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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
145/219

第141話:黒の終わり……

(どうする?

怒られ覚悟で、話しかけてみるか?

でもこのトンネルの中じゃ、

喋った瞬間、響きまくるだろうしなぁ……)



心に混在する好奇心と良心の狭間で、

プログは選択の路頭に、迷いこんでいる。


元ハンターの、

この晴れない懐疑心を打ち破るのに、

最も簡単な方法がある。

それは目の前にいる、

スカルドと思しき人物に話しかけることだ。


視覚による確証が得られない中、

もっとも相手に対して干渉を及ぼすことができるのは、

言語による意思疎通である。


ここでプログが話しかけ、

返答の主がスカルドであれば、

それまでプログの、

まるで小魚の骨のように、

しつこく引っかかっていた懸念材料の一つは、

形残らず消え去ることになる。

今、自分の目の前で歩く人物は、

やはりスカルドなのだと。

その結論に、容易に到達することができる。


だが当然、リスクもある。


まず根本的な問題として、

プログはスカルドから、

この空間、光の差し込まないトンネル内では、

決して会話を試みようとするなと、

最初に釘を刺された。


理由はただ一つ、

言葉を発すれば必要以上に、

空間内に言葉が響くからである。


そもそもプログとスカルドは現在、

表社会から一線を引いている社会を生きている身だ。


だからこそ、

こんな真夜中に人気のない、

凡人ではまず通ることがないであろう、

黒のトンネルをネズミのように歩いているのだ。


ここでもし、プログが声を発し、

その声の波がこのトンネル内に、

余すところなく響き渡ったとしたら。


隠密に行動を為す彼らにとって、

それは間違いなく、自殺行為だ。


前に歩く者の存在確認とか、

そういう次元の話ではない。


声を発するという行為自体そのものが、

そもそもマイナスという立ち位置へと、

自らを追い込むこととなってしまう。


加えて、声をかけた対象者が、

万が一天才少年、

スカルド・ラウンではなかった場合という要因(ファクター)

決死の覚悟で声をかけたところ、

それがスカルドではなかった時。


それはプログにとって、

もっとも防ぎたい状況と言ってもいい。


夜中2~3時という、

おおよそ世間一般でいう、

活動時間とはかけ離れたこの時間帯。

その時間に、トンネルを歩く、

自分以外の存在として考えられるのは。


それは確実に、

ファースター政府の関係者といっていいだろう。


つまりプログはスカルドという、

仲間の存在を確認するために声をかけたつもりが、

ファースター関係者に対して、

捕まえたいプログ・ブランズはここにいますよと、

声高らかに宣言するようなものとなってしまう。


しかも、である。

プログが第一声を放つことにより、

相手は話し手がプログであることを、

視覚を奪われた中でも一発で把握することができる一方で、

プログは、彼自身が声を発しただけでは、

聞き手が何者であるかを把握することができない。


あくまでも聞き手がその言葉を咀嚼し、

その反応として話し手へ再び、

言葉を返すことにより初めてプログは、

己が話しかけた相手が何者だったかを、

特定することができる。


だが、ここでプログは少し、

仮定について考えてみる。


もし目の前にいる人物がスカルドではない、

例えばファースター関係者だったとしたら。


おそらくプログが話しかけたところで、

何の反応も示すことはないだろう。


光の概念のないこの場でいきなり背後から、

政府が貼り紙をしてまで、

追いかけ続けている犯罪者の声が聞こえれば。

それだけで、両者の間に埋めがたいな優劣が、

出会い頭に形成される。


正体を把握したファースター関係者と、

把握してないプログ。

もしここでファースター関係者がプログの言葉に反応し、

その場ですぐに何か返答をしたならば。


その瞬間、今まであった圧倒的優位を、

自ら手放すことになる。


よほどの阿呆な関係者でない限り、

それくらいの判断は、すぐにつくはずだ。


例えば無反応を貫き、

いつかはたどり着くであろう、

ファースター駅構内まで辿り着いてから、

次のアクションを起こす等、

少なくともこの場、

前も後ろも右も左も分からない暗闇の空間で、

何らかのアクションを試みることは、

絶対にしないだろう。


(まあ、俺が逆の立場だったら、

確実にそうするだろうな)


