第129話:プログ、考える
「オイオイ、ここに来てなぞなぞか?
そんなことをやってる余裕なんかないと、
言っていたのはオマエ
「なぞなぞじゃねえ。
お前に危機感を植え付けるための、
必要な問いだ。
時間が無い、サッサと考えろ」
「いや、だから……」
時間がないくらいなら、
考えさせずに答えを言えばいいだろうがと、
プログは思考を微塵も動かす気にはなれなかったが、
如何せんこの少年の事だ、
ここで彼の意向を無視した場合に、
被る(主に精神的な)ダメージを鑑み、
とりあえず考えてみることにした。
と、いざ思考を動かしてみると。
(警察側は光が必要で、
密入国者側は光が不要、
その関係性って……ん?
……いやいやいや)
プログは少しだけ考えて、
やがて再び思考回路を停止させた。
「……つか、めちゃくちゃ簡単な理屈じゃねーか」
少年が投げかけた問いは、
思っている以上に単純なものだった。
あまりに単純すぎて、
何か裏の、インテリな答えが隠されているのでは、
と勘ぐってしまうくらい、あっさりと導き出された。
「要はあれだろ、
警察側が光を使って、
トンネル内を探せないから、
効率が悪いってことだろ?」
まるでつまらない出し物に感想を求められたかのように、
プログはどこか面白くない表情を浮かべながら、
「警察や政府が真っ暗の中で密入国者を捕まえるには、
懐中電灯や松明と言った、
何か明るいものを用いないといけない。
その一方で密入国者が警察政府側から逃げるのには、
特に明かりなど必要がない。
つまり、密入国側からすれば近くを明かりで照らされたら、
そこから逃げ出しさえすればいい。
つまり、トンネルの中では密入国者側の方が圧倒的に有利で、
警察・政府がここに身を隠すのは効率的じゃない、
そういうことだろ?」
「そういうことだ」
スカルドの答え合わせは、
何ともあっさりしたものだった。
あたかもその言葉を想定していたかのように、
いつもの冷静で、低い声質で淡々とした、
天才少年の言葉。
別に、文句があるわけではない。
この少年が、もとからこのように、
性格や口調がななめ68°くらいなのは分かっているし、
それに、プログも何だかんだで、23歳のいい大人である。
年下に斜に構えられたり、
口が多少悪かったところで、
怒りの感情を爆発させるような、
そんな残念な人間ではない。
むしろこの少年よりも前に知り合い、
旅を共にした、二刀流の金髪少女から、
絶え間ない厳しい“ご指摘”を受け続けており、
この少年程度のレベルなど、
もはや感情の起伏すら起こらない。
(なんつーか、こう……)
そう、別にイライラしているわけでも、
起こっているわけでも、なんでもない。
(なんで俺って、
こういうクジばっかり引くんだろ……)
だが、プログはボヤかずには、
いられなかった。
立場は決まって、いじられる側、ツッコミ側、
そして試される側。
しかも、立場が逆転するのは、決まって年下。
それは、人が変わっても同じ。
レナという口やかましい少女からスカルドという、
基本無口な少年に同行者が移ったとしても、
その構図は、一切揺るがない。
(俺に威厳がないからか?
いや、だとしても威
「オイ、そろそろトンネルの出口だ。
ここからが一番警戒するべきところだぞ。
ボサッとしてんじゃねえよ」
ぼんやりと思考遊泳をしていたさなか、
通称天才少年様からの、鋭い横やりが、
プログの思考回路を貫通する。
気が付けば、ぼんやりと明るみを帯びる、
そのくらいの照度だった貨物列車内が、
徐々に白い、温かみを帯びた光と変わっている。
暗闇が主役の時間は完全に終わりを迎え、
まだわずかに、地平線に残る太陽光による外の世界に、
列車は近づいていた。
ほんのちょっとだけ、
悔しい気はするがスカルドの言うとおり、
ぼんやりしている暇など、1秒たりともない。
ここからはある意味、
いよいよファースター政府が管轄の中心に据える地域へと、
身を投じるのだ。
余計な雑念など、必要ない。
必要なのは、
ありとあらゆる事態に対応できるようにしておく準備と、
その事態を素早く察知する、警戒心。
それまでは地に尻をつけた、
安定重視の座りをしていたプログは、
僅かに腰をあげると、
片膝を立てるスタイルへ変えた。
臨戦態勢。
いつ、どこで、なにが起きても、
すぐに動けるように。
ふう、と一つ。
プログは深呼吸で、息を整える。
そして自然と早くなる心臓の鼓動を抑え込むように、
息を殺して身を潜める。
じんわりわずかに、額には汗が滲む。
元ハンターとして数多の依頼をこなしてきたプログ。
もちろん今回のような、
一つ行動を間違えれば、という、
ある種イチかバチかレベルの任務だって、
いくつも完遂してきている。
だが、何度そのような経験をしたとしても、
この状況は慣れるものではない。
心臓の鼓動は放っておけば、勝手に早くなり、
暑いわけでもないのに、汗はひとりでに現れる。
また、胃はキリキリと痛み、
全身には自ずと、力が入る。
ガタンガタン、ガタンガタン……。
軽快に、定期的にリズムを刻み、
トンネル内によっていつもより大きく響く、
軽やかな音が緊縮するプログにとっては、
かえって煩わしい雑音と変わる。
だが、それももうすぐ終わる。
いままでじんわりと明るさを増してきた列車内の照度が、
一気にそのスピードを加速する。
淡く白かった光が、徐々にオレンジがかった、
濃い橙色へと、色彩を変化させていく。
そして、次の瞬間。
「……ッ!!」
プログは思わず、目を閉じる。
太陽の光から別れを告げてから、30分03秒。
定刻通りに走った列車はルイン西部トンネルを通過し、
再び太陽光の下へと、姿を現した。
プログはしばらく、
目を瞑っていた。
別に怖いわけではない、
スカルドがさきほど言ったように、
眩しさを少しでも軽減させるためだった。
そして、瞳をとじてから、およそ5秒後。
(もう、いいか……?)
