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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
128/219

第124話:前へ

「え?」


瞬時に地面を蹴り上げる力を得るべく、

後ろに引いた右足ふくらはぎに全力を傾けていたプログは、

突如告げられた、ある種平和的な解決策に、

慌てて背後へ向かうことを踏みとどまった。


そのせいでふくらはぎにピリッと、

もう少しで肉離れだぞという警告を受けてしまう。


あぶねっ! と自らの足を見つめて内心思いつつ、

プログは改めて、

この村から出ることを促した声が聞こえた方へと、

体を向けた。


そこには相変わらず悲しそうな、

まるでこれから葬式へ向かいます、

と言わんばかりの顔を浮かべる村民たち。


そのうちの一人が、



「サクラさんに、

 アルトの無事を知らせに来てくれたことは感謝する。

 でも、それでも犯罪者をおちおち、

 見逃すわけにも、オラたちはいかねえだ」



ま、そりゃそうだわなと、

プログは思わず喉から言葉が漏れそうになったが、

この場は黙って、話を聞くことにした。



「…………」



スカルドも同様、である。



「だから、早いところ、

 この村から出ていってくれねえか?

 今すぐ立ち去るってんなら、

 オラ達は、何も見てなかったことにするだ」


「んだんだ。

 サクラさんに免じて、ここは見逃してやっから、

 だから早くこの村から離れてぐれ」



別の男が横から、口をはさむ。

すると、



「あたい達がここであんた達を捕まえたら、

 きっとサクラおばちゃん、悲しむから」


「この村みんな、

 サクラさんの寂しそうな姿は、

 もう見たくねえんだ」


「それにアルトだって、

 知り合いのお前らが捕まったって聞いたら、

 いい顔しねえだろうしよぉ」



防波堤が決壊したかのように、

村民たちの思い思いの言葉が、

プログとスカルドの2人へと押し寄せる。



(まぁなんというか……)



