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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第130話:研ぎ澄ます感覚

「どうやら、2つ目の正念場が来たようだな」



スカルドは相変らず外の様子を注視しながら、

落ち着き払った口調で言う。


そこに、焦りや危機感といったものは、

ほとんど感じられない。

事実を淡々と言葉にした、

まるで説明文でも読んでいるかのように、

少年は“感想”を述べている。



「その言葉にしちゃあ、

 随分と落ち着いてるじゃねえか」


「今更焦ったところでしょうがねえだろうよ」


「まあ、そりゃそうだわな」


「それから何度も言わせるな、

 俺達は隠れている身だぞ、余計な――」


「お喋りはするんじゃねえ、だろ?

 悪かったよ」


「フン」



最後まで言葉を発する前に遮られたからだろうか、

まるで親に怒られ口を尖らせる子どものように、

スカルドは不機嫌そのままに、

見張りを止め、ドカッと空箱の床へと座り込んだ。



「ん、もういいのか?」


「アホか。

 これ以上外を見てたら、

 ルインの駅員に怪しまれるだろうが」



そりゃそうだわな、と。

先ほどと一言一句違わぬ感想を、

プログは言いかけたが、

堂々巡りになりそうなのでやめておいた。


実際、スカルドの言うとおり、

列車は現在、

炭鉱の街であるルイン駅に到着するべく、

速度を落とす距離にまで達している。


プログ達のような密入国者を取り締まるであろう、

ファースター政府関係者の動向は、

俄然気になるところであるが、

だからといって、

いつまでも覗き見を続けてはいられない。


それはルイン駅に完全に停止する、

その前までに必ずどこかで、

決断しなければならないこと。


その中でスカルドは今、決断をした、

ただ、それだけのことである。


ここからは政府や警察、

駅員の動向を探るのがメインではない。

己の身と存在を完全に隠すことが、

もっとも大事な行動になるのだ。



(さて、ここであり得る可能性は……)



プログはチラリと、目の前の少年を見やる。


トレードマークとも言うべきであろう、

妙なフレーバーを好むガムを噛むことはなく、

スカルドは目を閉じ、

ただただ黙って時を過ごしている。



(なるほど、神経を耳に集中させてるってワケか)



プログはすぐに、その意図を理解した。


スカルドが目を閉じているのは、

決して偶発的なものではない。

視覚という五感の一つを絶ち、

少年は聴覚へと意識を特化させているのだ。


扉の中で蓋を閉じたことにより外の様子が見えない今、

彼らがもっとも早く気づかなければいけないのは、

外に異変が起きた時に必ず発せられるであろう、

自然には起こらない、“音”である。


例えば大勢のドタドタした足音だったり、

武器を構える、特殊な金属音だったり。


表舞台を生きる者なら、

それほど意識はしないのかもしれない“その音”。

仮に“その音”を市民が聞きのがしたとしても、

日常生活に、ほぼほぼ支障をきたすことはない。


だが、光を避け、影の道を歩む2人にとっては、

“その音”は脅威であり、危険であり、

そしてある意味、希望でもある。


それを聞き逃してしまえば、

彼らを待ち受けるのは、暗い未来しかない。


だがその一方で、

もしその異音を、

聞き取ることに成功したのなら。


暗い未来、絶望でしかなかった彼らに、

事前予測という、心の猶予が生まれる。


例えば多数の足音を聞き取ったならば、

外に多くの兵士が待ち構えていることを予測できる。

そしてその音を感知することにより、

今ここから外に出るのは得策ではない、と予測でき、

例えば剣を引き抜く金属音をキャッチしたのならば、

おそらく外で武器を構えている、

ならばこちらも、臨戦態勢を取っておく、

という予測の流れとなる。


たとえ目に映らないものだったとしても、

聴覚に注目し、

日常に紛れ込んだ“音”を察知することで、

彼らの行動範囲、取るべき行動は、

視覚からの情報以上に広がる可能性があるのだ。


スカルドの行動は、

それを踏まえてのものに違いない。


だと、するならば。


プログのするべきことは、自ずと決まっていた。


プログはスカルド同様に瞳を閉じ……ることなく、

むしろ大きく目を見開いた。


多少の西日が空箱の隙間からわずかに、

彼らのもとへと行き届いてはいるが、

それでも何かを注視できるような、

それほどの照度には遠い。


実際、プログの前で眠るように瞳を閉じるスカルドも、

体のフォルム、顔のパーツくらいは辛うじて確認できるものの、

少年がどのような表情をしているのかまでは、

読み取ることができない。


結論からすると、

今、この状況で目を見開いても、

あまりよくは見えない。


だが、それでもプログの行動に、迷いはない。

とにかく視覚へと、自らの注意を向ける。


その理由は二つ。



(もしかしたら、スカルドが音を聞き逃す可能性だって、

なくはないからな。

役に立たねえかもしれないが、

俺は目で様子をうかがっとくか)



