第144話:先を行く超える策
「な、なんだ!?」
突如足元を揺らす爆音に、
プログがよろけた体のバランス何とか保とうとすれば、
「お前……何をしたッスか?」
先ほどまでの、
余裕たっぷりといった表情とは明らかに違う、
警戒心むき出しの表情で、
リョウベラーは片膝をつきながら言う。
「俺がいつ、コイツと2人だけで、
この大陸に来たと言った?」
その中で一人、
まるですべてを予期していたかのように、
仁王立ちを続けるスカルドはもう一度、
口角をわずかにあげ、愉しむように言う。
瞬間、もう一発。
トンネル方面から地面をえぐり取るような、
地鳴りの爆発音が駅内の音波を支配する。
一体この爆発は、
どこの誰が起こしているものなのか――。
「そんなバカな!
確かにナウベルのねーちゃんの情報では、
この大陸に来たのは2人だと……!」
「ねーちゃんだか何だか知らねえが、
情報に絶対なんてねぇんだよ」
「嘘だ……ンな事があり得るハズが!」
「嘘かホントかなんて、どうでもいい。
だが、仲間が外で騒ぎを起こしている。
この事実だけは、どれだけお前が喚こうが変わんねェよ」
頭で描いていた完璧なシナリオが崩され、
動揺を隠せないリョウベラーに向け、
スカルドは涼しい顔のまま言う。
その中で。
(……?)
今の状況が腑に落ちていない者が、
リョウベラーの他にも、もう一人。
(俺とスカルドのほかに、
誰かこの大陸なんて来てたっけか……?)
プログの思考に、
その疑問が生み出されるのに、
それほど時間はかからなかった。
(レナはエリフ大陸に残ったまんまだし、
アルトやフェイティ、ローザ、
それに蒼音ちゃんはディフィード大陸のハズ。
他に誰か、ここに来そうな奴なんていたか……?)
動と静、
二つの相反する反応を見せる。
7番隊隊長と天才少年を前にしても、
プログはまったく、
そちらの方へと視線を向けることがない。
自身とスカルドで、
共通の仲間として認識されているのは、前述の5人、
記憶喪失の爆炎少女、レナ、
気弱な銃拳少年、アルト、
偽りの王女、ローザ、
天真爛漫なBBA、フェイティ、
そして意志を持たぬ神術娘、蒼音。
だが、この5人はもれなく、
プログやスカルドと別行動をとっていることが、
すでに確定している。
レナは列車専門の犯罪集団、
シャックの情報を集めるために、
エリフ大陸に残っているし、
他の4人はディフィード大陸へ向けて出発している。
その目的は、
命を狙われているローザの安住の地を確保するため、
そしてディフィード大陸の王都キルフォーに存在する、
反政府組織、暗黒物質の剣との接触を試みるため。
それぞれが、それぞれの役目を果たすため、
彼らは異なる地にいる。
それは、間違いない。
(うーん……いねえよなぁ……)
少なくともプログには、
他に仲間と思しき人物は考えつかない。
唯一、共に行動した人物で思い出せる人物と言えば。
(ナナズキ……は、絶対に違うよな)
だったが、
まるでトマトを片手で握りつぶすように。
プログはいとも容易く、
その可能性を捨て去った。
根拠など、いくらでもある。
(確かにスカルドとも顔は合わせているが、
そもそもアイツは仲間じゃねえし。
それにあの時はたまたま、
利害が一致して、行動を共にしただけだしなぁ)
リョウベラーと同じ7隊長の一人、
5番隊隊長のナナズキ。
彼女はかつて一度だけ、
レナ達と行動を共にした。
だが、それはあくまでも、
お互いの共通課題、
すなわち乗客をもれなく死へといざなう恐怖の魔術列車、
ギルティートレインからの脱出という目的があったから。
決して仲間だからという、
人間味溢れる感情的なものではない。
それに、大前提としてナナズキは、
7隊長の一人である。
そして今、目の前にいるリョウベラーも、7隊長。
どちらかと言えばというより、
ほぼ圧倒的なウェイトで、
リョウベラーの方がナナズキは仲間、
という認識を持っているだろう。
ともなれば。
(どう考えても違うよな)
その結論を下さざるを得ない。
淡い期待にもならない、不毛な可能性。
そしてその結果。
(じゃあ、一体誰なんだ……?)
プログは結局、
この疑問へと回帰してしまう。
(もしかして、俺の知らない、
スカルドだけの仲間がいるのか?
