第132話:7番隊隊長、リョウベラー
「あーどもども。
列車、ルイン駅通過しました?
……マジっすか、了解っす。
おっけーおっけー。
あーいや、こっちの話っす。
お忙しいところスンマセンっした~。
……よっしゃ、想定通り、
100点満点っと」
ファースター騎士隊が誇る7人の猛者、
その名も7隊長。
そのうちの7番隊隊長、
リョウベラーは自己満足を漂わせるがごとく、
満面の笑みで小さくうなずく。
自らが思い描いていた展開を、
事態が見事になぞっているからだろうか、
顔の見えぬ通信先の相手に対しても、
いつもの饒舌な様子を見せている。
リョウベラーの最高の相棒、
オウギワシのロックから、
プログとスカルドに関する情報を得たリョウベラーは、
その後ファイタルへと戻り、
プログ達が乗車している列車の、
次の列車に乗車していた。
その理由はもちろん、
プログとスカルドを追うためである。
そして、その彼の隣はもちろん。
「ピイィ」
「オイオイ、列車の中だ、
ちょいと我慢してくれよな」
「ピィッ」
“相棒”がいた。
わかった、とばかりに、
ロックは小さく鳴き、
それからはまるで剥製のように、
鳴き声どころか、動き一つをも止める。
「さて、と」
ロックが静かになったのを確認し、
リョウベラーはふと、
窓へと視線を向ける。
そこに映るのは、
ワームピル大陸の温かく、のどかで、
それでいて恐ろしく静かな、いつもと変わらぬ光景。
「ファースターに着くのは……、
前の列車の30分後か。
ま、ちょっとばっかし時間があくけど、
たぶん大丈夫っしょ」
お決まりのデカい独り言を、
リョウベラーは周りに気を遣うことなく呟く。
リョウベラーが乗る列車は、
プログ達の乗る列車と違い、
急行列車と称される車両だ。
始点から終点までの各駅に泊まる車両と違い、
急行列車は、いくつかの駅を、
停車することなくそのまま通過する。
例えば、つい先ほど、プログ達の乗る列車は、
ルイン駅に数分停車したのだが、
リョウベラーの乗る急行列車は、ルイン駅に停車しない。
ファイタル駅を出発した後、
次に停車するのが、
終点であるファースター駅なのである。
たかが一駅の通過。
だが、されど一駅の通過だ。
実際、ファイタル駅を出発する時点では、
プログ達とリョウベラーの列車の間には、
約1時間の時間差がある。
だが、たった一駅通過するだけで、
その差は30分も縮まってしまう。
駅に停車するために時速0kmになる列車と、
駅を通過するため、
最大時速で走り続けることが可能になる列車。
停車するのがたとえ数分であっても、
その前後のスピードの弛緩を含めれば、
その差は停車時間以上、
圧倒的に狭まっていくのだ。
徐々に逃亡者との距離を縮めていく追跡者、
という事実。
これを知っている者の強みと、
知らない者達の弱み。
だが、一色単に強みと弱みという言葉だけでは、
決して片づけられない。
言うなればその差は、
圧倒的と、致命的という冠言葉がつけられるだろう。
それくらいリョウベラーとプログ達、
両者の立ち位置は、
明らかに違うものとなっていた。
「……そういや」
だが、それくらい有利な立場に置かれていても、なお。
「まだアイツらが仕掛けるとしたら、
残っているポイントは……まあ、
普通に考えりゃ、直前の地下道と、
駅に着いてからの2つッスね。
どうしよっかな……」
7番隊隊長は、考える“手”を緩めない。
逃亡者を、高確率で追い詰めることを可能にする、
すべての可能性を模索する。
まるで相棒であるロックが野生本能として体現する、
狙った獲物は逃がさないを、
自らも実践するかのように。
「駅で乗り込ませても、怪我人が増えるだけだし、
でも黙ってたら逃げちまう可能性もあるし。
かといって、アイツらを傷つけるわけにもいかねえし……。
ったく、ナウベルのねーちゃん、
すこぶるメンドくせえ任務をよこしやがって……」
時折思考とは関係ない愚痴を交えながらも、
リョウベラーは、思考と行動の理論を構築していく。
そして、多少の時間を費やしたのちに。
「よっしゃ、そしたら……」
言って、青年は再び通信機へと、手をのばす。
誰に連絡を? とばかりに、
それまでジーッと動かないでいたロックが、
僅かに首をかしげていると、
「あーもしもし? 俺ッス。
ちょっとお願いがあるンスけど」
秘密裏の連絡とは程遠い、
まるで日常会話をするかのような声量で、
リョウベラーは顔見えぬ相手へと、
話し始めた。
と、その時不意に、
リョウベラーはスライド式の窓を、
力の限り解放する。
その直後だった。
ゴオォォォォォッ!!!!
