第143話:逆転の一手?
「ん? 何か言った?」
「その程度の先読みで、
俺の頭脳に勝ったと思っているのなら、
お前は正真正銘、加算なしの0点だと言ったんだ。
人の話を聞けと言ったのはお前の方だろうが」
わずかに眉をひそめたリョウベラーに対し、
スカルドはさらに言う。
「俺達の行動が読めていた?
トンネルにも駅出口にも兵を配置している?
その程度の動き、
俺が気づいていないとでも思っていたのか?
7隊長だか何だか知らねえが、
随分と能天気なヤツだな」
もはやトレードマークにもなりつつある、
丸いガムを口に含みながら少年は、
まるでどちらが敵なのか分からないような、
不敵な笑みを浮かべる。
(なんでこんな自信満々に……)
いまだ心臓の早まる鼓動を抑えられないプログは、
新種の動物を見つけたかのような表情で少年を見る。
だが、その姿に気づいているかいないか不明だが、
スカルドは構うことは一切ない。
まるで、この空間を、
自分が完全に支配しているかのような目で、
悠然な佇まいを続けている。
「オイオイ、追い込まれ過ぎて、
ついに頭のネジが吹っ飛んじゃった?
完全な袋小路に追いやられているのに、
随分な態度ッスね」
「袋小路に追い込まれているなら、
それくらいの演技をしてやっても良かったが、
あいにく全然、追い込まれていないモンでな」
「へえ。 この期に及んで、
まだ逆転の一手があるんだ。
それはぜひ聞かせてもらいたいねえ。
まさか、ここで俺を倒して、
駅出口にいる部下達を蹴散らして強行突破、
なんていう、陳腐な(・)ものじゃないよね?」
陳腐な、をやたら強調するように、
リョウベラーは乾いた笑みを浮かべる。
(クソ……やっぱりコイツ、
全部聞いていやがったか……!)
プログは苦虫を噛み潰したかのような、
舌打ちをせずにはいられない。
リョウベラーが口にしたのはつい先ほど、
スカルドとプログが、
ここからの脱出方法を話し合った際に出た結論そのものだ。
今、プログとスカルド、
そしてリョウベラーのいる、
ファースター駅プラットホームから、
外に脱出することのできる2つの通路、
すなわち駅出口改札と、市街地へのトンネル。
そのうちスカルドは、
始発の時間を理由に、
駅出口からの強行突破を行うことを、
確かにプログへと伝えた。
そして、プログ自身も、それを了承した。
なぜなら、それが今考えうる、
最も手順が少なく簡潔で、
最も時間を要しない選択だったから。
だが、その選択肢は今、
目の前に立ちはだかるリョウベラーによって、
完全に粉砕された。
リョウベラーは知っていた。
プログとスカルドが、
プラットホームの軒下で、
今後について話し合っていたことを。
そしてその議論の末、
駅改札を強行突破しようと試みていたことを。
それは今まで、
ただ黒一面に塗りつぶされた空間からわずかに見えた光が、
再び閉ざされた瞬間だった。
だが、それでもなお。
「フン。
的外れもいいところだな」
スカルドは依然、強気の目を崩さない。
まるで自分が思い描いていた返答が聞けたかのように、
軽い蔑みの笑みを浮かべながら、
「大体、
敵地ど真ん中で今後の行動なんて大事な話、
誰が聞いているかもわかんねえのに、
そんな大っぴろげに話すワケねぇだろうが」
そして、また笑った。
(え、そうなの……か?)
てっきり本気の話し合いだと思っていたプログは、
肩透かしを食らったかのように表情が固まる。
「どういうことだい?」
「簡単な話だ。
いくら真夜中とはいえ、
ここはファースターの中心地。
しかも列車と言えば、
密入国を企む者が最も多く利用する交通手段だろう。
にも関わらず、これだけ警備がザルなら、
何か企みがあると考えるのが普通だろうが」
(そう……なのか?)
