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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
141/219

第137話:3号車

貨物列車の3号車は、

深く進んだ自然林のように閑散としていた。


仄暗く、やや埃臭い車輌の影を望み、

列車の点検を任ぜられた兵士は、



「……どうせいるわけねぇだろ」



心底ダルそうに、小さく舌打ちをする。

一歩間違えれば職務怠慢、

処罰の対象となりかねない言葉を羅列しているが、

それでも兵士は、負の言動を続ける。



「あーあ、こんなチマチマしたことをするために、

 兵士になったわけじゃねえんだけどなあ、俺……」



すぐ右手にあった、

およそ1立方メートル程度の箱の上部を、

まるで寝ている人を起こすかのようにパンパン、

と叩きながら、彼は嘆く。


当然、中から人の声などが聞こえてくることはない。



「異常なーしっと。

 ハアァ……つまんねえなぁ」



2つ目、先ほどよりやや大きめの、

横に長い直方体の箱の前で足を止め、



「おーい、誰かいますかー」



ポーカーフェイス、

というよりどちらかと言えば無表情、無気力に、

若手の兵士が呼びかける。

反応は、まったくない。


だが、点検者はそれ以上の行動を、

箱に対して行わない。


少なくとも、つい先ほどまでの点検方法は、

蓋を開ける、あるいは少し叩いてみる等、

物理的にコンテナや荷物に干渉する行為を行っていた。

フタを開ける行為は、

中身を視覚で捉えるものである。


また、叩くという行為は、

その叩いた際に生じる音により、

梱包物に対し、

中身の占有率がどの程度あるのか、

ということを、多少は判断できる。

たとえば乾いた、辺りに響く音であれば、

中身はすっからかんと推測できるし、

あるいは鈍く、辺りに響かない、

重厚感ある打撃音だったならば、

占有率の高い何かが、

その中に詰まっていると考察することが可能となる。

100%とまではいかずとも、

何割かの確率で箱の正体を、

把握できる要素を持ち合わせることに、

今まではなっていた。


ところが今回、兵士が行った行動は、

ただ箱に、声をかけたのみ。

つまり、物理的な干渉をせず、

発声という周波によるアプローチしか行わなかった。


この方法では、

目の前の箱に何が入っているのか、

人間の能力では、

ただの1パーセントも理解することができない。


要するに、兵士は自らの職務を着実に履行しなかった、

という意味に等しい。


だが、



「はい、異常ナーシ」



兵士はそれだけでそのコンテナの点検を、

強制終了させた。

中身が分かろうが分かるまいが、

どうでもいい。

真剣でも流しでも、関係ない。


何でもいい。


とにかく早く、

この面倒で細かくて、

何の面白味も感じない、

7番隊隊長リョウベラーから仰せつかった任務を、

終了させたい。


兵士の思考のすべては、

その一極にコンセントレートしていた。



「異常なし、異常なし、

 はい、イジョウナーシ」



スタスタと。

兵士はまるでお経のように、

感情のこもらぬように唱えながら、

3号車を進んでいく。


もはや貨物に手を、触れることもしない。


完全無欠の職務怠慢。

だが、彼を諌める者は、近くにいない。

やったもん勝ち、である。


本来ならば数分はかけ、

1つの車両を隅々まで点検をするところ、

兵士はわずか10数秒程度、

あっという間に3号車のすべてを歩き終えると、



「さて、と。

 今日の晩飯、何食おうかな~。

 あーでも俺今日遅番か……」



どうでもいいことを、

ぼんやりと考え始めた。



「久々に肉でも食おうかなー。

 あー、でも魚でもいいかな……」



手を抜いたことによって生じた暇つぶしとばかりに、

小指で鼻をほじくりながら、

おおよそ任務中では思考の瀬戸際にも残らないであろう、

取るに足らない思いを巡らせる。


もし今ここで、

兵長などが3号車に侵入して来ようものなら、

一発即アウトであろう、この体たらく。

だが、それでも兵士の怠惰は、

そのリスクをも超える強大なものだった。


