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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第139話:修羅の少年

ヒトの管理下から外れたトンネル内は、

まるで冷蔵庫の中を歩くような寒さだった。


ここは、ワームピル大陸の中心、

王都ファースターを走るトンネル。

一年を通じて温暖な気候で、

4つの大陸から構成されるこの世界、

グロース・ファイスで、

最も住みやすい地の一つとして知られている、

ワームピル大陸。


だが、前も後ろも闇に染まる、

この黒筒の中では、

まるで昼夜の寒暖差が激しい、

エリフ大陸にでもいるかのような、

そんな錯覚すら覚える体感温度となっている。


ファースター、いや、

ワームピル大陸に住む者なら、

もれなく毛嫌いするであろうこの場所で。


コツン……コツン、コツン、コツン……。

どこぞの重要人物が、

もったいぶって登場するかのような、

軽やかの中に多少の重さを含ませる足音を響かせる、

少年と青年が1人。



「…………」


「………………」



道を見失わぬよう、

右手を壁に触れながら、

まるでネズミのように動いては止まり、

動いては止まりを繰り返し、前に足を運んでいる。

交わす言葉は、ない。

あるはずなど、ない。


前を進む天才少年、スカルドも、

その後に続くプログも、

一切の言葉を、

この空間に口から漏れることを防いでいる――。





「これからもし、

 俺が事前に打ち合わせてない言動をしたとしても、

 お前は黙って、話の辻褄を俺に合わせろ、いいな?」



年上の元ハンターに対し、

押し付けるように指示を出した。


は? と。

言葉の真意が読み取れず、

プログはまるでアホの子を憐れむような視線で、

スカルドを見る。

藪から棒に、何を言っているのか。


だが、アホの子は極めて厳しい、

冗談など言うはずがないであろう表情で、



「わかったな、ならいくぞ」


「待て待て待て待て待てッ!」



もっとも簡潔な言葉で締めくくり、

黒の空間へと歩き出そうとした少年を、

プログはまず言葉で引き留めた。



「ンだよ、うるせえヤツだな。

 あんまり騒ぐんじゃねえよ」


「そりゃあんな意味不明な言葉だけ残して、

 フェードアウトされたら誰だって呼び止めるわッ」



敵地のセンターポイントにいる都合、

決して声を荒げることはない……が、

それでも不満、という感情を相手に届けるには十分な、

低くてやや怒気の混じった声でプログは反論。


だが、それでも。



「これから何が起こっても、

 俺の言動に合わせろってことだ。

 わかったら、サッサと行くぞ」



「いやだからそれがどういう意味


「それからあと一つ。

 トンネルの中では俺に絶対に話しかけるなよ。

 トンネル内は音が必要以上に反響する。

 歩行以外の音を鳴らしたら死活問題になる。

 絶対に言葉を発するんじゃねェ。

 ……行くぞ」



年上の元ハンターに反論の余地を、

一切与えることなくスタスタと、

まるで友達の家に遊びに行きますばりの速さで、

スカルドはファースター駅へと向かうトンネルの闇へと、

あっさり消えていく。


これ以上の会話は許さない。

これ以上の時間の浪費は許さない。

これ以上の無駄は、許さない。

まるでそう言いたいかのように。



「…………」



やれやれ、

とんだ貧乏クジを引いたもんだと、

何度考えたことか、

苦笑いのプログは、

改めて実感させられる。


己の主張、

しかも必要最低限の要素のみ、

いや、もしかしたらそれすら足りていない、

抽象的な言葉をのみ伝えるという、

おおよそコミュニケーションとは程遠い、

言語の錯綜。


言いたいことだけを言い、

あとの理解はテメエの頭で考えろ――。


基礎問題を解く前に、

その答えを求める公式だけを教えられ、

いきなり応用問題を解いてみろ、

と言わんばかりの横暴さ。


しかも、異論は一切認めない。


プログはもう一度だけ、

小さく苦笑いを浮かべた。


大人の知識だけを会得し、

オマセになるクソガキを相手する親って、

たぶんこんな感じなんだろうな、

敵地のど真ん中にいながら、

プログはぼんやりとそんなことを考えつつ、



「オイこら、俺をおいてくなっつーの!」



スカルドの後を追うように、

闇の世界へと、姿を投じた――。




それから、いくらかの時を過ごして。

ネズミのように動くスカルド達は、

ファースター駅へと向かう道中を、

いまだに動いていた。


本来、ファースター駅から最終車庫までは、

列車を走らせること、およそ数分で着くとされている。


だが、それはあくまでも列車が走った速度であり、

徒歩に換算すれば、

ゆうに30分はかかる距離となる。

ましてや今、プログ達は文字通り、

暗中模索、手探り状態の中、

視覚に捕えることのできない道を進んでいる。


視界良好で歩く速度と視界不良、

いや、視界ゼロで歩く速度。


その差は、決して半分などというレベルでは収まらない。

言うなれば、ウサギとカメほどに、

その差は生まれる。


進んでも、進んでも、

先には何も見えない。

右を見ても左を見ても、

黒、黒、黒――。



(感覚が狂ってきそうだな……)