どんだけお人好しなんだか、と。

プログは正直思った。


田舎村という特性がそうさせるのか。

はたまた、アルトの祖母、

サクラ・ムライズの人徳がなせる業なのか。


とにかく、他人に対してどれほど甘いことか、と。

青年はそう思わずにはいられなかった。


幼くして両親を亡くし、6歳のころより、

当時18歳だったフェイティ・チェストライという先生のもとで、

孤児として幼少期を過ごしたプログ。


14歳という異例の若さで、

ハンターという、いわば賞金稼ぎとなるまでに感じたのは、

世間というものがどれほど冷たく、

そして無慈悲なものかということだった。


プログはエリフ大陸南東に位置する街、

アックスの孤児院にて育った。


孤児院の中は、

当時17歳だったフェイティという絶対的安心な存在が、

プログを始め、他の孤児たちにとって、

常に安らぎの場所であった。


プログ少年は、

その安らぎがずっと続くと、

信じて疑わなかった。


きっとどこへ行っても、

みんなが優しく接してくれ、

泣きたい時も笑いたい時も、

みんなが一緒にいてくれる。



だが、現実は、あまりにも違った。


世間は、少年が描いていたものほど甘いものでは、

決してなかった。


優しさは、時に裏切りを生み、

悲しみは、時に悦びを生み。

そして笑顔は、時に憎しみを生む。


両親がいないことで、

周りから特異な視線を浴びる。

孤児というだけで、虐げの眼差しで見られる。

たとえどれほど優しい言葉をかけられても、

影ではどれだけ汚い子なのと、

心無い言葉を吐き捨てられる。


表面に浮き出る言葉、行動、表情が、

その人のすべてではないということを、

孤児院の外に出てからプログは、

嫌というほど思い知った。


この世は所詮、自分は自分、他人は他人。


プログ少年はそれから、

人に頼る選択肢を一切排除した。


他人を頼るから、弱みにつけこまれる。

他人をアテにするから、自分が弱くなる。


ならば自分が強くなればいい。

自分自身が圧倒的な強さを誇れば、

誰かを頼る必要も無くなる。


プログ少年はすぐさま、行動に出た。

少年が唯一信頼していた人物にして、

武術を得意にしていたフェイティに、

戦いに関する知識、技能の教えを乞いた。

時にプログ少年、10歳。


願いはただ一つ、自分が強くなるため。


はじめはフェイティの得意としていた槍を用いていたが、

次第に小回りが利き、1人でも戦いやすい短剣を好むようになった。

戦いの基本的技術や心得は先生(フェイティ)から、

そして短剣による立ち回りや攻撃に関しては、

独学で研究を重ねた。


一人で戦えるくらいに、

いや、一人でも圧倒的な強さを見せるくらいに、

少年は強くなりたいと願った。


明確にして一途な目標を持ったプログ少年は、

瞬く間に成長していく。


1日、1週間、1か月、そして1年と。


食べる間も、寝る間も惜しみ、

少年は強さを求めた。


結果、少年は強くなった。

誰にも負けない、

たとえ大の大人を相手にしても軽くあしらえる程度に、

少年は武術を会得した。


だが、それと同時に、

少年はある(・・)ものを失った。


それは幼い人間にとって、

そしてひいては人生において、

とても大事だったもの。


それを少年は、

10歳強ばかりの年齢で、失った。


そして、その失ったものは、

やがて少年の人生を、

大きく変えることとなる――。



「オイ、何をボサッとしてやがる」


「!」



プログはふと、

スカルドの言葉で現実に戻った。

気が付けば、溢れんばかりの数がいた人々が、

いつの間にか消えている。



「ここは見逃すから、

 準備ができたらすぐに立ち去るように、

 だとよ」



その答えは、スカルドの口から聞かされた。

プログが自らの記憶に触れている間に、

どうやら話がついていたらしい。



「ったく、テメーが1人の時ならいくらでも構わねえが、

 俺がいる時にあっち(・・・)の世界に行くんじゃねえよ」


「あ、ああ。

 わりいわりい」


「お前がトロいせいで、

 俺が死ぬことになるなんざ、

 死んでもお断りだぞ」


「そうだな、すまねえ」


「フンッ」



サッサと次の目的地に向かいたいのか、

プログの返答が面白くなかったのか、

スカルドはぶっきらぼうに突き放す。


「そうだな……」



プログは今一度、周りに目を向ける。

最初は外国からの来訪者に色めきだち、

次にアルトの知り合いと聞いて喜び、

しかし次にはお尋ね者と知って蔑み、

そして最後には。


村人たちは、

すでに元の生活へと、帰っていた。


畑を耕し、牛を連れ、野菜を買い、水を汲む。


雲一つない快晴の下、

日常にごくごくありふれた風景に、

ファイタル村民たちはすでに戻っていた。


そう、まるでプログ達のことをきれいさっぱり、

記憶から消し去ったかのように。


確かに居るはずの2人の存在を、

完全に無視するかのように。



「…………」



もう、ここはお前たちがいていい場所ではない。

言葉として聞こえずとも、

プログには村人が、

そう言っているようにしか見えなかった。



「……行こう。

 アルトの無事を伝える目的は、達成できた」



そう、あくまでもここは通過点。

本来の目的、

列車専門の盗賊集団シャックの根城と化した、

王都ファースターの現状観察を達成するための過程でしかない。


紆余曲折はあったが、

ファイタルの人々が、

自分たちの情報をファースター政府、

いや、シャックに漏らしさえしなければ、

それでいい。


プログは歩き出した。

目指すのは、王都ファースター。

村の出口へ向かって、どんどん歩を進める。

スカルドは黙って、その後ろをついていく。


後ろを振り返る必要はない。

もはやファイタルの村人たちと、

交わすべき会話などないのだから。



(……ったく、

慣れないことはするもんじゃねぇな)



心の中でわずかに苦笑いをしながら、

プログは平穏なる谷奥村、

ファイタルを後にした。





「……本当にこれで、よかったんだべか」



彼らがこの村を去って、

およそ30分後。


ファイタルの村人の男が、

ぽつりと呟いた。


その表情は、それほど優れているものではない。

無理くり自らを納得させているかのような、

どこかうかない顔色だ。


“これで”というのはもちろん、

つい先ほどまで滞在していた、

彼らに対する対応の事だった。



「いや、きっとこれでよかったんよ」



今度は別の女性の村民が、

先ほどの男の肩にポン、と手を乗せる。



「たとえ彼らが犯罪者であったとしても、

 アルトの無事を知らせてくれたのは確かじゃないさ。

 サクラさんだってきっと喜んだはずよ。

 捕まる危険だってあったのに、

 あの人たちはわざわざここへ立ち寄ってくれた。

 その恩に、せめて一回くらいは応えてあげないと、ね?」


「でもよぉ……」



なおも苦悩する村人。

プログという犯罪人を、

このまま本当に、

逃がしてしまってよかったのだろうか。

そのことが、頭の中の引っ掛かりから取れずにいた。

だが、



「おばちゃんの言うとおりだべ。

 アイツらきっと、悪い奴らじゃねえべ」


「そうよそうよ!