そして兵士が今晩のおかずという脳内会議を開始してから、

およそ3分後。



「3号車、異常なーしッ!!」



怠惰な姿から180°、

敵将の首でも取ったかのように自信満々、

高らかに兵士は声を響かせると、



「3号車、4号車、共に異常なし、

 点検終了!」



という言葉に続き、

兵士の心情をそのまま表すかのような、

踊るような足取りで、業務遂行の地、

3号車を後にした。





「ご苦労だったな」



3号車を点検した、

あの残念な兵士を含め、

点検を終えて列車から再び、

姿を現した8名の兵士に向け、

兵長はねぎらいの言葉を送る。



「任務は、しっかり遂行したか?」



兵長から投げかけられた問いに、



「はっ!」


「兵長の仰せのとおり!」


「各車両、点検を完了いたしましたッ!」


「異常はありませんッ!!」



まるで声出しの特訓のように、

腹筋を最大限駆使し、

兵士たちは威勢良く言葉を発する。



「そうか……異常なしか……」



この列車には、

お尋ね者達(プログとスカルド)は、

忍び込んでいなかったのだろうか。


7番隊隊長、上司にあたるリョウベラーからは、

この列車か、次の列車に乗っているはずと、

調査を依頼されたのに。

異常は、見つけられなかったことに、

兵長は少しだけうつむき、表情を曇らせる。

だが、すぐに彼らの方へと向き直ると、



「わかった。

 今日は特別だ、お前たちはもう、

 あがっていいぞ」


曇った表情を解き、

晴れやかな表情で、そう告げた。

特に中の様子を、聞くこともしない。

表情を曇らせるほどの懸念事項ならば、

もう一度確認させるくらい部下に命じても、

決して骨折り損のくたびれもうけとはならないのだが、

だが、それでも兵長は口を閉じたままだ。

車輌調査へ赴いた兵士たちに、

よほど信頼をおいているのだろうか。


はたまたこの兵長も先ほどの怠惰兵士同様、

職務に対して誠実に向き合わない器なのだろうか。



「…………」



その真意は、兵長にしか分からない。


兵長は列車の最後尾へ向け、

不意に右手で合図を送る。


と、同時に。


ギイィ……。


およそ9分と38秒、

ファースター駅へと停車していた車両が、

わずかな軋み音と共に動き始める。


その進行方向は、車庫。

本日予定されていた走行をすべて終えた、

目の前の列車はその身を休め、

また清掃によって清められるため、

ファースター駅から、

およそ数分程度の場所にある車庫へ向け、

本日最後の走行を始めた。

ガタン……ガタン……。

とにもかくにも点検を終えた、

列車の速度が、徐々に上がっていく。



「…………」



もしかしたらお尋ね者が乗っているかもしれない、

その列車が過ぎ去るのを、

兵長は“無”の表情で見送る。


安堵することも、不安がることも、

悔しがることも、怒ることもしない。


まるで誰にも感情や真意を、

読み取られまいとするかのように、

ただただ黙って兵長は、車両を見送る。


ガタンガタンッ、ガタンガタンッ、ガタンッ!


…………………。


そして何事も起こることなく、

全15両、リョウベラーが乗る一つ前の列車は、

ファースター駅から再び、

トンネルの世界へと飛び込んでいった。



「…………」



ファースター駅に再び戻った、静寂。

兵長は相変らうず、感情の起伏を示さない。


車内点検を行った結果、

リョウベラーが追い求めていた犯罪者、

プログ・ブランズとその仲間1名が、

列車内にいるという結論は、導き出されなかった。


ピピッ、ピピッ。



「来たか。

 さすがのタイミングだな」



まるで測ったように、

列車が闇へと姿を消したその直後、

胸元からの電子音が耳を伝う。

兵長はすぐに通信機を取り出し、

すぐさま口を開く。



「お疲れ様です。

 ……はい、先ほど到着しまして、

 つい今しがた、駅を出ました。

 リョウベラー様の命令通り、

 車内点検を実施いたしましたが、

 残念ながら、罪人を発見することができませんでした、

 申し訳ありません」



言葉の意とは裏腹に、

さほどの謝意、申し訳なさを示すこともなく、

兵長は淡々と述べていく。



「はい……はい。

 では我々はこれでいいのですね?

