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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
131/219

第127話:ファースターを目指して

「お、戻ってきた戻ってきた!」



言うなり、リョウベラーはすぐに、

右腕を水平に差し出した。


相棒である大型の鷲、

ロックが帰還する場所、

それが7番隊隊長である青年、

リョウベラーの右腕である。



「ピイィッ!!」



飼い主が帰るべき場所を、

整えたことをしっかり確認した直後に、

ロックはまるで、

これから獲物を狩るかのような、

急転直下の風を切る猛スピードで、

地上へと落下を始めた。


……が、リョウベラーまで残り数メートル寸でという距離で、

前回同様、再びフワリと空気に浮くように、

そのスピードを一気に緩め、

そのままスッとリョウベラーの下へと降り立った。


無論、リョウベラーの腕には、

傷一つつかない。


今回も完璧で、かつ通常通りの、

ロックの寸分違わぬ所作である。



「よっしゃ、ご苦労さんっと。

 いつもわりいな」



リョウベラーは笑顔で、

その相棒を迎え入れた。

自分の代わりに空を飛び、

そして自らが与えた任務を全うしてきたであろう、

頼もしき戦友の労をねぎらい、

そして感謝することを、決して忘れない。


決して、飼い主とペットなどという関係ではない。

互いに互いを補完し合い、戦いを生き抜いてきた、

信頼するべき相棒。

まさにその言葉がふさわしい、固い関係だ。



「それでどうよ?

 こいつ等、近くにいた?」



リョウベラーはプログとレナ、

そして……アルトの写真を、

ロックへ見せた。


ロックは首をわずかに動かしながら、

しばらくの間、その写真を食いつくように見ていたが、

やがて、



「キイッ」



まるで“はい”、とでも言うかのように、

小さく短く、鳴いた。



「なるほどね、やっぱり読み通りか……。

 ここから歩いてどのくらいの所だった?」



「ピイィィィィィィ」


リョウベラーからの問いに、

ロックはまるで遠吠えのように、

少し長めに鳴いてみせる。



「3秒……ってことは、およそ3km程度ってところか。

 意外と遠くまで行ってたな……。

 ちなみに3人ともいた?」


「キィ……」



今度はどこか元気なく、

消え入るような鳴き声を示す。



「そっか。

 この中で1人? それとも2人?」


「ピイィッ!!」



歯切れよく一度、ロックは鳴いた。



「1人……。

 ってことは、単独行動してんのか。

 だとすると、残りの2人は


「ピイィィィッ!!」



リョウベラーの推察中、

ロックはそれを遮るように声をあげ、

バサバサッ! と両翼を広げた。



「ん? どうした?

