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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第152話:リミット

ディフィードの夜は寒いというより、痛い。

摂氏は±0℃をはるかに下回り、

マイナスのついた二桁を、

軽く叩き出せるレベルの気温を、毎日記録する。


それはほぼ(・・)とか、大体とかではない。

毎日、365日確実に、

100%の確率で-10℃を下回る世界、

それがディフィード大陸の夜だ。


当然、その環境を歓迎する者などいない。

大陸に住む誰もが、

夜を迎えればそれぞれの住居へ、

まるで逃げるように籠り、

可能な限りの暖をとろうとする。


理由はただ一つ、そうしなければ、

生きていくことができないから。


自然の猛威という攻撃を常に受けるこの地で、

ディフィードの民は生命を維持するために、

夜という時間の活動を犠牲にして、今まで生活してきた。


そして、それはこれからも、

きっと変わらないだろう。


少なくとも、現政府、

総帥ドルジーハがキルフォーを治める、

その限りにおいては――。



(午後4時か……。

あと2時間、何の成果もなければ、

そろそろ考えないとダメかな……)



未だ王都キルフォーの市街地外、

絶対守護壁の外壁を歩くアルトは、

わずかに焦りを滲ませる。


門兵のいる正門を避け、

外壁の綻びからの侵入を試みようと奮闘する、

アルト、フェイティ、ローザ、蒼音の4人。


だが、捜索を始めて今に至るまで、

何ら手がかりを掴めず、

ただいたずらに時間を浪費している状態にあった。



(たぶん、これがベストの選択とは思うんだけれど……)



4人で決めた、この行動。

誰も反対などしないし、

アルト自身も、この選択が決して間違いではないと、

自身を持って活動をしているのだが。



「うーん、覚悟はしていたけれど、

 なかなか見つからないわねえ~」


「穴はあっても、

 数センチ程度のものばっかりですし……」


「数センチレベルの穴じゃあ、

 BBAどころか、

 ローザちゃんや蒼音ちゃんですら通れないし、

 困ったわねぇ」


「早いところ見つけないと、

 日も暮れてしまいますしね……」


「そうねえ、ただでさえ寒さはお肌の天敵なのに、

 これ以上の寒さになったらBBA、

 シワシワになっちゃうかも」


「それはどうだか、私には分からないですけれど……。

 でも、あまり長居はできないですね」



背後から聞こえる、

フェイティとローザの言葉がなぜか、

アルトの弱った心臓(ハート)へ、

グサグサと突き刺さって痛い。



(うう……何気ない会話なんだろうけど……)



まさに、その通りの会話の内容ではあるのだが、

外周という選択が果たして正しかったのか、

自らの決断によって、

仲間が不遇に陥ってしまっているのではないか、

そんなことに思いを巡らせている状態のアルトにとっては。



(何か……何か申し訳ない……)



まさに、泣きっ面に蜂である。


もとより、アルトはそれほど、

メンタルは強い方ではない。

いや、強弱どちらか、乱暴に分類するとすれば、

確実に弱い方に分けられる。



「あ、ごめんねアルト君、

 別に責めてるとか、そういうわけじゃないのよ?」


「そ、そうです!

 一緒に進むと決めた私たちにも、

 もちろん責任はあるわけで……!」



メンタルの深刻なダメージに気づいたか、

慌ててフェイティとローザは、

漏れなく絶賛テンションダダ下がり中のアルトに対して、

必死にフォローの言葉を並べるが、

逆に傷口に塩を塗られているかのようで、

なおのこと、辛い。



「はぁ……見つからないなぁ……」



何だかどっと、

疲れに背中を掴まれたような感覚のアルトは、

力なく視線を右方向へと移す。


相も変わらず、

延々淡々とそびえ立ち続ける、

キルフォーの壁。


彼らが望む“違和感”は、

一向に姿を現さない。

まるで定期的に同じ場所を歩いているかのように続く、

無機質の城壁。


一辺10kmを基とした、

ほぼ正方形を象るキルフォーの絶対守護壁。


絶対守護壁に綻ぶ“違和感”がないかを探すべく、

アルト達は最初の一辺のちょうど終わり、

直角に曲がる守護壁の先端部分に到達し、

次なる10km、つまり二辺目の直線部分に差し掛かろうとしていた。

だが、きっかけや手がかりは、いまだゼロ。


分かっては、いた。

もしかしたら、

まったくの無駄な時間を過ごすかもしれないと。

結果、終着点があるのかさえ分からない、

暖簾に腕押しのように、まったく手ごたえのない、

無謀な賭けに近い行動を、

4人で起こそうとしていたことを。


厳しい戦いになることは、重々分かっていた。


だが、それでも。

少しだけ、ほんの少しだけでも。



(奇跡とか起こるかなぁ、って、

ちょっとは思ったけど……)