……いや、エリフ大陸出身のアイツに、
そんなヤツがいるとも思えねえし)
リョウベラーに気づかれぬよう、
プログはチラッと横を見やる。
「さて、仲間のおかげで、
貴様ご自慢の援軍のうち片方は大混乱、
今のうちに駅の改札を、
俺とプログで強行突破したら、
果たして作戦通りに、挟み撃ちはできるかな?」
ニヤリと。
薄ら笑みを浮かべて三たび、
ガムを口に頬張る、
決して後ろへ下がることをしないスカルド。
仲間に相当する人物が思い浮かばないプログと、
現実としてトンネルの奥彼方、
確かに響き渡った、
何者かが引き起こしたであろう爆発音。
果たして、その真実は。
「…………」
一方のリョウベラーはしばらく、
爆発音のしたトンネル方面を眺めていたが、
「ハッハッハ、こりゃ面白いやッ!!」
何かを吹っ切ったのか、
突如乾いた笑いを構内に響かせると、
「いいねえ、面白いじゃん!
正直ここまでしなくても、とか思ってたけど、
なかなかどうして、
結構愉しませてくれるじゃんッ!!」
まるでゲームを楽しむかのように、
リョウベラーは笑う。
だが、それはいわゆる、
現実とゲームの狭間が分からぬ、
狂った感情ではない。
まるで鬼ごっこやかくれんぼなどを、
純粋に楽しむ子どものような、
リョウベラーの表情。
「多少警戒はされてるかなとは思ったけど、
まさかここまで、
用意周到に突っ込んできたとはね。
いいねえ少年クン、
特別に50点くらいあげたいね!」
「貴様からもらった点など、
たとえ100点でも1000点でも、
俺にとっては1点の価値にもならねェよ」
「そういうなって。
俺が得点を修正するなんて、
滅多にないことなんだぜ?」
冷たくあしらい、
口に含むガムを風船のように膨らませるスカルドに対し、
リョウベラーは生き生きとした表情で言う。
「ただし!
これだけじゃあ、まだまだ100点はあげられないな~」
「だから言っただろうが、
貴様からの点数など……」
「焦るな焦るな。
せっかくの50点を減点されたいのかい?
それに――」
途端、ニヤリと表情を変えた7番隊隊長はパチン、
と指を鳴らして、
「これで勝ったつもりでいたなら、
まだまだ思慮が足りないんじゃねーの?」
わずかに鋭くした眼光をプログ、
スカルドに飛ばした、その時。
ヒュイィィィィ……。
「?」
どこからともなく聞こえる、
風切り音。
プログは一瞬、
その音がどこから聞こえてきたのか、迷った。
だが、
「! 上かッ!!」
すぐさま気づき、
慌てて駅構内を見上げると、そこには。
「ピイィィィッ!!」
左右に大きく翼を広げた、
巨大なオウギワシが、
悠然と構えるスカルドの頭部をめがけて、
まるで鉄塊のように6、5、4メートルと
凄まじい勢いで落下してくる!
「やべッ!」
反射的にプログは、
腰に携える短剣に手をかけるが、
風切り音からオウギワシの存在に気づくまでに要した、
ほんの0コンマ何秒の遅れにより、
完全に後手と回ってしまっていた。
「クッ……!」
せめて衝撃を和らげようと、
プログは自らの右腕を、
防御体制としてスカルドの頭上へ掲げようとした。
……が。
「それはこっちのセリフだ、
完全無欠の0点野郎が」
言って天才少年は、それまで大きく膨らませていた、
ミソ味のガムにさらに勢いよく空気を吹き込み、
本物の風船のようにパンッ、と割った、
次の瞬間。
轟! という暴発音と共に、
まるで間欠泉でも湧き出るかのように、
スカルドの背後から、
幅約3メートル、高さは5メートル近くになる、
巨大な火柱が姿を現し、
今まさにスカルドを捉えようとしていたオウギワシの、
わずか数ミリ横を立ち上っていく。
「ロック!!」
「ピイィィッ!!」
おそらくそれは予期していなかったのだろう、
焦りの中すかさず叫んだリョウベラーの声に呼応し、
オウギワシはスカルドの脳天めがけての急転直下の攻撃を諦め、
まるでブーメラン軌道を描くように、
リョウベラーの右腕へと舞い戻る。
間一髪。
まるで近くの酸素すべてを焼き尽くすかのごとく燃える、
スカルドが生み出した反撃の火柱。
あと数センチ、
もし少しでも火柱の起こる位置がずれていれば、
リョウベラーの相棒は今頃、
立派な焼き鳥、
いや、消し炭へと姿を変えていただろう。
「チッ……!」
ここまで来てついに初めて、
表情を歪めて舌打ちをしたリョウベラー。
「あれだけ上空を旋回されりゃ、
仲間と認識して警戒するのは、
当然のことだろうよ」
燃え盛る炎柱を背に、
スカルドは不敵に笑った。
すべては、想定通り。
そう、つい先ほどまで、
リョウベラーが見せていた表情を、
今度はスカルドが浮かべている。
(……うそだろ?)
