第125話:べしゃり好き
「…………」
ファースター騎士隊7番隊隊長の問いかけに、
村人たちの間でわずかに、静寂が流れる。
先ほどリョウベラーが発した、2人の名。
前者のレナという人物には、誰一人として聞き覚えがない。
だが。
後者に登場した、プログという名前。
間違いなく、彼だ。
そう、つい30分ほど前に、
確かにこの場にいた、あの青年だ。
「……? あれ?
皆さん、どうしました?」
肯定も否定もしない、
無反応に違和感を覚えたリョウベラーは、
すかさず様子をうかがう。
だが、それでも村人たちは回答をしない。
自分たちは、プログの居場所を知っている。
たった30分前に旅立ったばかりだ、
列車を使用してないとなると、
おそらくまだ、
その辺を歩いているに違いない。
リョウベラーにそれを伝えれば、
おそらく彼は、
プログのことを追いかけるだろう。
犯罪者の居場所を、政府に報告する。
それは決して、裏切りでもなんでもない、
ごくごく自然な行為。
だが――。
「……いや、俺らにゃ覚えがねえですわ」
瞬間、ついに村人の一人が、
沈黙を破った。
「あー……マジっすか」
「はい。こんなド田舎な村ですたい、
犯罪者が村に紛れ込めば、
すぐに分かるもんですが……」
「特に見覚え、聞き覚えはなさそうかい?」
「んだんだ。
ここ1週間くらい、ヨソモノ一人すら、
来ないですがな」
また別の村人が、
助太刀とばかりに取り入る。
国賊を討つよりも、恩義を取る。
それが、村人たちの選んだ決断だった。
それはある種、このファイタルという、
大都会であるファースターと正反対に位置する集落だからこそ、
有り得た行動なのかもしれない。
だが、それでも選んだ村人たちに、
迷いはなかった。
「もしこの村に姿を現すようでしたら、
すぐに騎士隊様へご報告しますだ」
今回だけは。
アルトの無事をサクラへと届けてくれた彼らの恩に免じて、
今回だけは、犯罪者の肩を持ったのだ。
「そっかー。
いないんじゃあ、しょうがないな」
一方、リョウベラーは頭をポリポリと掻きつつ、
いともあっさり、村人たちへと背を向けた。
「そしたら、もし怪しいねーちゃんやおっさんが現れたら、
すぐに報告、よろしっくねー」
「は、はい。
すぐにお知らせしますだ」
「さんきゅー。
それじゃあ、忙しいところ失礼しましたー!」
それだけ言うと、
それ以上の質問、詮索をすることもなく、
わずか数分程度の滞在を終えて、
スタスタと村を後にしてしまった。
残された、数十人の村民達。
「ふうぅぅ~」
「助かっただ……」
まるで熱を帯びた飴細工のように、
一気に緊張がグニャグニャと緩む。
恩を感じてそうしたとはいえ、
結果として、自国のお偉い様に対して、
ウソをついていたのだ、
難が去り、心が解放されるのも無理はない。
「まあ、これくらいは、
してやらねえとだな――」
これでよかったんだろうかと、
最初に呟いていた村民の表情は、
どこか晴々している。
これでよかった。
かつて迷いを持っていた思考は、
すでに前へと向けられていた。
と、ここで。
「でも、見回りがリョウベラー様で、
正直助かったわ」
同じく安堵の表情を浮かべる、
先ほどとはまた別の女性村民。
「ホントホント。
今回の定期視察がリョウベラー様だったのは、
ラッキーだったべ」
「そうそう、あのお方ならそこまで緊張しないし、
深く踏み込んできたりは、しないでくれるしよぉ」
一度は散らばった井戸端会議が再び形成されていき、
先ほどまでのピリピリ感が嘘のように、
村民数十人で議論を交わし始めた。
ワームピル大陸にある4つの街、
ファースター、ファイタル、ルイン、そしてサーティア。
これらの街には毎月、定期視察が入る。
いつの日か固定されているわけではないが、
いずれにせよ月に1回は必ず、7隊長のいずれかが、
異状はないかを確認しに訪れているのだ。
7隊長のうち誰が訪問するのかは、
その時になってみないと分からない。
実際ファイタルの村で、今回の訪問者は、
7番隊隊長のリョウベラーだったが、
前回この地を訪れたのは、
2番隊隊長のシキールだった。
また、7隊長の視察方法も様々だ。
例えばリョウベラーは今回のように、
多少聞き込みをするだけという、
良く言えば効率よく、
悪く言えば手抜きなやり方だし、
シキールの場合は、
村民全員を集め、そのうち数名を指名して、
ここ最近の出来事や懸念事項を述べさせるという、
良く言えば丁寧に、
悪く言えば面倒くさい方法で、
視察を行っている。
「この前のシキール様の時、
オラ指名されちまって、
アワアワしちまったしなあ」
