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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
152/219

第148話:彼の地へ

「…………」



ナウベルはそれ以上、

特に言葉を発することなく通信機を切った。


通信機の向こう側、

とにかく喋り出したら止まらない、

あの青年はまだ、

何やら文句を垂れていたようだが、

それでも迷うことなく、接続を断った。



「……ふう」



やれやれと、

ナウベルはわずかに、

憂いを帯びた表情を垣間見せた。


エリフ大陸の王都、セカルタ。

その中心地にそびえたつ、

セカルタ城を横目にすることのできる場、

王立魔術専門学校の屋上。


いつものお決まり場所で、

ナウベルは通信機を静かに懐へとしまう。



(あの様子だと、

また要らないことまで、

敵に話していると考えておいたほうがいいわね)



理由は、これに限っていた。


オウギワシを相棒に、

7隊長随一の追跡能力と、

いわゆる飛び道具での殺傷能力を持つ、

7番隊隊長、リョウベラー。


だが、その圧倒的な長所と、

まるで双璧を為すような、彼の短所。


それは、お喋りが過ぎることである。


例えば、“あ”、と言えば“い”から“お”までの言葉を返す。

“阿”と言えば“吽”、だけでなく“吽の呼吸!”までを返してくる、

それほど喋ることに対して、何ら抵抗を持たない性格。


それは時に相手を惑わす長所にもなり得るが、

往々にして、

情報を必要以上に滑らせてしまう、

短所として受け取られる方が多い。


少なくとも、ナウベルの認識はそうである。


その青年の頭が、

先ほどの通信ではおおよそ、

沸点くらいにまで達していた。


ともなれば冷静さを欠き、

文字通り湯水のごとく、

こちらにとっては不利な情報を、

流してしまっている可能性もまったく否定できない。



(まあ、本当に極秘の情報だけは、

言っていないと思うけれど……)



これじゃどちらかと言えば願望ね、

とすぐさま、

ナウベルは自分が思ったことに対して苦笑する。


もっとも、それを本人に確認するつもりもない。


いくらお喋り好きと言っても、

リョウベラーも勇猛な7隊長の一人である。

それくらいの物事の分別はつくだろうし、

なによりナウベルは、彼の保護者でも、先生でもない。


そこまで監視しなければならない人物ならば、

はなから7隊長など務めているはずがない――。



(……と、思いたいわね)



これじゃまた願望よねと、

ナウベルは再び、苦い笑みを浮かべる。


どこか暗い闇の影を匂わせて、

ナウベルはふと、セカルタの空を望む。


それまでの主役だった月は西の地平線へ、

その姿のほとんどを隠し、

これからの主役となる太陽が東の地平線より、

その姿をわずかに見せ始めている。


夜は終わりをつげ、朝が来る。

月は沈み、太陽が昇る。


そして、それは。



(そろそろ、私も少しだけ寝ようかしら)



すなわちナウベルの主戦場とする、

時間の終わりを意味する。


社会の裏側。

決して陽の当たらない場所に生き、

影の世界で暗躍を続けるナウベルにとって、

最も効率よく行動をすることができるのは、

月の刻、夜の時間だ。


太陽が降り注ぐ刻、昼の時間には、

他の7隊長への連絡や列車を使った長距離移動など、

どうしてもその時間でなければならない事情がない限り、

基本的には行動を起こさない。



(そろそろ始発の列車が動く……。

他の7隊長すべてに指示は出したし、

とりあえずは様子見ね)



市民が寝静まり、

人工的な騒音よりも自然の静かな音色が、

空間を支配している時間帯。

その時こそ、ナウベルは行動を起こす。

列車の始発が動き出す朝の時間、

つまり、今は違う。


誰にも気づかれることなく。

敵に見つかることなく。


ナウベルは動いてきた。


敵に思考行動を悟られることなく、

そして、時には味方ですら、真意を隠しながら。



(…………)



すべては、騎士総長の理想のために。

ナウベルは、生きてきた。

そして今も、その信念を変えずに、生きている。

そして、これからも――。



(とはいえ、ディフィード大陸のほうは、

まだまだ気が抜けないわね)



仮眠をとろうとした、

ナウベルの脳裏にふとよぎったのは。

世界にある4つの大陸のうち、

もっとも情報が少なく、

それでいて敵対心を向けられている、

極寒の地、ディフィード大陸。


ナウベルが名指しで気にかけたその大陸には、

レナ達の仲間が向かうかもしれないという懸念から、

すでに7隊長の1人を送り込んでいる。


抜かりは、決してない。

打てる手は、すべて打っている。


だが、ナウベルの引っかかる問題は、

そこではなかった。



(ナナズキが言うように、

確かにアイツに任せるのはリスクが大きいのよね)



つい先日、ナウベルの下を訪れた、

5番隊隊長であるナナズキ。

彼女は、かの(・・)者を極寒の大陸へ送り込んだナウベルに対し、

派遣中止を懇願するように、こう叫んでいた。



『アイツは、あまりに危険すぎるわ。

 確かにナウベルの言うとおり、

 戦闘能力はピカイチよ。

 でも、それ以上に欠落しているものがありすぎるわ。

 下手をしたら、ファースターの品位すら、

 疑われる可能性だってあるのよ?

