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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
136/219

第132話:7番隊隊長、リョウベラー

「あーどもども。

 列車、ルイン駅通過しました?

 ……マジっすか、了解っす。

 おっけーおっけー。

 あーいや、こっちの話っす。

 お忙しいところスンマセンっした~。

 ……よっしゃ、想定通り、

 100点満点っと」



ファースター騎士隊が誇る7人の猛者、

その名も7隊長。

そのうちの7番隊隊長、

リョウベラーは自己満足を漂わせるがごとく、

満面の笑みで小さくうなずく。


自らが思い描いていた展開を、

事態が見事になぞっているからだろうか、

顔の見えぬ通信先の相手に対しても、

いつもの饒舌な様子を見せている。


リョウベラーの最高の相棒、

オウギワシのロックから、

プログとスカルドに関する情報を得たリョウベラーは、

その後ファイタルへと戻り、

プログ達が乗車している列車の、

次の列車に乗車していた。


その理由はもちろん、

プログとスカルドを追うためである。

そして、その彼の隣はもちろん。



「ピイィ」


「オイオイ、列車の中だ、

 ちょいと我慢してくれよな」


「ピィッ」


“相棒”がいた。

わかった、とばかりに、

ロックは小さく鳴き、

それからはまるで剥製のように、

鳴き声どころか、動き一つをも止める。



「さて、と」



ロックが静かになったのを確認し、

リョウベラーはふと、

窓へと視線を向ける。


そこに映るのは、

ワームピル大陸の温かく、のどかで、

それでいて恐ろしく静かな、いつもと変わらぬ光景。



「ファースターに着くのは……、

 前の列車の30分後か。

 ま、ちょっとばっかし時間があくけど、

 たぶん大丈夫っしょ」



お決まりのデカい独り言を、

リョウベラーは周りに気を遣うことなく呟く。


リョウベラーが乗る列車は、

プログ達の乗る列車と違い、

急行列車と称される車両だ。

始点から終点までの各駅に泊まる車両と違い、

急行列車は、いくつかの駅を、

停車することなくそのまま通過する。


例えば、つい先ほど、プログ達の乗る列車は、

ルイン駅に数分停車したのだが、

リョウベラーの乗る急行列車は、ルイン駅に停車しない。


ファイタル駅を出発した後、

次に停車するのが、

終点であるファースター駅なのである。


たかが一駅の通過。

だが、されど一駅の通過だ。


実際、ファイタル駅を出発する時点では、

プログ達とリョウベラーの列車の間には、

約1時間の時間差がある。


だが、たった一駅通過するだけで、

その差は30分も縮まってしまう。


駅に停車するために時速0kmになる列車と、

駅を通過するため、

最大時速で走り続けることが可能になる列車。


停車するのがたとえ数分であっても、

その前後のスピードの弛緩を含めれば、

その差は停車時間以上、

圧倒的に狭まっていくのだ。


徐々に逃亡者との距離を縮めていく追跡者、

という事実。


これを知っている者の強みと、

知らない者達の弱み。


だが、一色単に強みと弱みという言葉だけでは、

決して片づけられない。

言うなればその差は、

圧倒的と、致命的という冠言葉がつけられるだろう。


それくらいリョウベラーとプログ達、

両者の立ち位置は、

明らかに違うものとなっていた。



「……そういや」



だが、それくらい有利な立場に置かれていても、なお。



「まだアイツらが仕掛けるとしたら、

 残っているポイントは……まあ、

 普通に考えりゃ、直前の地下道と、

 駅に着いてからの2つッスね。

 どうしよっかな……」



7番隊隊長は、考える“手”を緩めない。

逃亡者を、高確率で追い詰めることを可能にする、

すべての可能性を模索する。


まるで相棒であるロックが野生本能として体現する、

狙った獲物は逃がさないを、

自らも実践するかのように。



「駅で乗り込ませても、怪我人が増えるだけだし、

 でも黙ってたら逃げちまう可能性もあるし。

 かといって、アイツらを傷つけるわけにもいかねえし……。

 ったく、ナウベルのねーちゃん、

 すこぶるメンドくせえ任務をよこしやがって……」



時折思考とは関係ない愚痴を交えながらも、

リョウベラーは、思考と行動の理論を構築していく。


そして、多少の時間を費やしたのちに。



「よっしゃ、そしたら……」



言って、青年は再び通信機へと、手をのばす。


誰に連絡を? とばかりに、

それまでジーッと動かないでいたロックが、

僅かに首をかしげていると、



「あーもしもし? 俺ッス。

 ちょっとお願いがあるンスけど」



秘密裏の連絡とは程遠い、

まるで日常会話をするかのような声量で、

リョウベラーは顔見えぬ相手へと、

話し始めた。


と、その時不意に、

リョウベラーはスライド式の窓を、

力の限り解放する。


その直後だった。



ゴオォォォォォッ!!!!



