第11話:シャック、地図、そして……
ワームピル大陸からエリフ大陸に渡るための、
緊急用として作られた王族専用の洞窟、
ダート王洞にレナ達が入ってから、
15分が経過した。
レナ達は2つ目の分岐点を越え、
3つ目の分岐点、
左右に分かれる、2つの道の前に到着していた。
そして、15分経過したということは。
「そろそろ門が閉まる頃ね」
レナは腕時計に目を落とす。
このダート王洞の入り口の門は、
セキュリティの都合により、
門を開けてから15分経過すると、
ひとりでに閉まるようになっている。
その間は誰も閉めることはできず、
自動で閉まるのを待つしかない。
「え、もう、そんな時間?」
「ていうか、
15分って、結構な時間だぜ?
王族が使うことを考えると、
そんなに長い洞窟とは考えにくいし、
もしかしたらこの分岐で終わりかもな。
さて、どっちにするかね……」
「そうかしら?
あたしはもう1つくらい、
分岐がありそうな気がするけど……」
暗闇が手招きする、
2つの道をじっと見つめながら、
プログとレナが話している。
確かに、緊急用なのに、
王族が長い時間かけて歩かなければいけない洞窟を、
わざわざ作るかと言えば、少々疑問が残る。
だが、王族ならば、
正しい道を知っている可能性が高いため、
レナ達のように分岐点を間違えることはなく、
スムーズに歩くこともできる。
よって、単純にレナ達が15分歩いたから長い、
と考えるのも少し違う。
まあ少なくとも、
この3つ目の分岐点を、
クリアしなければいけないことに、
変わりはないのだが。
「そしたら右に行ってみませんか?
せっかくですし、
今度は私が選んでみますね」
2人の会話にローザが割って入る。
プログ、アルトがすべて道を外していることで、
ローザも運試しをしたくなったのだろうか。
「だってさ、レナ。
もしこれでローザが外
「オッケー、右ね。
それじゃあ行ってみますか」
これ見よがしとプログは冷やかそうとしたのだが、
レナは特に何かツッコんだり、
冷やかしを言うわけでもなく素直に了承すると、
ローザと2人で右の道に向かって歩き始める。
(やっぱりそうなるよね)
(解せぬ)
すでにいじられ終えたアルト、そしてプログは、
お互いそんな思いを抱きつつ、
顔を見合わせながらも、2人の後を追う。
「しかし、シャックの目的って、
何なのかしらね」
右の道を行く道中で、
不意にレナが独り言のように呟く。
「え?」
「いや、シャックの目的が、
全然読めないなと思って」
「列車を専門にする犯罪、じゃないの?」
その独り言にアルトが反応する。
レナはその言葉を待っていたかのように振り返ると、
「そこよ、そこ。
何のために列車を専門にして、
犯罪をしているのかしらってことよ。
クライドに聞こうと思ってたんだけど、
聞きそびれちゃったんだよね」
「なんで列車を専門にしているか、
ってか?」
「列車の中で金品とかを、
取り上げたりしているんじゃないでしょうか?」
さらにプログとローザも加わり、
洞窟の中に4人の声が交錯する。
「うーん、あたしも、
最初はそう考えたんだけど……。
でも、だとしたら普通、
トンネル塞いだりまでしたりするかしら?
金品を盗むだけなら、
そこまで大ごとにしないくてもよくない?
それにあたしが戦ったヤツ、
どう考えても、
ただの強盗とは思えないんだけど」
「ああ、溶けちゃった野郎のことか」
プログの言っている、
“溶けちゃった野郎”というのは、
ルイン西部トンネルでレナが戦った、
コウザのことである。
彼は剣で斬りつけても傷一つつかない、
生身の人間では、
考えられない力を有していたのだが、
背中を傷つけられたことによって、
急に意識を失ったかのようにその場に倒れ、
氷のように溶けてしまったのだ。
「そうそう。
それに、あたしとアルトが乗ってた最終列車なんて、
魔物が入り込んでたのよ?