 ……わかりました。

 そうしましたら、本日はこれで、

 部下をすべて帰します。

 隊長、くれぐれもお気をつけて……」



ピッ、と。

何やら指示を受けたであろう兵長は、

わずかに表情が崩れていた。

少しばかりの安堵が、

兵長の心の糸を弛緩させたのだろうか。



「これでよし、と」



プログ達をいまだ捕まえられていないという事実とは、

真反対の言葉を口にすると、



「各部隊へ伝えろ。

 予定変更、本日の任務はこれで終了。

 皆宿舎に戻っていい、とな」



静かに笑い、

兵長は伝達係を担う部下へ、そう告げた。



「はっ!」



部下はただちにその身を走らせ、

ファースター駅構内外すべてに滞在する、

関係者のもとへと、兵長からの伝令を次々と伝えていく。


程なくして、

まるで羊の群れが大移動を起こすかのように、

駅へと押しかけ、

異様な風景を作り出していた兵士たちが、

所定の位置から動き始める。


ザッ、ザッ、ザッ。


隊形を一切乱すことなく、

規律正しさを保ったまま、

誇り高くも、あるいは低くもある、

任務を終えた兵士たちは、

10名、また10名、またまた10名と、

休息の場所へと、帰っていく。



「…………」



移りゆく兵士の波を、

兵長はただ黙って見送る。


表情から唯一読み取れる、

ぬるま湯のような微笑からは、

彼の奥底に留まる真意を、

読み取ることはできない。


先ほどの列車に密入国者が乗っていなかったという事実と、

7番隊隊長リョウベラーから出された指示。


その間に立ち、現場を執った彼は今、

一体何を思うだろうか。


兵長が解散を指示して数分後。


伝令係として奔走した兵士が、

まるで主の下に戻る飼い犬のように、

風を体全体で切りながら駆け寄り、



「兵長、すべての部隊、撤収が完了しました」



すべての兵士の撤退と、

自らの任務の完遂を上長へ報告した。


気が付けば、

大勢の関係者が集っていたファースター駅構内には、

兵長を始め、数名しか残っていない。


伝令係と兵長以外に駅に存在する人物は、

駅での通常業務をこなす駅員のみ。

それはふだんの、ファースター駅の風景。


大量の兵士、駅員、警察、

そして政府関係者が群雄割拠する、

異質な光景は、もうそこにはない。


強いて言うならば、

わずかに残っている駅の違和感は、

兵長という存在のみ。


いつものファースター駅が、そこには戻っていた。



「――――ッ」



風景を眺め、遠い目をする兵長はわずかに口を開き、

何かを言いかけた。


だが、ふと我に返ったかのように、

すぐにその開いた口を閉じると、



「……ご苦労だったな。

 お前ももう、下がっていいぞ」


「はっ! それでは私はこれで……!

 お疲れ様でした!」



改めて口を開いた兵長は目の前の部下へ、

最後の指示を伝えた。


地下の駅構内を薄くもしっかり照らす。

街灯の火に送られ走りゆく最後の部下を、

兵長はその眼でしっかりと見送ると、



「……さて、と。

 これでプログ・ブランズ達が、

 どう出るか、だな」



ポツリと、言葉を漏らしながら、

すっかりいつもと変わらぬ情景へと姿を戻した、

ファースター駅構内を、静かに後にした。





「よし、これでOKっと。

 あとは俺がどうにかすれば、

 100点満点ッスね!

 兵長くん、グッジョブグッジョブ♪」



まもなく終点、

ファースター駅へと到着する列車の中。


兵長(ぶか)からの報告を受け、

リョウベラーは口調は、

饒舌、かつ軽やかなものである。


探し求める人物が見つけられなかったという、

疲労が重なるだろう報告を受けながら。


自らの最終目標へと近づく成果を、

部下がまったく得られなかったであろうにも関わらず。



「さて、ここからが本番だな」



ピイ? と、

隣で首をわずかに振りながら、

様子を窺っているオウギワシのロックを横に、

リョウベラーはデカい独り言を呟く。


まるで何かを確信しているかのように。

夜が来れば人は眠りにつくような、

それが当たり前に起こる事であるかのように。


リョウベラーの顔からは、

決して焦りという感情は見えない。



『本日はご乗車いただきまして、

 誠にありがとうございました。

 この列車はあと5分ほどで、

 終点、ファースターへと到着します。

 落し物、お忘れ物はなさいませんよう、

 よろしくお願いいたします』


「5分ね、おーけーおーけー」



むしろ表面上の顔色からは、

“余裕”といもとれる2文字が浮かび上がる。


いまだ一度も、

プログ達の姿を見ることができていなくても。

今、彼らがどこにいるのか確証がまったく持てない、

まるで暗闇の中、手探りで大事なモノを探すような、

この状況でも。

地上から離れ、空高くから、

彼らの行動を見下ろしているかのように。

まるで君たちの行動はすべて読めているさ、

とでも言いたいかのように。


リョウベラーは決して動じない。


列車は、ファースターの夜景に別れを告げ、

駅へと入り込む直前に用意されたトンネルへと、

わずかに速度を緩めながら突入する。


はたしてリョウベラーが追う、

プログ・ブランズと、その仲間と思しき1名は、

この列車の先に見えるのだろうか。


その答えは、

リョウベラー、プログ、スカルド、兵長、

この追走劇に関わるすべての者の中、

誰にも分からない。


だが、その中で一人。


「さて、いよいよご対面ってか。

 プログはまあいいとして、

 もう一人の方が楽しみだな」


最も確信を持っているかもしれない、

リョウベラーは不敵、というよりも、

どこか好奇心にあふれた少年のように、

緊張とは違う鼓動の高まりを抑えるように笑った。


次回投稿予定→3/11 15:00頃

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