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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
138/219

第134話:事実と真実

ピピッ、ピピッ。


胸元に忍ばせている通信機から、

彼の応答を期待する音が漏れる。



「ん……もうそんな時間か」



それまでおおよそ30分程度、

仮眠をとっていた彼は眼をゆっくりこすりながら、



「ハイハイー……んで、どうなったー?」



まるで相手が分かっているかのように、

応答者にして質問を投げかける。

だが、先ほどとは違い、

他人からの傍受を避けるための、

車窓フルオープンを展開することはない。



「うん……うん。

 あーそう。

 出てこなかったか……。

 おっけー、わかったッスー。

 あーいや、もうやんなくていいよ。

 次やったらさすがにバレそうだし、

 撤収でいいよー、ほんじゃね」



おおよそ聞き役に徹して、

自らは会話の情報発信をほとんどすることなく、

通信を遮断した。



(ま、さすがにこのくらいの茶番じゃ、

のってはこないよね)



部下からの報告を聞き、彼は静かに思う。


スカルドが待機の意見を支持し、

またプログが怒りに震えた、

シャックによる、女性恐喝未遂事件。


だが、それは。



(シャックみたいなヤツが暴れているのを聞いたら、

ゴリゴリの正義感むき出しに、

飛び出してくるかと思ったけど……。

意外と冷静だったな)



スカルドとプログが、

聴覚と思考という不確定要素を、

それぞれ不安定に組み合わせることによって出来上がった、

まったくの空想だった。


シャックの一員と思しき男と、

命を狙われた女。

その正体は。



(それとも、2人の演技が大根レベルだったのかな?

ま、別にどっちでもいいか。

どのみちハナからうまくいくなんて思ってもいないし)



ファースター騎士隊の7番隊隊員による、

陳腐な演技だった。



(どこの車両に忍び込んでるかもわかんないし、

さすがに当てずっぽうすぎたッスね。

うーん、これは赤点の20点かな)



そして、それを仕向けたのは他でもない、

男と女の上司にあたる、

7番隊隊長リョウベラー。


すべては彼が、

スカルドとプログをおびき出すためにあつらえた、

とんだ茶番だったのだ。


結果として、それは失敗に終わった。

リョウベラーが当てずっぽうで選んだ号車が、

偶然にもプログ達の隠れていた隣の4号車で起き、

かつ危うくプログが、

その策に片足を突っ込んでいたのだが、

スカルドの冷静で冷酷、

および妥当な判断を下したことで、

その危険因子(リスク)は回避された。



だが、リョウベラーは少しどころか、

微塵も慌てていない。


まるで最初から、

それをアテにはしていなかったかのように。

まるでそれくらいの壁は軽く乗り越えてくれるだろ? とばかりに。



(さてさて、お次はどう考えようかねえ)



まるで3つ歩けば物事を忘れるニワトリのように、

リョウベラーは偽りの人質事件をアッサリ、

思考の端からつまみ出し、

自らの脳に容量を空けて考え始める。


と、その時だった。


ピピッ、ピピッ。


何者からの通信要望を知らせる機械音が、

再びリョウベラーへと届けられる。



「あん? ンだよ、

 今日はやけに通信機がうるさいなぁ……」



先ほどの部下からの連絡とは違い、

今度は身に覚えがないのだろうか、

まるで訪問営業に対応するかのように、

少々面倒くさげにしながらも、

リョウベラーは通信を開く。



「ハイハイ、俺ッスよ。

 ……なんだよお前さんかい」



だが、通信の相手を把握した瞬間、

面倒くさげな様子に加え、

心底ダルそうな表情を浮かべはじめる。



「前からつくづく思ってンスけど、

 お前さん、ホントタイミングが悪いんだよね。

 今? 列車のなかだっつーの」



通信の相手にやや嫌味っぽい言葉を送ると、

リョウベラーは座席からスクッ、と腰をあげる。

同時に、彼の肩へチョコンと乗ったロックを従え、



「だからそんな長いこと喋る余裕なんてないッスよ。

 そもそも列車の中なんだから、

 通信はご遠慮くださいレベルの静けさなんですけど」



ゆっくりとした足取りで、

車両の外へと歩いていく。


察するに、どうやら最初の窓を全開にした時同様、

通信相手との会話は、

あまり聞かれたくない様子である。


その証拠に、通常は発生練習以上叫び未満程度である、

リョウベラーのデカすぎる声量が、

今はほんのわずかではあるが、遠慮気味になっている。



「つかその話、今じゃなきゃダメなンスか?

 ちっとはこっちの状況も考えてほしいンスけど」



慎重に言葉を選びながら、

リョウベラーは乗客列車の出口ドアへと手をかける。

だが、特にためらうこともなく扉を開けた、その瞬間。



「いやだから、もう少し待てっての!