突如として外部からの光が遮断されたと同時に、
車内に暴風かと聞き間違うくらいの、
凄まじい風音が車内に響き渡る。
リョウベラーが窓を開けたと同時に、
列車はルイン駅手前、
この世界、グロース・ファイスでも屈指の長さを誇る、
ルイン西部トンネルへと突入したのだ。
「うわッ!」
「な、なんだ!?」
当然、同じ車両に居合わせた、
数名の乗客はその爆音に思わず、
野生の小動物のように体をビクッと震わせる。
突如として起きたこの状況を、
誰一人として呑み込めていない。
だが、その中でたった一人。
「――――――――ッ!
―――――――――、―――?」
爆音を響かせた張本人、
リョウベラーだけは何食わぬ顔で、
風と爆音に怯むことなく、
通信機との会話を続けている。
そして、それは彼の横にチョコンと佇む、
ロックも同じだ。
理性をもつ人間が驚くこの状況で、
何食わぬ表情で、
その場で静かにリョウベラーの様子を眺めている。
周りに困惑を与えた、
その数秒後にリョウベラーは、
口元に通信機を近づけたまま、
布をなでるように、緩やかに窓を閉めた。
同時に、人々に一瞬の驚嘆を浴びせた、
猛々しい風の轟音もピタリと止む。
「おーけーおーけー。
そんな感じでよろしく頼むッス。
そこまでやってくれれば、
あとは俺がどうにかするッスよ。
んじゃ、ミスんないように頼むよ~……ほいっと」
そこまで言って、
リョウベラーは何事もなかったかのように、
涼しい表情で通信機を遮断した。
さもそれが、当たり前であるかのように。
「さて、と。
とりあえずこれでおっけーだな。」
そしたら……」
7番隊隊長はゆっくりとその場に立ち上がり、
誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「あれ?」
「! あの方はもしや……」
その存在に気づき始めた僅かの人々が、
俄かにザワつき始める。
……が、そのザワつきがさらに大音量となる前に、
「申し訳ないッス!
さっき窓をフルオープンにしたの、俺なんです!
驚かせてしまってすいやせんっしたッ!!」
まるで体育会系のごとく、
リョウベラーはそう叫び、
おおかた平民と思しき乗客に、
正確な直角を描くように、
深々と頭を下げた。
「やっぱり……リョウベラー様!」
「そ、そんなお気になさらず……!
私たちにお詫びだなんて、
もったいないです!!」
その場に居合わせた数名の乗客すべてが、
その青年、王都ファースターでたった7人にしか許されない、
誇り高き騎士隊の隊長であるリョウベラーという人物に気づき、
慌て、そして次々と頭を垂れはじめる。
文句を言うものなど、誰一人としていない。
なぜ、7隊長ともあろう人物が、
一般人と同じ車両に乗車しているのか、
その驚きという心情を抱えながら、
乗客たちは自らの頭を低くしている。
通常、7隊長をはじめ、
ファースター城に住む高官などが列車に乗る際は、
一般人は立ち入ることができない、
特別車両で移動することがほとんどだ。
安全面や格式、そして見栄。
理由は様々あるが、
結論として王族、そして騎士総長に次いで格の高い、
7隊長が、通常車両を移動手段とすることなど、
通常ではほとんどあり得ない。
列車の屋根に乗って移動する、
ナウベルという名の、
裏社会を生きる者など一部例外はいるが、
それとこれとは話が別次元である。
いずれにせよ、
一般平民たちが今、
この場で7隊長の一人に遭遇することは、
密入国者と鉢合わせする可能性より、
はるかに低いのだ。
そんなことを知っているのか知らないか、
リョウベラーは謝罪を済ませると、
唖然とする乗客達をよそに、
今まで座っていた座席へ再び着座した。
もとより、彼も騒ぎを起こしたくて、
かのような動き、
すなわち窓をフルオープンにする、
とても奇抜な行動をとったわけではない。
「いくらワームピル大陸管轄とはいえ、
誰が聞き耳立てているか、
わかったもんじゃないッスからね。
一応俺だって7隊長の一人だし、
おいそれと話を聞かれたらまずい立場だしね。
風の音で騒音を起こせば、
100点満点っしょッ」
うんうん、とこれもまた自画自賛するかのように、
リョウベラーは満足そうに言い放つ。
何かと大声を出し、
すべてをさらけ出しているように見えるリョウベラーだが、
彼は今、お尋ね者を追うという、
口外厳禁の任務にとりかかっている、まさに最中だ。
行動こそ公にしているものの、
その真意を読み取られることだけは、
決して許されない立ち位置にいる。
だからこそ、彼は窓を開け、
風と音を呼んだ。
通信機の相手が誰であるか、