 何か違う点でもあったか?」


「ピイッ!!」


「この中の1人が、

 この近くをうろついてるってことだろ?」


「ピイッ! ピイピイ、キイィッ!!」



ロックはなおも、翼をしまわずに、

鳴き声を続ける。


「ふむ……合ってるけど違うのか。

 ってことは、もしかしてこの中の1人を見たが、

 単独行動じゃなかったってこと?」


「ピイッ!!」



今までで一番の大きな鳴き声を放つと、

ロックは今まで振りかざしていた、

こげ茶色に染まる立派な翼を、

ここでようやく閉じた。



「そういうことか。

 結局合計だと何人いたの?」


「ピイッ、ピイッ!」


「おっけー、2人ね。

 これで大体見えたな。

 ここから3キロくらい離れた場所に、

 この中のうちの1人と、

 それ以外の何物か1名、

 合計2人が歩いている、

 ってことでいいかい?」


「ピイィィィィィッ!!」



あたかも言葉を理解しているかのように、

ロックはリョウベラーの問いに対し、

すべて泣き声だけで完璧に答えた。


そして一方のリョウベラーも、

それに対して何ら驚くことはない。


これがさも当然、

まるで話し相手が人間であるかのように、

最強の猛禽類である鷲、

ロックとの会話を成立させている。


傍から見れば異様な光景に映ったことだろう。

だが、先ほど同様、

リョウベラーと、

猛禽類のロックの間にとっては、

これが普通であり、日常である。

何らおかしな点はない。


彼らは今までこれで、生きてきたのだ。



「さて、と。

 方向からして向かってんのはファースターか。

 とりあえず追いかけとかないと、

 ナウベルのねーちゃんに怒られるしな。

 ただ……」



ここまで言って、

リョウベラーの表情が俄かに曇る。

心底面倒くさそうな顔で、


「アレだよなー。

 どっかで間違いなく、

 列車に乗り込むよな……。

 あーもーメンドくせぇー」



ボサボサッ! と。

リョウベラーは緑色短髪を乱しながら、

深くため息をつく。


ファースターが誇る7隊長、

そのうちの7番隊隊長は、

すでにプログ達の行動を見抜いていた。



彼らが、

レナ、アルト、そしてプログの3人が、

この地に降り立ったとしたなら、

必ずファースターを目指すのだろうと。

そして、その行程内で、

列車を使うはずであると。

たとえファイタル駅から列車に乗り込まなくても、

いずれどこかのタイミングで必ず、

走行中の列車に飛び乗り、

王都を目指す手段をとるだろうと。


青年は、その行動を見透かしていた。


だからこそ。



「そうなると、

 今から普通に追いかけたら、

 全然間に合わねえじゃん……」



ピィ、と。

勇猛な出で立ちとは裏腹の、

妙に愛くるしい瞳で見つめるロックをよそに、

リョウベラーの独り言はなおも続く。



「うーん、どうすっかなー。

 騎士総長様、つかナウベルには、

 ファースター城内にだけは入れるな、

 って指示を受けてるし、

 最悪、街に忍び込まれるくらいは構わねえんだよな。

 でもまあ、向かってんの知っておきながら、

 あっさり街に入られるのもシャクに障るし……」



グルグル、と。

今度は喉を鳴らし始めたロック。

僅かに首を振っている、その様子はさながら、

“何を言っているの?”とでも言いたげな様子だ。

だが、それでもリョウベラーのおしゃべりは止まらない。



「つか、7隊長もいんのに、

 なんでこの大陸が俺一人なんだよ!

 騎士総長様はエリフ大陸にいるんだから、

 あの大陸に2隊長も必要ねーじゃん!」



ビクッ! と。

突如として発せられたやり場のない怒りに、

ロックは一瞬、体を震わせる。



「それにウォンズ大陸も!

 あそここそ2人もいらねーじゃん!