 そんなんだからナナズキは、

 いつもナウベルのねーちゃんに怒られてんだよッ!!」



最後の最後に、

とうとう耐えきれなくなったのだろう。

おそらく今まで一番、

隠してきていたであろう固有名詞をポロッと漏らし、

リョウベラーはその車両から姿を消した。



その後、当然。



「先ほどリョウベラー様が仰った、

 ナナズキって……」


「もしかして、騎士隊4番隊隊長のナナズキ様のこと?」


「え、本当?

 リョウベラー様がここにいらしただけでも奇跡なのに、

 加えて通信のお相手がナナズキ様?」


「間違いないと思うわ。

 話をされる前に、

 お外に出て行かれたけれど……」


「私たちには聞かれたくない内容だったのかしら?」


「列車の中であっても話す必要がある内容って、

 一体何があったのかしら……」



同車両に居合わせた乗客達が、

その場に残された言葉とナナズキという名前から、

様々な推考を始めることとなったのは言うまでもない。





重苦しくない、はずがない。



「……」


「……」



動くことを望んだ者と、

待機することを指示した者。


空箱という狭い空間で場を共にする、

この両者の間には、

まるで全身に鎖を巻き付けたかのように、

重く、それでいて冷たい空気感が漂う。


シャックに襲われていたであろう女性を、

助けに行くことをしなかったという、彼らの事実。


でもそれはあくまで、

彼らの中での事実であり、真実ではない。


事の真実は、リョウベラーによる自作自演。

列車のどこかしらに隠れているであろう、

プログとスカルドを、

正義感という心苦しい火で炙り出すための、

単なる演出に過ぎなかったのだ。


だが、今の彼らは、

事実という揺るぎない要素の後ろに隠れた真実のことなど、

知る由もない、知れる術もない。


助けにいかなかったという事だけが、

彼らの為した結果なのだ。



無論、



(……胸クソわりぃ)



プログが腑に落ちているはずはない。


心の奥底では、分かっている。

結局は、スカルドの下した判断が正しいのだと。

彼らの目的、

現在のファースターの様子を探るという、

何事にも勝る最優先事項を達成するには、

少年が淡々と答えたその行動が、

最も正しい選択だったのだと。


元ハンターとして、

数々の修羅場をくぐってきたプログである、

そんなことくらい、

年下のガキに言われなくても、理解している。


だが、それでも。



(……クソが)



自他ともに理解している最良の判断を、

プログは決して認めたくなかった。


それをもし、認めてしまえば。



(結局俺は、逃げているだけになっちまうじゃねえか)



この事実を否応なく、

認めてしまうことになってしまうから。


自らの保身に走り、

結果、他人をまた救うことができなかったという、

耐え難い事実を、この現実に残してしまうから。


また、救うことができなかった。


この言葉が今の、

今までのプログ・ブランズという男には、

他人の何倍、何十倍、

いや、もはや比することができないほど、

彼の背に巨岩のようにのしかかる。


女性が自力で逃げた、という選択肢もある。

だが、今のプログには、

そんな希望観測的な妄想を浮かべる思考の余裕はない。



(クソ……ここまで来て、

また、これかよ……)



彼が抱いていたイライラはいつの間にか、

疲弊と憔悴へとその姿を変えていた。


また一人、自分の行動によって、

救い出せなかった。


いや、救い出せなかったわけではない。

救い出すという言葉は、

少なくとも助ける意思を持ち、

その信念に基づき行動したものにのみ許される、

過程と結果のある場合に使える言葉。


助けに行きたいと願ったものの、

それ以上の行動、

すなわちこの空箱という閉ざされた世界から脱し、

事が起きている現場へ駆けつけることをしなかったプログ。



救い出せなかった、のではない。

逃げ――



(逃げている、だけじゃねぇか……)



どれほど認めたくなくても。

どんなに自分の中で反旗を翻そうとしても。

その真実は、まるでストーカーのように、

元ハンターへどこまでもつきまとう。


人を助けるという事、

人を護るという事。

それは彼が、もっとも避けてきたこと。

思考という、

氷山の一角では違っていても、

その根底、潜在意識の中では必ず否定してきたこと。

そう、あの時、

ファースターの王女であったイリスを見殺しにした、

あの時から。


有言実行でもなければ、

不言実行でもない。

ただただ、向き合うことから、逃げているだけ。

そして訪れる、

終わりなき負のスパイラル。

どれだけ女々しいと言われても。

いつまでその事を考えているのかと言われても。

青年の体から、

それが離れることは絶対にない。

底の見えぬ螺旋階段を、

いつまでも降りつづけるかのように。

決して昇ることのない、その想い。



(俺は、もう――)



