第136話:勝負の時、迫りくる
『まもなく2番ホームに、
当駅止まりの列車が参ります。
危ないですのでお下がりください。
なお、この列車は折り返しの運転はございません。
すべてのお客様が降車後、車庫へと入ります。
ご乗車にはなれませんので、ご注意ください。
まもなく2番ホームに……』
おおよそ数分後に列車の到着を告げる、
駅内のアナウンスが流れ始めた終点、ファースター駅。
「兵長、兵の配備が終了いたしました」
「うむ。
隊長の指示通りにしっかり配置したか?」
「はっ。リョウベラー様が仰った通りに、
警察、兵士を駅内の出口、
すべてに控えさせています」
「そうか、ならよい」
「あと数名、人員が余っておりますが、
いかがいたしましょうか」
「なら正面入り口の方を厚くしてくれ。
リョウベラー様もそう話されていたからな」
「わかりました、それでは私はこれで……」
「うむ、ご苦労だったな」
「兵長、ご報告します!
残り4分と35秒で、
次の列車が駅に到着するとのことです!」
「いよいよか……わかった。
駅構内にいるすべての関係者たちに、
同じことを伝えてくれ」
「はっ!!」
「あぁ、それともう一つ。
その次の列車はあと何分で到着するのかも確認して、
私に再度報告してほしい」
「了解致しました! ではッ!!」
そのファースター駅に4つある、
列車乗り場のうち、
2番乗り場の周辺は明らかに騒がしくなっていた。
兵長と呼ばれた40代くらいの男の下へ、
部下と思しき兵士たちが慌ただしく、
報告と連絡、
そして相談をするべく走り回っている。
まるでこれから戦にでも駆り出すかのように、
ピリピリとした緊張感が、
構内全体を支配している。
普段は多くても10数人程度しかいない、
駅員や警察の面々が、
2番乗り場だけで軽く20人を超えている。
もちろん、一般客などいない。
現在プラットホーム内に存在しているすべての人が、
ファースター政府関係者である。
一般入場を規制し、
彼らがここまでして人員を割く目的はただ一つ。
兵長は近くで警戒に当たっていた、
駅員、警官の幹部達を集め、
「この列車と次の列車。
このどちらかに、
プログ・ブランズとその仲間1名が、
必ず潜んでいるはずだ。
リョウベラー様から命を受けた以上、
任務を必ず遂行するぞ!」
彼らの意気を鼓舞するべく、
力強く言い放つ。
年下の上司から指示された任務を、
完璧に全うするべく、
振り上げた右手の拳をグッと握りしめる。
彼らは全員、
リョウベラーの命令によって集められた。
お尋ね者を捕まえる、ただそれだけのために。
おしゃべり好きの7番隊隊長は、
プログとスカルドを捕まえるために、
総勢50名を動員したのだ。
部外者がこの光景を見たなら、
たかがお尋ね者のために何を大げさに、
と思うだろう。
だが、逆を言えば、
他人にどう思われようが、
何としてもプログとスカルドを捕えるという、
リョウベラーの本気度が垣間見える。
準備は、揃った。
あとは役者が到着するのを、
待つばかりである。
列車到着まで、3分、2分……。
俄かに構内から会話が消え始め、
まるで押し寄せた波が、
沖へスーッと戻るように辺りが、
沈黙の世界へと向かっていく。
そして、駅にいるすべての人々から、
言葉という振動が消えた瞬間。
ガタン、ガタン……
「!」
トンネルの奥底の闇から、
わずかに聞こえた、
レールの上を走る車輪と車両の音。
ついに、その時が来た。
ガタンガタン、ガタンゴトン……。
寸分違わぬリズムを刻んできたその音が、
徐々にゆっくり、
言うなれば間延びした間隔へと変化していく。
だが、そんな車両音に反比例するかのように、
「必ず、
この列車か次の列車、
どちらかに必ずいるはずだ。
必ず……!」
兵長を始め、
現場の者達の緊張感は、
まるで絶壁のように急激な上昇線を描く。
いよいよ、その時が来た。
失敗は、許されない。
一面黒で塗りつぶされたトンネルの向こう側から、
ぼんやりと二つの光が姿を現し始める。
まるで真夜中に、
獲物がいないか目を光らせるクロヒョウのような、
その丸い双光は、駅との距離が縮まるごと、
徐々に光の強度を増していき、
ついに先頭車両の輪郭が兵長たちの視覚でも、
はっきり確認できるようになる。
プラットホームの外れ、
トンネルに一番近い場所に立つ駅員の1人が、
列車に向けて白旗を3回、
まるでハエをはたき落しているかのように
ぶんぶん振り回す。
ピーーーーッ!!