プログはゆっくり、
まるで目を覚ますかのように両目を開いた。
夕方の時間帯に入り、太陽が主役の時間から、
月に主役が移りつつある最中だからだろうか、
思った以上に、眩しさは感じない。
これなら、何かあった場合には、
すぐにでも動くことができる。
とりあえず一安心、
それと同時にプログはすぐに、
目の前にいる、相棒の存在を確認した。
声、そして人影でそこにいることは、
もちろん分かっていた。
だが、それでも姿かたちを確認するまでは。
「…………」
少年は、間違いなくそこに存在した。
プログよりも一足先に目を開き、
視線を外へと向け、辺りの様子を探っていた。
特にプログの様子など、気にもしていない。
とてもじゃないが、任務を共にこなす優良なパートナー、
相棒とは言い難い。
だが、それでも一人ではない。
緊迫した空気感の中でも、
プログは少しだけ、安堵を覚えていた。
だが、それもつかの間。
「様子はどうだ?」
プログはすぐさま、
外に目を向けるスカルドへ問いかけた。
少年いわく、トンネルから出た直後、
つまり今が、
警戒するべきポイントの一つとなる。
となれば、外の様子に何か変化はみられるのか、
それがこの状況で真っ先に、
確認しなければいけないことだった。
もし、列車内に駅員が入ってきていたら。
もし、列車の外に、政府の関係者がいたら。
もし、列車が緊急停車し、
自分たちを排除するようなことがあったら。
考えうるシチュエーションは、いくつもある。
「…………」
スカルドは黙ったまま、
何も言葉を発しない。
険しい表情を崩さぬまま、
引き続き外の光景をその眼で確認しているだけだ。
「お――」
おいおい無視すんなよと、
プログはあと少しで言葉を発しかけたが、
(今、声をかけたらヤベェな)
すんでのところで、
グッと言葉を飲み込む。
明らかな、自殺行為。
プログはギリギリのところで踏みとどまった。
先ほどトンネル内を走行している最中、
プログは少年へ、時間を訪ねた。
だが、彼から返ってきたのは、
必要以上の話を投げかけてくるなという、
キツいお達しだった。
そして今、プログは再び、
スカルドへと会話のキャッチボールを、
試みようとした。
しかし、あと少しで指からボールが離れる、
といったところで、プログは気づいた。
自分が今、投げかけようとしている会話は、
必ずしも必要なものではない。
事実、先ほども似たようなクオリティーの内容で、
怒りを買ってしまっている。
年上の言葉を無視してまで、
外の様子を窺うということは、
何か目的があるに違いなく、
ここで話しかけるのは、間違いなく得策ではない。
ここは黙って、
天才少年の意向に準じる行動を実践する。
いくらプログであっても、
その程度の空気を読みとることくらいはできる。
そしてプログのその判断は、
やがて吉と出る。
なおもしばらく、スカルドは沈黙を守ったまま、
今の封鎖された空箱の中から、
外の世界の動向を探り続けていたが、
「……特に、何もなさそうだな」
箱の蓋をゆっくりと閉めつつ、
プログに聞こえる、
最小限の大きさに声を殺しながら呟いた。
「異状なし、ってか?」
「ああ。
駅員が見回りしている様子もなかったし、
列車外から人が乗り込んでくるような、
特に変わった動きもない」
「とりあえず表向きは動きなし、か」
「だが油断はできない。
あれほどの長いトンネルだ、
何も対策がないなんて、
ンな事あり得るハズがない」
「お楽しみはこれから、
って可能性もアリか……」
「それか、水面下ですでに何かが動いている、
って可能性か、だな」
プログの問いかけに対しそこまで言って、
スカルドは再び、
箱の蓋をわずかにズラす。
そして外の様子を、
黙って探り始めた。
その様子を背後で注視していた、
プログは何となく気づいた。
(あー、なるほどね。
報告の時はオッケーで、
探ってるときは喋りかけるな、ってことか)
あくまでもプログが話しかけていいのは、
スカルドが様子を確認した後、報告をした時だけ。