一つはいわゆる、危機管理である。


スカルドの行動に、

決して反対しているわけではない。

また、スカルドの能力を、

決して侮っているわけでもない。


だが“もしかしたら”、

ということを考えてみる。


いくら聴覚に特化させているとはいえ、

スカルドは神様でもなんでもない。


つまり、完璧な者ではない。

もしかしたら、彼らに危険を知らせる異音を、

何らかの拍子で聞き漏らしてしまうかもしれない。

仮にプログもスカルド同様に目を閉じていて、

2人ともに、その兆候を聞き逃してしまったのならば。


視覚を持たない彼らは、

それ以上状況への対処術を、

放棄することになる。

その先にあるのは――いや、何もない。


そうならないためにも、

プログは危機管理、

事前に危機を具象化、

ここでいう音の聞き逃しという可能性をイメージし、

その危機を回避するための術、

つまり自分が視覚を持つことを実践したのだ。


2人が2人とも、

視覚を遮るようなことをすれば愚の骨頂となるが、

少なくともどちらか一方がその眼を見開いていれば、

有事の際に、まだ対処の挽回は可能となる。

今、目の前にいる少年と同じ行動をとるか、

それとも異なる行動をとるか。


その選択で、彼らを待つ運命は、

表裏、天地、光陰、

いくらでも引っくり返る。


そして多少の思考を凝らした結果、

プログは後者を選んだ。

少年が聴覚を研ぎ澄ますのならば、

自分は視覚に全神経を注ぐ。

何かが起こった時、

もし目で、それを捉えることができるのならば、

自らはそれを絶対に逃さない。


これが理由の、一つ。


そして、プログがその道を選んだ、

もう一つは。


プログは両腰に携える、

闇の中でもキラリと白銀に光る、

双を成す短剣に、手を静かに置き、

ルイン駅到着まで数分まで到達したところで、

いよいよ臨戦態勢へと入った。


いつ、どんな時に敵が襲ってきても、

その短剣を奮い、撃退する。

これこそ、

プログが目によって周囲を感じ取る、

二つ目の理由だった。


スカルドは、主に魔術の使い手だ。

それも桁違いの使い手、である。


プログ達がつい先日まで滞在していた、

エリフ大陸の王都セカルタにある王立魔術専門学校。

かつて学長でありながら、

ファースターのスパイとして暗躍していた、

レアングスが捕まったことにより、

現在学校は休校扱いとなっている。


だが、この学校はそもそも、

優秀な人材を育成し、

ゆくゆくはセカルタお抱えの魔術士として仕えさせる意味を備えた、

エリートの集まりだ。


その頭脳明晰、切れ者が大陸全土から集まった、

この学校で、

史上最年少での主席となったのが、

この目の前で静かに目を閉じる無愛想少年、

スカルド・ラウンである。


この世界、グロース・ファイスには、

多くの魔術の使い手が存在するが、

彼はその中でもおそらく、

トップレベルの力の持ち主だろう。


この世界で力を指し示す分野は、

大きく分けて2つ、

物理的パワーと、知的パワーがある。


2つの短剣を使いこなすプログは、

前者での戦いが得意である一方、

多彩な魔術を駆使するスカルドは、

後者で敵へと立ち向かうことを主としている。


そして、この相反する2つのパワーは、

その力の根源となる要素も違う。


剣や短剣、拳などを用いる戦い方で、

何よりも優先されるべき、

そして必要とするものは、視覚だ。

例えば聴覚や触覚、痛覚などが奪われれば、

それはもちろん、マイナス要因にはなる。

だが、視覚が奪われれば、

ただのマイナス要因という範疇には、

決して収まらない。


はっきり言って、戦いにならない。

それほど物理的な武器を用いて戦いを挑む者にとって、

視覚は大事なものである。


一方で。


術を放つ、知的パワーを操るものにとって、

一番必要なものは、視覚ではない。


いや、もちろん物事を空間的にとらえる視覚は、

重要なものではあるのだが、

それ以上に術を使うものが大切にしなければならないものがある。


それは第6感、いわゆる超感覚。

自然な力を借りる魔術や、

自らの気を用いる気術にとって五感、

すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚は、

それほど重要なものではない。


まるで雲をつかむような、

でもそれでいて確かに存在する、

世界に流れる気流や自然の流れ。


あまりにも不安定で、

あまりにも不確実なもの。

その流れを掴むために、

術士は超感覚を研ぎ澄ませる。


プログは確信していた。

今、目の前で目を閉じるこの少年は、

耳で外の様子を感じ取ろうとしているのだ、と。

そしてそれと共に、

魔術を使うのに必要な超感覚を研ぎ澄ませ、

眼を閉じながらも戦いに備えているのだ、と。


だから、自らもすぐに戦える環境を整えた。

視覚を研ぎ澄ませ、己の視界に、

僅かでも日常と異なる光景を、

