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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第159話:キルフォーの朝

この世界、グロース・ファイスの北東に位置する、

ディフィード大陸。


その王都であるキルフォーの市街地・広場は、

大陸の代表格とされるそれとは程遠く、

ひどく閑散としていた。


まず、市民がいない。


まるで外へ出るな、という命令が、

キルフォー市街地に住む全世帯を、

屋内に縛り付けているかのように、

住民の姿が確認できない。


だが、それ以上にアルトがもっとも驚いたのは。



「見回りの兵士……全然いないね。

 前に来たときは、

 もうちょっといたような気がしたんだけど」


「朝なんてこんなモンよ。

 昨日言ったでしょ、

 やる気ゼロでアホな奴らばっかりだ、って」


「あらあら、やる気ゼロどころか、

 兵士自体がゼロじゃない。

 ここの門番兵さんは、

 みんなお寝坊さんなのかしら?」


「あいにくそんな理由だったら、

 まだ可愛いものだけどね、

 残念ながら意図的に仕事しない、

 いわばサボりよ、サボり」



フェイティのはたしてボケなのかボケじゃないのか、

微妙に判定しづらい言葉に対しても、

レビリンはどこかつまらなそうに、

吐き捨てるように言う。


そう、レビリンの家から今に至るまで、

市民はもちろんのこと、

アルト達は門番兵にすら、

ただの1人も、見かけていない。


まるで市民だけでなく、

門番にすら外出禁止令が出されているかのように、

キルフォーの街は静かで、それでいて冷たかった。


門番に見つからずに、打倒現政府を掲げる組織、

暗黒物質(ダークマター)の剣のアジトである酒場へ向かう。


そのためにどの様な手段を、

と思っていたアルトにとっては、

いやいや無策でこんな街のど真ん中を歩くなんて、

と最初は生きた心地がしなかったのだが、

徐々に状況を把握していく中、

その行動に納得せざるをえなくなっていた。


今は、午前8時過ぎ。


世間一般的に言えば、

確かに朝という時間帯ではある。


だが、あくまでも“朝”であって、

“早朝”ではない。


慣例として門番の数を減らす夜中や早朝ならまだしも、

午前8時という朝の時間帯にもなれば、

通常警備を敷いていて然るべき時間。


なのに、誰一人、見受けることができない。


いやそもそも夜中や早朝でさえ、

まともな王都、

例えばファースターやセカルタであれば、

最小限には留めるにしろ、

見張りの兵士は配置している。


だが、このキルフォーという王都の兵士は、

特殊な時間どころか、

いわゆる通常勤務時間においても、

その姿を現さない。



「これが、今のキルフォーの現状よ」



自嘲気味に鼻で笑いながら、レビリンは言う。



「豊かな……いえ、ヌルい生活をしているのは、

 ドルジーハを筆頭とする王族と、

 ごくごく僅かな富裕層の貴族たちだけ。

 他の市民は飢えや寒さに、

 生きる活力を奪われてしまっている。

 それは本来、

 政府を護るべき兵士達でさえ、ね」


「……」


「ま、私達としては政府が腑抜けであればあるほど、

 楽に動けているからありがたいっちゃありがたいけどね」



そういう言葉とは裏腹に、

レビリンはちっとも嬉しそうな表情を見せない。


皮肉。

まさに皮肉たっぷりに、彼女は笑った。


アルトをはじめ他の3人も、

何と声をかけていいか分からない。


きっと、同情をすることは容易い。

事実、今のキルフォーの惨状は、

ワームピル大陸出身のアルト、

エリフ大陸出身のフェイティ、

そして独立集合地の七星の里出身の蒼音、

他の大陸出の3人からは、

目に余るものがある。


3人だけではない。

おそらくディフィード大陸以外に住む100人に集計をとれば、

間違いなく全員、100人がこの大陸の現状に同情するに違いない。


だが、“心の中だけで”同情することと、

それを言葉としてアウトプットすることは、

まったくの別問題だ。


目の前にいるレビリンとて、

この地が他者から数奇の目で見られることは、

きっと重々承知しているはず。


だからこそ彼女やフロウを始めとする暗黒物質の剣は、

総帥ドルジーハへ戦いを挑んでいるのだろう。


きっとそこにはアルト達には到底知り得ない、

岩石よりも固い意志や厳冬にも負けぬ忍耐、

そしてどんな屈辱にも屈しない意地をして、

今、この場を生きている。


そんな彼ら、彼女たちに。



(大変だね、なんて言葉でさえ、

迂闊には言えないよ……)



