第150話:少年の決意と、他の者の決意
「えーと、
もう一回確認したいのだけれど、
王都まで行ったらまずは、
だーくまたー? の剣、
ってグループの人たちと会うのでよかったかしら?」
「そうそう、暗黒物質の剣。
フロウって人がリーダーを務める、
反政府組織のグループなんだ」
道中、不意に背後から飛んできたフェイティの問いに対し、
アルトは上半身のみを反転させる。
「普段は酔っ払いを演じている、
ちょっと胡散臭い人なんだけど、
間違いなく現政府に対抗するための組織を持つ、
確かな人物だよ」
「反政府組織だなんて、
BBA、なかなか物騒なちょっと怖い印象があるけれど、
大丈夫なのかしら?」
「たぶん……大丈夫だと思う。
一度だけ酒場……てかアジトに行ったけれど、
別に乱暴な事はされなかったし、
それに……」
「……それに?」
後ろから、
覗き込むようなしぐさを見せたフェイティに対し、
アルトは、
「向こうも人材を欲しがっている様子だったし、
少なくとも邪険に扱われることは、ないよ」
最後は自信を持つように答えた。
きっと、大丈夫。
自らにも、そう言い聞かせるように言って、
アルトは再び、前を向いた。
ディフィード大陸の王都、
キルフォーを目指して歩き始めて、
もうすぐ1時間を過ぎようとしている現在。
アルト達は荒れ狂う道中の真っ只中にいる。
「でも、その反政府組織の方々は、
本当に信用できるのでしょうか……?」
「そうそうBBAも、
そこが気になるのよねぇ」
不安そうな表情でローザが、
自らの想いを吐露したのに続き、
再びフェイティが口を開く。
「ごめんなさいね、
決してアルト君や蒼音ちゃん言う事を、
疑っているとかではないのだけれど、
その、いきなり政府の反乱分子、って聞いちゃうと、
やっぱりどうしても、少し身構えちゃって」
凍える寒さの中、
BBAの口から漏れた言葉には、
妙な重みを含ませて、
アルトの背中へのしかかる。
アルトは言葉を、
すぐに返すことができない。
正直、それは分かっていた。
いくら他に行くアテがない、
拠り所とする場所が一つしかないとは言っても。
その行先が、
ただでさえ未踏の地であるにも関わらず、
そのうえに反政府組織を掲げる、
いわばイレギュラー分子へ、
こちらから接触しようと試みているとなれば。
それは誰しもが、
不安という感情を保有することになるだろうと。
もしアルトが、
逆の立場となったら、
打倒現政府を掲げる者達にコンタクトをとろうなど、
とてもじゃないが、怖すぎて近づけないだろう。
敵か味方もわからない、
得体のしれない戦闘集団に、
のうのうと挨拶をしにそいつらのアジトへ、
乗り込むようなものなのだから。
「うん、そうだよね。
フェイティ達の言いたいことは、
すごくよく分かるよ」
明らかに、ハイリスク。
フェイティ達が言っていることは、
至極真っ当な意見。
「でも……」
それでもアルトは。
「でも正直、今はこれしか、
方法がないんだ」
再び後ろへと振り向いたアルトは、
物悲しげに笑った。
「確かに、反政府を掲げる人たちと接触するのが、
あまりに危険すぎるのはよく理解している。
でも、だからといって、他に頼る場所もない。
本来ならば、キルフォーの政府へ、
保護を依頼するべきなんだろうけれど……」
「レナちゃんとプログちゃんが行ったけれど、
お偉いさんから拒否されちゃったのよね」
フェイティの言葉に対してアルトは、
コクリと小さくうなずき、
「僕もレナから聞いた話だけれど、
城の内部は、外の世界とはあまりにも違ったって。
レナが言うには、城の内部の人間はダメな人ばっかり。
政府も兵士も貴族の奴らも、全員腐ってるって」
「私もアンネちゃんやブラさんからのまた聞きですが、
とてもじゃないですが、ローちゃんを安心させるような、
政府的機能を果たせる集団じゃないって。
絶対にアテにしてはいけない、烏合の衆だそうです……」
内情を知るもう一人、
蒼音はそこまで言い終えると、
軽くうつむいてしまう。
まるでごめんなさいと、謝罪をするかのように。
決して悪いハズではないであろうことなのに。
にもかかわらず、まるで当事者であるかのように、
蒼音の表情は曇っていく。