受動者と能動者。

アクションを起こす者と、起こされる者。


どちらにその身を投じるかで、

現況において次に待ち構える展開は、

文字通り光と闇ほどの差が生まれる。


それを承知の上で。



(話しかけるべきか、しないでおくべきか……

クソ、どうすっかな……)



プログは今一度、

最初の決断の天秤へと戻る。



(そろそろ、しんどくなってきたぞ……)



はあ……はあ、と。

体力には自信のあるプログが、

わずか(おそらく)小一時間歩いただけで、

呼吸が乱れ始めてきている。

全身に常にまとわりつくように襲われ続ける不安感により、

プログのメンタルも、

いよいよ限界に近づいてきていた。


ハイリスク、ハイリターン。


もし前を歩く者がスカルドであったならば、

ブレイク寸前にまで疲弊しているプログのメンタルは、

再び息を吹き返すことになる。

だが、もしファースター関係者であれば、

自分の正体がバレてジ・エンド。


プログの先に待ち構える真実は、

2つに1つ。


どちらの可能性が高いだの低いだのという話は、

ここで何の意味もなさない。

今ここで、プログが声をあげられるのは、

たったの一度だけなのだから。


その一度が、

果たしてどちらの未来をもたらすのか。



カツン……カツン……。


救世主にも悪魔にも聞こえる、

前を歩くその足音。


声を出すなと言っただろうがこのアホが、

と罵られる明るい未来か、

禁忌を破っても何のお咎めを受けずに無反応、

という地獄の結末か。



「――――ッ」



もう、どれほど続いただろう、暗闇と沈黙。

その中で戦い続けたプログは。



(……よし)



元ハンターが、

自らの先を切り開くために下した決断。



「な――」



明るい未来を期待し、

その声を空間に響かせようとした、その時。



(!!)



突如覚えた違和感に、

プログは次に続く言葉を、

腹の底にすぐさましまいこんだ。


それまですべてを黒に塗りつぶされていた空間。

その空間、はるか先ではあるものの、

まるで水性絵の具を一滴垂らしたかのように、

オレンジ系の暖色が、ぼんやり小さく現れたのだ。

同時に今まで何も確認することができなかった前方から、

その暖色と姿がわずかに重なる、

人のシルエットを、

確かに確認することができるようになる。



(もしや……!)