改めて、アルトは思う。


今求められているのは同情ではなく、力。

大変だねとか、一緒に頑張ろうなどという、

カタチのない精神的な考えではなく、

強大な相手に対して毅然と立ち向かい、

戦力増幅として貢献するという、

カタチある物理的な力。


それが今、アルト達が望まれている、

この大陸、そして暗黒物質の剣に対するカタチ――。



(下手に声をかけられない状況ね)



同じ空気感を察したか、

背後からフェイティの言葉が耳に届く。

先頭を歩くレビリンには伝達されぬよう、

声を最小限に留めた囁き声で、BBAは続ける。



(この感じだと、

ローザちゃんが元王女であること、

隠しているのは正解だったっぽいわね)


(え……そう?)


(だってここまで打倒政府を掲げているんですもの。

確かドルジーハ、だったかしら?

その人を倒すために熱くなりすぎて、

もしかしたらそのためならどんな手段も厭わない、

って事になる気がするのよね)


(あー……)



確かにと、アルトは思わず同意する。


今、目の前を歩くレビリンという女性。


彼女はキルフォーを、

いや、ディフィード大陸に住む人々を救うために、

現政府の陥落を目指している。


おそらく生まれた頃から今に至るまで、

途切れることなく苛まれ続けてきたであろう、

地獄のような日々。


その悲しい輪廻を断ち切るため、

彼女は今、前を向いて歩いている。


決して諦めない、ではなく、

諦めなど、彼女たちには許されない。


それは目標というよりも、悲願。

他のありとあらゆる欲求をも蹴落とし、

常に絶対最上位として君臨し続ける願望。


執念。


そんな彼らの悲願、執念を一切を無視し続ける、

総帥ドルジーハを主とする政府。


政府と反政府組織。

決して交わり合う事のない、

相反する共同体。


譲歩することがなければ、

いずれは訪れるであろう、

決戦、の時。



(確かに、怖いな……)



今はまだ、その時ではない。

故に、レビリンもまだ“人”という感情を、

失うことをしていない。


だが、もし。

もし抗争が本格化し、優劣の背戸際に立たされた時。

わずかな差で生きる、死ぬの分かれ目、

という状況に陥った時に。


果たして彼女を始め、

フロウや他の暗黒物質の剣のメンバーたちは、

“人”の感情を持ち続けることが、できるのだろうか。



(いや、無理だと思う)



外部の人間ゆえ、

少しは俯瞰してみる事が出来るアルトは、

いともあっさりその可能性を否定する。


無理に、決まっていた。


アルトは正直、

ローザの元ファースター王女という肩書が、

キルフォー政府との戦いの中でどのような手札として使えるかは、

まだイメージが湧かない。

そして、それはきっとフェイティや蒼音、

そしてローザ自身もおそらく思い浮かんではいないだろう。


だが、それはあくまでもアルトが思いつかないだけで、

暗黒物質の剣のメンバー達が同様とは限らない。


如何せん、巨大な政府を相手としているのだ、

4人の考えでは到底届かない、

想定外の思考を持ち合わせている、かもしれない。


そんな彼らに、今もっとも隠すべき、

口外してはいけない、

その事実を伝えてしまったら。


そして、戦いが深刻化し、

仮に反政府組織軍が、

窮地に追い込まれるようなことになってしまったら。


絶体絶命に追い込まれた人間ほど、

何をしでかすか、分からないものはない。


それこそ、ローザがファースターの元王女であるということを、

彼らが知ったとしているなら、

その立場を使って何とか局面を打破していく、

いうなればローザを利用しようと、

企てることは、十分に想定できる。



(ちょっと心苦しいけれど、

今はこのままで行きましょ)



だからこそ、年長者である、

フェイティからの声掛けは、

アルトにとって非常に助けになるものだった。


もしアルト一人で考え、

決断を下していたなら、

果たしてこの結論でいいのだろうか、とか、

もしかしたら伝えるべきなんじゃないか、とか、

きっと余計な事を思い浮かべていたことだろう。



(うん、そうだね)