「僕たちも出来ることなら避けたかったけれど……。
でも、今は暗黒物質の剣しか、頼る場所がない。
この大陸で今一番、
というか唯一僕らが、
信用のおけるところがここしかいない。
だから……もうそこに行くしかないんだ」
悲痛にも悲壮にも似た、アルトの言葉。
少年の言葉に、
反論する者はいない。
できるはずも、なかった。
彼らにとってそれは選択ですらなく、
もはや決められた道、
回避不可能な既定路線でしか、なかった。
選択という言葉は、
2つ以上の事象を並列にして、
いずれかを選ぶことで初めて成り立つ。
つまり起こるべき、
または起こすべき事象が1つしかなければ、
それは選択とは言わない。
政府を頼りにするという事象が起こらない今、
彼らは2つ以上、並列になり得る選択肢がなかった。
ここまで来たら、ただ無条件に、
フロウ擁する反乱分子の下へ赴く。
その行動の忠実な遂行でしかなかった。
「……ゴメンね。
BBA、ちょっと出過ぎた発言、
しちゃったわね」
「ううん、気にしないで。
フェイティの言っていることはもっともな事だし」
まるで親に叱られた子どものように、
シュンとするフェイティに対し、
「でも……僕たちが暗黒物質の剣に接触しようとしているのは、
決してネガティブな理由だけじゃないよ」
アルトわずかに顔をあげ、前を見据える。
「暗黒物質の剣のフロウって人、
見た目はただの酔っ払いなんだけれど、
何かこう、目が本気なんだ」
「本気?」
「そう。
以前あった時に僕たちの前で、
この大陸の現状や今後のビジョンについて、
フロウ自身が語ってくれたんだけど、
その時の目が、すごく力強かったんだ。
うまく言葉じゃ表現できないけど、
必ず成し遂げてやるとか、この国を何とかしたいとか、
そんな感じの、物凄く強い信念を秘めた目つきに、
僕は見えたんだ」
「そうなんですか。
だとしたらそのフロウさんという方、
何だかすごく、頼もしく感じますね」
「うん。だから……僕は、そこに賭けてみたいんだ。
フロウのあの想いは、決してウソじゃないって。
本気で今の政府を倒そうとしているんだって」
「アルト君……」
「もし裏切られるようなことがあれば、
全部の責任は僕にある。
フェイティやローザ、それに蒼音ちゃんは、
すぐに逃げてもらって構わない。
だから……ここは、ここだけは僕に、
任せてほしいんだ」
それは、明確な意思。
誰かに委ねたワケでもない、
アルト自身が導き出した進む道。
まるで雲を掴むような、
手応えも何もない道。
だがそれでも少年にとっては、
共に進む3人を照らす道。
まだまだ頼りないおぼろげな明るさ、
真夜中にぼんやりと浮かぶ月のようでありながらも、
それでも確かに、導こうとしている道。
多少の迷いなど、即座に振り払う。
アルトの意志に、ブレなどなかった。
「……分かったわ。
まずはその、フロウさんに会ってみましょ」
フェイティは、静かに笑う。
それはいつもの、
何気ない時に見せてくれる、
BBAの癒しの微笑みだった。
「そうですね。
アルトがそこまで言うのなら、
きっとその人も芯の通った、
素晴らしい方なのでしょう」
そして、それはローザも同じだ。
顔の皮膚を切りつけるような、
痛覚を刺激する吹雪に似合わない、
柔和な表情で微笑んでみせる。
「でも1つだけ、訂正させてください」
「?」
その中でローザは言う。
「アルトは先ほど責任は僕にある、
と言っていましたが、それは違います。
私は自分の意思でここまで来ましたし、
反政府組織に会うという決断を下した、
アルトの判断に従うことを決めたのも私です。
ですから……私にも責任はありますよ」
「え……」
「だから、私は絶対に、
アルトを置いて逃げたりはしませんよ」
ニヤリ、と。
元王女にしては珍しく、
してやったりの表情で、
わずかに笑顔を作ってみせる。
「そうよ、決してアルト君だけの責任じゃないわ。
BBAも自分でここまで来たわけだから、
BBAにだって責任を分けて欲しいわね」
今が好機とばかりに、
すかさずフェイティも会話に自らを滑り込ませる。
「連帯責任、って言葉があるじゃない?
それってこういう時にこそ、
使うものだと思うわよ?
