第142話:リョウベラー、現る
「!!」
その言葉が、信じられなかった。
いや、信じたくはなかった、
という方が、もしかしたら正しいかもしれない。
ここまで来て。
あと少しでようやく、
本来の目的である、
ファースターの調査をすることができるという、
ここまで来て――。
「おっす。
何だかんだで、これが初対面かな?
プログくんと、そのお仲間さん♪」
まるでかくれんぼで隠れている人を見つけたかのように、
軽快に話す7番隊隊長、リョウベラーの言葉は、
今のプログの思考回路には、まったく届かない。
敵に、見つかった。
その事実だけが、青年の口の中の、
ありとあらゆる水分を奪い、
そして小刻みに、口元を震わせる。
待ち伏せされていた。
その事態だけが、青年の足元を、
まるで根を下ろしたかのようにビクとも、
動かぬものとする。
つい先ほど、
永久に続くかと感じたトンネルから抜け出し、
自分たちの行く先に、
わずかに光を見出そうとしていた、
まさにその直後の、急転直下。
現実は、あまりに残酷だった。
「まったく、最後の最後まで列車から降りないとは、
なかなか大胆な作戦だったッスねぇ。
しかもこの時間まで列車に潜り込んでいるとは。
言うなりゃ敵地アウェーど真ん中なのに、
その度胸だけはスゲーと思うよ俺は、うん」
どこまで本意なのだろうか、
リョウベラーはうんうんと、
腕組みをして頷きながら言う。
「俺が追いかけてるってのを見越して、
ここまで乗ってたワケ?
それとも、単に寝落ちしただけの天然さん?
まぁーお尋ね者とされている地を動くのに、
さすがにお昼寝なんて芸当はできないっすよねぇ。
となるとやっぱり作戦か。
いやぁー、は恐れ入
「……夜更けの時間にうるせェ馬鹿だな」
黙れ、と言わんばかりに、
しびれを切らしたスカルドは、
リョウベラーを睨みつける。
「おおっと。
こりゃまた随分と口の悪いガキンちょッスねえ。
初対面の年長者に、なかなかなご挨拶で。
して、君は何者かな?」
リョウベラーは軽くおどけてみせるが、
「人に名前を聞くときは先に名乗るのが礼儀だろうが。
貴様それでも、城の関係者か?」
怒り、というよりどちらかと言えば。
冷静にスカルドは切り返し、
相手の土俵にあがろうとしない。
決して相手のペースには持ち込ませないとばかりに、
相手を睨むことも忘れない。
「……なるほどね。
こりゃ意外と、難敵かもしんないッスね」
ここでようやくおどけモードでの展開を諦めたのか、
リョウベラーは組んでいた両腕を説き、
プラットホームからシュッ、とプログ達のいる線路に、
軽やかに降り立つと、
「それじゃリクエストにお応えして。
俺はリョウベラー。
ファースター騎士隊7番隊の隊長さ」
(やっぱり!
クソ、最悪だぜ……!!)
声高に言い放ったリョウベラーの横で、
プログの動揺は、さらに大きくなっていく。
プログ自身、
7隊長の一人であるリョウベラーとは、
今回が初対面だ。
故に彼がどのような性格で、
どのような人格を形成しているかは把握できていない。
だが、この場においてその事自体は、
まったく問題ではない。
7隊長の一人が今、目の前に立っている。
この事実が何より、一番の問題だった。
心のどこかで、考えてはいた。
お尋ね者として追われている自分たちを、
おそらく追ってくるのは、
平凡な兵士レベルではないだろうと。
エリフ大陸で遭遇した5番隊隊長ナナズキや、
3番隊隊長、イグノのように、
もしかしたら、また7隊長レベルの人物に、
追われているのではないかと。
思考の表舞台には決してでなくとも、
深層心理の奥底では、少なからず考えていた。
だが、現実として今、
リョウベラーという存在を、
目の前に突き付けられたら。
それだけで、プログの心は簡単に動いた。
どこかしたで悟っていたはずであった、
プログの覚悟は、いとも容易く、崩れ去った。
ここで7隊長という、絶望。
だが、絶望を思考の海に広げるプログの、
その横で。
「そうかい。
こんな夜更けに見回りご苦労。
んじゃな」
「おう、夜道には気を付けろよ……ってオイ!
ンなわけあるかいッ!!」
まるで門番に挨拶する要人の如く、
この場をすり抜けようとしたスカルドの前に、
リョウベラーは慌てて立ち塞がる。
「ンだよ、うるせえな。
馬鹿に付き合うほど俺は暇じゃねぇんだよ。
要件があるならサッサと言え」
「ちょっと待て、
何でお前さんが、上から目線になってんの?
年上を敬わない態度、それじゃまったくの0点だぜ?」
「俺の言葉が聞こえなかったか?