それに呼応するように列車から、
甲高い警笛のような音が数秒、
トンネル内から響き渡る。
兵長を始め、その場に居合わせる駅員、警官、
そして政府関係者達の背筋は、
自然と地に直角にピン、と伸びる。
言葉は、誰一人として発さない。
ガタン……ガタン……ゴトン……ガタン……。
ファースターと友好的な関係にある、
ウォンズ大陸の王都サーチャードを出発し、
数時間におよぶ長い運行を続けてきた列車。
先頭車両が構内に無事辿り着いたのを皮切りに、
速度を落としながらも2号車、
そして3号車、4号車、5号車と、
次々に駅になだれ込むように姿を現す。
キイィ……
6号車、7号車、8号車……。
全15車両で構成される列車が、
次々と姿を現すと同時に、
直線運動に歯止めをかけるブレーキの音が、
やや耳障りとも思えるほどの大きさで、
鳴り響き始める。
9号車、10号車、11号車……。
それと同時に。
20、15、10km/h……
列車が規定通りはめ込まれた、
レールの上を走るスピードが、
さらに遅さを増していく。
12号車、13号車、14号車。
6、4、2km/h。
そして。
15号車。
0km/h。
すべての列車が姿を現した、その瞬間。
サーチャード始発、ファースター行きの列車は定刻通り、
終点である当駅へと完全停車した。
時は、来た。
プシュッ。
炭酸が抜けるような音を響かせ、
全15車両の前後に備えられた降車口が開き、
一斉に乗客がファースター駅のホームへと、足を下ろす。
「ふうー、やっと着いたぁ……」
列車の到着に安堵する者もいれば、
「ねえねえママ、買い物してからホテル行こうよ!」
「ハイハイわかりましたよ。
それじゃ、市場に行ってから帰りましょうかね」
「わーい!! 私お洋服が見たい!」
これからの王都での過ごし方に、
胸を躍らせる者もいる。
それぞれの乗客が、十人十色の様相を呈しながら、
駅へと降り立ち、
まるで樹液に群がる昆虫のように
駅の改札へと足早に向かっていく。
徐々に雑踏が構内を支配しようとする、
その中で兵長ほか、ファースター関連者は、
必死に目をこらした。
どこかに、奴らはいるのか。
リョウベラーより受けた指令を、
確実に実行するために、
彼らは目を血眼にして、
まるで動体視力の検査をしているかのように、
右へ左へと、目を走らせる。
老若男女、喜怒哀楽、
動く者静かな者。
だが、いない。
1人だけではなく、
数十人近くの厳しい視線を、
ファースター駅全体へ配らせているが、
それでも対象者、プログ・ブランズらしき人物が、
列車から降りてきた姿は、確認できていない。
「いないな……」
自らも、首を横にしきりに振りながら探す兵長は、
ポツリと漏らす。
部下からの発見報告も、ない。
まるでアリの巣の入口のように、
次々と姿を現して列車から降車していた乗客の数が、
徐々に少なくなっていく。
見落しを、
しているはずはない。
車両の前後にそれぞれある乗降車口、
つまり15車両列車で30ヶ所ある降り口。
そのすべてに、
兵士や駅員を配置している。
必要ないとは思いながらも、
貨物列車の車両にも、人員は配置した。
だが、彼らが降りてきたという報告は、
一切兵長の耳には届かない。
そして。
「ふあぁぁ……寝過ぎた……。
今日、帰って寝れるかな……」
「オイオイ大丈夫か?
いくら疲れているとはいえ、
俺は知らねえぞ?」
7号車の前方から降車した、
30代くらいの男2人が降車し。
全15車両の出口から、
人の降車する光景が、完全に止まった。
彼らは、プログとその仲間は、
降りてこなかった。
乗客の降車を確認した車掌が、
兵長の下へと歩み寄り、
「お疲れ様です。
車内点検のほど、
よろしくお願いします」
「ああ、わかった。
長旅、ご苦労だったな」
労をねぎらうように、
兵長は車掌の肩をポンポンと叩くと、
「これより車両点検確認を行う!