金品盗むだけで、
そんな大がかりなことするかしら?」
「え、魔物が入り込んでいたんですか!?」
「そっか、ローザは知らないもんね。
僕とレナが乗ってたファースター行きの最終列車が、
シャックの仕業で魔物だらけになってたんだ。
確かに、人が魔物を飼いならすなんて話、
聞いたことないね」
「でしょ?
まだすべてがシャックの仕業って確証はないけど、
クライド総長もシャックの仕業だろうって話をしてたんだし、
たぶん間違いないでしょ。
それに全世界で事件が起きてるってのも、
あたしは引っかかるわ」
「仮に強盗だけの犯罪なら、
目立たないようにやるのが普通だが、
全世界で事件を起こすって、
どう考えても目立っているわな。
世界に見せびらかしたいとかか?」
顎を手でさすり、
プログが頭上を見上げながら、
何かを考えるように話す。
最初にローザが言った通り、
列車を専門にする犯罪集団、
シャックは金品強盗を頻繁に行っている。
しかし、それ以外にも列車の破壊や線路の破壊、
さらにはルイン西部トンネルのような事故を起こし、
そして挙句には、
最終列車で魔物を投入、である。
しかもそれらの事件が、
全世界、いたる所で事件が起きているのである。
これだけ多岐にわたる事例があると、
金品目当てという一言だけで片付けるのは、
あまりにも乱暴である。
さらに魔物まで飼いならしているとなると、
いよいよ何がしたいのかが、
よくわからない。
「そういうのをいろいろ考えると、
一体何がしたいのかが、
全然わっかんないのよね。
お金目的なのか、ただの破壊魔なのか……」
「確かにそうだね。
何がしたいんだろう……」
一通り討論が終わり、
再び洞窟内に、静かな時間が戻ってくる。
「もしセカルタに無事行くことができたら、
向こうで対策されている方に、
聞いてみるのもいいかもしれませんね」
静かな時間の中、ローザが口を開く。
今回の旅の目的地であるエリフ大陸の首都、
セカルタでも当然、
シャックの事件は起こっている。
ローザを送り届けるということは、
レナ達も一緒に、
セカルタの城内に入ることができる。
もしかしたらそこでシャックに関する話も、
色々と聞くことができるのでは、
ローザはそう考えたのだ。
「それもそうね。
それに、後からクライド総長に聞けば、
何かしら掴んでいるかもしれないしね」
「ローザの護衛が終わったら、
僕たちも一旦、
ファースターに戻りたいね」
「まあ、その時にあたし達の無罪が、
ちゃんと証明されていればいいけどね」
「んじゃ、そのためにも、
まずはここをさっさと抜けないとだな。
それに……ッ!」
話をまとめるかのように一番前方を歩いていたプログが、
そう言いながら急に後ろを振り向き、
ナイフをヒュッと投げる。
放たれたナイフは、
綺麗な直線を描きながらまっすぐ飛んでいき、
後ろから忍び寄ってきていた、
キラーバットに突き刺さる。
「お喋りに夢中になりすぎるのもNGだぜ?」
キラーバットの存在にいち早く気付き、
頃合いを見計らっていたプログは、
そう言いながら、
口をあんぐりさせているアルトとローザの横を通り、
刺さったナイフを回収しに行く。
「さすが凄腕ハンター、
頼りになるわね」
キラーバットの存在に、
気付いていたのかいなかったのか、
レナはいいことがあった子どものように、
再び軽快に歩き出す。
「おいおい、しっかりしてくれよ、
前にも言ったが、俺は責任とれねーぞ?」
そんなレナを見透かすかのように、
プログが軽快な歩みに釘を刺す。
ここしばらくはレナにいじられ放題だったが、
こういった所はやはり年長者であるし、
いくつもの戦いを経験した、
頼もしい元ハンターである。
「冗談よ、次からは気を付けるわ。
どーもですっと」
この様子だと、
どうやらキラーバットに気が付いていなかったのだろう。
珍しく素直に従い、
軽く右手を上げながら感謝の意を伝えるレナ。
その後ろ姿からは少しだけ、
悔しさの意が読み取れる。
「やれやれ。
さ、俺達も行こうぜ」
いたずらっぽく肩をすくめながらそう言うと、
プログはようやく口が閉じたアルトとローザを連れて、
更に奥へと進んでいった。
1つ目の分岐点では2つ、そして2つ目の分岐点では1つ、
それぞれ行き止まりのルートがあったが、
全て歩き始めてから、
すぐに行き止まりにぶつかっていた。