あまりに淡すぎる、

都合の良すぎる期待を抱いていたのも、また事実。


これだけ過酷な環境で、

しかも完成して長くの年月を経ている、その状態ならば。

もしかしたら、多少のダメージ跡が見つかるかもしれない。

外部の人間である自分たちが、付け込む隙があるかもしれない。

いや、それだけじゃない。

これほど荒廃しているのであれば、

運がよければ、割と早めに見つけることができるかも。


とんだご都合主義であることは、

自分自身で完全に認めながらも。


数%、いや、1%。

否、1%以下かもしれない。

でも確実に、心と脳のどこか、

それこそ自分が気づかないような端っこにでも、

僅かな期待、奇跡を信じる気持ちが、

間違いなくあったのだろう。


だが、現実は、

あまりにも現実を完全に象っていた。

その現実内に奇跡などという、

人為的な希望を入れ込む余地など、

今のところはなかった。


そしてその結果。

アルト達はいまだ外壁を、

何の収穫もなしに、

トボトボと歩き続けることとなっている。



(そろそろ、どこで見切りをつけるか考えとかないと、かな……)



徐々に肌で感じる痛覚が激しくなる中、

アルトは決断の時を探っていた。



正門からの強行突破という、

最終手段をとるには、

まだ時間の猶予はある。

まだ、もう少しは、壁とのにらめっこを続けることができる。


だが、かといって、

ギリギリまでそれを続けるわけにはいかない。


アルト達は今、王都キルフォーを囲う城塞、

絶対守護壁伝いに歩いているが、

その進行方向は、

1つだけある市街地への正門から遠ざかるものとなっている。


つまり、アルト達が先に進めば進むほど、

強行突破の舞台となる正門からは、

離れていくことを意味する。


もちろん、正方形の形をしている以上、

正門とちょうど真逆の位置にまで到達すれば、

そこからは徐々に近づく関係へと変化するのだが、

残りの時間を考えれば、

おそらくそこまで行ってしまうと、

正門まで戻ってくるころには、

とうに絶望の夜を迎えてしまうだろう。


つまり、いつまでもただ愚直に、

前に進みつづけることはできず、

今来た道を戻るという決断を、

そう遠くないうちに下さなければならない。


アルトはチラリと、背後へ視線を送る。


これくらいの旅路苦労は心得ているのだろうか、

言葉とは裏腹に、

それほど疲労の色を表に出さないフェイティ。

その隣、やはりBBAに比べて、

ファースター城内が基本行動範囲だったローザは、

口が少しだけ開き、

徐々に肩で息をするようになっている。


そして、最後方を歩く蒼音は。



「…………」



歩き始めてから一切言葉を口にすることなく、

疲れている、というよりどちらかと言えば、

気持ちが沈み、軽くうつむくようにして、

まるで親の後を追う子アヒルのようにトコトコと歩いている。



(……。

ローザに無理はさせられないし、

あと30分くらい歩いたら、

作戦切り替えを話しあってみようかな)