それに年下の男の子に責任をなすりつけて、
スタコラ逃げたすほど、
アルト君はこのBBAが薄情に見えるのかしら?」
まるで鏡を見ているかのように、
年長者のBBAも、必要以上に笑ってみせた。
違う。
決して、少年だけの責任ではない。
いや、少年だけの決断ではない。
これはあくまでも、みんなの総意。
要は、そういうことだった。
「フェイティ、ローザ……」
予期せぬ言葉に、アルトは少々、
面食らった様子でいたが、
やがて、
「ありがとう」
その言葉に、
肩に乗った重い何かが少しだけ、
軽くなった気がした。
決して、特別何かをされたわけでもない。
事実としては、ただ単純に、
言葉を投げかけられただけ。
ただそれだけの事なのに。
それでもアルトは幾分か救われる、そんな気がした。
ただそれだけでアルトは、まだまだ足を前に、
進めることができた。
猛吹雪という、物理的に少年を苦しめる事案が、
絶え間なく襲い続けていたとしても、
その言葉だけで、アルトは前を見据え、
次なる局面へと、
進む活力を得ることができていた。
先は、まだ長い。
吹きつける雪風は、
いっこうにおさまる気配もなければ、
彼らと地上を接地たらしめる雪道も、
平坦なものには決してならない。
(今までは順調にきているけれど、
だからといって気は抜けない。
早いうちに街へたどり着いておかないと)
ただでさえイレギュラーに、
イレギュラーを重ねた道を進んでいる4人。
体力と共に体温を徐々に奪われていく、
この過酷な環境において、
さらなるトラブルに巻き込まれるようなことがあれば、
もはや体力、気力低下の問題だけでは済まされなくなる。
現地民でさえ、
夜に出歩くことを避けるという中、
アルト達がもし、その状況に陥ってしまったら。
それはもはや、生命維持力低下の問題となる。
だからこそ、次へと進む活力、気力は、
アルト達を移動の限界時刻までに目的地にたどり着かせる、
最も有効な潤滑油となる。
(よし、とにかく急ごう)
体力と気力、そしてその双方の混じり合いを、
助長する潤滑油を手にアルトは、
今一度、決意の地、王都キルフォーを目指した。
「……」
彼女は、失望していた。
「…………」
誰かに、というわけではない。
自分自身に対して。
落胆の意を、隠すことができなかった。
「………………」
他の3人には、決して気づかれることなく。
列の最後方を歩く蒼音は、
ただ黙って、皆の後ろを、
ついていくことしか、できなかった。
何も、言えなかった。
その事実が体に襲い掛かる自然の猛威を、
さらに助長させる。
前に進み、求心力を得るアルトとは、
まさに真逆の心。
すべてはあの時、
何も話すことができなかったから。
アルトが全責任を負うと言い、
その言葉をフェイティとローザが打ち消した、
あの時に。
3人が明確な意志を示したのに対し、自分は。
(何も……伝えることができなかった……)
明確な意志を持たず、
他人に追随することで今までを生きてきた、
その人生を何とか変えたい蒼音にとっては。
言いたいことがあれば、しっかり言う。
明確な意志を示すことができるようになりたい、
その想いからみんなと旅することを願った、彼女にとっては。
無事に魔物を撃退できても。
いくら、戦いで褒められたとしても。
たった一つ、
自分の意志を持つという行為ができなければ。
今の彼女にとっては、何の意味も為さなかった。
事実、先ほどだって、自分の意志は、
何も持っていなかった。
アルトに責任を負ってもらう、ということも、
自分も責任を負って行動を共にする、ということもない。
みんなはどうなのだろう?
結局はいつもの見聞慣れしている、
便利で、楽で、それでいて卑怯なその一言が、
彼女の思考を占領していた。
何も変わっていない。
自分は、空っぽのまま。
その事実だけが、彼女の中に残っただけだった。
(私は……どうしたかったのかな……)
今までの十数年間、
まるで歯にこびり付いたヤニ汚れのように、
長い間蓄積された考えが、
この短期間で治ることはない。
自分でもそれは理解している。
だが、いざ現実を、突き付けられると。
(私は、何をすればよかったんだろ……)
そこに待ち受けていたのは、
他の3人との、明らかな差。
手が届きそうな場所にありながら、
圧倒的な距離がある、届かない3人。
(分からない……分からないよ……)
わずか数メートル先にいるにも関わらず、
まるで蜃気楼のように掴むことのできない、
遠く、遥か遠くの存在。
(――――ッ)
蒼音はクッと、
何かを堪えるように口元を引き締めると、
目の前にいる、遠い3人とはぐれないよう、
懸命に足を動かした。
次回投稿予定→6/24 15:00頃
15:00頃の更新と言っていたにも関わらず、
今回は更新が遅れてしまいまして、
大変申し訳ありませんでした。




