第145話:訪れる沈黙
「賢明な判断を、
すぐにしてくれて助かるよ」
「お互い様だろうが。
お前の事など別にどうでもいいが、
こちらの最良な選択が、
結果として貴様にとっても最良の判断になった、
ただそれだけの話だ」
「そうかい。
ま、そういうことにしといてあげるよ」
やれやれ、と。
リョウベラーは軽くため息をつきながら、
それでもその場をこれっきり、収める選択をとった。
一方のスカルドも、
投げかけられた言葉に対しては、
相変らず冷淡な反応しか見せないものの、
自ら食って掛かるような、
新たな火種を蒔くような言葉は発さない。
「ま、今回は見逃してあげるけど、
次に会った時には、
一切の情けはかけないッスからね」
「上等だ。
その方がこちらとしても都合がいいからな。
次の機会を楽しみにしておくぞ」
「最後の最後まで強気な態度、いいねえ。
俺、そういうヤツ、嫌いじゃないよ」
「気に入る、気に入らないはお前の勝手だ。
だが約束は約束だ。
サッサと俺達をここから逃がしてもらおうか」
「ハイハイわかったよ。
まったく、どっちが追い込まれてたんだか……」
ポリポリと頭をかきながら、
リョウベラーはヒョイッ、
っと線路からプラットホームへと身軽に乗り上げる。
「大体、会議は明日までにも関わらず、
わざわざこの時間まで待っててやったってのに。
これじゃまるで、
俺が任務に失敗したみたいになってるじゃねぇか。
違う大陸にいる他の奴らはどうしてんだか知らねえけど……」
ブツクサ文句を垂れながら、
リョウベラーは真っ直ぐに駅の改札口、
このプラットホームから脱出できる、
2つの道のうちの1つへ向かう。
プログは、先ほどから引き続き、
ただただ無言で、
リョウベラーの後ろ姿を見送った。
決して足がすくんでいたり、
相手に圧倒されて言葉が出なかったわけではない。
ここは相棒であるスカルドに任せるという、
戦略的無言。
結果として、それは吉と出た。
ファースター騎士隊の中でも、
生粋の力を持つ7隊長。
そのうちの1人と対峙した中で、
スカルドの話術と、
想定、先読み、対策という頭脳により、
戦火を交えることなく、
事をやり過ごすことができる。
それは、今のプログ達にとっては、
ほぼ勝利に等しいものだった。
「今から5分で、
駅周辺に待機させていた、
俺の部下達をすべて撤収させる。
5分したら、トンネルから出るなり、
ここから出るなり、
勝手にしてくれていいッスよ」
改札を去り際、
リョウベラーは最後に2人に向けて言う。
「それともう一つ。
ここを出てからお前らが、
どういう行動をとるかは知らないけれど、
始発が走る頃には、
再び部下達をファースター城近辺や、
市街地に配置するよ。
捕まりたくないんだったら、
情報収集なんて馬鹿な真似はしないで、
サッサとこの街から出た方が、身のためッスからね」
そんじゃな、と軽く手を振り上げ、
リョウベラーはそのまま、
2人の前から姿を完全に消した。
薄暗い、ひと気を感じない、
始発すら走らない、ファースター駅。
そこに残された、2人の侵入者。
「…………」
「…………」
交わす言葉は、ない。
時計は、午前4時前を指している。
ファースターの始発は、4時45分発。
その時間まで、およそ50分。
先ほどリョウベラーから指示された、
5分後にこの場から脱出するには、
十分すぎる時間が残っている。
「…………まあ、
とりあえず一件落着、ってか」
よいしょッ、と。
高さ約2メートルほどあるプラットホームへ、
プログは上がるとすぐさま、
今までいた線路へ向け、手を差し伸べる。
「……さあな。
ただ、アイツの雰囲気からして、
おそらくウソではないだろう」
身長およそ150cm程度のスカルドは、
自力でプラットホームへたどり着く術がない。
差し出された手を使い、
何とかギリギリ、
天才少年はファースター駅のホームへと上り立った。
リョウベラーがこの場を去ってから、
まだ1分程度。
言い残した5分までは、あと4分ある。
「アイツは5分とか言ってたけど……。
どうする? それより前に、
サッサと脱出するか?