見張りが少なく、
しかも怠慢が続くことを、
もっぱら幸運を捉えていたプログは、
心の中で懐疑の念をグルグルと回している。
つい先ほどまで、
自分と打ち合わせたこととまるで違うことを、
スカルドは涼しい、いや、冷たい表情で述べている。
さすがにこちらにも説明をと、
プログはリョウベラーと対峙する天才少年に、
声をかけようとした。
プログの頭の中で考えるモノと、
スカルドが今、言葉として表現しているものが、
完全に一致をしていない。
どういうことなのか。
それを確かめたかった。
だが。
(待て。確かさっき……)
その手前、プログはふと、
列車車庫からトンネルへ突入する直前に、
スカルドから告げられた、
ある“掟”を思い出した。
『これからもし、
俺が事前に打ち合わせてない言動をしたとしても、
お前は黙って、話の辻褄を俺に合わせろ、いいな?』
天才少年は、ぶっきらぼうに、
確かにそう言い放った。
あの時プログは、
コイツは何を言っているのか、
程度にしか捉えなかった。
だが、もしかしたら。
(これのこと……なのか?)
今まではただの点と点だった、
ぶつ切りの事実がここで、
ようやく一つの線へと繋がる。
あの時、スカルドが言った、
俺に合わせろという言葉。
それは決して、その場の思い付きでも、
マニュアル通りの注意書きでも、おそらくない。
スカルドが、あの時から今の、
この瞬間までの予測を建設的に捉え、
どうアプローチしていくか、
そしてそのアプローチを成功させるには、
相棒であるプログに、何を指示するべきか。
そこまで考えて、スカルドはあの時、
その言葉をプログに伝えた
……のではないか。
それはあくまで、
プログの推測でしかない。
だが、
(いや、コイツならそれくらい、
普通にやりそうだぜ)
不思議とプログは、
確信に近いものを得ていた。
この天才少年は今、
この瞬間までの出来事をすべて想定し、
そしてその想定を越えるための準備をしてきた。
だとしたら。
(ダメだ、ここで俺が話しかけたら、
おそらく台無しにしちまう……!)
プログは静かに、
事の詳細を見守ることを決断した。
自分にとって、
これから何が起こり得るのかが、
たとえ不透明だったとしても、
その決断を行った。
ここでその意図を知るべく、
スカルドに声をかけては、決していけない。
それをすることで、
天才少年が考えていたものを、
すべてぶち壊すことになる。
ここまでスカルドが、
用意周到、建設的にくみ上げてきたものを、
そのたった一言で、
根本から完全に破壊させることになる。
スカルドの一挙手一投足、
すべてに同調する。
プログはとにかく黙って、
7番隊隊長と年下の天才少年の舌戦を、
見守ることにした。
「まあいいや。
とりあえず君が色々と考えている、
ってことは、よーく分かった。
んで肝心要の、
ここから脱出する方法、ってのはあるのかい?」
リョウベラーは愉快そうな表情で言う。
「ここから脱出できそうな場所は、
すべて俺の部下を配置している。
君たちがどこを選択するかは自由だけれど、
どこへ行ったところで、
他のルートの部隊で挟み撃ちにする。
君たちは完全に手詰まり状態だ。
この状況で、どうやって二人で、
脱出をしようとしているのかな?」
ジリジリと。
火山が噴火し、
溶岩が山を降るかのようにゆっくりと、
しかし確実に相手を追い詰めるように。
7番隊隊長は、次の発言の選択権を、
12歳の少年へと渡した。
(実際、どうするよ)
どう出るのか。
口からハッタリを言っているだけなのか。
はたまた、プログさえ知り得ぬ、
大逆転の一手があるのか。
プログも固唾を飲んで、
少年の次の言葉を待った。
「…………フッ」
ガムを含む口元を動かしながら、
スカルドは少しだけ、笑みを浮かべる。
「お前、ホントに能天気なヤツだな」
苦し紛れの苦笑ではない。
余裕の、鼻で笑うようなしぐさで、
スカルドは発言権を、行使した。
「確かに今の状況だけなら、
俺達は完全に周りを包囲されていることになる。
ただ――」
そこまで言ったところで、
それまで浮かべていた笑みが、完全に消えた。
「それはあくまでも、
こちらが無策の時の場合だろうが」
まるで視線だけで人を殺すかのような、
あの、いつもの冷酷な目で、スカルドは続ける。
「お前らの行動を想定していると、
散々言っているのに、
まさか何も対策を講じてない、とでも思っているのか?」
その姿は不動心、
そのものである。
(? 対策なんて、何かしていたか?)