どのくらい続いたであろう、

この漆黒の道を行く中で、

プログはどれほどこの瞬間を、切望していたことか。


プログは自然と、

歩みの速度をあげていく。

それに比例するかのように、

わずかな点でしかなかった暖色が、

徐々に大きく、

それでいて強みがかかったものとなっていく。


その暖色の先にはプログの目線よりも、

やや高めの所まであるコンクリートの壁。

それは間違いなく、

線路から見上げたプラットホームの姿だ。


長く続いた、

ある種孤独と絶望に襲われ続けた、

このトンネルの終わり。


プログは、黒の空間に、打ち勝った。



「ようやく着いたな」



まるで気持ちを代弁するかのように、

光に照らされ目の前で、

徐々に人を象り始める少年は小さく呟いた。

その主は、間違いなくあの天才少年、

スカルド。ラウン。



ふうぅぅぅぅ、と。

安堵にも、腰砕けにも似た、

肺の奥底に溜まったものを、

プログはすべて吐き出すように息をついた。


出口が見えただけでなく、

プログが今、一番懸念していた問題も、

無事に解決した。



どうやら列車車庫から今に至るまで、

プログの前で聞こえた足音は、

すべてスカルドのものだったらしい。


ファースター駅からこぼれる現世への光が、

徐々に彼らの、

ヘドロのように淀んでいた黒ずんだ精神を、

明るく照らしていく。


まるで底深い穴に落ちたところから、

一筋の助けの縄が降りてくるかのように。

まるでこの先へ行けば、今までの苦しさ、

すべてが解放されるかのように。


まるで、そこは極楽世界かのように。

少なくとも、プログの視覚、

そして思考には、そう捉えられた。


もうすぐ、終わる。


耐えに耐え続けた、

見えぬ苦しみからの解放。


今、先に見えるファースター駅にさえ、

まずは辿り着いてしまえば。



「いくら真夜中とはいえ、

 必要最低限の駅員くらい、

 配備していてもおかしくはない。

 慎重に行動するぞ」


「おーけーおーけー」



スカルドからのお小言にも似た忠告もそこそこに、

プログは天才少年と共に、先を急ぐ。


そして、列車車庫からトンネルに突入してから、

約1時間15分後。

プログとスカルドは、

闇の世界から、完全に脱出した。





午前3時半に近づく、

ファースター駅は明らかに薄暗かった。


元々地下にある駅という性格上、

他の地上にある駅に比べ、照度は低い。


自然光による恩恵を受けられず、

人工的な光によって得られる明度は、

どうしても限りがある。


ましてや、

乗客や通過する列車が存在しない、

最終列車後のプラットホームならなおさらだ。


まるで寝室で、

寝る際に真っ暗だとアレだからと、

わずかに豆電球だけを点けて、

といった程度の明るさしか、

現在のファースター駅は光を供給していない。


だが、それでも。



「はあぁぁぁぁぁ……。

 光が沁みるわ……」



今まで1時間以上、

真の暗闇を彷徨いつづけたプログにとっては、

その光が少々刺激的だったようで、

思わず言葉を漏らしながら、

まるで太陽の光を遮断するように、

手で顔を覆っている。


数時間前に列車に忍び込み、

ルイン西部トンネルを通過した、

あの直後よりも、照度は格段に低い。


にも関わらず、

プログにとっては今回の方が、

より眩しく感じられた。


より長い時間、暗闇の中にいた影響なのか、

はたまた光を渇望していたが故に、

ようやく得られた明るさを、

自らの想像以上に過度に捉えたからだろうか。


それはプログ自身にも、分からない。

だが今は、そんなことはどうでもよかった。



「ようやく、ここまで戻ってこれたぜ……」



結局、この言葉がすべてだった。

街灯こそ点いていないものの、

そこは、間違いなく見慣れた光景。

未見の地から、既知の場へと、

彼らは戻ってこれたのだ。



「……こっちだ、早く来い」



辺りに目を泳がせながらスカルドは、

プログへプラットホームの軒下へと移動するよう、

指示をする。



(なるほど、

ここに潜り込んでおけば、

上からじゃ見つかんねえしな)


光ある場所に戻り、精神が安定したからだろうか、

プログは意図をすぐさま理解し、

まるで先生のいう事を聞く子どものように、

素直に行動する。


表面積を極力減らすかのように、

スカルドは軒下に小さくしゃがみこむと、



「問題はここからだ。

 俺達が取れる行動は、2つだ」



喉が枯れているのでは、

と思わせるような低くしゃがれた声で言う。



「1つは、このまままっすぐ進み、

 トンネルから市街地に脱出するルート。

 そして、もう1つは、このファースター駅を、

 強行突破するルートだ」


「オイオイ、ここでまさかの、

 強行突破の選択肢かよ?

 ここまで穏便に来たってのに、

 最後の最後で派手にやらかしちゃあ――」


「バカか。

 俺が何の意図もなしに、

 そんな選択肢を考えるハズがねえだろうが」


(いやまあ、それはどうだか知らねえけど)



プログはそう感じずにはいられなかったが、

そこはもう、サッサと流すことにした。



「そンじゃあ、天才少年様はなぜ、

 その選択肢が?」


「今、3時半前だ。

 ということは、あの車庫からここに来るまで、

 おおよそ1時間と少し、かかった計算になる」


「それがどうしたんだよ?」


「考えてもみろ。

 列車で数分程度しかかからない距離で、

 こんなに時間がかかったんだ。

 ここからさらに、

 街に出るトンネルを抜けるとなったら、

 また同じ時間程度を要することになるかもしれない。

 そしたら街に出る時には、もう5時前になっちまうぞ」


「そりゃまあ、そうだろうけども。

 でも5時くらいなら、まだまだ辺りは暗


「アホか。

 問題はそこじゃねえんだよ」



プログの理解度に業を煮やしたのだろう、

年上の言葉を途中でぶち切り、

スカルドは続ける。



「街を出た後の空の明暗などどうでもいい。

 そもそも、ここの始発は何時だ?」


「……あー、そういうことか」



そこまで聞いてようやく、

プログは少年が懸念していることに、

初めて気が付いた。


列車の始発。

その時間が、プログ達が行動を、

完了させなければいけない最終時間(タイムリミット)