正直プログは、怖くなっていた。
この少年、どこまで頭を回転させていたのか。
いつ、どこで、
列車に乗る直前に見た、
あの謎の旋回しているワシに対する、
対策をしなければという考えを持っていたのか。
咄嗟の判断で、
ここまでのことができるのだろうか。
いいや、おそらくそうではない。
想定に想定を重ね、
さらに己が考えうる、
あらゆる可能性、
相手が考えそうな目論みすべてを、浮き彫りにする。
そしてさらに、その想定、可能性、目論み、
すべてを超える、自己の解決方法を講じる。
そこまでしなければ、
決してここまで辿り着くことはできないだろう。
「どうした? これで終わりか?」
それを、この世をまだ、
たった12年程度しか生きていない少年が、
考えつくものなのだろうか。
相棒のロックが無事であることを確認する、
先ほどまでの余裕が消えたリョウベラーに対して、
「俺はまだ、
手の内すべてを出したわけじゃねェぞ」
トドメとばかりに言い放った、天才少年。
そのことばに呼応するかのように、
絶対勝者を連想させていた、
背後の火柱がフッと消え去る。
スカルドが生み出した、火柱の魔術。
この場にいるどの対象者に対しても、
物理的なダメージを与えることはできなかった。
だが、それでも彼らを、
リョウベラーとその相棒に警戒心を植え付けるには、
あまりにも十分な威力だった。
(ど、どうだ?)
プログは引き続き、
固唾を飲んで様子を見守る。
スカルドの雰囲気、頭脳からして、
おそらく言葉通りに、
まだまだ策を持っているだろう。
それに対し、
つい数分前までは、
圧倒的な優位な立場にいたはずのリョウベラー。
彼が繰り出した手はことごとく、
スカルドが粉砕してきている。
彼にはまだ、手があるのか。
それとも――。
(あるとしたら何だ?
ここで一戦、交えることとかか?)
そう考えただけで、
先ほどから短剣に置いている右手に、
自然と力が入る。
策を打ち破られた者が取る行動。
その一つにはおそらく、
直接対決という選択肢が生まれてくるだろう。
そうなればスカルドはもちろんのこと、
プログも戦うことは免れない。
しかもいつ、始まるかが分からない。
先ほど同様、
不必要なほどの会話からの予告があってのものあれば、
自棄になって唐突に始まる、といった場合もある。
スカルドも、その雰囲気、感覚を察知しているのか、
先ほどから一切の言葉を話さなくなり、
目の前の7番隊隊長の動向を、
まるで獲物を狙うタカの目のように鋭く監視している。
プログも、待った。
リョウベラー、そしてロックと呼ばれた、
オウギワシが、次にどの行動をとるかと。
「へえ……なるほどね……」
7番隊隊長がつぎにとった行動は、独り言。
「俺だけワームピル大陸で、
つまんねえ仕事を押しつけやがって、
と思ってたけど……」
プログに向けた言葉でも、
スカルドに対しての言葉でもない。
リョウベラーが自分自身に向けて、
「なかなか面白ぇ報告ができそうじゃん……!」
先ほどわずかに、
引きつっていた表情は、
そこにはすでになく再び少年のような、
好奇心に満ちる、ワクワクした表情を、
彼は見せていた。
(さぁ……どうだ!?)
迫りくる、次の展開。
ゴクリ、と。
プログが口内にある水分すべてを飲み込む。
「いいねえ、君。
強気の姿勢に、冷静な頭脳。
どうやら50点ってのは、
過小評価だったかもしれないッスね」
少し前に自らが評したものを、
リョウベラーはすぐに訂正した。
そして、
「そういや、名前を聞いてなかったね。
どうだい?
もし君が、ここで名前を教えてくれたら、
この場は見逃してやるよ」
(……え?)
思いもよらない7番隊隊長の言葉に、
今までポーカーフェイスを貫いてきたプログは、
思わず口が開いてしまう。
最初は、聞き間違いかと思った。
だが、
「どう? お互いそれが、
ベストな選択だと思うけど?」
先ほど聞いた言葉の確証を裏付けるかのように、
リョウベラーは再び、プログ達へと投げかけた。
四面楚歌状態だったこの場から、
解放される。
プログに一瞬、
喜びの感情が芽生えそうになったが、
それはすぐに消えた。
(いや、分からねえぞ……。
スカルドのことだ、
そんなので俺が納得するとでもとか、
話を聞かずに
「いいだろう。
俺の名は、スカルド・ラウンだ。
よく覚えておくんだな」
抵抗する可能性は十分にある、
と心で考える前に、
スカルドはあっさり、結論を下した。
自らの名を名乗る。
つまりは、7番隊隊長の提案に応じる、
そういうことだった。
次回投稿予定→5/6 15:00頃
来週は休載させていただきます、すみません。