第124話:前へ
「え?」
瞬時に地面を蹴り上げる力を得るべく、
後ろに引いた右足ふくらはぎに全力を傾けていたプログは、
突如告げられた、ある種平和的な解決策に、
慌てて背後へ向かうことを踏みとどまった。
そのせいでふくらはぎにピリッと、
もう少しで肉離れだぞという警告を受けてしまう。
あぶねっ! と自らの足を見つめて内心思いつつ、
プログは改めて、
この村から出ることを促した声が聞こえた方へと、
体を向けた。
そこには相変わらず悲しそうな、
まるでこれから葬式へ向かいます、
と言わんばかりの顔を浮かべる村民たち。
そのうちの一人が、
「サクラさんに、
アルトの無事を知らせに来てくれたことは感謝する。
でも、それでも犯罪者をおちおち、
見逃すわけにも、オラたちはいかねえだ」
ま、そりゃそうだわなと、
プログは思わず喉から言葉が漏れそうになったが、
この場は黙って、話を聞くことにした。
「…………」
スカルドも同様、である。
「だから、早いところ、
この村から出ていってくれねえか?
今すぐ立ち去るってんなら、
オラ達は、何も見てなかったことにするだ」
「んだんだ。
サクラさんに免じて、ここは見逃してやっから、
だから早くこの村から離れてぐれ」
別の男が横から、口をはさむ。
すると、
「あたい達がここであんた達を捕まえたら、
きっとサクラおばちゃん、悲しむから」
「この村みんな、
サクラさんの寂しそうな姿は、
もう見たくねえんだ」
「それにアルトだって、
知り合いのお前らが捕まったって聞いたら、
いい顔しねえだろうしよぉ」
防波堤が決壊したかのように、
村民たちの思い思いの言葉が、
プログとスカルドの2人へと押し寄せる。
(まぁなんというか……)
どんだけお人好しなんだか、と。
プログは正直思った。
田舎村という特性がそうさせるのか。
はたまた、アルトの祖母、
サクラ・ムライズの人徳がなせる業なのか。
とにかく、他人に対してどれほど甘いことか、と。
青年はそう思わずにはいられなかった。
幼くして両親を亡くし、6歳のころより、
当時18歳だったフェイティ・チェストライという先生のもとで、
孤児として幼少期を過ごしたプログ。
14歳という異例の若さで、
ハンターという、いわば賞金稼ぎとなるまでに感じたのは、
世間というものがどれほど冷たく、
そして無慈悲なものかということだった。
プログはエリフ大陸南東に位置する街、
アックスの孤児院にて育った。
孤児院の中は、
当時17歳だったフェイティという絶対的安心な存在が、
プログを始め、他の孤児たちにとって、
常に安らぎの場所であった。
プログ少年は、
その安らぎがずっと続くと、
信じて疑わなかった。
きっとどこへ行っても、
みんなが優しく接してくれ、
泣きたい時も笑いたい時も、
みんなが一緒にいてくれる。
だが、現実は、あまりにも違った。
世間は、少年が描いていたものほど甘いものでは、
決してなかった。
優しさは、時に裏切りを生み、
悲しみは、時に悦びを生み。
そして笑顔は、時に憎しみを生む。
両親がいないことで、
周りから特異な視線を浴びる。
孤児というだけで、虐げの眼差しで見られる。
たとえどれほど優しい言葉をかけられても、
影ではどれだけ汚い子なのと、
心無い言葉を吐き捨てられる。
表面に浮き出る言葉、行動、表情が、
その人のすべてではないということを、
孤児院の外に出てからプログは、
嫌というほど思い知った。
この世は所詮、自分は自分、他人は他人。
プログ少年はそれから、
人に頼る選択肢を一切排除した。
他人を頼るから、弱みにつけこまれる。
他人をアテにするから、自分が弱くなる。
ならば自分が強くなればいい。
自分自身が圧倒的な強さを誇れば、
誰かを頼る必要も無くなる。
プログ少年はすぐさま、行動に出た。
少年が唯一信頼していた人物にして、
武術を得意にしていたフェイティに、
戦いに関する知識、技能の教えを乞いた。
時にプログ少年、10歳。
願いはただ一つ、自分が強くなるため。
はじめはフェイティの得意としていた槍を用いていたが、
次第に小回りが利き、1人でも戦いやすい短剣を好むようになった。
戦いの基本的技術や心得は先生から、
そして短剣による立ち回りや攻撃に関しては、
独学で研究を重ねた。
一人で戦えるくらいに、
いや、一人でも圧倒的な強さを見せるくらいに、
少年は強くなりたいと願った。
明確にして一途な目標を持ったプログ少年は、
瞬く間に成長していく。
