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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第154話:覚悟

「もう、ホントにびっくりしたわよ。

 夜になりかけのこの時間に、

 絶対守護壁の外を、まだ歩いている人がいたなんて」


「いえいえ、こっちも驚きました。

 苦労して見つけた穴の繋がっていた先が、

 まさかレビリンさんの家だったとは」


「今日はもう、

 抜け穴を閉じちゃおうかしらと思っていた矢先の、

 アルト君たちの声だったからね。

 ホント運が良かったというか、

 ラッキーだったわね」



どうぞと、

レビリンは芯から冷え切るアルト達に、

ホットココアを差し出す。



「あの……お久しぶりです、レビリンさん」


「こちらこそ。

 えーと、確か蒼音さん、だったかしら?」


「あ、はい、そうです」


「確か2人は前に酒場で会ったのよね、

 で、残りの2人は……」


「初めまして、になるわね。

 最年長のBBA、フェイティよ」


「レビリンさん、初めまして。

 私はローザ・フェイミと申します」


「フェイティさんに、ローザさんね。

 私はレビリン。

 もしかしたらすでに、

 アルト君から聞いているかもしれないけれど、

 打倒ドルジーハを掲げる組織、

 暗黒物質の剣の副リーダーを務めているわ」



一通りの紹介を耳にしたところで、

レビリンはふう、と一つ、

息をつくとリビングに無造作に置かれた、

長い歳月にくたびれた椅子へと、ゆっくり腰を掛ける。



アルト達が見つけた、

キルフォーの外壁の崩落跡、わずかな綻び。

その先へ通じていたのは、

表の顔は酒場の若き店長、

裏の顔は反政府組織、暗黒物質の剣の副リーダーを務める、

レビリンの家だった。


アルトが、声の正体がレビリンか否かを確認した当初、

レビリンはやや怪訝な様子を見せていたが、

穴を覗き込んだアルトの顔を確認すると、

見覚えのある姿で信用してくれたのか、

そこからはスムーズに、

キルフォーの外側の世界から内側の世界へと、

潜入することに成功した。


行きついた先が、

暗黒物質の剣、副リーダーの家。


最終手段として残していた強行突破をすることなく、

また、門番兵や巡回兵に(おそらく)見つかることもなく、

加えて、これから赴こうとしていた、

接触先のNO.2に、

労せずして面会することができた。


それはアルト達にとって、

それこそ奇跡という言葉で言い表しても、

決して過言ではないくらい、幸運な事だった。



「まあ、何にもないけど、

 少なくとも外よりは、

 多少ゆっくりできると思うから」



平屋で現代風に言えば1K間取りの、質素な家。

いや、そこは質素という、

綺麗な言葉で片付けられるようなものではない。


粗末。

壁を成す木材は僅かばかりの腐敗からか、

こげ茶色に変色しつつあり、

外部から吹きつける雪、

氷からしみ出す水分を、

完全には遮断できなくなっている。

およそ8畳程度の部屋には、

真ん中に1本の足が欠けるテーブルと、

座るだけでキィィ……と木材が軋む音がする、

簡素な椅子が2つ。

そして、おそらくレビリンが就寝用に使用しているのだろう、

いたる所に擦り切れた穴の開いた掛布団が、1枚だけ。


ワームピル大陸、

あるいはエリフ大陸で生まれ育つ者からすれば、

お世辞にも贅沢とは言えない、劣悪な住処。


他にも住居可能な場所が存在するとするならば、

おそらくそちらへ移る事を検討するかもしれないほどの過酷さ。


だが。



「レビリンさん、ありがとう」



それまで、マイナス十数℃の世界に数時間、

身を置き続けていた少年たちにとっては、

そこは安らぎの場所以外の何者でもなかった。



「でも、これだけ大きな空洞が部屋に出来てて、

 ふだんは寒くないんですか?」


「別に平気よ。

 ……ちょっと来て」



アルトの問いかけに対し、

レビリンはゆっくりと腰をあげると、

つい先ほどアルト達がほふく前進をして通り抜けた、

あの秘密の穴へと近づき、アルトを手招きする。


呼ばれるがまま、

アルトが近くへ様子を見に行くと、



「こうすれば、

 外気は完全に遮断できるから」



言って、レビリンは抜け穴上部に手を入れ、

何かを探すようにもぞもぞと手を動かすと、

次の瞬間。


ガシャンッ。


牢屋の柵が閉められたかのような音を響かせ、

絶対守護壁の外部側で、

まるでギロチンの刃が落下したかのように、

外壁に似せたカムフラージュ用の鉄板が、

勢いよく地面へと突き刺さる。

抜け道全体を完全に塞ぐ、その鉄板のおかげで、

刺すような寒さを届ける、

一切の外気は、完全に遮断された。



「……なるほどね。

 いつもはこうやって、

 外壁と一部に見せかけているんだ」


「ま、100%遮断されているワケじゃないけどね。

 でも少なくとも、兵隊やお偉いさん達から、

 怪しまれたり是正勧告が来たことは一度もないから、

 みんな騙されてるんじゃないの?