蒼音について、あえて触れることなく、

アルトは次なる一手に、思いを巡らせる。


蒼音の事が気にならないと言えば当然、ウソになる。

おそらく、気持ちが沈んでいる理由は一つ。


自分の考えを持てないことに対する、

あるいは持っていたとしても、

それを言葉としてアウトプットすることのできない苦悩。

思い切って故郷を飛び出した彼女が持つ、最大の悩みだ。


完全なる指示待ち人間。

それは、自分という存在を具現化できていない、

自己というアイデンティティーを確立できていない、

極めて不透明な存在。

自分の意志を持っていないのは当然のこと、

また、たとえ持っていたとしても、

それを放出、

要は相手に対して意志を伝える行動を起こさなければ、

相手にとっては、それは前者と同じ、

指示待ち人間としか捉えられない。


人間とは、不完全な生物である。

言葉なしに相手の考えを、

100%把握することはできない。


だからこそ、人は言葉を使う。

言語を駆使し、

意志を自分の体内から外の世界へと放つことで、

初めて“指示待ち人間”というレッテルをはがすことができる。


だが、七星の里出身の巫女である蒼音は、

それができない。

里長の娘、という理由で、

幼少期に壮絶ないじめを受けた彼女は、

自らの意志を表に出す、

一切の行為を封じた。


自分の意見を言うから、カドが立つ。

何かを伝えようとするから、煩わしいと思われてしまう。


なれば、なにもしなければいい。


自らという存在を流れのままに任せ、

すべての決定を、他者に委ねる。


みんなと同じ行動をとれば、文句は言われない。

常に誰かと同じ意見を伝えれば、

自分だけ嫌われることはない。


幼き少女、蒼音が導き出した、悲しき結論。

それ以降、いじめはなくなった。

他人に追随することにより、

誰一人として、蒼音に対して、

明らかな敵意を向けてくる者はいなくなった。


蒼音少女には、ようやく平穏な生活が戻った。


だが取り戻した生活に対して払った代償は、

あまりにも大きかった。


結果として今、蒼音は苦しんでいる――。


(……………)



だが、それでもアルトは、

声をかけることはしなかった。


できなかった(・・・・・・)わけではない、

あえてしなかった(・・・・・)、という方が正しい。


(こればっかりは、

僕からどうこう言ったところで解決できる問題じゃない。

下手に言葉をかけて、

蒼音ちゃんを傷つけてしまったら、

それこそ取り返しがつかなくなる)



自分でも驚くくらい、

アルトは冷静に分析していた。



例えば、友人が落ち込む表情を見せていたとする。

理由も分からず、良心に基づき声をかけたところ、

今は放っておいてほしい、と言われた。

あるいは、あなたには分からない、

あなたには関係ない事でしょと、

逆に冷たく突き放された。


誰もが少なくとも一度は、

経験したことがあるだろう。


決して、声をかけたこと自体が、

絶対悪というわけではない。


だが、だからといって“絶対善”でも、ない。


タイミングが悪かった。


抽象的、かつ非常に便利な言葉を使えば、

この一言で表現することができる。


いくら相手の事を想っての行動でも、

それがいつ何時でも必ず、

相手にとってプラスになる言動とは限らない。


良心は往々にして、

相手の凍った心情を融解させることができる。

だが、ひとつ“タイミング”を間違えれば、

心を溶かすどころか、更なる巨大な氷塊と化す、

手助けとなってしまうことがある。


それを分かったうえで、

今は、声をかけるべきではない。


アルトは、その結論へと達した。


どれほど綺麗で同情的で、

激励のような言葉をかけたところで、

今を苦しんでいる蒼音には、きっと響かない。


それこそ先ほど、

BBAと元王女の言葉によって、

傷に塩を塗られた自分と同じように、

更なる感情の沈下を招くこととなるに違いない。


だからこそ、アルトは静観を決めた。


(ひねくれた人なら、

落ち込んでいるのに声もかけてくれないのか

とか言い出しそうだけど、

蒼音ちゃんはそんな性格でもないだろうし、

今はそっとしといてあげよう)


アルトは、前を向くことを決めた。

今は先を急ぐ、

ただ、それだけ。

道を示すことに、迷いはなかった。


とはいえ、である。



(さて、どうしよう……。

あんまりやりたくはないけど、

あと1時間くらいしたら、

決断しないといけないかな……)



市街地に潜り込むという、

根本的かつ最重要課題は、一切解決されていない。



(体力的な問題もあるし、

早め早めの行動でいかないとダメだし……)



慎重ながらも、大胆に。

アルトの思考が止まることはない。


体力の消耗を考え強行突破を選択肢に入れているが、

その作戦自体だって、

消耗がゼロというわけではない。


相手との武力衝突が発生するわけだから、

それはそれで、激しい消耗が彼らには待ち受けている。


つまりアルト達は、

まず決断を下した地点から正門へと戻るための体力と、

そこから門番たちと予想される戦闘のための体力、

場合によっては、兵士たちからの追跡から逃げ切るために、

フロウ達がいるであろう、あの酒場まで、

全力疾走するための体力まで、

計算しておかなければならない。


それを踏まえての、今。



(一時間、かな)



アルトは静かに、心に決めた。

あと一時間は、捜索を続行する。


だが、一時間を過ぎて、

何の成果も得られなかった場合には。



(そしたら……強行突破に切り替えよう。

残りの体力と時間を考えたら、やむを得ない――)


そう決めたからには、

あとは他の3人との意思統一をと、

アルトが口を開こうとした、


その時。



「んー? あれは何かしら?」



アルトのすぐ背後、

フェイティが目を細くして先方の壁、

吹雪によって白く視界が悪い中でも、

確実に分かる、ある一部分を指差しながら声を上げた。


次回投稿予定→7/8 15:00頃


今回は急用により、15:00よりも早めの更新となりました。

次回以降はまた、15:00頃の更新へと戻ります。

混乱させてしまいましてすみません。

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