今レナ達は3つ目の分岐点で右を選び、
しばらく歩き続けているのだが、
行き止まりの壁は、一切現れない。
「ねえプログ、これって……もしかし
「何も言うな、アルトよ。
それ以上は何も言うな」
レナとローザの後ろで、
アルトとプログが必死に声を殺しながら、
ひそひそと話している。
というのも、今までの事例から導き出される仮説は、
このルートは合っているのではないか、
ということである。
そのことについてレナは、
まだ何も言ってこないものの、
もしその話題に気付かれたら、
ルートを外しまくった2人は、
何を言われるかわかったものではない。
そう考えると、少しでもその話題を避け、
レナの耳に入れないことが最優先、
と考えるプログであった。
「何か……肩身狭いね」
「ああ……いいかアルト、
お前だけは、あっちの世界に行くなよ?」
「あ、あっちの世界って、何それ?」
「お前までいなくなったら俺は泣くぞ?」
「いや、だからあっちの世界ってどうい
「あ、行き止まりじゃない!」
レナの大きな声が、
アルトの小さな声を押し潰す。
前を歩いていたレナ達の前に現れたのは、
まるでお待たせしました、
とばかりに立ちはだかる壁。
行き止まりである。
念のためと思い、
レナは壁をペタペタ触ってみたり、
押してみたりするが、
壁はウンともスンとも言わない。
近くに仕掛け用のボタンやレバーといったものも、
特に見当たらない。
残念ながら、完全な行き止まりだった。
プログ、アルトに続き、ローザも見事に、
外れくじを引いてしまったようだ。
「は、外れだった、ね……」
「ま、まあこういうことも、あるよ、な……」
ぎこちない笑顔を無理やり作りながら、
アルトとプログがレナの方を見ている。
というより、様子を窺っている。
特にプログはレナがローザに、
何を言うかが気になってしょうがないようで、
動きが妙に怪しい。
「ごめんなさい、正解の道だと思ったのですが……」
そんな空気の読めない二人はさておき、
レナに申し訳なさそうにローザが謝っている。
ローザも今までの間違いルートとは違い、
結構長く続いた道だったため、
正解ルートだと確信していたようだ。
「まあしょうがないわよ、こんな時もあるって。
じゃ、さっさと戻りましょ」
特に考え込むわけでもなく、
何か変なことを言うわけでもなく、
坦々とそう言い終わると、
クルッと体の向きを変え、
腕時計に目をやりつつ、
レナは来た道を戻っていく。
「……」
「……」
アルトとプログは黙って、
目を合わせてお互い頷き合う。
まあローザだしそりゃそうだよな、と。
2人がそのことを解りあうのに、
言葉は必要なかった。
「……? どうかしました?」
「いや、なんでもないよ」
「そうそう。
ほら、早くレナを追いかけようぜ」
「???」
ただ1人、状況がよくわからず、
頭に?マークを並べているローザを連れて、
アルトとプログも道を戻り始める。
3つ目の分岐点での間違いルートは、
今までのルートとは比較にならないくらい、
長い道のりだった。
途中レナが三たび地図を書くと言い出し、
その足取りが重くなってしまったということもあるが、
レナ達が再び、
分岐点まで戻ってくるのに、10分強もかかってしまった。
15分経過しているため、
入り口の扉が閉まっており、
これ以上、魔物が入り込んでくる可能性はないが、
それでもかなりの時間、そして体力のロスである。
そして何より……。
「次に分岐点来たら、あたしか。
当てられる気がしないんだけど」
「今まで逆パーフェクトだもんね……」
「逆にすげえけどな、
ここまで外すと、何かのネタにできるぜ」
「すいません、お役にたてなくて……」
どうやら体力よりも、
精神的なダメージの方が大きいようだ。
正しいルートの左の道を行く道中、
4人が全く同じ表情をしており、
どんよりとした空気が漂う。
単純に運が悪いだけ、というのは分かっている。
別に誰かがミスをしたわけでもない。
なのでどうしようもない。
そんなことは誰もが分かっている。
ただ、色々と腑に落ちない。
「ここで次に4択とか出てきたら、
あたし発狂しそうなんだけど」
「それはやめてくれ、
俺らじゃ止めきれん」
「でも何かに八つ当たりしたい。
てか今、八つ当たりしたい」
「我慢せい」
「……あーもうッ!