突如として外部からの光が遮断されたと同時に、

車内に暴風かと聞き間違うくらいの、

凄まじい風音が車内に響き渡る。


リョウベラーが窓を開けたと同時に、

列車はルイン駅手前、

この世界、グロース・ファイスでも屈指の長さを誇る、

ルイン西部トンネルへと突入したのだ。



「うわッ!」


「な、なんだ!?」



当然、同じ車両に居合わせた、

数名の乗客はその爆音に思わず、

野生の小動物のように体をビクッと震わせる。


突如として起きたこの状況を、

誰一人として呑み込めていない。


だが、その中でたった一人。



「――――――――ッ!

 ―――――――――、―――?」



爆音を響かせた張本人、

リョウベラーだけは何食わぬ顔で、

風と爆音に怯むことなく、

通信機との会話を続けている。


そして、それは彼の横にチョコンと佇む、

ロックも同じだ。


理性をもつ人間が驚くこの状況で、

何食わぬ表情で、

その場で静かにリョウベラーの様子を眺めている。


周りに困惑を与えた、

その数秒後にリョウベラーは、

口元に通信機を近づけたまま、

布をなでるように、緩やかに窓を閉めた。


同時に、人々に一瞬の驚嘆を浴びせた、

猛々しい風の轟音もピタリと止む。



「おーけーおーけー。

 そんな感じでよろしく頼むッス。

 そこまでやってくれれば、

 あとは俺がどうにかするッスよ。

 んじゃ、ミスんないように頼むよ~……ほいっと」



そこまで言って、

リョウベラーは何事もなかったかのように、

涼しい表情で通信機を遮断した。


さもそれが、当たり前であるかのように。



「さて、と。

 とりあえずこれでおっけーだな。」

 そしたら……」



7番隊隊長はゆっくりとその場に立ち上がり、

誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。



「あれ?」


「! あの方はもしや……」



その存在に気づき始めた僅かの人々が、

俄かにザワつき始める。

……が、そのザワつきがさらに大音量となる前に、



「申し訳ないッス!

 さっき窓をフルオープンにしたの、俺なんです!

 驚かせてしまってすいやせんっしたッ!!」



まるで体育会系のごとく、

リョウベラーはそう叫び、

おおかた平民と思しき乗客に、

正確な直角を描くように、

深々と頭を下げた。



「やっぱり……リョウベラー様!」


「そ、そんなお気になさらず……!