 それか、ただの職務怠慢のどちらか、ね」



最後の方は、少しだけつまらなそうに、

ぶっきらぼうにレビリンは言う。



「……そうなんだ。

 僕はてっきり、もっと巡回やセキュリティが、

 他国に比べても固いのかと思っていたけど」


「他がどうなっているか分かんないから、

 どっちがどうとか知らないけれど、

 少なくともここの警備は、

 キルフォー城以外は雑よ。

 しかも、かなりのレベルでの、ね」



再び椅子へと腰掛けたレビリンは、



「あいつらにとっては、街なんてどうでもいい。

 総帥様の住む城さえ良ければ何でもよし、

 残りはどうなっても知らん顔、

 なんつークソみたいな考えの集まりなのよ」



先ほどつまらなそうな顔をした、

その原因を一気に放出するかのように吐き捨てる。



「街で住民が怪我しても放置、

 市民同士がケンカを始めても仲裁にも入らない。

 ……飢餓や寒さで、人が死んでいるのを見つけても、

 それでもアイツらは、何もしない」


「死んだ人が、そのままなの……?」


「そうよ。市民が凍死、飢え死にしたところで、

 政府連中は弔いの一言すらない。

 結局埋葬から弔い、遺体の処理まで、

 全部私たちがやらなければいけない。

 普通、そんな国ってある?」



アルト達は、

何も言うことができない。



「それでもこの街と港町のカイトはまだ、マシな方よ。

 この大陸にはあと二つ街があるけれど、

 そっちの生活は……もっと悲惨なモノよ。

 食べ物にありつくためには、

 強盗や詐欺なんかは日常茶飯事。

 ……時には殺人だって起きるくらい、

 凄惨な場所になってしまっているの」



まるで腹の中で必死に抑えつけている、

渦巻く怒の感情が今にも、

飛び出さんとしているかのように、

体を小刻みに震わせて、

反政府組織副リーダーの彼女は言う。



「それでも総帥は、ドルジーハは何もしようとしない。

 むしろただでさえ飢えに苦しんでいる民から、

 食料をさらに巻き上げて納めさせているわ。

 あいつは、自分の地位さえ守れれば、それでいい。

 キルフォー城の中さえ安全ならば何の問題もない。

 そういう男なのよ」



どこか遠くを見るように、

レビリンは住家の天井へと視線を送ると、

グッと右手に握りこぶしを作り、



「待っていても、何も与えてくれない。

 祈っていても、誰も助けてくれない。

 乞うていても、何も受け入れてくれない。

 だったら、自分が立ち上がるしかない。

 ぬくぬくと城の中で過ごす腑抜けた奴らを倒して、

 すべての状況を変える。

 この街、いや、この大陸で苦しむ人達を、

 すぐに助けるには、これしか方法がない、

 私はそう思った」



理想を語る彼女の瞳に、一切の澱みはない。



「いつかは良くなるとか、

 いずれ良い方向へ向かうとか、

 ゆくゆく助かる、だなんて言葉は、

 ただの逃げ言葉よ。

 それじゃあ、今この瞬間を苦しんでいる人たちは救われない。

 そんなのは、いずれ政府は変わるだろうから、

 今は諦めて死んでくれと言っているのと同じよ」



ただひたすらに、

彼女は真っ直ぐ、先を見ていた。



「だから私は……私たちは今、戦うの。