ってかなんでこんなに長いのよ!
大体何で転移装置ってだけで、
こんなに洞窟を長くする必要あんのよ!」
募るフラストレーションを発散することを、
プログに止められたレナが、
堰を切ったかように突然、
子どものようにギャーギャー騒ぎ出した。
「あ、キレた」
「ま、まあまあ……レナ落ち着いて」
牢屋の時を思い出し、
半ば諦め気味にアルトがぽつりと呟く隣で、
ローザがレナを落ち着かせようと話しかけている。
が、ローザも今までの道中でそれとなく、
レナの性格を把握してきたため、
それほど本気ではなく、
軽く宥める程度である。
と、ここでアルトが何かに気付く。
「あ、なんか広い所に出てきたみたいだよ!」
そんなこんなしているうちに、
4人は通路のような道から、
一気に開けた場所に辿り着いた。
この洞窟を作るときに意識的に作られたのだろうか、
一軒家を建てられるくらいの広さに加え、
上を見上げても、
今まであった天井が全く見えず、
暗闇が広がっている。
陽射しが入ってこないことを考えると、
どうやら天井はあるようだが、
かなりの高さにあるようだ。
また、今まで洞窟を照らしてきた淡いピンク色が、
ここではいたる所から発せられており、
今まで以上に明るく、
そしてより幻想的な空間を作り出している。
「すごいね……。
天井が見えないよ」
「それにすごく明るい……。
ここだけ、特別に作られたみたいですね」
その空間の中心部へ歩き、
頭上を見上げながら、アルトとローザが話す。
続いてレナとプログが空間に足を踏み入れる。
「今までとは違う作りってことは、
正解ルートってことか?」
「じゃなかったら、もう攻略無理。
……でも転移装置らしきものはなさそうね」
疲れた表情を見せるレナが、
地図を書きながら部屋を見渡す。
かなり奥まで来たし、広々とした場所で、
ここに転移装置があってもおかしくないのだが、
見渡す限り転移装置らしきものはおろか、
怪しいと感じるものも、一切ない。
というより、何もない。
あると言えば、今来た道の真正面先に、
奥に進めと言わんばかりの、
細い通路があるだけだ。
「もしかしたらここは、
歩くのに疲れた時のための、
休憩場所なのかもしれませんね」
「そういえばローザ大丈夫?
疲れたりとかしてない?」
ローザの『歩くのに疲れた時のための』という言葉に反応し、
レナがローザのそばに歩み寄る。
レナ自身、ルイン駅で働いていたときは、
基本立ちっぱなしのため、
これくらいではまったく疲れてなどいないが、
ローザはふだん、
城の中で生活しているわけで、
歩いたり立っていたりする時間が全く違う。
そのことを忘れていたレナは、
今の言葉でローザの疲労のことを思い出し、
心配になったのだ。
「ありがとう、レナ。
私は大丈夫ですよ」
そんなレナの気持ちをありがたく貰いながらも、
視線を奥の道へ向けるローザ。
どうやら言葉通り、問題はなさそうだ。
「うっし、そしたら先を急ぐか」
一連のやり取りを見ていたプログが、
再び話をすべて取りまとめるかのように言い、
さらに続く奥の道へ、
足を向けようとした、
まさにその時だった。
「待ってくださーい!!」
「……ッ!」
さっき通ってきた手前の道から声がする。
いち早くプログ、レナが身構える。
遅れてアルト、そしてローザ。
「待ってください!!」
男の声だ。
カシャカシャ、カシャカシャ……
小さく乾いた音を次第に大きくさせ、
道の奥から黒い影が姿を現し、
そして周りの光によって、
徐々に人の姿を形作っていく。
徐々に明らかになった、その姿は。
「クライドッ!」
今度はローザが真っ先に声を上げる。
そう、その姿は早朝にローザの護衛を極秘に依頼してきた、
ファースター騎士総長、クライドだった。
「ハアハア……よかった!