だが、アルトは今、1人ではない。

共に考え、そして、

賛同してくれた仲間がいる。


その結論、道はきっと、

1人で考えたそれよりも、

遥かに太く、そして強い。


そして、まるでアルトの最終結論を待っていたかのように。



「さて、と。

 とりあえず着いたわよ」



先頭を歩いていたレビリンの足が止まる。

そして、その先に視線を送ると、

やや腐食の進む、

くたびれた木板に“BAR”と刻まれた、

看板を掲げる建築物。


「この前来たばっかりなのに、

 何かもう懐かしい感じがするなぁ……」



1週間弱ぶりの再訪とは思えない、

久々の感覚に見舞われたアルトは言う。



「ここが……」


「暗黒物質の剣……今の政府に抗う人たちのアジト……」



一方、初の訪問となるフェイティとローザ。

まるで希少動物でも見ているかのように、

せわしなく視線をキョロキョロさせる。


だがそれは決して、

未見のモノに対して抱く興味や胸のワクワクなど、

そういった心躍るような類のものではない。


ついに、

ここまで、来た。

ある意味、ここからさらに一歩進めば、

もう戻ってくることはできない、そのギリギリの境界線に。

まるで絶壁の崖の先端に立たされる、

思わず足が小刻みに震えるかのような緊張感。


ここから先は、完全な一方通行と化す――。



「さて一応だけど、

 ホントのホントに、最終確認」



レビリンは振り返り、緊張感が伝う4人に対し、



「ホントに私たちに、

 協力してくれる、ってことでいいのね?

 もしまだ迷っていたり、

 やっぱり辞めようかなとか考えているなら、

 今ならまだ、引き返せるわよ」


「……」


「今ならまだ、私だけしか聞いていないし、

 もし引き返すなら、

 フロウには特に何も報告しないわ。

 ここから先に進めば……、

 このドアを開けたら、もう後戻りはできない。

 途中でやっぱり抜けますと言われても、

 それは許可することはできないわ。

 もしそれでも抜けます、逃げますと言ったら、

 私たちは然るべき対応を取らなければいけなくなる」



最後通告を言い渡すかのように、

副リーダーは言う。


決して大きな声を出しているわけではないのに、

言葉の重みと、声量とは別に醸し出される、

レビリンの瞳、そして思いの真っ直ぐさに、

アルト達は少し圧倒されてしまう。


然るべき、対応。

彼女があえて伏せたであろう、

その意味は当然、

アルト達にだってすぐに理解できる。


来るもの拒まず、

だが、去る者は追う。

もしも彼らを少しでも裏切るような行動をとった、

その時には――。



「無論、私達もそんな対応はしたくない。

 だからこそ、生半可な気持ちだけで、来てほしくはない。

 本当に一緒に、最後まで戦ってくれるのなら、

 私たちは、あなた達をすごく歓迎するわ」



言って、レビリンは沈黙した。

アルト、フェイティ、ローザ、蒼音、

4人の次の言葉を、

ずっと待つかのように。

4人の代表者と思っているのであろう、

アルトへ視線を固定させ、

ありとあらゆる身体の動きを止めて。

レビリンはアルトを見つめ続ける。


さあ、みんなの気持ちはどうなの、と。

言葉の次は目で、それを訴えるかのように。



(――――ッ)



アルトはもう何度目であろうか、

やはり、と悟った。

この人たちは本気なのだ、と。


この大陸を、王都を悪しき城の住人から取り返そうと、

命を懸けて戦っているのだと。

そのためには、

共に本気で戦える仲間でないといけない、と。


それを知ることができた。

だからこそ、



「うん、僕たちの想いも、変わりはない。

 フロウさんやレビリンさん達と、共に戦うよ」



言ったアルトもまた、

レビリンから視線を外すことを、

絶対にしなかった。


別に、見られているからとかを、

意識したからではない。

言葉だけでは乗せきれない、

決して上辺だけではない想いを眼に乗せて、

アルトはただ真っ直ぐに副リーダーを見つめた。


フェイティを始め、ローザや蒼音も、

言葉を続けようとしない。


まるで私たちも想いは同じと、

目で訴えるかのように、

アルトと同じく、レビリンに想いをぶつける。


両者、そして四者の間に流れる、沈黙。

誰にも、何にも邪魔することができない、

4人だけの空間。


その時間は果たして、

数秒だったのか、数分だったか。



「……オーケー。

 みんなの想い、確かに受け取ったわ」



先に動いたのは、レビリンだった。

アルト達へ顔を向けたまま、すぐ後ろにあった、

ドアノブへと手をかけて、



「それじゃ改めましてだけど、

 私たちの空間、有志、

 暗黒物質の剣へようこそ。

 戦友として、それと純粋な友として、

 これからよろしくね」



言って、境界線の向こう、

決して後戻りすることのできない、

王都キルフォーの裏の世界への、

腐敗してあまりに軽くなった木製の扉を、

ゆっくり、実感を込めるようにして開いた。


次回投稿予定→9/9 15:00頃

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