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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第155話:巣食う影

(なかなか寝られません……)



まるで誰かに助けを求めるかのように、

少女は心の中でポツリと呟くと、

隣で静かに眠るローザとの、

共用掛け布団から静かに抜け出し、

ゆっくりと立ち上がる。


ローザから数メートル離れた所で、

同じく2人で1つの掛け布団を使いながら、

目を閉じて横になるフェイティ、そしてレビリン。

そしてそこからさらに奥、

女性陣から少し距離を置いたところで、

スピースピー……と、

妙に可愛げな寝息を立てて眠るアルト。


どうやら自分以外は、

自我の無意識下、

夢の世界へと旅立っているようである。


時は、夜の22時をわずかに過ぎた頃。

レビリンが就寝を提案し、

皆が床に就いてから、

およそ3時間近くが経過していた。


睡眠の質には、

レム睡眠とノンレム睡眠がある。

眠りの深浅によって分けられる、

この2種類の状態は、

おおむね90分の周期で交互に繰り返している。

3時間、つまり180分が経過したという事は、

睡眠の周期が1周し、

2周目へと入ろうかとする時間帯となる。



「…………」



寝ようと決断し布団にもぐりこみ、

そこから3時間もの間、

一度も眠気に襲われず、

眠りにつくことができないとなれば。


原因としては何かの病魔に冒されているか、

もしくは眠りという生理的現象にも勝ってしまう、

心に何か根深い負の思考が働いているか、

そのどちらかになるだろう。



「…………ッ」



今、レビリンの家でただ一人眠りにつけず、

まるで生気が宿っていないかのような、

うつろな目をして立ちすくんでいる赤髪の巫女、

石動蒼音の場合はほぼ間違いなく、

後者に起因しているだろう。


蒼音に巣食う、根深い負の思考、

それは言うまでもなく。



「私は……何をしたいのだろう……」



自らの、明確な意志の欠落。

他人に追従することにすべてを注ぎ、

自発的な言動を一切行わない、行えない。


それらが、できない。



「どうすれば、

 自分の意志を持てるのだろう……」



またポツリと、蒼音は悲痛にも似た、

心の内を吐露する。


いくら簡単な計算を解きたくても、

解法が分からなければ一生、

その計算を解くことはできない、それと同様に。

やりたくても、方法が分からない。


床に伏してから今までの約3時間、

蒼音の睡眠は、

幼い頃から心の奥底にこびりつき続く、

負の遺産によって阻まれ続けていた。


明日が4人にとって分岐の1日となる、

重要な日なのは、分かっている。


キルフォー政府のトップにして、

独裁者であるドルジーハ。

彼と直接顔は合わせていないものの、

元々はセカルタの政府の関係者として、

この地を踏んだアルト、そして自分。


いわば政府関係者としての立場から一転、

反政府組織を掲げる暗黒物質の剣との接触を、

自発的に、具体的に試みようとする、

それが、明日。


ただでさえ緊張の糸が張り詰める、

場に居合わせるだけで心拍数が右肩上がりになりそうな、

その場面を迎えるにあたり、

まさか寝不足という子供じみた言い訳を、

公衆の面前で晒すことなど、許されるはずがない。


だが、人間という生き物は非常に賢いがゆえに、

同時に不完全な生き物でもある。


眠りに対して無意識でいられればいられるほど、

人間は眠りやすくなり、

寝ようとすればするほど、

まるで思考の金縛りにあったかのように、

まったく眠りに入れなくなってしまう。


つまらない話を無理に聞こうとすると、

すぐ居眠りをするのにその後にいざ就寝、

となると意外とすぐには眠れない、

といったものと同じである。


それはもちろん、

今の蒼音も、例外ではない。


いや、彼女の場合は眠れないだけでなく、

同時に負の思考が、

まるで蜘蛛のようにジワジワと歩み寄り、

ゆっくりと襲い掛かってくるのだから、

むしろさらにタチが悪い。



(…………)



彼女の安眠を決して許さない、

彼女の、今までの生き方。



(少し、涼みたいな……)



部屋に、暖房器具はない。


だが気が付けば、

効きはじめのホッカイロを握っているかのように、

身体にじんわりと汗が滲んでいる。



(いくら体温が高い方が眠りにつきやすくても、

さすがに少し、冷やさないとダメですよね……)



冷や汗の類かどうか分からないが、

自らの手に浮かび上がる微量の水分に視線を落とした蒼音は、

再び周りに目を配る。



(…………)



