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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
162/219

第158話:キルフォー、決意の朝

この世界、グロース・ファイスの北東に位置する、

ディフィード大陸。


一年を通じて大地が雪に覆われている、

この大陸は当然の事ながら他の3大陸、

ワームピル大陸、エリフ大陸、ウォンズ大陸と比べ、

一年の平均気温が著しく低い。


そして、それは決して、

朝の時間帯も例外ではない。


長い長い夜が明け、

小鳥のさえずりや朝日などとは、

無縁の朝を迎えた王都キルフォー。



「ふうぅぅぅ……相変らず寒いね……」



さほど期待はしていなかったものの、

やはり身に堪えるような王都キルフォーの寒さに、

一歩外へ出たアルトはポツリと漏らす。


前回、レナやプログと共にこの地を訪れた際に、

アルトは一度、ディフィードの朝は経験している。


だが、たとえ一度経験していたとしても、



(ファイタルでは絶対に有り得ない寒さだし、

こんなの慣れるわけないよ……)



決して記憶、経験に刻まれることのない極寒に、

アルトの気分は、一向に上昇気流を描く気配がない。


通常、一度経験した出来事は、

人間は脳へと保存することができる。

そして次回に似たような事象が起きた場合、

その保存されたデータと照らし合わせることにより、

例えばこれくらいの寒さだったとか、

この程度の心持でいれば耐えられるだろうとか、

免疫を作り出すことができる。


だが、このディフィードの寒さにおいては、

その理論がまったく当てはまらない。


一度新規保存されていたはずの“経験”が、

免疫という形へ昇華させることができない。


たった一度だけの、

たった一回保存された程度の経験だけでは、

ディフィードの寒さに耐えることなどできないのだ。


だが、寒さに四苦八苦するアルトとは、

対照的に。



「あら、今日はこれでも暖かいほうよ。

 数日前なんか、あまりに寒くて店を臨時休業したくらいだし」



アルトに続いて家を出たレビリンは、

何事もない、何も問題などないかのように、

ケロッとした表情で言う。



「……これでも温かい方なの?」


「まあね。

 過ごしやすい天気、とまではいかないけれど、

 別に苦にはならない気温だと思うわよ?

 雪も降っているワケじゃないし」


「これで苦にならないって……」


「慣れよ、慣れ。

 みんなはふだん違う大陸にいて、

 いきなりこんな場所に来たから厳しいとは思うけれど、

 生まれてから今までずっとこの地で生きていれば、

 このくらいの寒さは慣れちゃうもんよ」


「そういう、ものなのかなぁ……」



慣れという、それこそ“経験則”だけで、

どうにかなる問題でもない思うけれどと、

1回の経験者であるアルトは、

そう感じずにはいられなかったが、

だが、かといってそれに代わる、

この寒さを克服するフシも思い当たらない。



「ま、アルト君たちもじきに慣れるわよ。

 何たって、寝ても起きても、

 いっつもこの寒さんだから」



だからこそ、

レビリンの最後の言葉が、

アルトの心にはズシンとのしかかった。


寝ても、起きても、

つまりは一日中、この寒さが常にある。


まるで空気のように、

自らが意図してなくても、

望んでいなくとも、

この寒さは身近にいて、

逃れることは、決してできない。



「……」



だから。

逃げることができないならば、

向き合うしかない。


城の内部で悠々自適な、

何一つ不自由のない生活を送る貴族たち以外の、

一般市民たちは、寒さと真っ正面から向き合い、

そして克服していかなければいけない。


克服できなければ、その先に待つのは、死。

まさに、生きるか、死ぬか。


その中でレビリンが言った、

慣れるということ。

その言葉の意味は、

アルトが考える、それよりも遥かに重い。


ディフィード大陸の人々にとっては、

慣れる必要がある、ではない。

慣れなければいけない、のだ。

受け身ではなく、自分で動く。



(そっか、

この地で生きるには、決して受動的じゃなく、

能動的でなければいけないんだ……)



誰かが、何かが自然と解決してくれることを待つのではなく、

自ら進んで、そして勝ち取る。


ここに来てアルトは、

ようやくその意味を、

理解することができた気がした。



「それで、

 最終確認なんだけれど、

 ローザを保護する代わりに、

 アルト君たちは私たちに協力してくれる、

 って認識で合ってるのよね?」


「あ、うん。

 何か交換条件みたいで申し訳ないんだけれど……」


「私は別に構わないわよ。

 タダで協力してくれなんてムシが良すぎる話だし、

 生まれがそもそも違うのに私たちと一緒に戦ってくれるとなれば、

 何かしらの目的があって然るべきでしょ」


「そう、だね」



淡々と話すレビリンに対し、

どこか後ろめたさを感じながらアルトは言う。


それは夜が明け、

レビリンから差し出された乾燥したパンを食べる、

朝方の事だった。



『んで、改めて聞きたいんだけど、

 アルト君たちは何しにここに来たの?