「シキール様は目や言葉は優しいのだけれど、
その中でも何かこう、威厳があるというか……」
「他人を寄せ付けないオーラがあるのよねぇ。
顔は“いけめん”なんだけど、
あたいはちょっと苦手かも」
最初は井戸端会議だったものが、
徐々に他愛もない、
近所のおばちゃん同士で行うようなものへと、
すり替わっていく。
どうやら平々凡々な日常が、
ファイタルに戻ってきた。
……かに思えたが。
「シキール様なんて、全然マシじゃねーか。
その前に来られた、あの方に比べれば……」
ある(・・)男性村民が、
おおよそ平和とは程遠い、
恐怖に怯えた蒼白の顔で呟いた、
その言葉を聞いた瞬間、
「そう、だな……」
「あの人、な……」
すべての村民たちの顔色から、
スーッと血の気が引いていく。
「怖かった、なんてもんじゃないわね……」
「恐ろしいなんてもんじゃねえ、
オラ、ホントに殺されるかと思っただ……」
彼らが奥底にしまいこんでいたはずの、
そのおぞましい記憶は、
前回の訪問者であったシキールの、
さらに一つ前に姿を見せた、
ファースター騎士隊、1番隊隊長の記憶。
「ありゃあ、凡人がするような眼じゃねえ、
殺人鬼か、修羅の道を生きてる、
恐ろしい目をしてだがね……」
生気の宿った目をせず、
しかし常に何か獲物を狙うかのような、
まるで人を殺すために生きているかのような、
殺人マシーンのような瞳。
「しかも、あんなに小さいのに……。
まだ15歳にもなっていないんじゃないん?」
「んだんだ、
おそらく13、4歳くらいの子どもだべ」
16歳であるナナズキをさらに下回るであろう、
最年少にして7隊長の中でもっとも格の高い、
1番隊隊長の座にいる、その人物。
「きっと剣の実力もすごいんだろうけれど……。
一体、どうしてああなったのかしら……」
思い返すという行為だけで人々を恐怖へ陥れる、“その者”。
明朗快活、おしゃべり好き男のリョウベラーの登場により、
間接的に不安と恐怖に沈められた村民たちが、
いつも通りの仕事に再び戻ったのは、
もう少し時間が経過してからだった。
「うん、ありゃ間違いなく、
何か隠してたな」
立ち去った村が、
お通夜状態になっていることなど、
露知らないリョウベラーは、
村を出て開口一番、呟いた。
「あの沈黙は、明らかに怪しいよね。
もし身に覚えがないなら、
せめてうーんとか、いやーとか、
何かしらの反応が出て普通だし」
周りに人はいない。
完全なる、デカい独り言だ。
「っつーことは、
レナっていうねーちゃんか、
プログおっさんのどっちか、
あの村に来てたってことッスね」
村の外に止めてある、
部下の用意した移動用の馬をめざし、
リョウベラーは一切止まることなく歩く。
が、同時におしゃべりも一切、止まることがない。
「しかも無言がそれほど長くなかったってことは、
すぐに思い出せたってことだから……。
なるほど、最近来ていた可能性が高いってことか
意外とまだ近くにいるかもしんねーな、こりゃ」
言って、リョウベラーは小さく笑った。
リョウベラーは決して、
定期訪問を手抜きに行っていたわけではなかった。
そして、村民たちの一部の意見を聞き、
この場を犯罪者は訪れていないという言葉を、
すべて鵜呑みにしたわけでもなかった。
いや、リョウベラーは最初から、
良い意味で村民たちの言葉を、
信用していなかったのだ。
「あの村の人たちはどうにも人が良すぎるからなー、
何か事情があれば、
犯罪人のことも庇っちゃうくらい、
人情に厚いッスからね」
まあ、それがあの村の良い所でもあるんだけどと、
リョウベラーは心の中で思う。
田舎の特性と、
少人数での集落で起こる可能性。
両方を熟知したうえで、
この青年は、定期見回りを行い、
そしてあえて、
軽い質問だけを投げかけていたのだ。
もし村民が犯罪人に情がうつったとしたら、
おそらく自分に、
真実を告げることはないだろうと。
「無理くり聞いてソッポ向かれたら、
それはそれで今後が面倒なことになるし」
そしてその時、
自らが無理くり真実を引き出そうとすれば、
村人に不信感を与え、今回だけではなく、
今後の任務に支障が出る可能性があるということを。
村人たちとの友好関係は、
決して崩してはならない。
だからこそ、リョウベラーはそれ以上の、
言葉による詮索を停止した。
国や街を治める方法は、
広義に解釈すると2つに分けられる。
1つは圧倒的な権力を持って、
上から下を押さえつける方法。
そしてもう1つは、
各自治体との友好関係を築き、
彼らと同じ目線に立って、
政を運営する方法である。
ただ、どちらが正しいかと言われれば、