早くしねえと始発の時間になって、
情報を集める時間がなくなっちまうし」
プログが気にしたのは、
今から、始発までの時間の使い方である。
リョウベラーは先ほど、
5分経ったら好きに動けばいいと言った。
だが同時に、始発の時間、
つまり4時45分になったらもれなく、
自らの部下を再び、
ファースター中に配置するとも、
確かに話していた。
当初プログ達の予定は、
ここから脱出した後、
市街地まで逃げてから、
本来の目的であるファースターに関する情報収集を行う、
というものだった。
だが、先ほどの言葉により、
プログ達には、タイムリミットが設けられた。
いくらプログが元凄腕のハンターだったとしても、
スカルドがセカルタの誇る天才頭脳を持っていたとしても。
ファースターに関わる、
ありとあらゆる場所に敵を配置されれば、
さすがに分が悪すぎる。
タイムリミットを超えての、
情報収集活動はできない。
と、なれば。
たとえ1分でも2分でも、
削れるものがあるとすれば、
今はとにかく削っていきたい。
予定していたものを着実にこなすマイペースさよりも、
少しでも予定を前倒しして動くせっかちさが、
ここでは重視される。
少なくとも、プログはそう考えていた。
まあ、もっとも。
(その情報収集だって、
予定してるものかどうか、甚だ怪しいけどな)
プログは皮肉交じりで、
そう考えずにはいられない。
この場を脱出した後、
市街地にて少々の情報収集を敢行し、
それから速やかにファースターを脱出するという、
山から海へ流れる川のような、
予定調和な流れを提案したのはスカルドで、
リョウベラーと遭遇する直前、
ホームの下で交わした、
秘密裏の会議の中で出た内容である。
プログはその提案にOKサインを出した。
そして、その行動を間違いなく遂行すると、
信じて疑わなかった。
だが、リョウベラーとのやり取りの中、
スカルドが発した、ある(・・)言葉。
『敵地ど真ん中で今後の行動なんて大事な話、
誰が聞いているかもわかんねえのに、
そんな大っぴろげに話すワケねぇだろうが』
確かに、言った。
この場合の“今後の行動”には当然、
情報収集という、いわば彼らが、
ここに来た一番の目的、
これをするためにここまで来た、
といっても過言ではない要素も内包している。
(どういうつもりなんだか)
いよいよプログは、
目の前でガムを頬張る天才少年様の考えが、
分からなくなっていた。
騎士総長にして列車専門の犯罪集団、
シャックのボスであるクライドが不在の中、
王都ファースターがどのような状況になっているのか、
シャックの根城と化しているファースター城は、
一体どのような機能を果たしているのか、
情報を集める。
ここに来た目的の大原則は、
レナ達とセカルタで別れ、
2人での行動となった当初から、
プログは口酸っぱく言ってきたことで、
スカルドもそれは重々承知のはずだ。
だが一方で、どうにも引っかかるスカルドの、
こんな場所で大事な話をするわけがない、という発言。
(てことは、情報収集するってのもウソだったのか?
いや、でも……)
もしそうならそれだけは賛成できない、と、
プログの表情は、
まるで急な雨雲が太陽を遮るかのように曇っていく。
確かに、リスクはある。
7番隊隊長の言った事だ、
おそらく始発の時間キッカリに、
大量の兵士たちを配置するに違いない。
その時間までという限られた条件、
つまり早朝という、
おおよそ人々が行き交う時間には程遠い時に、
街中で情報収集に勤しんだところで、
問題の核心に迫る有益な情報が得られるかどうかなど、
それこそ霧のかかった早朝並みに不透明だ。
だが、それでも、である。
(それでももしかしたら、
何かオイシイ情報を聞けるかもしれねえし、
聞けるときに聞いておくのは、
さほど悪い策じゃねえよ)
ここへきた目的を、
すべての行動の最優先と考えるならば。
プログはどうにも、
この場での情報取りを捨てるという選択肢は、
容認できない。
果たして、スカルドの真意は、
どこで、どのようになっているのか。
もし、プログの考えと正反対、
何もせずに早急にここから立ち去る、
という言葉が口から出たら、
それこそプログは、ここで別行動という決断を――。
「いや、まずは待機だ」
スカルドが、その口をようやく開いた。
そして、
「当初の予定よりは早く切り上げることになるが、
アイツが言ったように5分後にここを出て、
情報収集をギリギリまでして立ち去るぞ」
「!」
次にスカルドが口にしたのは、
プログの考えを概ねなぞるものだった。
プログ同様スカルドも、
当初の予定通りに諜報活動を行うことを、
支持していたのだ。
「なンだよ驚かせやがって。
てっきり情報収集も、
嘘八百なのかと思ったじゃねーか」
一度ならず二度も騙される結果となったプログは、
思わず皮肉を言わずにはいられない。
だがスカルドは、歯牙にもかけない。
「ンなこと俺が知るか。
ただ、俺らの行動を読めなくするためには、
偽の情報だけを与えるよりも、
真と偽、両方を与える方が混乱しやすいんだよ」
「強行突破する、って情報が嘘八百で、
情報収集が真実ってことか?