 フロウを筆頭にした反政府組織、

 暗黒物質の剣はそうやって結成されたわ。

 どれだけちっぽけな想いでも、いい。

 現状を、今の状態を憂い、

 少しでも良くしたいと願っているのなら。

 苦しむ人達を救いたい、

 その想いを共有できるのなら……。

 だから、私たちは立ち上がることを決めたのよ」



嘘偽りのない、

飾ることのない、

彼女の言葉を聞いて。



「…………」



アルト達が何か、

言葉を滑り込ませる余地など、なかった。


あるはずなど、なかった。


おおよその人は、

それを本気でとか、

死ぬ気でとか表現するのかもしれない。


だが、アルトから見た、

副リーダーの想いは、

そんなありきたりな、安っぽい言葉で、

片づけられるものではなかった。


考えが……甘すぎた。


レビリンの語りが終わった時、

アルトが最初に心に浮かんだ、自戒の言葉。


ここへ来た最大の目的は、

クライドに追われる、

ローザの安全を確保するためである。


そのミッションを達成するには、

この大陸で唯一面識のある、

フロウとレビリンが率いる反政府組織、

暗黒物質の剣との接触が不可欠であり、

条件によっては、

政府を倒す手伝いをする必要があるかもしれない、

その程度の考えは、

元々アルトの思考の、ごく片隅にはあった。


こちらの要求だけを通すことは、きっと難しい。

もし手伝いを要請されれば了承することも検討しないと――。


だが、少年の考えはつい先ほど、

目の前で歯を食いしばるように現実を語ったレビリンによって、

完全に、完膚なきまでに叩き潰されることとなった。


違う。

それはあまりにも浅すぎて、

甘すぎる暴論だった。


手伝いとか、検討しないととか、

そんな生温い考えで彼女たちと、

フロウやレビリン達と、

行動を共にすることは許されない。


未来を創るために、すべてを懸ける。

肉体も、精神も、そして、生命も。

全身全霊、個が持つすべてのエネルギーを注ぎ込む。


それだけの覚悟をして初めて、

彼女たちと同じ目線で、

会話をすることが可能となる。


ダメだ、

考えを改めなければ、と。

アルトは粉々に粉砕された思考の破片を、

再び拾い集める。


今までの生半可な想いのままでは、いけない。

彼女たちにお願いごとをするならば、

彼女たちと同じ立場、目線、意志で、

いなければならない。

手伝うではなく、共に戦わなければならない――。



「ごめんなさい、少し話し過ぎたようね」



レビリンはおもむろに、

椅子から立ち上がる。

そしてアルト同様、神妙な面持ちで、

口をつぐんでいるフェイティやローザ、

そして蒼音を一通り見渡すと、



「本来ならあんた達、

 なにか目的があってここまで来たんでしょ?

 悪かったわね、私が喋りすぎちゃって」


「あ……いえ……」


「大したもてなしもできなくてゴメンね。

 長い船旅と長距離の徒歩移動で疲れているでしょ?

 今日はウチで休んでいきなよ」


「え……いいんですか?」



もとより宿のアテもなかったため、

願ってもいない提案に、

アルトはわずかに瞳を輝かせる。



「だって、他に行くアテもないでしょ?