そして、その時間は。



「ここの始発は、

 4時45分だったはず。

 ……うーん、ギリギリだなぁ」


「ギリギリどころか、

 下手をすれば道中でペシャンコだぞ」


「でもさ、

 始発の時間が近づいてきたら、

 灯りが点くんじゃねえか?

 そうすればさっきみたいに、

 手探り状態で歩くなんてことはないし、

 多少早く歩くことは――」


「バカ言え。

 そんな曖昧な可能性にすがって突入するほど、

 俺は命知らずじゃねえ。

 それに、それを言うなら、

 ネガ要素だっていくらでも想定できるだろうが」


「ネガ要素って、どういうことだよ?」


「トンネル内に魔物が潜んでいたりとか、

 何かトラップを仕掛けている可能性だってある。

 もし俺達の存在に気が付いているとするならば、

 それくらいしていても不思議ではないだろ」



確かに、とプログは思う。

今まで、相手は自分たちに対し、

何のリアクションも起こしていない。

それがあえて、黙認しているのか、

はたまた、実はまだ、

自分たちの存在に気づいていないのか。


真相は不明だが、

いずれにせよ、このまますんなりと、

トンネルを抜けられるとは、

プログも微塵も思わない。


トンネルを抜ける選択肢は、

リスクがある上に時間制限という、

動かすことのできない、

重く、厚い壁が立ちはだかっている。


だとするならば。



「……仕方ねえ。

 ここまで来ちまったら、強硬策しかねえか」


「どちらもリスクは高い。

 だが、駅を突破する方が、

 時間は少なくて済む。

 それに、もしファースターの奴らが、

 俺達の存在に気づいているなら、

 トンネルに入った瞬間、

 挟み撃ちを喰らう可能性がある。

 強行突破ならば、

 一点集中で突破口を開けばいいが、

 あの暗闇の中で挟まれたらさすがに分が悪い」



そう言い終えると、

これで会議は終わりだ、とばかりに、

スカルドはゆっくりと立ち上がる。



「ここまで来たら多少、

 乱暴な方法であってもやむを得ない。

 元々喧嘩を売るつもりなんだ、

 それが予定より少しだけ、早まったと考えればいい」



そう言い切る、12歳の天才少年の目に、

迷いという文字は見えてこない。



「駅を抜けたら、市街地の方へすぐ抜けるぞ。

 おそらく城の奴らも追ってくるだろうが、

 多少逃げ回れば、撒くことはできる。

 そこから少しだけ情報を集めたら、

 サッサと街から出るぞ。

 噂が広まるのは早い。

 街に居続けるのは危険だ。

 ある程度情報を得られたら、

 すぐこの大陸から離れるぞ」



覚悟は、とうの昔からできている。

まるでそう言いたげな表情を浮かべ、少年は言う。



(コイツ、そこまで考えてたのか……)



覚悟が決まっていない、

その場に座り込む者は、1人だけ。



(……そうだよな。

ここはもう、ファースターのど真ん中なんだ、

そろそろ覚悟を決めねえとな)



だが、その男も、

すでに決断は下していた。

逃げてばかりでは、何も得られない。

何かを得るには、

真正面から向かっていくことも必要。


プログは勢いよく、その場から腰を上げる。


覚悟は、決まった。



「よし、まずはここから、見張りの数を確認して――」



プログが未来への脱出を試みるため、

プラットホームの軒下から、

頭上にある構内の様子を窺おうとした、その瞬間。



「さて、相談は終わったかな? 2人のお尋ね者さん♪」



口軽に、明るく、それでいて無慈悲な青年の声が、

2人の脳へと突き刺さった。


次回投稿予定→4/8 15:00頃

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