そしてどんな会話をしたのか、
その“さわり”の部分を傍受されるのを、
完全に阻害するために。
事実結果として、それは成功している。
周りの乗客は誰一人としてリョウベラーが、
誰を相手に、
どんな内容を離したのかを、
理解することはできていない。
リョウベラーの行動は、
おおむね吉と出ている。
ただ、
「おいそれと話を聞かれたらまずいって……。
何か大事な話でもあったのかしら?」
「騒音を起こすって、
何かよっぽどのことを話してたんじゃねえか?」
頭隠して尻隠さずとは、まさにこのことだろうか。
行動の肝であった通信相手と内容を伏せることはできたが、
リョウベラーの代名詞ともいえるデカい独り言のせいで、
乗客たちを思案に陥れるという、
ある種の二次災害を、
引き起こしてしまっている。
その妙な空気感を、
はたして肌で感じているのかいないのか、
「さて、と。
そしたら少しばっかし、仮眠でもとっておくか。
今日は寝られるかどうかもわかんねーしな」
リョウベラーは特に気にするそぶりも見せない。
まるでクッションに抱きつくかのように、
可能な限り体を丸め、
リョウベラーは自らの肉体を休めるべく、
木でできた固い椅子の背もたれへと、
その身を預ける。
そして、
その動きと同時に休むリョウベラーに気を遣ったのだろうか、
青年からチョンチョン、
と軽く飛びながら少し離れたロックに対し、
「わりい、30分くらい休憩するから、
少しばかり見張り頼むッス」
「ピッ」
「さんきゅーな」
リョウベラーとはまさに正反対の、
まるで周りに気を配るような、
喉から先だけで鳴き声を出したかのような、
抑えめの返事をしたロックへリョウベラーは、
口元だけ少し緩めてそう言うと、
そのまま静かに、一時の休息へと落ちた。
「……」
温暖な気候で知られるワームピル大陸に対し、
王都をセカルタに構えるエリフ大陸は、
昼夜の寒暖差が激しいことで有名な地だ。
午後5時を指す、現在の気温は-1℃。
厚着を推奨されるどころか、
外出することすら、二の足を踏むような気温だ。
その冷気が張り付くような寒さの中。
「…………」
現在休校中の王立魔術専門学校の屋上、
膝上のミニスカートに、
黒いジャケットのようなものを羽織る、
いつもの場所、いつものスタイルで、
ナウベルは通信機を片手に、
セカルタの市街地を見つめていた。
その表情は、無。
何かを睨んだり、蔑んだりするわけでもない、
自らの一切の感情を殺した、
まるで仮面のような、
“生”の感情を読み取れぬ表情。
ピピッ、ピピッ。
そのナウベルが手に持つ、
通信機からは接続を試みる、乾いた電子音が。
ナウベルが先ほどから鳴らし続けているのだが、
(……出ないか)
その無機質な電子音が、
有機質な肉声へと変わることはない。
ピッ。
少女は接触を諦めた。
もとより、必ずしも連絡を取りたかったわけでもない。
ファースター騎士隊騎士総長、
クライドより仰せ預かった命を、
他の7隊長が着実に履行しているか、
その確認をしたかっただけだ。
(アイツの性格からして、
通信にも出られないほど、
相手を追いかけている最中か、
はたまた寝てたりで気づかないだけか……)
通信機を懐にしまいながら、
ナウベルは思う。
7隊長の中でもっとも、
自らの命令に忠実であり、
また状況判断、打開能力に長け、
そして、7隊長の中でもっとも、
お喋りでうるさい青年。
彼が通信機に出ない理由を考察する場合において、
それほど言動の裏を論破する必要性は低い。
(後者の可能性が高いわね。
彼らを見つけるには、あまりにも早すぎるし)
ゆえにナウベルもこの問題に、
それほど多くの思考を費やすことはしない。
そして、それほど彼の動きに対して、
不安を覚えることもない。
必要以上のことを喋りすぎる欠点はあるものの、
任務には忠実で、かつ遂行達成率も高い。
(最悪、連絡は取れなくてもいいか)
ナウベルはふと、セカルタ城へと視線を送る。
自分の上司でもある騎士総長、クライドが、
今まさに、3国首脳会談を行っている、
エリフ大陸にそびえ立つ王都の象徴、
セカルタ城。
「そろそろ……」
ポツリと。
ナウベルは初めて、言葉を口にする。
そしてその言葉に続き、
「終わる頃ね」
それまで向けていた、
セカルタ城への視線を切ると、
ナウベルは王立魔術専門学校から立ち去るため、
静かに足を踏み出す。
「さて、これでどう動くかしらね……」
抑揚と感情のない言葉だけをその場に残し、
ナウベルは再び、表舞台から姿を消した。
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