皆さん、無事だったんですね!」
息を切らしながら、
クライドが4人の近くに歩み寄る。
……が、その体にはいくつもの切り傷が。
鎧をつけているところは無事なものの、
鎧を付けていない腕や足の部分の服に、
何者かに斬られたような跡がある。
「お、おいその傷!
どうしたんだよ!?」
「な、何があったんですか!?」
その姿にさすがに驚きを隠せないプログが、
クライドの元へ駆け寄る。
続いてアルトが慌てて駆け寄り、
治癒術を使いクライドの傷を癒していく。
「あ、ありがとうございます……。
そ、それより皆さん、
シャックに襲われたりしませんでしたか!?」
「シャック?
あたし達は見てないわよ?
魔物とは戦ったけど……」
「よ、よかった、じゃあ間に合ったのですね!
ローザ様、ご無事で何よりです」
傷を癒してくれたアルトに礼を述べつつ、
クライドが安堵の表情を浮かべながら、
ローザに深くお辞儀をする。
「大丈夫ですよ。
それより、一体何があったのですか?」
「はっ……、
実は今回の一件が何者かによって、
ファースターの内部の者に、
漏れていたようなのです。
そしてシャックの一味数名が、
ローザ様の後を追って、
このダート王洞に向かったとの報告がありまして……」
「何だって!?
すでにバレてたのかよ!?」
「ええ、本当に申し訳ありません……。
どうやら私の部下にも、
シャックの手が伸びていたようで……。
それで、私が急いでここに来たのです」
うつむき加減に、
そしてバツが悪そうに話すクライド。
どうやら彼の部下の中にも、
シャックと繋がる者がいたらしく、
そこから今回の王女の情報が漏れていた、
ということらしい。
それにしても、情報の速さにも程がある。
一体城内でどれほどシャックの魔の手が、
伸びているのだろうか。
「そう……。
でも入り口は?
あなたの部下の門番がいたし、
そもそも15分経過したら、
扉が閉まっちゃうんじゃないの?」
「私がちょうど洞窟の入り口に辿り着いた時に、
部下とシャックと一味が戦っていました。
その場にいたシャックを倒したその時、
その時ちょうど扉が閉まり始め……、
何とかギリギリで間に合いました。
ただ、門の前にいたシャックは全て倒したのですが、
もしかしたらすでに、
何人かが洞窟内に入り込んでいるかも、と思いまして」
レナの問いに、
所々息を切らしながらクライドが話している。
この様子だと長い間、
ずっと洞窟内を走って、
レナ達を追いかけてきたのだろう。
「で、でも僕たちは、
まだ遭遇してないけど……」
「まあ、確かにその状況なら、
洞窟内に入り込んでいても、
おかしくはないわね」
レナが目の前に立つクライド越しに、
今まで通ってきた道を見つめる。
当然、人影や足音は聞こえないが、
クライドの言っていることが本当ならば、
これからは背後からの襲撃に、
より一層気を付けなければならない。
「でもクライド総長、よくこの道がわかりましたね。
僕らなんてすごい迷ったのに……」
「ええ。
私も道は知らなかったのですが、
道中で妙な紙きれを見つけまして……」
「あら? それってもしかして……」
クライドの言葉にローザを始め、
全員が一斉にレナの方に視線を向ける。
妙な紙きれで思い浮かぶものと言えば……
「あれ?
もしかして、
あたしが失くした地図のこと?」
「あ、アレはレナさんが書いたものだったんですね!