醜く、汚れたドス黒い湖沼に身を沈めるかのような、

すべてを捨てる選択が、

わずかに彼の頭をよぎろうとしていた。


その時。



「風景が変わったか」



フタのわずかな隙間から外を見ていたスカルドは、

ポツリと呟いた。



「え?」


「さっきまでは山と森だらけだったのが、

 草原に変わっている。

 そろそろ、街が迫っているんじゃねえか?」



深みにはまる青年を、

無理くり引きずり出すかのように、

スカルドはプログへと問いかける。



エリフ大陸で生まれ育ち、

ついこの前、レナ達と出合う前まで、

エリフ大陸だけで時を過ごしてきたスカルド。

王都ファースターのあるワームピル大陸には、

当然、足を踏み入れたことがない。


百聞は一見にしかず、という言葉がある。

スカルド自身、

ワームピル大陸について、

多少の知識(とはいえ、常人を遥かに超える知識量なのだが)

を有している。


だが、いくら文献や他人から聞いた話を分析したところで、

その地域の特性を、完璧に把握することはできない。


王都までの距離感や、車窓から見える風景、

そして、大陸の雰囲気。


それらは何十回、何百回他人から聞くよりも、

たった一度、眼で確かめている方が断然、

情報としては正確だ。


スカルドにとって今、

一番欲しているのは視覚で得る情報、

すなわちビジュアルから読み取れる、

直接的な情報なのである。



「あ、ああ。

 そうだな、そろそろかもしんねえな」



少年に真意を悟られまいと、

プログは本音を再び、

自らの感知することのない奥底へとしまいこみ、

スカルドと同じく、

外の風景へと目を向けてみた。


太陽はすでに西の地平線へと沈み、

静かに光る月が徐々にその高度を上げようとしている、

その中で。

今まで自然の雄大さが車窓の、

ほぼすべてを占有していたものが、

徐々に人工的に生み出された建築物が、

ちらほらと点在する風景へと、姿を変えている。


それはこの列車が、

いよいよ王都、ファースターが近づいていることを、

視覚的に知らせるものだった。


と同時に。



『本日はご乗車いただきまして、

 誠にありがとうございました。

 この列車はあと15分ほどで、

 終点、ファースターへと到着します。

 落し物、お忘れ物はなさいませんよう、

 よろしくお願いいたします』



視覚情報に続き、

聴覚情報としてファースターのすぐ近くまできていることを、

車内アナウンスが2人へと理解させる。



「15分で、終点到着か。

 んでいよいよどうする?

 このまま駅までいくとなると、

 ちと危ない匂いしかしないぜ?」



プログは改めて、

そうスカルドへと問いかける。


実際問題、

彼らに残された時間が少なければ少ないほど、

取れる行動も、さらに少なくなる。


2人が取り得る行動。

それはこのまま駅まで列車に乗り続けるか、

もしくは途中で飛び降りるか。

おおむねこの2つしかない。


だが、後者の選択は、

少なくとも王都ファースターの区域内に入ってからだと、

誰かに見つかるリスクを鑑みれば、

取ることができなくなる。


列車から離脱するならば、今しかない。

それを逃せば、列車に乗り続けるしかない。


ただ、



「何も仕掛けてこないとなると、

 まだ向こうも、こちらの様子を見ているのか?

 それとも単に、

 俺らの様子に気づいていないのか?

 クソ……絞り切れねェな……」



スカルドは明らかに、

迷いと苛立ちの表情を見せている。


相手は自分たちに気づいていて、

あえて静観しているのか、

それとも、そもそも自分たちの存在に、

いまだに気づいていないのだろうか。


もし前者ならば、

駅まで乗り続けての出たとこ勝負は、

あまりに危険すぎるし、

多少のリスクを負ってでも今すぐ、

この列車から離れるのが得策となる。


だが、もし真実が後者だったら。

わざわざ自らの姿を見せることが、

どれほどリスクを高めることになるかは、

火を見るより明らかだ。


存在がバレているのか、

いないのか。


可能性は、五分五分。

どちらの真実を信じるか。


わずかに濡れた雑巾を絞るように、

チリチリとした緊張が、

彼らの内臓を締め上げはじめる。


意思決定のタイムリミットは、

無情に迫ってきていた。


と、その時。



『なお、この列車は終点、

 ファースター駅へと到着後、

 車庫へと参ります。

 乗客の皆様はくれぐれも、お乗り過ごしのないよう、

 ご注意ください』



先ほどに続き再び、

車内放送が3号車、

貨物列車全体へと響き渡った。


まあ、こんな時間になっての終点だし、

そりゃそうなるわな、

プログはその程度にしか考えなかったが、



「……仕方ねえ。

 それでいくか」



車内放送終了からわずか数秒後、

思考と理論を組み立てたスカルドは、

腹をくくり、意を決したかのように、

強い口調でそう呟いた。


次回投稿予定→2/11 15:00頃

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