 この大陸が一番デカいんだから、

 普通ここに2隊長くらい、

 配置すんのが普通でしょ、

 あのねーちゃん、人使い荒すぎんだろッ」



ついには、自らの翼をついばみ始めるロック。

要は、あまりの暇加減に、完全に飽きたようだ。


と、ここでようやくリョウベラーが、



「ああ、わりいわりい。

 ついついまた、一人で先走っちまったな」



ようやく正気(?)に戻ったリョウベラーは、

暇をもて遊んでいた相棒に気づいた。


ポケットからパンのくずを取り出すと、



「ほれ、さっきのごほうび。

 サンキューな」


「ピッ!!」



青年の差し出した手にのるごほうびを、

ロックはすぐさまついばみ始めた。



「さて。

 とりあえず追いつくことは諦めるにしても、

 打てる策は、打っておかねーといけないッスね」



すっかり冷静を取り戻したリョウベラーは、

反対側のポケットから通信機を取り出すと、



「……俺ッス。

 わりい、ちっとばっかしお願いがあるんだけど」


見知らぬ相手に対し、

リョウベラーは何やら、指示を送り始めた。





ゴトンゴトン……ゴトンゴトン……。


上下小刻みに揺れる車内と、

規則正しく聞こえる列車の走る音を聞きながら、

貨物が積載されたその列車は、

今日も人々の荷物を運んでいる。


乗客のいる列車とは違い、

貨物列車はふだん、

車両内に電気がついていない。


経費削減という意味合いと、

荷物を乗っけているだけの車両で、

わざわざ電気をつけている必要もないというのが、

その理由らしい。

そのため、貨物列車内にもたらされる光は、

窓から注ぎ込む太陽光しかない。

日中ともなれば太陽光だけでも十分な照度を確保できるが、

夕方に差し掛かればその度合いは急激に落ちる。

そして、月が主役の夜になろうものなら、

列車内の明るさなど、雀の涙にもならない。


だが、幸いにも今は、まだ夕方前。

かろうじで、

光はまだ差し込んできている。



「しっかしアレだな、

 セキュリティもクソもあったもんじゃねえよなぁ。

 こんなに簡単に乗れちまうとは」


「……静かにしろ。

 ただでさえお前は声がデカいんだ、

 無駄口を叩くな、

 誰かに見つかったらどうすんだ」


「ンなことわかってるっつーの」



全15両で構成されるこの列車の前寄り、

3号車の貨物列車に搭載されている貨物の中から、

何やら怪しい2人の声。


無論、その正体は。



「そういうスカルドはどうなんだよ。

 お前だって声が低いから、

 結構目立ってんじゃねえか」


「だから静かにしてんだろうが。

 お前が話しかけてくるから、

 俺も口を開かなきゃいけなくなってんだよ、

 いちいち話しかけるな」


「ハイハイ、結局俺のせいですよね、

 すいませんスイマセンっと」


「…………」



つい10分ほど前に無事、

列車へと忍び込むことに成功した、

プログとスカルドだった。


全15両のうち、貨物車両は全部で4車両。

2号車から5号車までが、

貨物のみを搭載している車両だ。


プログ達が飛び乗ったのは運よく、

4両のうちの真ん中、3号車。


2人は素早く車両内へと忍び込み、

そして近くにあった、

およそ3メートル立方程度の大きさをもつ、

荷物を入れる用として置かれていた、

空箱へと姿を隠したのだった。


夕方に差し掛かっている影響で、

太陽はオレンジ色を帯びながら、

徐々に西へと沈み始めている。

そして、それに呼応するかのように、

3号車内の照度も暗くなり始める。



「よし、ちょうどいい具合だな」



地平線へと落ちていく太陽を、

箱の隙間から覗き見るプログは、

小さくうなずく。


彼らにとって、

ここから夜に差し掛かっていくのは、

むしろ好都合だ。

辺りがこのまま暗くなってくれれば、

電灯など一切つかないこの車両は、

完全に夜の闇へと落ちていく。

ともなればプログ達が、

見回りに来た車掌に見つけられる可能性は、

グンと低くなる。


犯罪者という濡れ衣を着させられているプログ、

およびその仲間であるスカルドは、

正規の道を進むことができない。


誰にも見つからず、

裏ルートを粛々と進んでいくために。

今、彼らが欲しているのは太陽の眩しさではなく、

闇の静けさなのだ。



「ルイン駅に着く頃が、

 ちょうど日が沈む時間帯だ。

 つまり、ルイン駅さえ越えちまえば、

 あとはファースター駅までは、

 おそらく見つかる可能性はないと思う」



箱の蓋をわずかに開け、

チラリとプログは外の様子をうかがう。

ちょうどその瞬間、

今まで差し込んできていたはずの西日が突如としてなくなり、

光という光が、彼らの視線から消え、

3次元すべての空間に暗闇が訪れる。



「……トンネルか」



2人くらいなら十分に入ることが可能な、

その空箱の中で、

スカルドは外の様子も確認することなく、

また慌てるそぶりもなく、淡々と呟いた。



「お、さすがは天才少年君、ご明察。

 これはルイン西部トンネルだ。

 このトンネルを抜ければ、

 炭鉱の街ルインは、もう目の前ってトコだ」



2人を載せた列車が入ったのは、

ルイン西部トンネル。


そう、レナがかつて、

列車行方不明事件を解決するために一人で赴き、

正体不明の男、

コウザと一戦を交えた場所である。


落盤事故が起こったのち、

数日は運行不可能となっていたのだが、

ここ最近でようやく落石がすべて撤去され、

運行を再開することができたのだった。



「ルイン……確か、あの女の出身地とか言ってたな」


「そうそう、レナが生まれ育った街らしいぜ。

 もっとも、幼い時の記憶がないから、

 生まれた土地かどうかはわかんねーけどな」


「そうか。

 まあ、アイツが記憶喪失だろうがなんだろうが、

 俺にとっちゃどうでもいい話だが」


「そりゃ、そうだわな」



ガタンガタン……ガタンガタン……。

トンネル内につき、先ほどよりも気持ち大きく響く、

列車音を鳴らしながら、

列車はトンネルの奥へと、定刻通り進んでいく。

相変わらず、視界の上下左右、

どこに焦点を当てても見えるのは、闇。

まるで自分の周りを、

すべて黒のペンキで塗りたくったかのように、

すべての景色を闇で上書きされている。


(ま、さすがにこの状況じゃあ、

車掌も来たりはしねえか)