 まさかホントに観光とか言わないでよ?』


『さすがに観光じゃ、ないかな』


『まあ、そうだよね』


『ここに来たのは、

 前にフロウさん達に誘われた、

 その返事をするためなんだ』


『まあ、そんな所かとは思っていたけど。

 んで? ここまで来たってことは、

 一緒に戦ってくれるってことなのかしら?』


『うん。

 諸事情があって、レナとプログは参加できないけれど、

 僕たち4人は、暗黒物質の剣と行動を共にするよ』


『そっか、それはありがたいわ。

 ま、あの2人がいないのは痛いけれど、

 それでも4人も同志が加わってくれるとなれば、

 フロウも喜ぶとは思うわ』


『そうだと有難いけれど……』


『んで、参加してくれるのは分かったとして、

 見返りは何が欲しいのかしら?』


『……え?』


『私たちに協力してくれる代わりに、

 私たちに、何かして欲しいことがあるんでしょ?』


『どうしてそれを?』


『そりゃ女の勘……ってのは冗談として。

 遠路はるばる、

 船旅というリスクを冒してまでここまで来たってことは、

 そのリスクを冒してでも、

 何かを成し遂げたかったってことでしょ?

 さすがにボランティア精神だけじゃ、

 ここまでは来ないと思うし』


『…………』


『大丈夫、気にしないで。

 私達だってタダで命を懸けてくれ、

 なんて暴論は振り回さないから。

 世の中ギブ&テイクで成り立っているんだし、

 よほど無茶な依頼じゃなければ、

 私たちも極力、力になってあげるから』


『レビリンさん……』


『んで、望みは何かしら?

 お金? それとも政府を倒した後の見返りとか?』


『いや、お金とかじゃないよ。

 僕たちが頼みたいのは……ローザを保護してほしいんだ』


『ローザさんを?』


『うん。

 この子、ちょっとワケあって今、

 犯罪集団に追われているんだ。

 だから……』


『要は匿ってくれ、ってことね。

 とりあえず私は構わないわ。

 たぶん、フロウも了承するとは思うけれど、

 一応後で確認してみるわ』


『え……そんなあっさりでいいの?』


『ええ、そんなあっさりで全然オッケーよ』


『追われている理由とか、

 色々と知らなくてもいいの?』


『まあ、気にならないって言ったらウソになるけど、

 別にそれ聞いたところで行動が変わるわけでもないし』


『そう……なの?』


『それにそーゆーのをあんまり聞かれたくないから、

 わざわざここまで来たわけでしょ?

 それで私が根掘り葉掘り聞いたら、

 それこそ本末転倒だと思うけれど』


『はあ……』


『ま、とりあえず話の大枠は了解したわ。

 とはいえ私はあくまでも副リーダーだから、

 最終的な判断はリーダーのフロウじゃないと決定できないの。

 これから酒場に行くけれど、

 良かったらアルト君たちも来る?