助かりました、おかげで迷わずに済みましたよ」
どうやらクライドは、
レナが失くした地図を偶然拾い、
ここまで来れたようだ。
「よかったな、レナ。
お前の書いた地図、
役に立ったじゃねえか」
肩をポンと叩きながら話すプログの顔は、
なぜかニヤニヤしている。
今まで散々いじられた分、
少しでも上げ足を取りたかったのだろう。
この緊急事態で肝が据わっているのか、
はたまた単に心が狭いだけなのか……。
「ま、結果オーライね。
でもその地図をクライド総長が見つけたってことは、
シャックは入り込んでないかもしれないわね。
普通、見つけたら拾うでしょ?」
そんなプログを、
ほぼスルーして話すレナ。
仮にクライドより先に、
シャックの一味が洞窟内に入り込んでいたとしたら、
地図がよっぽど見つかりにくい所に落ちていない限りは、
クライドよりもシャックが、
先に見つける可能性の方が早いはずだ。
それが見つかっていないってことは、
あえて拾わなかったという可能性を除けば、
シャックは洞窟内に入り込んでいないのでは、
レナはそう考えたのだ。
「確かにそうですね。
でも油断はできません、
ワナと思って、
そのままにしていたという可能性も考えられます」
「それもそうだけどね。
ま、どのみちこれからは、
さらに気を引き締めないとダメね」
「そうですね。
ここからは私も、
転移装置までご一緒させてください。
シャックがいないとも限りませんし、
ここまで来た以上、
私にも王女を守る義務があります」
「そうね、それは心強いわ。
とりあえず奥までだけど、よろしく」
シャックが本当にいるかわからないし、
もし入り込んでいたとしたら、
何人いるかもわからない。
レナは、クライドの提案を了承する。
「ま、よろしく」
「クライドがいれば心強いですし安心です!
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
相変わらずクライドに対してぶっきらぼうなプログと、
クライドの腕を知るローザが、
それぞれ挨拶をする。
「こちらこそよろしくお願いします、ローザ王女。
命に代えてもお守りします」
「僕からもよろしくお願いします。
でもこれからは、
背後にも気を遣わないとダメってことか……、
うぅ、緊張するなあ……」
前からはもちろん、
今後は背後からの奇襲にも警戒しなければいけない。
そのことにアルトが、
不安の言葉を口から漏らした、
まさにその時だった。
「しっ、静かに!」
小さな声で、しかし強い口調でクライドがそう言いながら、
腰に携える剣に手を置く。
その声に思わず、アルトの声も止まる。
カサカサ……
音がする。
これから進んでいこうとしていた奥の道からだ。
他の四人もすぐに気づき、素早く身構える。
だが、聞こえる足音が大きくならない、
というより足音が止まる。
クライドを含めた5人は、
それでもしばらく動かず、身構え続ける。
ついさっきまで話していた空間とは、
まるで別の空間にいるような、
静かで息の音一つしない、
無機物な空間を作り出す。
それでも魔物の足音は聞こえてこない。
「向こうであたし達を待っているのかしら?
なかなか頭のいい魔物さんね」
レナが声を押し殺しながら話す。
目を凝らして奥の道を見ても、
魔物の影すら見えない。
ここから魔物を確認するのは不可能のようだ。
「少しずつ、近づいてみようか……」
アルトがゆっくりと、忍び足で奥の道の方へ向かっていく。
続いて、ローザ、プログ、レナ、クライドの順に、
ゆっくりと動き始
キィンキィィィィィィィン!!
「!?」
無機物な空間に甲高い音が響き渡る。
しかも2度。
鋼と鋼がぶつかり合う、
なんとも不快な音が、耳を突き抜ける。
「え!?」
不快な音に、しかも予期せぬ方向から、
耳を貫かれたアルトが慌てて後ろを振り返る。
そこには、アルト同様に、
やや青ざめた表情で後ろを振り返るローザ、そして――。
無機物な空間を切り裂いた2度の鋼の音の正体は、
右手に持った長剣、同じく右手に持つ短剣、
そして左手に持つ、
いかにも騎士らしい細身の剣、
3つの剣を頭上でクロスさせ、
互いの力によってカチカチ小刻みに音を鳴らす、
レナ、プログ、そしてクライドだった。




