第156話:同世代
今の蒼音と、
数年前のレビリンが、似ている。
「あの……それって、
どういうことでしょうか?」
蒼音はすぐさま、説明を求めた。
しかし、それと同時に。
「あ……いえ、ごめんなさい。
レビリンさん、もし眠かったら寝ていただいて、
全然構いませんから!」
ふと我に返ったかのように、
慌てて付け加えた。
反政府組織の副リーダーである彼女。
少なくとも今の彼女では己と、
対角線上に位置するとも思える彼女の姿。
そのレビリンの過去の姿がなぜ、
今の自分と姿が似ていると、しかも本人が言えるのか。
理由は当然、気になった。
彼女の発した言葉の、
真意はどこにあるのか、そして何なのか。
自分の意志を持つことのできない、
苦しみを抱える蒼音にとって、
それは、たとえどれほどの時間をかけてでも、
聞いておきたい、おかなければならないものだった。
だが同時に、
レビリンから詳細な話を聞き出すという事は、
その時間分、レビリンの睡眠時間を、
蒼音の手で奪っていくことを意味する。
時計の針はすでに、
22時半に差し掛かっている。
夜の活動時間帯が極端に短い、
ディフィード大陸、そして王都キルフォーにおいては、
すでに全世帯、全市民が眠りにつく時間だ。
先ほどレビリンは、
蒼音が活動を起こす少し前から、
自らも目を覚ましていた、と言っていた。
だが、
(もしかしたら私に気を遣って、
レビリンさんはそう言っているのかもしれないし……)
その可能性だって、大いにある。
もしそうだとしたら、
自分は家主の貴重な睡眠を妨げただけでなく、
そこからさらに睡眠時間を、
奪い続けていることとなる。
ぜひ教えてくださいなどという、
一見どこでも使えそうな安易で、
便利な言葉であっても、
今の蒼音には、口にできるような状況ではなかった。
だが、
「いいのいいの。
私も目が冴えちゃったし。
それに……」
「それに……?」
いまだ不安が拭えない蒼音に対し、
レビリンは少しだけ表情を崩しながら、
「たぶん私達って同い年くらいでしょ。
近い世代同士、色々と話せるんじゃないかな、
って思っているんだけど」
そしてレビリンは、
まるで子どもをあやす母親のようにニッコリと、
笑顔を見せた。
酒場で酒飲みの野郎共と対等に渡り合う店長でも、
フロウや同志たちと共に誇り高い意志を持つ副リーダーでもない。
そこには今まで蒼音たちには決して見せてこなかった、
年頃の友達と他愛のない話で盛り上がりたい、
ごくごく普通でありきたりな一人の女性、
レビリンの姿があった。
「えっと……あの……」
戸惑いが無いと言えばウソになる。
トレードマークとも言える、
赤髪を1つに束ねた、
ポニーテールを無造作にさわりながら、
蒼音は、歯切れ悪く言葉を濁しつつ、
とりあえず、次の言葉を探してみる。
果たして、このままレビリンと、
話を続けていいのだろうか?
迷惑では、ないだろうか。
「そんな無理に話そうとしなくていいわ、
たぶん今、迷惑にならないかなぁ、
とか考えているでしょ?」
「え……どうしてそれを?」
「ふっふーん。
だから言ってるじゃない、
昔の私とそっくりだって。
かつての私なら、そう考えていたしね」
どこか自慢げに、
まるでお使いが出来て誇らしげに胸を張る子どものように、
レビリンは少しばかりのドヤ顔を見せたが、
「まあ今でこそ、
よく喋るようにはなったと、
自分でも思うけれど……」
それも一瞬、
再び柔和な表情へと変化を遂げ、
そう前置きしたうえで、
「つい数年前まで、
私、全然人前で話せなかったんだよね」
「え……」
話題の核心を切り出した、
レビリンの言葉。
まるで身を隠しているかのように、
蒼音は思わず、息をのむ。
「私さ、元々物凄い内気で、
大人しい女の子だったのよ。
きっと今の姿からは、
全然想像できないと思うけど」
確かに、と。
打倒政府の副リーダーという身分からして、
蒼音はてんで、想像がつかない。
「でも実際、
つい4~5年前くらいまでは、
みんながいるところから遠く、
片隅の方で誰とも話すことなく、
ただただ静かにしている、
そんな感じだったんだよね」
「そう……だったんですか?」
「そっ。
誰かと話すことが、超~苦手でね。
……いや、話すのが苦手というか、
誰かと接することが嫌だ、
って言う方が正しいかな。