 今日は酒場も休みだし、

 私ももう少ししたら寝ようと思っていたから。

 まあ、さすがに人数分の布団はないし、

 雑魚寝みたいにはなっちゃうけど、

 それでいいなら、私は別に構わないわよ」


「ありがとうございます! すごく助かります!」



たとえ雑魚寝でもなんでも、

ディフィードの夜に放り出されるのに比べれば、

それこそ極楽浄土と阿鼻叫喚の差である。



「そしたらとりあえず、

 明日にあんた達の話を、

 詳しく聞かせてもらっていいかしら。

 まさか観光に来たわけでもないだろうし」


「あ、はい。

 ……それで大丈夫です。

 僕たちも色々と、話したいことはあるので」


「オッケー。

 それじゃあちょっと早いけど、

 今日はもう休みましょ。

 身体ってのは、

 自分が思っている以上に疲れているものよ。

 この地を生きるためには……休めるときに、

 しっかり休んだ方がいいわよ」



諭すように言って、

今日もディフィードの地で、

一日を過ごすことのできたレビリンは、

突如訪れた4人の居候の、

寝床の準備をし始めた。


この地を生きるためには。



「…………」



何気なく発した彼女の言葉に、

アルトは自分たちが踏み入れた、

この地の危険さ、

そして重さを、垣間見た気がした。





その夜。


一応、4人の女性の寝る場所からは距離をとらなければと

若干のジェントルマン感を出したことにより、

1人で床へ、横になるアルト。



「…………」



毛布こそかかっているものの、

直に床で寝転んでいるため、

お世辞にも寝心地がいいとは言えない。



(まるで、ダート王洞に向かった時の、

あの休憩小屋みたいだなぁ)



アルトが回顧したのは、

その頃はまだ王女として行動を共にしたローザ、

そしてレナとプログの4人でダート王洞へ向かう際に、

仮眠をとるために立ち寄った、

休憩施設の粗末な小屋。


見張りをしたという、多少の違いはあれ、

あの時も今回同様に、

全員で雑魚寝のような状況で眠りに落ちていった。



(……ずいぶんと遠くまで、来たなあ)



それを踏まえて、改めてアルトは思う。

そもそも、アルトが故郷であるファイタルを飛び出した理由、

それは幼い頃に生き別れた母を探すため、

まずは王都であるファースターに行って情報を集めてみよう、

というものだった。


それが巡り巡って大陸という枠を飛び出し、

エリフ大陸や七星の里、

そしてしまいには未見の地、

ディフィード大陸まで、足を運ぶことになった。


さらに今は、自らの目的を達成することよりも、

ファースター政府に身を追われているローザを護るために動き、

加えて明日からは、反政府組織との共闘という新たな動きが、

少年を待ちかえることとなる。



(まさか、政府にケンカを売ることになるなんて……)



意志を持った少年が村を飛び出たころから、

あまりにも変わりすぎた状況。



(大丈夫……なのかな……)



不安がないと言えば、大嘘になる。

ネガティブな思考は、

まるで空気に含まれる窒素のように、

常にアルトの周りに、

大量にまとわりついている。


その負の考えの中には、

“逃げ出したい”という、

最大級の願望さえ、含まれている。



(うう……怖いな……)



果たして、自分ごときがやれるのか。

ただ、自分の母親を探すだけのために、

旅を決意した男が、

王女の命運を握ったり、国の行く末を左右する、

大きな岐路に関わることが、

果たして許されるのだろうか。


いや、そもそも許す許さない以前の問題として、

恐怖という感情が拭えない――。


考えようと思えば、

きっと一晩では足りないくらい、

不安という見えない敵に、

押しつぶされそうになる。


だが、自分で選んだ道とはいえ、

それが正解だったかどうかは、誰にも分からない、

誰も教えてくれない。

その答えを導き出せるのは、自分しかいないのだから。



(…………。

明日からまた、頑張らないと……)



部屋の電気は、すべて消灯している。

窓の外からわずかに入る街灯の光によって、

部屋の中はまるで灰色の風景を見ているかのような、

辛うじて可視可能というレベルの照度。



(…………)



だが、重圧、恐怖と戦うアルトにとっては、

既に目の前が真っ暗なのではないかと錯覚するくらいの、

心の迷いの中でゆらゆらと彷徨い続ける。


長時間の移動を繰り広げた、

本日の消灯時間は、午後7時。

ディフィードの民達の、

平均消灯時間に比べるとやや早い、その時間。


だが、迷えるアルトが、

ディフィード再上陸の初日の夜で眠りに落ちたのは、

消灯から2時間も、あとの事だった。


次回投稿予定→7/29 15:00頃

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