目にしたのならば、それならば――と。


ガタン……ガタン……。


ルイン駅のプラットホームが近づき、

徐々に速度を落としていく列車。

それまで山や森林など、

自然に生きる有機的な情景を走っていたものが、

住宅や炭鉱施設といった、

人工的に生み出された無機質な風景へと、

その姿が変わっていく。


だが、プログ達に、

その速度や風景を感じる余裕などない。


スカルドは耳を研ぎ澄ませ、

そしてプログは目を研ぎ澄ませ、

その時を待つ。


列車は動力を緩やかに落としながら、

炭鉱の街、ルイン駅のプラットホームに入っていく。

たかが駅に到着しようとしているだけなのに、

列車のスピードに反比例するかのように、

プログの鼓動は急激に早まっていく。


短剣に置く両手にこもる力が、

自然と強くなる。

鼓動はさらに高まり、

体がわずかに震える。



(落ち着け……ここは冷静に、冷静に……)



ヒトの本能に抗い、

プログは何とか、

全身に力を込めて震えを押さえつける。


キイィィッ!!!!


さらにブレーキを強める、

乗客貨物兼用列車。



「………………」



一方のスカルドは、

まるで眠りに落ちているかのように、

表情ひとつ変えることなく、

静かに目を閉じている。



そして。


キイィィィィィィ…………。


プログとスカルドの乗った列車は時刻通り、

ルイン駅に到着した。



「――――ッ」


「――――――ッ!」



到着してすぐさま、

列車の外で駅員と思しき人物が、

誰かと何やら言葉を交わしている。


だが、空箱の中に閉じこもるプログ達の耳までは、

何を話しているかは聞こえてこない。


情報が、何も入ってこない。



(頼むぜ……来るんじゃねえぞ……!!)


じりじりとまとわりつく緊張感が、

内臓を締め上げるように襲い掛かる。

呼吸を可能な限り殺しながら、

プログはとにかく祈った。


警察や政府関係者が、

とにかくこの列車に入り込んでこないことを。

荷物の定期点検などと銘打ち、

自らが乗るこの3号車に近寄ってこないことを。

いや、それ以上に何より、

自分たちを見つけないことを。



(開けるんじゃねえぞ……絶対にこのフタ、

開けんじゃねえぞッ)



プログの全視覚は、

己と戦友(スカルド)の入る空箱のフタに注がれる。

封鎖された安全な領域と、解放された危険な空間。

その2つの相反する世界を断絶する、

プログにとっての唯一の希望である、このフタ。


絶対に、このフタを開けられてはいけない。

それだけで、

プログの思考は完全に埋め尽くされていた。



『お疲れ様です。

 つかぬことをお伺いするのですが、

 この女の子、どこかで見かけませんでしたか?

 ……そうですか。

 わかりました、ありがとうございます』



中年の男と思しき、何かを訊ねているような声にも、

プログはまったく気づかない。



(早く、早く動け……!)



ひとりでに滲み出る汗を拭うこともなく、

プログは必死に願った。

この列車が次の目的地、

終点ファースター駅を目指すべく、

再び動き出すことを。


何事もなく、

無事にルイン駅を出発することを。


安堵の領域を繋ぎとめる、

希望のフタを、決して動かされることなく、

列車が事をやり過ごすことを。


青年はとにかく祈り、願った。


1秒、2秒、3秒……。


時が過ぎるのが、とてつもなく遅く感じる。


実際、ルイン駅に到着してから、

まだ1分も経過していない。



(まだか……まだかよ……!)



だがプログにとってその時間は、

5分にも10分にも感じられた。



プログはチラリと、

横に確かに存在する、天才少年に視線を送る。


そこにはまるで人形かと思わせるように、

先ほどから顔色ひとつ変えず、

ただただそこに居座っている、

年下の少年の姿。


プログは一瞬、自分の眼を信じることができなかった。


正直、ここまでの少年とは、

想像していなかった。


一歩間違えれば死にも繋がりかねないこの状況で、

この少年はなぜ、こんなにも冷静でいられるのか。


もしかしてこの少年、実は眠っているのではないか。

そう思えてしまうくらい、

スカルドは冷静を保っている。

いや、それはもはや冷静ではなく、

冷酷の域ですらある。

少なくともプログの脳裏には、

そんな考えが光のように通り過ぎた。



ったく、どういう神経してたら、

この状況で、この歳で、

この対応ができるんだよと、

皮肉交じりにプログが、

視線を再び空箱の方へと向けた、次の瞬間。


ガタンッ!


焦燥と冷静な男たちを載せた貨物列車が、

進行方向へと大きく揺れた。


次回投稿予定→1/14 15:00頃

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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