スカルドの背後を進むプログは思う。


一体、どれほど進んできたのだろうか。

今となっては、それも分からない。

常に右手で、カビ臭いトンネルの壁に触れながら、

ここまで歩いてきた。

だが、それしかない。

プログにとって、

確かに前へと進んでいるという感触を裏付ける物理的証拠は、

常に壁伝いに歩いているという、

この右手の感覚しかない。


あとは、何もない。

プログが今、自らの感覚として、

空間を捉えるためにすがっているのは、

右手という、たったそれだけのもの。


100㎠にも満たない、

たったそれだけの接地部分。

そのわずかな感触に、

すべてを依存している。


仮に彼の触れる壁が、

目的地に真っ直ぐたどり着くものではない、

緩やかな曲線を描いていたとしたら、

その時点で、アウト。


プログ、そして前を歩くスカルドは、

最短距離で歩くという可能性を、

知らず知らずのうちに完全破棄することとなる。



(大丈夫……なのかよ……?)



いつ終わるかも分からない“黒の間”を歩くプログの額からは、

油分を多く含む嫌な汗がジワリと滲み始める。



自らが刻む足音のほか、

やや小さいながらも確かに聴覚に響く、

もう一つの足音。


その音のおかげで、

どうやらスカルドが近くにいる、

という事実情報だけは把握できている。


俺はまだ、1人ではない。

言葉のやり取りはなくとも、

それを確実に認識することができる。


だが、今はそれだけが、

プログの精神状態を正常に繋ぎとめる、

唯一の頼み綱だ。


もし目の前から響く足音が、

突如として消えたとしたら。



(……考えたくもねえ)



いくら成人しているとはいえ、

今までいくつもの修羅場を経験しているであろうプログでも、

おそらく正常な状態ではいられないだろう。


物理的な感覚依存が右手一つというのならば、

精神的な感覚依存は、

スカルドという存在のみだ。


人は暗闇の無音空間へ放り込まれた場合、

その経過時間に比例して、

漠然とした不安感に襲われ続けることとなる。


いつ終わるかも分からない、感覚の消失。

それらが奪われる時間が長くなれば長くなるほど、

人々は不安を感じ、恐れ、動揺を起こす。

そして、やがて精神状態は崩れ、喜怒哀楽のバランスが狂い、

ある人は抑揚のない高笑いをしたり、

またある人は泣き喚いて絶望し、

また違う人はその状況に怒り狂い、暴徒と化していく。



波状攻撃のように押し寄せる、

そのネガティブな感情。

それを一掃することができる救世主、

それが自分以外の他人という存在である。


この絶望でしかない空間に、

己の存在しか認められない場合と、

自分以外の“誰か”が近くにいると気づいた場合では、

その精神状態はまさに、光と闇くらいの差が発生する。


誰かが、いる。

自分は一人ではない。

そう思えるだけで、人は不思議なくらいに、

まるでジェットコースターのようだった精神状態が、

平地のような穏やかなものとなる。

それがたとえ、言葉というツールを使用しなくてでも、だ。


プログは絶対的に安心することができた。

スカルドという少年が、

自分の近くに、確かに存在していることを知っているだけで。


ただ、それは逆に言えば、

今、目の前から聞こえてくる足音が、

突如として焼失した場合、

それまで保たれていたメンタルが、

柱を失った古家のように、

脆くも崩れ去っていくことを意味する。


物理的安堵と精神的安堵、

共に一つずつしかない、

儚い糸くずのような頼み綱を必死に握りしめ、

プログは黙って、少年の後を追う。



(しっかしアレだな、

コイツ、一体どんな精神をしてやがんだよ……)