念のため音が立たぬよう、

中指と人差し指に神経を集中させ、

ゆっくりと蓋を閉めると、

プログは再び、身をひそめる。


このルイン西部トンネルは、

通過するのに30分を要する、

全世界を見ても有数の長さを誇るトンネルだ。

トンネルを抜ければすぐにルイン、

とはいっても実際、

まだまだかなりの距離がある。



(あー)



そういえば、と。

プログはある(・・)事を考えた。


先にスカルドへ伝えたように、

この先の停車駅であるルイン駅は、

アルト同様に仲間である、

レナの育った街である。


そこには当然、

レナの親代わりとなった人も存在する。



(確かマレク、だっけか。

親方とか呼んでた人だよな)



ルイン駅の駅員として働く、マレクという男。

彼こそが、記憶喪失であるレナを今まで育ててきた、

言うなれば里親のような存在だ。


当然マレクも、

先ほどのサクラ・ムライズが孫の無事を喜んだように、

娘同然のレナの安否を知りたがっていることだろう。



(…………)



まるで永遠に続きそうな、

ルイン西部トンネルの暗闇を全身に受けながら、

プログはふと思う。



(そのマレク、って人にも、

レナの無事、伝えてやった方がいいか……?)



それは、アルトの無事を伝えるという、

本人に告げないミッションに成功したからこそ生まれた、

追加のミッション。


そして今、

列車に乗っているからこそ生まれた、

ルイン駅に到着した直後だけに許されるわずかな時間。

その時間は、おそらく1分程度だろう。


60秒にも達するか否かの、

たったこれっぽっちの時間。

だが、それでも今からおよそ30分後に、

その時間は間違いなく訪れる。


レナの無事を、里親に伝える、

たったそれだけの行動なら、

その60秒で可能かもしれない。


その1分の行動によって、

子の安全を願う、1人の親を、

もしかしたら幸せにすることができるかもしれない。



だが、



(……いや、それは止めとこ


「言っておくが、

 ルイン駅とやらに着いたらここから移動とか、

 そんなアホな事は考えんなよ」



心で結論出す前に、

真っ暗な視線の先から、

スカルドの言葉だけが耳に届いた。



「ファイタルでアイツの祖母に会ったのは、

 あくまでも情報収集にもなるから、

 たまたま立ち寄っただけだ。

 今回の場合とはワケが違う。

 大人しくしていれば見つかる可能性が低い場所から、

 わざわざ外に出るなんざ、俺はまっぴら御免だぞ」



続けて闇の中から、天才少年の容赦ない正論が、

次々と投げつけられる。

そこに、情けなどない。



(まあ、悔しいが正論だわな……)



だが悲しい事かな、

プログには反論する術がなかった。


答えは明快で、

少年の言葉が間違いなく最善の策だからである。

仮に10人が同じ選択を迫られたとしたら、

おそらく10人全員が、スカルドの言葉を支持するだろう。


プログとスカルドはあくまで、

王都ファースターの様子を確認しに来たのだ。

決して、仲間の親族に無事を伝えに来たのではない。



(ま、レナの方は諦めるか……)



トンネルに突入して、およそ5分。

まだまだ先は、長い。


ふう、と一つ、

プログは大きく息をつく。

まるで今まで悩んでいたレナの件を、

呼吸と共に体外へ吐き出すかのように、

漆黒の空間へと息を送り出す。


そう、今は余計な事を、

考える余裕などない。

いつ駅員に見つかるか分からない、

ある意味恐怖と隣り合わせの中にいるのだ。


全空間が暗闇なら、なおさらだ。


(わりいな、レナ)


ふう、ともう一つ。

僅かに残っていた未練を完全に出し切るように、

プログは小さく、息をついた。


次回投稿予定→12/17 15:00頃

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