 あのいけめん達、

 そんな悪人みたいな目、してなかったもん!」


「んだんだ。お尋ね者になっているのも、

 きっとワケがあるだ」



これも田舎の特性か。

瞬く間に人だかりが完成し、

皆々が思いを吐露する。


その意見は、

このまま見逃してよかった、

という意見が大多数だった。



「それに、彼らに恩を返すのなら、

 むしろ早く出て行ってもらってよかったじゃない」



また別の女性が、そう切り出した。



「? なんでさぁ?」


「あら、あんた知らないの?

 今日は――」



と続けようとした、次の瞬間。



「どうも、こんにちわーッ!」



子どもの元気良い挨拶がごとく、

腹から出た空気によく通る声量で聞こえてきた、

青年の声。


井戸端会議中の村民たちが、

声のする方へと目を向けると。



「定期の見回りで来ましたッ!

 ……あれ、皆さんどうしましたー?」



そこには、淡い緑色の短髪をそよ風になびかせる青年が、

村の中心で群がる人々の姿を不思議そうな表情で見つめている。

歳はおおよそ、20歳前後といったところだろうか。



「こ、これはリョウベラー様ッ!!」



その姿を見た途端、

その場にいたすべての村人は僅かに散ると、

我先にと慌てて頭を下げる。



ファースターが誇る騎士隊でトップに立つ、7人の長。

そのうちの一人、7番隊隊長。

それが彼、リョウベラーだ。



「あーそんなそんな。

 皆さん、そんな頭なんて下げなくていいですって!

 俺、そんなんで怒ったりしないッスから!

 ほら、頭を上げてくださいッ!」



人懐っこい笑顔となめらかな口調で、

リョウベラーは遠慮がちに言う。



「あ、ありがとうございます!」



7番隊隊長の言葉を聞いて安心したか、

徐々に村人は、安堵した表情を浮かべながら、

頭を上げ始めた。



「もー、騎士隊だからって、

 そんな気を遣わなくてもいいッスよ」



まるでこの村の住人であるかのように、

ごくごく自然にリョウベラーは笑う。



「いえ、ですが……」


「もしかして、

 俺のほかにそーいうの厳しい奴がいんの?」


「あ、いえ、その……」


「あ、わかった! ナウベルでしょ!

 あのねーちゃん、

 そーゆーのうるせえからなー!

 “それが礼儀よ”とか言いそうだし!

 100点満点はいいんだけど、

 ガッチガチなんだよなーあの人。

 頭固いので1点引いて、

 99点だな、あのねーちゃんは」


「いえ、ナウベル様は決してそのような……」


「あ、違うの?

 んー、そしたら誰だろうなー。

 アーツのオッサンは割と寛容な80点中年だし、

 ナナズキもそういうのは気にしない80点ギャル、

 イグノはバカ10点男だし、シキールは紳士だから、

 あんまり気にしない85点男だし……」



リョウベラーの、

マシンガンのようなトークは止まらない。

イグノはバカだしって、

村人が若干の苦笑いを隠せないでいると、



「あー、わかったわ。

 1番隊隊長の、あの0点ガキんちょか」



その言葉の時だけリョウベラーの表情が、

わずかに曇った。


そして、同様にその言葉が出た瞬間のみ、

村人達の顔がわずかに引きつった。



「図星かぁ」



そのわずかな変化を、

リョウベラーは見逃さない。



「まあ、アイツの事は気にしなくていいッスよ。

 戦い大好きの困ったちゃんで、

 俺らも結構手を焼いてんのよ。

 口も悪いし、ホント気にしないで、ね?」



まるで子共に手を焼く親のように、

苦笑いを浮かべながらそう言い終え、

今度はリョウベラーが軽く頭を下げた。



「そ、そんな、リョウベラー様!

 謝罪なんて恐れ多いですだ!」


「早く、早く頭を上げてください!

 私たちにはもったいない!」



あの誇り高き7隊長が、

自分たちのために、頭を下げた。

村民たちの動揺は、尋常なものではなかった。



「いや、詫びを入れるところは、

 ちゃんとしないと、

 100点満点の男にはなれないからね」



だが、リョウベラーは決して、

彼らに対しての礼儀を疎かにはせず、

しっかりとした口調でそう伝えた。



「いえいえ、

 オラ達にはもったいないお言葉です」


「そんなことはないよ。

 さてそれよりも、だ。

 ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」



会話の随所にやたら点数を入れたがる、

おしゃべり好きなこの少年。

彼がこの場、田舎も田舎な農村、

ファイタルにまで足を運んだ理由は。



「レナっていう金髪のねーちゃんか、

 プログってオッサン、最近見かけなかった?」


「!!」



リョウベラーがこの地を訪れた理由、

それは騎士隊本来の任務である街の定期見回り、

そしてもう一つ、レナ及びプログという、

ワームピル大陸全土に告知されている、

犯罪者達の行方探しだった。


次回投稿予定→11/26 15:00頃

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