絶対に感情を表に出すまいと、
表情筋に力を込めながら、
プログは考える。
プログの感覚では、
アルトの故郷、ファイタルから今、
この場に至るまで、
スカルドが何かしらの対策をとっていた光景を、
一切目にしていない。
考えられるとするならば。
(ルイン西部トンネルの通過中に、
何か仕込んでいたのか?
それともついさっきのトンネル内?
いや、でもその間にできることって、
せいぜい考えることくらいしかできねえよな?
物理的に何かをしていたら
俺だって気づくだろうし……)
その程度しか、
プログには思いつかない。
エリフ大陸の王都、
セカルタから船で出発した時から、
目の前の天才少年と常に行動を共にしてきたプログ。
もしかしたら敵に追われているかも? という疑念を抱いた、
あの謎のワシの旋回から現在において、
プログの視界からスカルドが消えた瞬間、
つまりプログの知らない範囲で、
スカルドが動くことのできた機会は、2度ほどある。
列車に乗り、ルイン西部トンネルを通過している、
視界から光が消えた時と、
つい先ほど、列車車庫からここに来るまで、
おおよそ一時間半を要した、あの黒のトンネル。
ただ、視覚は失われても、
プログの聴覚や触覚などは、
その時においてはしっかりと生きている。
少なくともその2度の機会では、
プログの視覚以外の4感で、
共に近くにいたと思われるスカルドから、
何かをしているといった違和感は、
何一つ覚えなかった。
「そうかい。
それは失礼したね。
君たちの限られた行動の中で、
一体どこのタイミングで、
どこでどのような対策をとれたのかが、
俺は心底知りたいね」
確かにと、プログも心で思う。
プログも知りえない、
スカルドの言う対策とは、一体――。
(まさか、ハッタリなのか?)
情報が少ないが故に、
そのような選択肢が生まれてしまうのも当然だ。
行動の制約が著しかった今までの中で、
少年があそこまで自信満々に、
リョウベラーに対抗できる術を、
何か打っているとは、
プログにも考えられない。
ともなれば、これは一種の誇張表現、
つまり口から出まかせであって、
その言葉の根拠となるものは、
何一つとして存在しない――。
言い過ぎでもなんでもなく、
大いにあり得る可能性だ。
だとしたら、プログ達は今、
相当追い詰められていることになる。
プログは考えることを止められ、
スカルドは何の先見もなく、
ただいたずらに、
言葉を並べているだけなのだから。
だが、一方でプログは思う。
(ただ、コイツが何の確証もなく、
見栄をはるようなことなんてするか?
スカルドの性格上、今考えているとか、
ンな事は絶対にしなさそうに見えるが……)
どちらかと言えばそうであってほしいと祈るように、
プログは考える。
どんな相手に対しても理路整然、
感情論などという曖昧なものにすがることなく、
論理や確証に基づいて相手を追い詰めていく。
それがプログの、
スカルド・ラウンという人物像である。
もしこの人物像が、
そっくりそのまま、
実物と重なるものであったならば。
目の前の天才少年が、
そんなその場しのぎ、
場当たり的な対応をとるとは、
どうにも考えにくい。
でも、それなら一体、
スカルドはどのような策を、
切り札として隠し持っているのか。
「フン、お前は見通しが甘すぎるんだよ」
リョウベラーの問いに対し、
スカルドは吐き捨てるように言う。
一切の迷いがない、実直で直線的な、
鋭い視線を7番隊隊長へと向ける。
「どうやらお前は昼から、俺とプログの2人を、
ずっと追いかけて回していたようだが――」
ペッ、と。
それまで口に含んでいたガムを自らの背後、
ついさっき歩いてきた、
列車車庫方面のトンネルへ、
ろうそくの火を勢いよく消すかのように吹き出して、
「俺達がいつ2人だけ(・・・・)で、
この大陸に来たと言った?」
少年がニヤリと言葉を告げた、その直後。
遥か遠く、ファースター市街地方面トンネルの奥底から、
聞き逃すことのない、
両耳を突き抜けるような巨大な爆発音が、
3人の立つ大地を大きく揺らした。
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