえ、

 相手は政府という巨大戦力だ。

 どれだけこっちが効率よく動き回ったとしても、

 頭数が圧倒的に足りてない。

 正面からケンカを吹っかけたところで、

 勝ち目はほぼないさ」


「ま、まあそうだよね……」



いきなり戦いになる事はないと知り、

ちょっとだけホッとした表情を浮かべるアルト。


別に戦いたくないとか、そういう事ではない。

むしろ戦うために、この場にいる。

だが。

世には、心の準備という言葉がある。

確かにアルト達は、

キルフォーの政府と戦うために、

暗黒物質の剣との共闘を申し出た。


しかし、それはあくまでも苦渋の選択であり、

決してアルト自身が戦い大好き、

殴り合い殺し合い大好きなどという、

戦闘狂の性格でもない。

むしろどちらかといえばできれば争い事はしたくない、

物事は穏便にタイプの人間である。


ともなれば、

一緒に戦いましょう、からの、

分かったじゃあさっそく戦いに行こうかと言われ、

ハイ分かりました早速行きましょう! という、

流れるような動きに対応する気持ちの切り替えなど、

当然できるはずがない。


大きな戦いとなるならば、

まずは気持ちを落ち着かせて。

自分の気持ちを整理させてから、

それからよし、行こう! となる。

それでようやく、アルトは戦いに、

しっかりと向き合うことができるようになるのだ。



(フェイティや蒼音は、

もしかたしたら慣れているかもしれないけど……)



百戦錬磨と思われるフェイティ、

そして故郷、七星の里で魔物と常に対峙してきたであろう蒼音と違い、

つい数か月ほど前までファイタルという、

“ド”がつくほどの田舎で、

文字通りのほほんと暮らしてきたアルト。

戦いの場数はもちろんのこと、

“戦”に対する習慣性が明らかに違う。



(いや……僕にはさすがに出来ないや……)



2人と自分を、

戦いという側面で同じテーブルの上で考える事など、

少年には到底できなかった。



「っつーわけで、だ。

 長い事準備してきたことを、

 いよいよこれから存分に発揮していくわけなんだが」



アルトが思案に暮れていることに気づいているかいないか、

フロウは先に話を進めていく。


その中で。



「なんだけれど、

 アルト、お前さん達に1つ、頼みがある」



戦う同志として早速、とばかりに、

リーダーはアルト達へ向き直ると、



「この街から北東の方向にある小さな村、

 シックディスに向かってほしいんだわ」


「? シックディス?」


「そッ。

 あの距離だと……歩いて半日程度でつくかな。

 赤い入場門が目印の、小さな集落が見えるハズ。

 そこへ行ってほしいんだ」



フロウは事もなげに、ケロリとした表情で言う。



(……?)



“半日程度”という言葉に、

アルトは妙な違和感を覚えた。


半日といえば、今まで何度か、

旅をしてきた中で経験したことのある距離である。


ゆえに、半日歩き続けることに、

特に抵抗や目を見張るような驚きがあるわけでもない。


だが、1つだけ、

今までの半日程度と、

現在の半日程度で決定的に違う点がある。


それはディフィード大陸が、

昼でも氷点下の世界が広がる、

極寒の地であるという事だ。


例えばワームピル大陸のような、

温暖で歩行という行為に何の支障もない土地と、

ディフィード大陸のように、

厳寒で日常生活にすら支障をきたしている土地では、

同じ時間に対する体力の消耗度が、圧倒的に違う。


おそらくディフィード地大陸で移動を試みる方が、

ワームピル大陸よりも数倍のスピードで体力が奪われていく。


事実、アルト達は今回、

港町であるカイトより少し離れたところからこの街、

王都キルフォーまで歩いて来たわけなのだが、

その時に要した時間が、半日程度。

その疲労度は、もはや思い返したくもないものである。


魔物と寒さ。

まさに命を賭しての移動。

それくらい言っても過言ではない。

それくらいにこの大陸での半日移動は、

困難なものだった。


それがあっての、先ほどのフロウが何の気もなく、

あっさりと発した、半日程度という発言。


その表情はたぶん、

“それくらい余裕でできるだろ?”といった、

嫌味を含んだものではない。


(僕たちにとってはすごくしんどいものだけれど、

でもそれが、この大陸にとっては当たり前なんだな……)



むしろアルトは、そう捉えた。


この大陸に住む人達にとっては、

それが当たり前。


たとえそれが、

もしかしたら命を落とすかもしれない、

危険と隣り合わせの事だったとしても。


それが安易に進むことのできない、

先々多くの困難が待ち受けている道だったとしても。


きっとこの地に住む人達は迷わず、

前へと進んでいくのだろう。

なぜなら、それが当たり前だから。


それが、本気で国を変えようと戦っている人たちなら、

なおの事なのだろう。


アルトは改めて彼らの、

“打倒政府”に対する意志の固さと、

その意志を必ず遂げる覚悟の深さを痛感させられた。



「どうよ? 行ってもらえるかい?」



フロウは顔色一つ変えることなく言う。


「ま、頼みたいことってのは、

 シックディスにいるメンバーの1人に、

 俺からの伝言をお願いしたいんだわ。

 いちおーアルト達の了承を得てから、

 伝言の内容を、と思ってな。

 どう? もし無理ってんなら別の奴を向かわせるけど」



そして、発言権および選択権はアルトへと、投げられた。



「…………」



アルトはチラリと仲間の方へと視線を送る。


フェイティやローザ、

そして必死に酔いに耐える蒼音も、

ただ黙って、小さく首を縦に振る。


同意。

その意志を示すのに、言葉は必要ない。


たとえフロウ達ほどの意志の強さがなかったとしても、

それでも一緒に戦うことを決めたのだから。

どれほど困難なことがあろうとも、

それが彼らのためになるなら、やり遂げる。


もはや選択など、1つ以外考えられなかった。



「もちろん、行くよ」



静かに前を見据えて、

アルトはフロウへそう告げた。


次回投稿予定→10/21 15:00頃

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