 私から事情を説明してもいいけれど、

 直接フロウと話をした方が、

 色々と伝わるものがあるんじゃない?』


『そう、だね。

 そしたらもし邪魔じゃなければ、

 僕たちも一緒に行っていいかな?』


『オーケー。

 そしたら少し準備をするから、

 ちょっと待っててね――』



そして、今に至る。



「これくらい気温が高ければ、

 もしかしたらまたそこら辺を、

 酒飲みながらブラブラしているかもしれないけれど、

 でもこの時間ならたぶん、

 フロウはまだ酒場にいると思うわ」



ついてきて、と一言だけ告げて、

レビリンは周囲を気にする素振りすら見せることなく、

スタスタと歩き出していく。


朝起きて開口一番、

レビリンにキルフォーを訪れた理由を聞かれたアルトは、

8割方素直に、事情を説明した。


打倒政府を目論む組織、

暗黒物質の剣に協力する事、

レナやプログは事情があって参加できない事、

そしてその見返りとしてローザを保護してほしい事。


自分達が描く、明確なビジョン。

それをほぼ伝えることを決断した。


ただすべてを、

レビリンに伝えたワケではない。


残りの2割。

すなわち、

レナやプログ達が今、何をしているかという事と、

ローザの身分についての事。

これらについては、

あえて、意図的に情報を伏せた。


あくまでもアルトの独断で、

それを決定したわけではない。


この2点を隠すこと、

それについてはディフィード大陸へ向かう最中、

船の中でフェイティと話し合い、

決めた事だった――。



『そういえばフェイティに相談があるんだけど』


『あらアルト君、改まって何かしら?』


『これから暗黒物質の剣って組織と、

 接触を試みるんだけれど……』


『もしかして、ローザちゃんの事かしら?』


『うん。状況次第にはよるけれど、

 出来れば暗黒物質の剣に、

 ローザの保護をお願いすることになると思うんだ』


『まあ元々それが、

 ディフィード大陸へ向かう最大の目的だものね』


『うん。そこで提案なんだけれど、

 暗黒物質の剣には、

 ローザがファースターの元王女だってことを、

 隠しておいた方がいいかな、と思ってて』


『確かにその方がいいかもしれないわね』


『フェイティもやっぱりそう思う?』


『BBAはまだその組織の人と会っていないから、

 何とも判断がつかないけれど、

 少なくともキルフォーの政府を敵とみなしている以上、

 王族とか、そういうキーワードは極力伏せておくべきだと、

 BBAは思うわ』


『そう、だよね』


『組織の人たちを100%、

 いえ、この場合120%、

 信用できるのであれば話は別だけれど、

 そうでないであれば、

 もしかしたら裏切られるかも、

 逆にその立場を利用されてしまうかも、

 っていう可能性を持っておかないといけないわ。

 それがローザちゃんという、

 他人の命に関わる話ならなおさら、ね。

 元王女と伝えるなら、

 そこら辺を見極めてからでも、

 全然遅くないんじゃないかしら?』


『分かった、そしたらその部分は特に伝えない、

 って方向で』


『あ、それと加えて、BBAからご提案。

 レナちゃんとプログちゃんが、

 今回参加していない理由も、

 できれば言わない方がいいかもしれないわ』


『え? どういうこと?』


『反政府組織というのは、

 情報が漏れるということを恐れるの。

 そりゃそうよね、

 相手に攻め込む時に、その情報が知られてしまえば、

 打倒政府の可能性が、極端に下がってしまうもの。

 だから秘密裏に動く人たちは、

 必要以上に情報管理に敏感になるの』


『なるほど……』


『だからもし、レナちゃん達が今回来ない理由が、

 総帥さんと顔を合わせているからと聞けば……』


『いくら僕や蒼音はドルジーハと会っていないと言っても、

 警戒されてしまうってことか……』


『そういうこと。

 必要な情報を言わなければ、

 確かに相手から、

 信用してもらうことはできないかもしれない。

 でも、不必要な情報を言うことによって、

 逆に不信感、警戒心を与えてしまうことだってある。

 だからレナちゃん、プログちゃんは別件で動いているとか、

 うまく誤魔化して話を進めることが、

 BBAは必要かな、と思ったんだけど』


『そうだね、フェイティの言うとおりだと思う。

 よし、そしたら今の2点、

 ローザの身分の件とレナ達の件は、

 フロウ達には言わないで行こう――』



そして再び、現在に至る。


これらのことについては、

フェイティと話したのちにすぐ、

ローザと蒼音にも情報共有を行った。


ローザはそれが安全に繋がるならとすぐに了承し、

蒼音もすぐさま、同意を示した。


かくして、行動は決まった。


何もバカ正直に、

すべての情報を提示する必要は、ない。


これは、警察の自供ではない。

お互いがお互いの目的のために手を取り合う、

いわば同盟関係のようなもの。

決して、仲良しクラブを作りたいのではない。

両者が両者を補完し合い、

互いの恩恵を、最大限生み出す。

利害関係を高水準で一致させるためには、

多少の駆け引きは絶対に必要――。



(隠し事をしているみたいでちょっとアレだけど……)



自分達を酒場兼アジトへと案内する、

暗黒物質の剣副リーダー、

レビリンの背中を見て、

アルトはわずかに罪悪感に苛まれるが、



(でもまあ、仕方ないか……。

もしかしたらフロウ達だって、

僕たちに何かを隠している可能性だって、

充分にあるわけだし……)



自分に言い聞かせるように、

自らの行動を無理くり肯定の道へと矯正させるように、

アルトは頭を切り替える。


みんなでそう決断した以上、

迷う必要はない。

いや、むしろ迷いという部分へ、

思考の力を向ける余裕などない。


みんなが同じ方向を向き、

みんなが同じ事を考え、

そして、

みんなが同じ行動を徹底する。

それが必要な事。



(……よし)



今一度、改めて脳内思考を吹っ切ったアルトは、

自らの足跡を確かめるかのように大地を力強く踏みしめ、

レビリンの後に続き、

まずは一つ目の決戦の場、

暗黒物質の剣のアジトとなっている酒場を目指した。


次回投稿予定→9/2 15:00頃

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