だったら俺にはそう言っといてくれよ」
「バカかお前は。
それをあの場で言ったら何の意味もねぇだろうが」
「いや、それなら事前に言っとくとかよぉ……」
「だからトンネル入る前に言っただろうが、
何があっても俺に合わせろ、と」
「そんな情報不足な言葉で理解できるかっつーの!」
無駄だとは思いながらも、
プログは今できる最大級のツッコミをしてみる。
分かっている。
何も一言も相談なしに、
彼は先を進んだわけではない。
事前に忠告をしただけでも、
スカルドという、
この無愛想な人物像から察するに、
それなりの配慮はしているのだろう。
だが、それでもやはり解せない。
(まあ、別に何でもいいけどさ……)
無理にその言葉で納得するしかない、
自分の立場が、何か物悲しい。
俺、年上なのになーと、
せめてもの優位性を頭に描きながらボヤくプログだったが、
「ちょっと時間があるならちょうどいいや、
さっきのだけど」
今が好機とみたかスカルドへ、
気になっていたことを訊ねてみた。
「さっきのヤツって、
ホントに仲間なのか?」
「あ? 何のことだ?」
「リョウベラーがいた時、
トンネル奥から聞こえた爆発音。
あれっておそらく魔術だろ?
俺らがいたトコロと関係ない場所で魔術が使われたってことは、
お前の仲間か誰かが、助けてくれたってことじゃねえの?」
偶然という言葉だけで片付けるには、
あまりにタイミングが合致しすぎている。
となれば、自分やスカルドに味方してくれる、
何者かがタイミングを見計らい、
援護射撃をしてくれたのでは。
プログの予想は一応、一本の線で通っていた。
だが、青年の質問に対して、
天才少年から返ってきた解答は、
ひどくシンプルなモノだった。
「仲間なんているワケねぇだろ」
以上、である。
「……は?」
「ここはワームピル大陸だぞ?
エリフ大陸で今まで生活してきた俺が、
ここに仲間と言えるヤツがいたらおかしいだろうが」
多少の補足はついたが、
スカルドの説明は、そこまで。
「いやいやいやいや」
待て待てと、
プログは会話の終了を拒否する。
どうにも少年の言う言葉に、
思考の理解が鬼ごっこのように追いつく事ができない。
「じゃあ、あの爆発は何なんだよ?
まさかたまたま、爆発が起こったとでもいうのか?」
納得など、出来るはずがない。
プログは今以上の詳細な解説を求めた。
「そんな都合いいことがあるか」
さも面倒くさそうに、
少年は顔をしかめながら、
「あれは俺の魔術だ」
「……は?
「こんなこともあろうかと、
予め俺が魔術を仕掛けてたんだよ、
然るべきタイミングで、
爆発が起きるようにな」
謎の爆発音の種明かしを語った。
プログの見知らぬ、
何者かが爆発を引き起こしたのではなく、
あの時、プログの目の前にいたスカルドが、
予防線として事前に仕掛けていた魔術、
要はそういうことらしい。
だが、
「いやいや、
お前いつ、そんなの仕掛けてたんだよ?
爆発が起きたのって、
ここからかなり遠いところだぞ?」
プログはやはり解せない。
聴覚が異常でなければ、
プログの感覚で爆発は2人のいた現場から、
ファースター市街地方面へ、
かなり遠くで起きていた。
プログとスカルドが、
市街地からのトンネル内を通過したのは、
列車の3号車に身を隠していた時である。
「まさか、あの真っ暗闇で視覚を奪われていた時に、
魔術の詠唱でもしていたのかよ?」
思いつくことを自分で言ってみたが、
プログの中でその答えは、すでに出ている。
自らの近くで魔術の詠唱をしようものなら、
さすがにプログも気づくはずだ。
でも、少なくともその当時は、
そのような気配は感じなかった。
なら一体、スカルドはいつ、
魔術の詠唱を
「フン、いつでもいいだろうが」
思考の最中、
スカルドは会話を強制終了させた。
これ以上の踏み込みは許さぬ。
そうとでも言いたげに。
「……」
いやいや良くねえよと、
内心思わずにはいられないプログだったが、
そう言い切られてしまっては、
それ以上の詮索はできない。
したところで、
この天才少年が口を簡単に割るとも思えない。
はあ、別にいっか。
無理やり自分を納得させるように仕向けた。
……が。
「フン、鈍いな」
終わったかに思えた天才少年は一言、
そう切り出すと、
「俺がふだん、
魔術をどうやって生み出しているかを考えれば、
すぐに分かるだろうが」
まるでヒントを投げかけるように、
もう一言付け加えた。
次回投稿予定→5/20 15:00頃
まるそーだの体調不良により、
来週の連載は休止とさせていただきます、申し訳ありません。。