話すのはもちろん、
誰かと一緒にいる事や触れ合う事とか、
自分以外の人と関わる、一切の行為が嫌いだった」
笑っちゃうよね、と。
レビリンは自嘲気味に言って、
「でも、本当に他人と関わるのが嫌だったわ。
理由はただ一つ。
自分の意志を持ちたくなかったから」
「!!」
その言葉を聞いた、瞬間。
蒼音はまるで全身に、
電撃が走ったかのような感覚に襲われた。
まさか、ここでその言葉が出てくるとは。
今、この場にいる5人、
眠りの世界へといる者達も含めて、
最もその言葉を口にしなさそうな人から、
最も口にしなさそうな言葉がこぼれた。
それは蒼音の、
今までの人生そのものを現す言葉。
幼い頃に自らに対しての虐めを回避するため、
己の手で決断を下した行為。
結果、その行為から今に至るまで、
決して途切れることなく、
蒼音の傍にまとわりつき続けてきた。
現在進行形で彼女を苦しめ続けている、
“自分の意志を持てない”という言葉。
少なくとも自分以外では、
誰一人としてそのような告白を聞いたことがない、
この現況において。
「自分の意志が……持て、ない?」
もしかしたら聞き間違いではないかと、
蒼音は半信半疑で、
その言葉を口にしてみる。
「そっ。
自分の考えを、一切人に言わない。
かつての私は、そんな人間だった」
だが、レビリンの口から次に発せられたのは、
先ほどと、ほぼ同義の言葉だった。
聞き間違いでは、ない。
「本当……ですか?」
「ホントホント。
他人の言葉にただ黙って従うだけの、
典型的な指示待ち人間だったわ。
だって、そっちの方が楽だったし。
自分で考える必要がないし、
誰かに従って行動すれば、
少なくとも自分だけが責められることはないし、
正誤の判断だって、誰かがやってくれるワケだし」
「そ、それは確かにそうですけれど……」
思考を見透かされているかのように、
目に見えないはずの“考え”を可視化されているかのように、
蒼音が今まで考え、そして通ってきた道を、
レビリンは次々と、言葉として変換していく。
「相手に対し、差し障りのない行動をとる。
それを実践していれば、
自然と自分からの発言は少なくなるし、
誰かから同意を求められるまでは、
決して自分からは発言しなくなる。
当然、自分の考えなんて、
持つことはなくなっていくよね」
「…………」
まるで一本の線を正確無比になぞるように、
自らの考えを明かしていくレビリンに、
蒼音は自分の口が半開きになっていることにすら気づかず、
ただただ黙って耳を傾けている。
「でも、それって楽だけど、
苦しいんだよね。
確かに誰かに怒られたり、
責任を問われたりすることはないけれど、
ただの指示待ち人間って、
何かこう……生きている、
って感じがしないよね。
まるで自分の人生なのに、
他人が勝手に敷いたレールの上を、
何の疑いもなく平凡に歩いているだけって気がして……」
「あの! どうやって……どうやってレビリンさんは、
変わることができたんですか!?」
思わず、蒼音は言葉を発した。
耐え切れないし、我慢ができなかった。
これ以上、自分の思考を表世界に晒されることも、
レビリンの、おそらく辛かったであろう過去を聞くことも、
また、彼女からアドバイスをもらおうと待ち続けることも。
今の瞬間までが、限界だった。
まるで天から、
一筋の蜘蛛の糸が目の前に垂れてきたかのように。
わずかな希望へ必死にしがみつくように、
蒼音は祈るような眼で、救世主にすがった。
「そうそう、そんな感じに、
すぐに相手に答えを求めちゃうんだよね。
私もそうだったから、
その気持ちはすごい分かるわ~」
救世主は己の腹の中にある過去と照らし合わせ、
噛みしめるようにしみじみ呟く。
「自分の意志を持たなくなるとどうしても、
自分で何かを考える、
っていう行為が少なくなっていくのよね。
他人に追従しているだけだから、
考えるという行為自体、
まったく必要がなくなるんだから。
そうすると何か分からない事や、
教えてほしいことがあると、
すぐに他の人へ聞いちゃうようになるんだよね」
「! ご、ごめんなさい……」
「ゴメンゴメン、
別に責めているワケじゃないの。
私だってそんな事を言えるほど偉いわけでも、
人間出来ているわけでもないし」
岩壁に衝突した沈没船のごとく、
徐々に気が沈んでいく蒼音に対し、