それは一概には言えない。
前者は一見、乱暴な独裁と思われがちだが、
一方で下の者に各自治体を統治する能力がなく、
何か絶対的な権力にすがることで、
自治運営をすることができる状態であれば、
ある種有効な治め方とも言える。
もっとも、根本、大前提として、
その絶対的な権力者が無能であれば、
この統治方法は、一切成立しないのだが。
逆に後者はみんなで国や街を治めると、
なんだか聞こえはいいが、
一方で各自治体の長が、
高い統率能力を有していることが、
この方法の絶対条件となる。
もしその能力に乏しければ、
あっという間に反乱や暴動が蔓延するだろう。
どちらにせよ、
どの方法をとるにしろ、
長所短所は存在する。
(なら、絶対的な存在がいつつ、
各村や町ともしっかり連携が取れる、
友好的なやり取りができれば100点満点っしょ)
それがリョウベラーの、導き出す答えだ。
今は不在だがファースター国王、
そしてクライド騎士総長という、
絶対的な存在がいつつも、
他の街とは7隊長が、友好的な立場の懸け橋となる。
前者と後者のいいとこどりが、
若干17歳のリョウベラーの考える、
理想の統治方法だ。
他の7隊長はどう考えているかは知らないが、
少なくともリョウベラーは、
その信念の下、行動を起こしている。
だからこそ、彼は村民に対して、
決して無理に話を聞き出そうとはしなかった。
強引に事をすすめ、村人たちの信頼を失うなど、
あってはならない。
リスクある行動は、極力とらない。
仮に言葉による情報が集まらなければ、
あとは推察で補えばいい。
言葉では語られなくとも、
例えばウソをつくときに視線を外すといった、
人々に否が応でも現れる、
行動、しぐさによって、
市民たちの言葉の裏に隠された真実を、
見破ればいい。
その洞察力を養っておけば、
表向きは信頼関係を崩すことなく、
必要最低限の会話によって、
必要最大級の真実を得ることができる。
(ま、考えすぎかもしれないッスけどね)
そこまで考えて、
リョウベラーは自嘲気味に笑う。
自分でも、
何となくは気づいている。
別にさっきの場面、
もう少し踏み込んで質問したとしても、
信頼関係が崩れることは、きっとない。
真実を話すかどうかは別にして、
もう1往復程度は、
言葉のやり取りをすることはできただろう。
だが、青年はそれをしなかった。
(ま、石橋は叩いて渡らないと、
100点満点にはならないッスからね)
あくまでも、慎重に慎重を期して。
結果、リョウベラーはすぐに立ち去った。
己の任務を、100点満点なものにするために。
「さて、と。
近くにいるってんなら、
ちょっくら探してみるか」
そう言うと移動用の馬へと身軽に乗……らず、
リョウベラーは不意にパチン、
と指を大きく鳴らした。
「よっしゃ出番だぜ、相棒ッ!!」
村から大きく離れ、辺りには何もないまっさらな草原に、
リョウベラーが発した言葉が、広く響き渡る。
と、次の瞬間。
ピイィィィッ!!
甲高い鳴き声と共に、
おおよそ2メートル近く大きく翼を広げた、
世界最大の鷲と言われるオウギワシが、
青く澄んだ大空から、
リョウベラーをめがけて急降下する。
「来いッ、ロック!!」
「ピイィィッ!!」
右腕を伸ばしたリョウベラーの言葉に呼応するように、
ロックと呼ばれたオウギワシは、
上空数メートルのところで、
降下のスピードを急激に緩める。
そしてバサバサッ! と翼をたたむ大きな音に反し、
まるで小枝に降り立つかのように、
リョウベラーの腕へフワリと降り立った。
常に獲物を狙っているかのような鋭い眼光。
一度突き刺せば致命傷を負わせかねない大きく、
それでいて先端へ向かって鋭利になっていく、
殺傷能力十分のくちばし。
どこからともなく現れた、
相棒と呼ぶ超大型ワシに対し、
リョウベラーはまるで相手が人間であるかのように、
ごくごく自然に語りかける。
「わりい、ちょっとその辺を飛んでもらって、
周りに“例のやつら”がいないか、
調べてもらってもいいかい?」
ピイィィィ! と。
まるで了解したとばかりに、
相棒であるロックはひときわ甲高い鳴き声を発すると、
リョウベラーの伸長をゆうに超える長さを持つ、
威圧感十分の翼を広げ勢いよく、
大空へと再び飛び立った。
「まさにホークアイってヤツだな。
頼むぜ、相棒」
一気に上空へと飛び上がる相棒を、
地上から頼もしそうな、
やや笑みがこぼれる表情をしながら、
リョウベラーは呟いた。
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