 アンタだって、それくらいはわかるでしょ!?』


(分かってはいた事だけれど、

いざ声にして言われると、少し堪えるわね)



ナナズキの正論が、

7隊長の仲間内でさえ、

鉄にも勝ると恐れられているナウベルの心臓に、

まるでミツバチの針のようにチクリと刺さる。


派遣を指示したナウベルでさえ、

そのことは十分に理解している。


事実、ナナズキに直接言葉をぶつけられた時でさえ、



(もっともな意見ね)



と、ほぼほぼ同意だった。


ナウベルだって、分かっていた。


あの男は、出来ることならば動かしたくはないと。

かつてクライドが騎士総長になる前に背負っていた、

1番隊隊長の肩書を持つ、あの少年だけは。



2番隊隊長、冷静と知性を持ち合わせているシキール。

3番隊隊長、お調子者にして時に爆発的な攻撃力を放つイグノ。

4番隊隊長、他の隊長をまとめ上げている自分。

5番隊隊長、勘の鋭さと持ち前の行動力で我が道を進むナナズキ。

6番隊隊長、圧倒的な腕力とは裏腹に柔和な心を持つアーツ。

7番隊隊長、お喋りが玉にキズの偵察能力随一のリョウベラー。


もしこの中の、誰か一人だけでも、

動かすことができたのならば。


そしたらきっと、喜んでその者に、

ディフィード大陸へ派遣する道を選んだだろう。

だが現実が、それを許してくれなかった。


結果として、彼を派遣する選択肢しか、

残されていなかった。


7隊長の中でトップクラス、

いや、もしかしたらトップかもしれないほどの、

圧倒的な破壊力、攻撃力。

だが、まるで個のステータスすべてを、

攻撃要素につぎ込んだかと思うほどに他の部分、

コミュニケーションや感情、

そして言葉の能力が欠落している、

あの少年を、未知の大陸へと派遣することを、

決めるほかなかった。


やむを得ない。


結局は、そのあまりに便利で、

それでいて無情すぎる単語で、

片づけるしかない現実。



(まったく、とんだ人材難ね)



ナウベルは三たび、笑った。


だが、それは決して口にした言葉が、

面白いと感じたわけではない。

皮肉で言ったつもりだが、

自分で想像以上に笑えず、

半ば自嘲気味に、

どこか遠くから自分を客観的に観察して、

自然と出た、悲しい微笑だった。


あの少年に、頼らざるを得ず、

かの地に行かせたという現実。


それは最善の手、

今打てる手の中で最も適切な手段ではあったが、

だが、それでも最良の手ではなかった。


なぜなら、あの少年は――。



(できることなら、

まだ合わせたくはなかったのだけれど……。

でも、これでどう動くか、ね)



うねりのように押し寄せる感情や現実、真実。

それらをすべて打ち消すようにナウベルは、

心と思考の中身をそう締めくくると、

間もなくその姿すべてを現そうとしている、

オレンジ色がかった太陽に背を向け歩き出す。


一手の是非はともかく、

今やるべきことは、すべてやった。


だが、ものの数時間後にはまた、

やるべき仕事が彼女に降りかかってくる。


時間の遅れは、許されない。



(…………)



ナウベルの行動理念の中に、

“暇”という概念は存在しない。


他の7隊長に向けて指示を出しつつ、

また上司であるクライドからの任務の命を、

忠実に実行する。


言わば中間管理職である彼女に、

時間を潰すだの、

ゆっくり過ごそうなどという言葉など、

まったくの不要物だ。

ましてや平穏や長閑(のどか)などという、

誰もが望み、そして欲するものなど、

もってのほか。



(そんなもの、とっくに捨てたわ)



迷いなど、ない。

影の世界に生きることを選んだナウベルには、

一変の躊躇もない。



すべては、ファースター繁栄のために、

そして、騎士総長クライドの片腕として、

更なる信頼を得るために。



(2時間か2時間半くらいは、寝られるわね)