レビリンは苦笑いを浮かべ、
許してとばかりに顔の前で両手を合わせると、
「そうねぇ……何て言えばいいかしら……」
それまで視線を送り続けてきた蒼音から、
わずかに目を逸らし、
ふう、と大きく息をついて気を整える。
そして再び、迷える少女へ向き直ると、
「結論から言っちゃうと、
たぶん、蒼音が期待しているような答えは、
私は持っていないわ」
え……と、
表情が凍る蒼音を前にして、
「厳密に言えば、
蒼音に“正確に”合致する答えは、
私にも分からない、って感じかしら」
「???」
「うーん、どうしても、
回りくどい言い方になっちゃうなぁ……。
まあ、端的に言うと、
過去の私と蒼音が同じ事で悩んでいたとしても、
そこまでの過程が違う以上、
仮に適切なアドバイスは送れたとしても、
絶対的な答えをいう事は不可能、ってことかな」
要は、国語の文章問題に対する、
“模範解答”のようなものは伝えることができても、
数学の計算問題に対する、
“絶対解答”のようなものは伝えることができない、
ということらしい。
だが、蒼音にとっては。
「……アドバイスでも何でも、私は構いません。
過去のレビリンさんが、
どうやって今のレビリンさんへと、
変わることができたのか、
それだけでもいいから……ぜひ教えてほしいんです」
正直心の中では、
絶対的な解答が欲しい部分は、
どこかしらにはあった。
すぐに完全な答えを、
レビリンに求めようとした。
それは紛れもない、
逃れようのない事実だった。
だが、その願いはついさっきの彼女の言葉、
『結論から言っちゃうと、
たぶん、蒼音が期待しているような答えは、
私は持っていないわ』
たったこれだけの言葉だけで、儚く砕け散った。
レビリンからは、完璧な答えを得ることは、できない。
だが、それでも蒼音は、
引き下がるわけにはいかなかった。
完全な答えを得られなかったとしても。
何か少し、どんな些細な事でもいい、
副リーダーの経験から、
何かを得たい。
たとえ天から差し伸べられた蜘蛛の糸が、
途中で引きちぎれそうになったとしても、
それより上部の糸を、
死に物狂いで掴まなければいかない。
せっかく奈落の底から這い上がるための希望を、
そう簡単に手放すわけにはいかない。
まるで藁をもつかむような思いで、
蒼音は必死に、レビリンへと語りかけた。
「うーん、そうだなあ……。
あんまり過去の話は、
恥ずかしいからしたくないんだけど……」
レビリンは、どこかむず痒そうな表情を浮かべたが、
「ま、でもせっかくの同世代で、
かつて同じ悩みを抱えていた身だし、
少しだけならいいかな」
「本当ですか!?」
「あ! でも約束。
今から話す事はあくまでもここだけの話で、
他の人たちには内緒にしといてね。
わざわざ話すような事でもないし、
そーゆーのを他人に知られたら、
それはそれで面倒だし」
「もちろんです!
ありがとうございます!」
「いいっていいって。
まったく、蒼音はホントに真面目ねぇ。
ってか、そんなバカ丁寧に敬語で、
話さなくてもいいわよ。
タメ語でいいわ、タメ語で。
つか、敬語禁止ね」
「え……?
いや、でも……」
「いいのいいの。
同世代なんだし、
私がそれでいいって言ってんだから、ね?」
目の前のレビリンに対しては当然、
年上のフェイティ加え、
年下であるはずのレナやローザでさえ、
ほぼ敬語を使用して会話する蒼音。
困りましたとばかりに眉がハの字になってしまったが、
「うん、わかりま……分かった。
これからはなるべく、
敬語は使わないようにします……するね」
「ぎこちない!
なにそのギクシャク感!
あははははッ!!」
「そ、そんなに笑わなくても……」
「いや~ゴメンゴメン、
あまりに違和感MAXだったからさ」
ちょっと本気で凹んでいる蒼音に、
再度手を合わせるレビリンは、
「それじゃあ気を取り直して、
ちょっとばっかし昔の話をするけど――」
やや唐突ながらも話題を本線へと戻すべく、
口を開いたレビリンは本題である、
自らの過去の経験について話す前に、
蒼音に対して1つ、質問を投げかけた。
「今の流れだけで2つ、
蒼音が自分の意志を示していたの、
ちゃんと気がついてた?」
次回投稿予定→8/19 15:00頃
来週は作者の私情により休載となります。
ご迷惑をおかけしてすみません。