迷える少女の目にふと止まったのは、

外の世界へと繋がっている木製の、

くたびれた玄関の扉。


ディフィードの夜が、

-10℃をゆうに下回ることは、

蒼音も承知している。


天然冷蔵庫とも言える、

人間の正常な活動を著しく妨げるほどの寒さ。

当然、出ない方がいいに越したことは、ない。


だが同時に、

事実として蒼音は今、汗をかいており、

この部屋を少し暑く感じている。



(矛盾脱衣……にしては、

気温がまだ高いし、

本当にちょっと暑いだけだと思うのだけれど……)



高い山への登頂へ失敗した者の遺体が、

しばしば全裸で発見される場合がある。

これは極寒での体温低下を阻止するため、

身体が熱生産性を急速に高めることが原因で、

寒い場所にいるにも関わらず、まるでものすごく暑い場所に、

いるかのように錯覚してしまう。

これを矛盾脱衣と言うが、

今、蒼音が佇んでいるレビリンの家の室内温度は、

-10℃どころか、氷点下にすら到達していない。


つまり、そもそも錯覚を起こすような場所ではないのだ。


ということは、環境云々の問題ではなく、

蒼音自身が、必要以上の熱を身体に保持している、

ただ、それだけの事である。


それならば。



(少しくらい、外に出ても大丈夫かな……?)



1つの考えが脳裏をよぎり、

足を一歩、前へと踏み出したが、

同時に。



(いや……でも、みんなに迷惑をかけるかも……)



もう1つの考えが間髪入れずに、

蒼音の思考を横切り、

一歩目を踏み出した次の、二歩目を許さない。


外に出て涼めば、

この火照りを冷ますことは、

きっと容易だろう。


だが、誰の判断も仰がず、

もし勝手に外を出て体調を崩したり、

あるいは巡回しているかもしれない兵士に、

見つかるようなことがあったら、

他の仲間たちに、多大な迷惑をかけてしまう。


だが、今の熱を帯びた状態のままでは、

おそらく眠れない。



(どうしよう……。

どうしたら、いいのだろう……)



外に行って心身共に少し冷やす方がいいのか、

はたまた突如いなくなるという迷惑をかけないように、

この場に留まっておくのが良いのか。



(どうすれば……)



意志を持たない、

“空っぽ”の少女蒼音に、

その選択を決定できる能力はない。


まるで夢遊病のように、

法則性なく辺りをユラユラと歩き続ける蒼音。

一歩踏み出しては、二歩下がり、

今度は二歩進んでみたが、また一歩引き下がり。

無意志のなかで揺らめく、


その最中。



「この時間で外に出ようとするのは、

 ただの自殺行為よ」


「!!」



まるで不意に金属バットで背中を思いきり叩かれた、

そんな衝撃を受けたかのように、

突如として投げつけられた言葉に、

蒼音は思わず後ろを振り返る。



「何を考えて、

 何をしようとしていたかは分からないけど、

 少なくともこの大陸で夜に外を出歩くのだけでは、

 絶対にやめた方がいいわ。

 たとえ倒れたとしても、

 誰一人として助けてはくれないわよ」



そこには先ほどまで、

床で横になっていたはずのレビリンが、

涼しい顔で立っていた。



「ご、ごめんなさい……!

 もしかして起こしちゃいましたか!?」


「違う違う。

 ちょっと前に、

 私も目が覚めちゃって。

 これほどの大人数と一緒に寝るなんて、

 今まで一度もなかったから、

 ちょっと緊張しちゃったのかも」



蒼音の心配をよそに、

レビリンはいたずらっぽく肩をすくめて言う。



「ゴメンね。

 寝心地、悪いよね。

 ホントだったらお客さんに対して、

 もっと良いもてなしができたらよかったんだけど……」


「そ、そんなことないです!

 ただちょっと考え事をしていて、

 それでちょっと眠れなくなっちゃっただけで……!