言いたいことがあるなら早く言え。
お前に構っているほど、
俺らは時間を持て余しちゃいない、
プログ、お前もそうだろ?」
「! お、おう、そうだな」
いまだ気持ち整理と現実の狭間で戦うプログは、
スカルドに対する返答も、
どこかしどろもどろになっている。
(コイツ、なんでこんな冷静でいられるんだよ……)
もしかして人間の姿をした化け物なんじゃないかと、
プログが本気で考えてしまいそうな程に、
天才少年は動じる様子を見せない。
「まったく、最近のガキんちょは、
本当に礼儀がなってないな。
ナナズキのねーちゃんといい、
どうにも周りを見えなくなっちまうんだから……」
「俺とあの口うるさい女を、一緒にすんな。
俺はあんなにギャーギャー喚いたりなどしない」
「動と静が違うだけで、本質は同じだと俺は思うけどな」
リョウベラーは軽く笑みを浮かべると、
仕切り直しとばかりに口を開く。
「まあ、何でもいいさ。
そろそろ本題に入らせてもらおうか。
俺がこんな時間になるまで、
わざわざお前さん達を待ってた理由、
それは
「俺とプログを捕まえるためだろう。
別にもったいぶらなくてもそれくらい分かる」
「……人の話は最後まで聞くって、
君は習わなかったのかな?」
……が、出だし初っ端から再び、
スカルドに話の腰をボキッ! とへし折られ、
先ほどからやや頬が引きつった、
“怒”の感情を奥に押し込めた表情へと変わる。
(オイオイ、あんまり刺激しない方が、
この場合はいいんじゃねえのか……?)
スカルドの横で立ちすくむプログは正直、
気が気ではない。
今はまだ、柔和な表情、
対応を見せている相手だが、
それでも彼は間違いなく、7隊長の一人、
ファースターに数万人はいるであろう兵士の中で、
トップ7に入る実力の持ち主だ。
以前、3番隊隊長のイグノと相まみえた時でさえ、
レナ、アルト、プログの3人がかりでようやく、
退けることができたのだ。
もしここでひとたび彼が、
戦いの牙を剥いたとならば、
いくらプログとスカルドとはいえ、
あまりにも分が悪い。
もし、もし万が一、
穏便に事が進めることができるならば、
なるべく喧騒は最小限に収めたい。
それがプログの、大人の切なる願いだ。
だが、
「まあ、お前がソコソコ偉い野郎だってのは分かった。
んで、上司はどこだ? 城の中か?」
まるでプログの一縷の望みを、
大型ハンマーで粉々に粉砕するかのように、
スカルドはつっけんどうにリョウベラーへ投げかける。
もはや礼儀とか配慮という言葉は、
どこか遠くへと投げ飛ばしたかのごとく、
天才少年は敵将との会話を真っ直ぐ突き進む。
「……あのねぇ、
どこの世界に、そんなストレートな質問で、
ハイソウデスネなんてバカ正直に、
答えるヤツがいるかね」
「そうか、城の中にいるのか。
それじゃサッサとお前とおさらばして、
城へと
「だから人の話は最後まできけっちゅーのッ!」
もっとも、あまりにも真っ直ぐすぎるのか、
リョウベラーとの意思疎通ができているかどうかは、
はなはだ疑問ではあるのだが。
「大体、クライド騎士総長は今、
セカルタに首脳会談に行ってて、
ファースターにはいないっての!」
「そんなことは知っている」
「じゃあ聞くなよ!!
ご丁寧に答えた俺がバカみたいじゃないッスか!!」
「だからさっきから馬鹿だと言っているだろう」
まるで子どもの罵り合いのように、
2人はあーでもないこーでもないと、
議論(?)を交わしている。
(クソ……! 呑気なもんだぜ!
こっちはどうやってここから逃げるか、
必死に考えているってのに……!)
ただ一人蚊帳の外にいるプログは、
忌々しそうに心の中で吐き捨てる。
スカルドがどこまで気づいているのかどうかは分からないが、
今、プログ達は危険な状況下に置かれている。
この場でグズグズしていたら、
いつ、どこからリョウベラーの部下たちが、
このファースター駅のホームへと、
なだれ込んでくるか分からない。
そうなってしまえば、一貫の終わり。
プログ達に待っている未来は、
暗いファースター城の地下にある、
牢で隔離された世界しかない。
可能な限り速やかに、
リョウベラーという障害を乗り越え、
この場所から脱出する方法、
アプローチを組み立てる。
それが今プログと、
目の前でブツブツ言葉を交わすスカルドに課せられた、
最も大きい任務なのだ。
にもかかわらず、スカルドは――。
(ッと、ンな事考えてる場合じゃねえ!
とにかく、何か方法は――!)