ふと、プログは思う。

コイツとはもちろん、

目の前を歩く(と思われる)年下の少年、

スカルドの事である。


彼はまだ、12歳。

本来ならば学び舎に集い、

友達と他愛もない話で騒ぎ盛り上がり、

外で追いかけっこや遊びに夢中になる年頃のはず。


と、少なくともプログは考えている。


その子供がもし、

今の状況に唐突に投げ込まれたとしたら。


少なくとも、

心が穏やかでいることはない。

多くの子どもたちは、

その絶望的な状況に泣き喚くだろう。


だが、それが本来、

12歳のあるべき姿であり、

何らおかしなことではない。


だがスカルドには、

その要素は、何もない。


まるで12歳という肩書を、

成長過程そのままどこかに切り捨てたかのように、

冷静沈着、切れ者の様相を呈している。


また、この黒の広がる空間に30分近く居続けていながら、

ただの一度も言葉を発さず、

ただ黙々と、足を前に運び続けている。



(……いやいや普通有り得ねえだろ、

12歳でここまで落ち着いていられるって……)



23歳のプログですら、

少年の足音が聞こえなければ心中穏やかではなくなるのに、

11歳年下のこの少年は、弱音1つすら、吐かない。


いや、でももしかしたら声に出さないだけで、

表情は不安で仕方がない――



(いや、それは絶対ねぇな)



それだけは、プログも自信を持って言えた。


年上や大人に対しても、

決して物怖じすることなく、

意見を述べる(というよりも押し付ける)ことのできるこの少年が、

半べそをかきながらこの道を歩いている、

という絵面を、

プログの思考はどうしても描くことができなかった。


きっといつもの仏頂面で、

何を考えてんだか分からない思考を巡らせ、

いつものように淡々と歩いているんだろう。


その結論は、わりと容易に導き出すことができた。



(両親の件も含めて、

相当壮絶な人生や経験を、してきてるんだろうな)



だからこそ、プログは思う。


12年間、何の不自由もなく過ごしてきた少年少女で、

スカルドのような人格を形成する人は、

一体どのくらいいるだろうか。


その数値はおそらく、

限りなく0に近いだろう。


この天才少年のような、

ある意味で歪んだ人物像が生み出されるには、

普段の生活では経験しない、

強力なバックボーンが存在していることが多い。


スカルドの場合、

おそらくもっとも大きな影響を与えたのが、

両親との死別だろう。


スカルドの父は、エリフ大陸の首都、

セカルタでも指折りの宮廷魔術研究者だった。


政府お抱えの研究者として、

将来を嘱望されていた父、

その父を支える母、そして

父を尊敬し、いずれは自らも、

研究者となり父の助けになりたいと、

目を輝かせていたスカルド。

何もかもが、順風満帆に思えた彼らの、

運命の歯車が狂ったのは10年前。


父が突如として姿を消した、

その時から、目に映る世界すべてが、変わった。


行方不明となった父が再び、

スカルド達へ姿を見せた時には、

父はすでに手の施しようのない状態となっていた。


父は鳴きながら嗚咽を漏らす母とスカルドに対し、

セカルタの政府やファースターの関係者に、

嵌められたことだけを遺し、息を引き取った。


そして、その父の異様な死から、2年後。

精神崩壊と病魔に冒された母は、

1人息子であるスカルドを現世に残し、

僅かに残った力で涙を流しながら父の下へと、旅立った。


幼くして両親を奪われた絶望。


その中でたった一人、この世に留まる事となった、

わずか5歳の少年、スカルドの心の底に灯ったのは、

復讐という2文字。


どんな理由があるにしろ、

父の将来を奪い、

母の安らぎを奪い、

自らの夢と希望を奪い去ったファースター政府。

そして、父が救助のサインを出し続けていたにも関わらず、

決して取り合おうとしなかった、セカルタ政府。


絶対に、許すものか。

許して、なるものか。

たとえどれほどの悪事に手を染めたとしても、

父と母の仇は、必ず取る。


その時、少年は自らの少年時代を、自らの手で殺した――。



その仇の中の1人に該当する、

セカルタ王立魔術専門学校の学長、

レアングスのもとへと訪れる道中、

プログはスカルド本人から、

その話を聞いた。



(なんつーか)



暗闇の中プログは見えぬ相手がいるであろう前方に、

もう一度視線を送る。

相変らずコツコツと、

乾いた足音を定期的に響かせ、

少年は前へと歩んでいる。


一切の問題がないかのように。

この状況に対して何一つ、

戸惑いや恐怖を覚えていないかのように。


少年には、迷いなどない。

だが、プログにとってはそれが逆に、

どこか痛々しく感じてしまう。


怖いのを強がる、

負けん気の強い男の子――。

いや、そんな生ぬるいものではない。

齢12にして修羅の道を行くかのように。

復讐の道のみを、愚直に突き進んでいく。


少年期という人間味を、自ら殺してまで――。


そんな少年の姿を見て。



(コイツも何だかんだで、

可哀そうなヤツだよな……)



プログはそう思わずにはいられなかった。


次回投稿予定→3/25 15:00頃

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