 それにこちらこそ、

 レビリンさんの眠りを妨げてしまって、

 申し訳ないくらいです!」


「いいのいいの、私のことは気にしないで。

 別に一人で寝ているときだって、

 たまに起きちゃうことはあるんだし」



よいしょ、と言いながら、

レビリンは部屋にある、

わずかに腐食が進む木椅子へと腰掛ける。


キイィィ……という軋み音と、

ミシミシ……という、圧迫音を響かせ、

ふう、と一つ息をついたレビリンは。



「せっかくだし、

 ちょっとだけ、いいかしら?」



不意に、問いかけた。



? という困惑した様子を滲ませる蒼音に対し、



「考え事をしていた、って言っていたけど、

 何について考えていたの?」



一切の曇りや澱みのない声と、

決して泳ぐことのない真っ直ぐな視線で、

レビリンは蒼音に対し、問いを投げかけた。



「え……?」



思いもよらぬ部分の抜粋に、

レビリンとはまるで真逆の、

表情に戸惑いや迷いを、

蒼音は隠すことができない。


決して不眠症とかではないから気にしないで、

という意味合いで何気なく放った言葉の数々。

だが、その中である種一番、

切り取られたくない部分だけを、

まるで刀で削ぎ落としたかのように引き抜かれたのだ。


思考に詰まり、次に発する言葉に苦労する赤髪の巫女に対し、



「別に話したくないのなら、

 無理に話さなくてもいいわよ。

 人間誰しも、

 人に触れられたくない事の一つや二つくらい、

 持っていて当然だろうし」



どこか斜に構えるかのように、

レビリンは再び、いたずらっぽく肩をすくめる。

別に話してもらっても話さないでもらっても、

本当にどちらでも構わない、とでも言いたげのように。



「ただまあ」



だが、その言葉を発した次の瞬間、

少しだけ優しい目になったレビリンは、さらに続けた。



「少しだけ似てるな、と思って」



再び予想の斜め上の行く言葉が、耳に届く。



「?」



似ている?

蒼音には、どういう意図なのかが一切理解できない。

おそらく脈絡からいって、

自分と何かが類似している、

という程度までは理解できるが、

だとすると一体何と似ているというのか?



「あの、――」



何と私が似ているのでしょうか、

と続けたかった蒼音だったが、



「あなた今日、

 ううん、この前に初めて会ってから今に至るまで、

 自分から話そうと、ほとんどしたことないでしょ?」


「!!」



レビリンにその言葉を遮られた。

いや、それどころか、

蒼音自身の核心を、

まるで凄腕のガンマンのように、

あまりにも的確に撃ち抜かれ、

彼女の目は大きく見開かれ、

心臓はビクッ! と一回、

大きな鼓動が引き起こる。


まさに、晴天の霹靂。



「その様子だと、どうやら図星みたいね」



“やれやれ”というよりは、

“もう、まったく”みたいな雰囲気で、

レビリンはより人間味溢れる表情で笑う。


だが、一方の蒼音はそうではなかった。

とてもじゃないが、そんな暖かい、

和やかな雰囲気の中に、

いられるような状況でもなかった。



「レナとプログ? だったかしら?

 まあ、あれほど濃い2人がベラベラ喋ってたら、

 なかなか自分から話し出すきっかけなんて作れないわよね」



まるで世間話をするようにレビリンは語っているが、

蒼音の耳には、届いていない。



「そこに寝ているアルト君だって、

 たぶん話についていくのが精一杯、

 みたいな雰囲気あったしね」



誰から見ても、そう見えるんだ。

やはりこの束縛から、

解放されることは、ないのか。

それが、たとえほぼ初対面の人物であろうと。



「まあ、いずれにせよ、

 喋っている人たちの間に割ってまで、

 なかなか自分から話し出すことなんて、絶対できない」



ただただ少女は、

まるで戦場のど真ん中で、

無防備に棒立ちするかのように、

現実に絶望してい



「それって、あたしにそっくりなんだよね」


「……え?」



蒼音本人もなぜだか分からないが、

レビリンがポツリと漏らした、

その最後の言葉だけは、

すんなりと耳に入ってきた。



「お、ようやく耳を貸す気になったかな?」



してやったり、とばかりに、

ニヤッと笑って見せるレビリン。


ウソだ。

それが蒼音の脳内が導き出した、

レビリンの言葉に対する、

第一(ファースト)解答(アンサー)だった。


蒼音はまだ、レビリンという人物像を、

ほとんど捉えることができていない。


だがそれでも、

それはウソ、違うと咄嗟に判断を下した。

なぜなら、言葉と現在の間に、

明らかな乖離があったから。


会話が乱れ飛ぶ中、

自ら言葉を切り出すことなど、

決して、絶対にできない凡人の巫女。

その一方で、反政府組織に所属するという、

明確なビジョンを持ち、

かつ誰にも物怖じすることなく、

自分の言葉で自分の気持ちを伝えることができている、

少なくとも蒼音からはそう見える、暗黒物質の副リーダー。


かたや、物静かで消極的、相手の出方を常に窺いながら動く、

自分の意志を持たない、田舎の里娘。

かたや、明朗快活で活発的、物怖じという言葉など、

まったく無縁そうな、キルフォーで強く生きる少女。


どの側面を基準に2人を重ね合わそうとしても、

まるで同極同士の磁石を無理やり近づけるかのように、

どうにも接地可能な部分が見当たらない。


ところが、それを以てしても、なお。



「うん、そっくりだわ~」



噛みしめるかのように、

レビリンは同じ言葉を続けた。



「あの、――」



どこら辺が似ているのでしょう? と、

先ほど同様続けたかった蒼音だったが、


それより一瞬だけ早く、

レビリンが事の詳細を、



「その姿、数年前の私にそっくりなんだよね」



端的に一言で言い現した。


次回投稿予定→8/5 15:00頃

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