どこか安心したように、ナウベルは思う。

凡人ならば明らかに、

睡眠時間として不足している。

だが、まとまった睡眠をとることが、

ほとんど皆無なナウベルにとっては、

その時間は十分すぎる時間になる。


それがたとえ野宿などの、

劣悪な環境下で取る睡眠であったとしても、だ。


今日とて、例外ではない。


どこかに身を潜めて休むか、

と、ナウベルは王立魔術専門学校の屋上から、

室内へ入るべく歩く。



「今は若いからどうにでもなるけど、

 歳とったら一気に老け込む、か」


途中、年下のうるさい少年に言われたことを、

今一度思いだし、



「フッ……ホント、余計なお世話ね」



わずかに、

ほんの少しだけ純粋な微笑みを浮かべて、

ナウベルは再び、社会の舞台から静かに、

姿を消した。




ディフィード大陸は、

寒さで有名な地である。


一年の平均気温は、0℃をゆうに下回る。

言うなれば年がら年中、

冷蔵庫の中に居続けていることに等しい。


そのあまりに厳しすぎる環境に、

わざわざ危険を冒してまで渡航を企てようとする者、

すなわち密入国者のような輩は、

ほとんど存在しないといってもいい。



「……だんだん、寒くなってきたわねぇ」



軽い粉雪がチラチラと舞い始めた曇り空の下、

ススっと軽く鼻をすすりながら、

これが初のディフィード大陸となるフェイティは、

セカルタより出港した船の甲板で、

進行方向へと視線を送る。


その先にはいまだ、

陸のようなものを確認することはできない。



「まだまだ、こんなもんじゃないよ。

 ここからさらに軽く10℃くらいは下がるはずだし」



一方、これが2回目の渡航となるアルトの表情には、

まだ若干の余裕がうかがえる。


アルト達が現在目指しているのは、

つい先日、セカルタの正式な使者として、

上陸した際に入港した港町カイト……周辺。


というのも、今回はディフィード大陸の王都、

キルフォーへ入港申請を行っていないため、

カイトへ入ることができないのだ。


もし申請過程を無視して入港しようものなら、

不法入国としてあえなく御用となってしまう。


故に、港町カイトの近く、

どこか船をつけるような場所を、

その場で探して乗り込む予定でいた。



「うまく降りられる場所があるといいですね……」



こちらも初のディフィード大陸となるローザは不安そうに、

徐々に流氷が混ざりはじめた大海原を見つめる。


自らの居場所をみつめるために、

覚悟を持って未踏の地へ赴くことを決意した。

だが、いざ船に乗り、

記憶を辿る限り自分が見たことのない、

徐々に白みがかっていく風景を目の当たりにすれば。


大小はあれ、

おそらく誰であっても不安という感情が、

体のどこかしらに生まれてくる。

クライドから偽りのレッテルを貼られるまで、

ファースターの王女として生活してきたローザも、

当然例外ではない。


まるでユラリとその場を漂う白煙のように、

漠然としながらも確かな不安。



「大丈夫、きっと見つかるよ。

 きっと……」



ローザを励ますように、

また自分自身に言い聞かせるように、

アルトは前を見据えた。



ここまで来たら、

もう腹をくくるしかない。


みんなを引っ張ってくれていたレナは今、いない。


あの日。

母、ヴェールを探すために、

故郷ファイタルから飛び出し、

偶然ファースター最終列車で出会った、

あの時から。


そのほとんどを共に行動し、

常にこれからの行き先、目的を、

太陽のように照らし続けてくれていたレナは今、

エリフ大陸で単独行動をしている。


アルトにとっての太陽が、いない。


加えてレナ同様、仲間として行動することが長かったプログ、

そして抜群の頭脳を持つ天才少年、スカルドもいない。



(こんな時こそ、僕がしっかりしないと……)



だからこそ、アルトは胸に、

その言葉を強く刻み込んでいた。


レナがいない今、

自分が何とか引っ張って行こうと。

太陽がいない時こそ、

月である自分が、

みんなの道を照らしていきたいと。


ローザ、フェイティ、蒼音、そして自分。

唯一の男である自分が。


決してレナほど強く照らせなくてもいい。

月である自分には、それほどの光がなくてもいい。


仄かに少し、ほんの少しだけでも照らす、

それさえできれば――。


アルトの想いは、

すでに固まっていた。


母の情報を得たいという、

個人の思いは正直ある。


だが、まずはローザの居場所を、

いまだこの世界のどこにも、

安住の地を得られていない元王女、

ローザ・フェイミの安息地を探すために。


「よし、進もう」


徐々に冷えゆく空気感の中、

熱量を奮い立たせるように、アルトは声をあげた。

次回投稿予定→6/10 15:00頃

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