プログは目の前の不毛な議論から目を離し、
このファースター駅ホームの、
ありとあらゆる方角へと急ぎ、視線を送る。
スカルドが議論に加わらない以上プログ自身が、
リョウベラーがスカルドとの会話に気を取られている、
今の間に見つけるしかない。
トンネルと改札口以外に脱出口はないか、
大きな音を鳴らして、
リョウベラーの気を逸らせるものはないか、
あるいはどこか、身を隠せるようなところはないか――。
まるで待ち合わせ予定ギリギリの友人を探すかのように、
プログは必死に首と瞳を左右に振り続ける。
何か、何かきっかけになるようなものは――。
「大体、なぜこんな中途半端な時に、
騎士総長が留守をしている。
ただの職務怠慢じゃねェか」
「な……! 失礼な!
クライド騎士総長様は忙しいッス!
今回の首脳会談だって、王女が行方不明になったのと、
シャック対策に関する事で――!」
「たかが王女行方不明くらいで大げさだな。
家出した王女が他国に行ったら、
所在がすぐにバレる。
だとするならば自国のどこかにいんだろ。
いちいち他大陸の首脳まで普通巻き込むか?」
「だーもう、うるさいッスね!
自国にいたら、俺だってこんなに苦労しないッつーの!」
相も変わらず、お喋りな7隊長と、
淡々と言葉を並べる天才少年の言葉の小競り合いは続いているが、
遮二無二思考を働かせるプログの耳には届かない。
(クソ……どこか……何かねえのかよッ!!)
リョウベラーが、スカルドに気を取られている隙に、
自分が何か突破の糸口を見つけ出す――。
プラットホームの下、
線路上に立つプログは、
今自分が見え得る、最大限の方角へ、
視線を送り続けた。
リョウベラーが、気づかぬうちに――。
「まあいいッスよ、
俺は別に、お前さん達とお喋りをしに来たわけじゃないし。
そうだろ、プログさんよ?」
「!!」
だが、そんなのはあまりに淡すぎる期待だった。
プログが周囲を気にし始めたのが分かったのだろうか、
しばらく続くかと思われた、
スカルドとの会話を突如強制終了させ、
リョウベラーはまるでプログの心臓に、
釘を打ちこむかのように現実を叩きつける。
それは、プログの自由な思考時間を、
完全に終わりにさせるものだった。
「くッ……!」
「どうせ俺が喋っている間に打開策を、
とか考えていたんだろうけど、
そんなのに引っかかるほど俺、
頭悪くないし。
それに――」
そこまで言って、
リョウベラーはふと、
市街地へと続くトンネル、
続いてファースター駅改札の方へ、
それぞれ視線を送ったあと、
「1人でここまで来るほど、
俺が無策でいるワケないっしょ」
ニカッ、と。
あどけない少年のような、
純粋で、それでいて痛恨に近い笑顔で、
リョウベラーは笑った。
「……クソッ」
プログの口から、
思わず漏れた言葉と、舌打ち。
おおよそ、分かってしまった。
リョウベラーの、今の一言で。
スカルドが提示した2つの選択肢、
市街地へ抜けるトンネルと改札。
そのいずれのルートにも、
リョウベラーは部下を配置していることを。
たとえどちらのルートを選択したとしても、
挟み撃ちを喰らうことになってしまうことを。
つまりは、2人がここから、
無事に脱出できる可能性が、
限りなく0に近いということを。
そして、おそらく、
こうなることをリョウベラーは最初から、
分かっていたという事も。
すべては、7番隊隊長の思うとおりに、
事が動いていたという事を。
「ま、もしかしたらルイン西部トンネル直後で、
逃げるかと思ったけど、
結局何のリアクションもなかったし、
ルイン駅とファースター駅では列車から出られないよう、
細工もしておいたしね。
そうなりゃ、列車車庫まで乗ることくらい、
容易に想像できたよ。
うん、我ながら100点満点だな」
さらに追い打ちをかけるかのように、
リョウベラーは懇切丁寧に、
事の詳細を語りだす。
だが、今のプログにとっては、
そこまでの経緯など、もはやどうでもよかった。
すべては、手のひらの上で踊っていただけ。
その事実を突き付けられただけで、
すべては完結していた。
「さて、と。
大人しく捕まってくれれば、
手荒い真似はしないよ。
騎士総長から、怪我なく捕まえろって、
なかなかハードな課題を課されているし、
できれば穏便にお願いしたいッスね。
……俺もできれば、本気を出したくはないッスから」
考える猶予など与えない――。
そう言うかのように、
リョウベラーは改めて、プログ達へと投げかけた。
表情こそ柔和であるものの、
その眼は、決して笑ってなどいない。
他の選択肢など与えない、
まるでこれが最後通告だと言わんばかりに、
リョウベラーの瞳は、語っていた。
静かに、それでいて着実に、
プログ達を追い詰めるように――。
(クソ……ッ! どうする……!?)
プログは、明らかに追い詰められていた。
もはや、別のとっかかりを見つける時間もない。
強行突破をするにしても、
背後に彼の部下が控えているとなれば、
あまりにも多勢に無勢。
ギリギリと、
胃が搾り取られるような感覚に襲われる中――。
「フン。
お前、それで俺に勝ったつもりか?」
スカルドは、言った。
「だとしたら……お前はブッチぎりの赤点だな」
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