貨物車両を含む、
すべての車両を点検してくれ!」
構内にその声を響かせた。
列車が終点に到着し、
そのまま回送列車として車庫へ向かう場合、
すべての乗客が降車した後、全車両に点検が入る。
忘れ物を確認したり、
うっかり居眠りをしてしまい、
いまだ乗り続ける乗客を降ろしたり、
その意図は複数ある。
そして、その点検対象は、
貨物列車も当然、当てはまる。
この様子は、
ごくごく当たり前の風景である。
兵長の命を受けて1人、また1人と、
駅員と兵士が次々と列車の中に、
吸い込まれるように入り込んでいく。
その人数は、全部で8人。
およそ1人で2車両を点検する計算となる。
この8人という数も、
通常の時とほぼ変わらない人数だ。
警備にあたっている、
もしくは待機している関係者の人数を考えれば、
もっと多くの人数を突入させてもいいような印象も受ける。
事実、ホームに立つ警備員のなかには、
果たしてこれほど人員が必要かと思う、
ヒマそうに斜め上を見上げている者も散見される。
だが、兵長は、
いつもと変わらない頭数を選択した。
事前に知らせていたであろう精鋭8名を、
兵長は列車の中へと送り込んだ。
「あ~あ、めんどくせえなあ……」
兵長が自信を持って選んだ8名のうち、
4号車、そして3号車の点検を任された兵士。
列車に乗り込み開口一番そうボヤき、
大きなあくびをし始める。
まるで“やる気なし”を絵に描いたように、
彼はブツクサ文句を垂れ始めた。
「ったく隊長も兵長も、人使いが荒いんだよ。
昨日までエリフ大陸で、今日はファースター、
それに明日はまたエリフ大陸とか……。
こんなんじゃやる気もでねぇっつーの」
声のデカさと流暢な喋りだけは隊長ばりの、
その男のボヤキが止まることはない。
「つか、こんなところにいるわけねーだろ……。
貨物の中に隠れて密告とか、
いつの時代を生きてるアホが考える手段かっつーの」
彼が現在足を踏み入れているのは4号車、
つまり貨物車両である。
ヒトの視覚をフル稼働させるには若干照度が低い、
薄暗い車両の中に、
人の気配は感じられない。
たとえ視覚では正確に真実を捉えることはできなくても、
それ以外の方法で、人の存在を確認することができる。
例えば体から発せられるわずかな体熱や、
生きている以上必ず行われるだろう呼吸行動といった、
通常荷物を置いてある空間では有り得るはずがない、
わずかな違和感。
仮に何者かが、
この4号車に身を隠しているとしたら。
いくら怠惰な様子を見せる、
ペーペーの兵士でも、
そんじょそこらの一般市民、一般乗客とは違う。
そのわずかな違和感を見つけ出すことが、
それほど困難なわけでもない。
だが。
「あーあ、しかも俺今日、
遅番じゃねーか……。
メンドっくさッ」
この兵士、行動がガサツであること極まりない。
本来の車両点検ならば、
無人の乗客専用車両であっても、
どこかに乗客が残っていないか、
あるいは密入国を企てている者がいないか、
まるで飢餓状態の犬が食べ物を探し求めるかのように、
車両の隅々まで漏れることなく探すのが通常だ。
そして、それは貨物車両も同様である。
たとえ誰もいない、
異常などあるわけがないと分かっていても、
すべての可能性を、確実に潰す。
どれほどそれが無駄な、不毛な行為であっても、
手を抜くことはしない、抜いてはいけない。
それが、車庫という寝床へ向かう前に行われる浄化、
つまり車内点検なのである。
人間でいうならば、
一日の活動によって汚れた体をすっきり洗い落とす、
ちょうど入浴のようなものだ。
だが、8名投入された者のうち、
4号車、そして3号車を担当したこの兵士は、
浄化の方法があまりにも、粗雑だった。
「どーせいねぇだろ。
牢屋から逃げ出して、
わざわざここまで戻ってくるバカ、
どこにいるんだっつーの」
4号車には、大小合わせて、
10種のコンテナが搭載されている。
いずれの荷物も明日の朝に車庫からファースター城へ、
一斉に運び込まれるロイヤルな貨物である。
人が忍び込めそうな、
密入国に適している空箱は、一切存在しない。
まるで体育館の倉庫にでもいるかのような、
古臭い木材臭。
車窓の旅を行う環境とは程遠いその環境が、
兵士の意欲を、まるで刀削麺を作るかのように、
次々と削ぎ落としていく。
「はい、異常なし。
はい、異常なし」
怠惰に表情を歪めながらも、
それでも仕事だからと、
最初はコンテナの中身を、
覗き込みながらチェックしていた兵士だったが、
「はい異常なし、
異常なし、異常なし異常なし、なしなしなし」
個数が進むにつれ、
明らかに点検の時間と行程が、
適当になってきている。
後半はもはやフタを開けるだけと、
任務という責任感を、
怠惰という反発心が完全に上回っていた。
そして。
「最後ももちろん、異常なしっと」
4号車最後のコンテナのフタを開け……ず、
ポン、と軽く叩いただけでそう呟き、
「4号車、異常なーし!」
車両点検の終了を告げる締めの言葉を嬉々として、
まるで子どもが宿題を終えた直後のような表情で叫ぶと、
「よっしゃ、
3号車もパパッと終わらせちゃいますか」
兵士は密入国者の運命を握る貨物車両、
3号車へと、足軽に向かっていった。
次回投稿予定→3/4 15:00頃