それ以外は、
決して言葉を投げかけてはいけない。
天才少年がどのくらい、
外界の様子を見続けるかも、
どの程度プログに対して報告を行うかも、
すべてはスカルド次第。
年上である元ハンターには、
ほとんど権限はなし。
言葉の内容だけを切り取れば、
(なんつー自分本位な行動なんだか)
プログはそう思わずにはいられなかったが、
(まぁでも、別にいいか。
アイツならヘマすることもないだろうし、
2人でバラバラに動いたところで、
逆に見つかる可能性がデカくなっちまうこともあるしな。
ここは天才少年君に任せておくか)
同時に、その結論に達し、
行動や意思決定を、年下のスカルドへ委ねることを、
すぐに受け入れた。
正直言えば、
プログだって外の様子は気になっている。
スカルドは異状なしという仮決定を下したが、
もしかしたら危険因子を運悪く、
見落としている可能性もあるかもしれない。
あるいは、スカルドにとっては安全と判断したものが、
プログの思考では危険、
と判断する要素が、あるかもしれない。
本音を言えば、
もし許しが出たならば今すぐにでもプログだって、
スカルドの隣に並んで蓋の隙間で、
この封鎖的な内側の世界から、
外の世界を確認しておきたい。
だが、それでもプログは、
スカルドに一任することを選択した。
それは、1人で判断することのデメリットよりも、
2人で行動を起こすデメリットの方が、
大きいと判断したからだ。
確かに1人の独断よりも、
2人での総合的な判断の方が、
よりよい結論を導き出すことは多々ある。
それは1つの見方にならず、
多角的視野に立つことができることに起因する。
だが、それはあくまでも、
自由闊達な意見交流を行える環境下でのみ、
適用されるものだ。
残念ながら追われ者の身となり、
貨物列車のなかにある空箱に、
ひっそりと身を隠すプログとスカルドには、
フリーで意見を出し合える機会など、
まったくない。
むしろ逆だ。
今の彼らは一言一言を、
口から発することにも苦慮する環境にある。
そのような場で、仮にプログがスカルドと共に、
外の様子を観察したとする。
ふだんでさえ、
会話や動きにズレが生じている彼らが、
お互いの意見を持ったとしたら。
間違いなく、足並みは揃わない。
他人同士が一挙手一投足、
すべての所作、思考、行動を完璧に合わせることなど、
絶対にできはしない。
足並みが揃わないとなれば、
大小はあれ、そこには確実に衝突が生まれる。
衝突が生まれれば余計な、
当人たちにマイナスにしかならない動きなどが、
当然出てくる。
そして、その先に待っているのは。
自滅しかない。
多角的視点は必要だが、自滅の可能性もある。
最善の道を目指すか、最悪の穴を回避するか。
今、ここで必要なのは、
概ね後者の方だった。
最善の道、すなわち首尾よく、
ファースターに潜入することは、
ここで多角的視点を持たなくても、
もしかしたら達成することは可能かもしれない。
だが、最悪の穴、すなわち駅員に見つかることは、
何が何でも、絶対に回避しなければならないこと。
(ここはひとまず俺は、
余計な事をしない、ということをするのがベストだな)
それが、プログのここでの選択だった。
果たしてこの選択が彼らの、
今後の行方において正解なのか、不正解なのかは、
しばらく時が経過してみなければ見えてこない。
だが少なくとも、“対スカルド”という視点で鑑みれば、
それはプログにとっては確実に正解と言えるものだった。
(さて、様子見は天才少年君に任せておいて、
俺はファースター付近まで辿り着けたときの事でも――)
と、プログが次の懸念材料へと、
思考を向けた瞬間だった。
『皆様、ご乗車ありがとうございました。
まもなく当列車はルイン、ルイン駅に到着します』
貨物列車内に、次なる嵐を予感させる、
駅員の車内放送が彼らの耳へ、投げつけられた。
次回投稿予定→1/7 15:00頃
年内の更新は本日が最後となります。
来年もよろしくお願い致します。