 私たちにお詫びだなんて、

 もったいないです!!」



その場に居合わせた数名の乗客すべてが、

その青年、王都ファースターでたった7人にしか許されない、

誇り高き騎士隊の隊長であるリョウベラーという人物に気づき、

慌て、そして次々と頭を垂れはじめる。


文句を言うものなど、誰一人としていない。

なぜ、7隊長ともあろう人物が、

一般人と同じ車両に乗車しているのか、

その驚きという心情を抱えながら、

乗客たちは自らの頭を低くしている。


通常、7隊長をはじめ、

ファースター城に住む高官などが列車に乗る際は、

一般人は立ち入ることができない、

特別車両で移動することがほとんどだ。


安全面や格式、そして見栄。

理由は様々あるが、

結論として王族、そして騎士総長に次いで格の高い、

7隊長が、通常車両を移動手段とすることなど、

通常ではほとんどあり得ない。


列車の屋根に乗って移動する、

ナウベルという名の、

裏社会を生きる者など一部例外はいるが、

それとこれとは話が別次元である。



いずれにせよ、

一般平民たちが今、

この場で7隊長の一人に遭遇することは、

密入国者と鉢合わせする可能性より、

はるかに低いのだ。


そんなことを知っているのか知らないか、

リョウベラーは謝罪を済ませると、

唖然とする乗客達をよそに、

今まで座っていた座席へ再び着座した。


もとより、彼も騒ぎを起こしたくて、

かのような動き、

すなわち窓をフルオープンにする、

とても奇抜な行動をとったわけではない。



「いくらワームピル大陸管轄とはいえ、

 誰が聞き耳立てているか、

 わかったもんじゃないッスからね。

 一応俺だって7隊長の一人だし、

 おいそれと話を聞かれたらまずい立場だしね。

 風の音で騒音(ノイズ)を起こせば、

 100点満点っしょッ」



うんうん、とこれもまた自画自賛するかのように、

リョウベラーは満足そうに言い放つ。


何かと大声を出し、

すべてをさらけ出しているように見えるリョウベラーだが、

彼は今、お尋ね者を追うという、

口外厳禁の任務にとりかかっている、まさに最中だ。

行動こそ公にしているものの、

その真意を読み取られることだけは、

決して許されない立ち位置にいる。


だからこそ、彼は窓を開け、

風と音を呼んだ。

通信機の相手が誰であるか、

そしてどんな会話をしたのか、

その“さわり”の部分を傍受されるのを、

完全に阻害するために。


事実結果として、それは成功している。


周りの乗客は誰一人としてリョウベラーが、

誰を相手に、

どんな内容を離したのかを、

理解することはできていない。


リョウベラーの行動は、

おおむね吉と出ている。


ただ、



「おいそれと話を聞かれたらまずいって……。

 何か大事な話でもあったのかしら?」


「騒音を起こすって、

 何かよっぽどのことを話してたんじゃねえか?」



頭隠して尻隠さずとは、まさにこのことだろうか。

行動の肝であった通信相手と内容を伏せることはできたが、

リョウベラーの代名詞ともいえるデカい独り言のせいで、

乗客たちを思案に陥れるという、

ある種の二次災害を、

引き起こしてしまっている。


その妙な空気感を、

はたして肌で感じているのかいないのか、



「さて、と。

 そしたら少しばっかし、仮眠でもとっておくか。

 今日は寝られるかどうかもわかんねーしな」



リョウベラーは特に気にするそぶりも見せない。


まるでクッションに抱きつくかのように、

可能な限り体を丸め、

リョウベラーは自らの肉体を休めるべく、

木でできた固い椅子の背もたれへと、

その身を預ける。


そして、

その動きと同時に休むリョウベラーに気を遣ったのだろうか、

青年からチョンチョン、

と軽く飛びながら少し離れたロックに対し、



「わりい、30分くらい休憩するから、

 少しばかり見張り頼むッス」


「ピッ」


「さんきゅーな」



リョウベラーとはまさに正反対の、

まるで周りに気を配るような、

喉から先だけで鳴き声を出したかのような、

抑えめの返事をしたロックへリョウベラーは、

口元だけ少し緩めてそう言うと、

そのまま静かに、一時の休息へと落ちた。





「……」



温暖な気候で知られるワームピル大陸に対し、

王都をセカルタに構えるエリフ大陸は、

昼夜の寒暖差が激しいことで有名な地だ。


午後5時を指す、現在の気温は-1℃。

厚着を推奨されるどころか、

外出することすら、二の足を踏むような気温だ。


その冷気が張り付くような寒さの中。



「…………」



現在休校中の王立魔術専門学校の屋上、

膝上のミニスカートに、

黒いジャケットのようなものを羽織る、

いつもの場所、いつものスタイルで、

ナウベルは通信機を片手に、

セカルタの市街地を見つめていた。


その表情は、無。

何かを睨んだり、蔑んだりするわけでもない、

自らの一切の感情を殺した、

まるで仮面のような、

“生”の感情を読み取れぬ表情。



ピピッ、ピピッ。



そのナウベルが手に持つ、

通信機からは接続を試みる、乾いた電子音が。


ナウベルが先ほどから鳴らし続けているのだが、



(……出ないか)



その無機質な電子音が、

有機質な肉声へと変わることはない。


ピッ。


少女は接触を諦めた。

もとより、必ずしも連絡を取りたかったわけでもない。


ファースター騎士隊騎士総長、

クライドより仰せ預かった命を、

他の7隊長が着実に履行しているか、

その確認をしたかっただけだ。



(アイツの性格からして、

通信にも出られないほど、

相手を追いかけている最中か、

はたまた寝てたりで気づかないだけか……)



通信機を懐にしまいながら、

ナウベルは思う。


7隊長の中でもっとも、

自らの命令に忠実であり、

また状況判断、打開能力に長け、

そして、7隊長の中でもっとも、

お喋りでうるさい青年。


彼が通信機に出ない理由を考察する場合において、

それほど言動の裏を論破する必要性は低い。



(後者の可能性が高いわね。

彼らを見つけるには、あまりにも早すぎるし)



ゆえにナウベルもこの問題に、

それほど多くの思考を費やすことはしない。

そして、それほど彼の動きに対して、

不安を覚えることもない。


必要以上のことを喋りすぎる欠点はあるものの、

任務には忠実で、かつ遂行達成率も高い。



(最悪、連絡は取れなくてもいいか)



ナウベルはふと、セカルタ城へと視線を送る。


自分の上司でもある騎士総長、クライドが、

今まさに、3国首脳会談を行っている、

エリフ大陸にそびえ立つ王都の象徴、

セカルタ城。



「そろそろ……」



ポツリと。

ナウベルは初めて、言葉を口にする。

そしてその言葉に続き、



「終わる頃ね」



それまで向けていた、

セカルタ城への視線を切ると、

ナウベルは王立魔術専門学校から立ち去るため、

静かに足を踏み出す。



「さて、これでどう動くかしらね……」



抑揚と感情のない言葉だけをその場に残し、

ナウベルは再び、表舞台から姿を消した。


次回投稿予定→1/28 15:00頃

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