1日、1週間、1か月、そして1年と。
食べる間も、寝る間も惜しみ、
少年は強さを求めた。
結果、少年は強くなった。
誰にも負けない、
たとえ大の大人を相手にしても軽くあしらえる程度に、
少年は武術を会得した。
だが、それと同時に、
少年はある(・・)ものを失った。
それは幼い人間にとって、
そしてひいては人生において、
とても大事だったもの。
それを少年は、
10歳強ばかりの年齢で、失った。
そして、その失ったものは、
やがて少年の人生を、
大きく変えることとなる――。
「オイ、何をボサッとしてやがる」
「!」
プログはふと、
スカルドの言葉で現実に戻った。
気が付けば、溢れんばかりの数がいた人々が、
いつの間にか消えている。
「ここは見逃すから、
準備ができたらすぐに立ち去るように、
だとよ」
その答えは、スカルドの口から聞かされた。
プログが自らの記憶に触れている間に、
どうやら話がついていたらしい。
「ったく、テメーが1人の時ならいくらでも構わねえが、
俺がいる時にあっち(・・・)の世界に行くんじゃねえよ」
「あ、ああ。
わりいわりい」
「お前がトロいせいで、
俺が死ぬことになるなんざ、
死んでもお断りだぞ」
「そうだな、すまねえ」
「フンッ」
サッサと次の目的地に向かいたいのか、
プログの返答が面白くなかったのか、
スカルドはぶっきらぼうに突き放す。
「そうだな……」
プログは今一度、周りに目を向ける。
最初は外国からの来訪者に色めきだち、
次にアルトの知り合いと聞いて喜び、
しかし次にはお尋ね者と知って蔑み、
そして最後には。
村人たちは、
すでに元の生活へと、帰っていた。
畑を耕し、牛を連れ、野菜を買い、水を汲む。
雲一つない快晴の下、
日常にごくごくありふれた風景に、
ファイタル村民たちはすでに戻っていた。
そう、まるでプログ達のことをきれいさっぱり、
記憶から消し去ったかのように。
確かに居るはずの2人の存在を、
完全に無視するかのように。
「…………」
もう、ここはお前たちがいていい場所ではない。
言葉として聞こえずとも、
プログには村人が、
そう言っているようにしか見えなかった。
「……行こう。
アルトの無事を伝える目的は、達成できた」
そう、あくまでもここは通過点。
本来の目的、
列車専門の盗賊集団シャックの根城と化した、
王都ファースターの現状観察を達成するための過程でしかない。
紆余曲折はあったが、
ファイタルの人々が、
自分たちの情報をファースター政府、
いや、シャックに漏らしさえしなければ、
それでいい。
プログは歩き出した。
目指すのは、王都ファースター。
村の出口へ向かって、どんどん歩を進める。
スカルドは黙って、その後ろをついていく。
後ろを振り返る必要はない。
もはやファイタルの村人たちと、
交わすべき会話などないのだから。
(……ったく、
慣れないことはするもんじゃねぇな)
心の中でわずかに苦笑いをしながら、
プログは平穏なる谷奥村、
ファイタルを後にした。
「……本当にこれで、よかったんだべか」
彼らがこの村を去って、
およそ30分後。
ファイタルの村人の男が、
ぽつりと呟いた。
その表情は、それほど優れているものではない。
無理くり自らを納得させているかのような、
どこかうかない顔色だ。
“これで”というのはもちろん、
つい先ほどまで滞在していた、
彼らに対する対応の事だった。
「いや、きっとこれでよかったんよ」
今度は別の女性の村民が、
先ほどの男の肩にポン、と手を乗せる。
「たとえ彼らが犯罪者であったとしても、
アルトの無事を知らせてくれたのは確かじゃないさ。
サクラさんだってきっと喜んだはずよ。
捕まる危険だってあったのに、
あの人たちはわざわざここへ立ち寄ってくれた。
その恩に、せめて一回くらいは応えてあげないと、ね?」
「でもよぉ……」
なおも苦悩する村人。
プログという犯罪人を、
このまま本当に、
逃がしてしまってよかったのだろうか。
そのことが、頭の中の引っ掛かりから取れずにいた。
だが、
「おばちゃんの言うとおりだべ。
アイツらきっと、悪い奴らじゃねえべ」
「そうよそうよ!
あのいけめん達、
そんな悪人みたいな目、してなかったもん!」
「んだんだ。お尋ね者になっているのも、
きっとワケがあるだ」
これも田舎の特性か。
瞬く間に人だかりが完成し、
皆々が思いを吐露する。
その意見は、
このまま見逃してよかった、
という意見が大多数だった。
「それに、彼らに恩を返すのなら、
むしろ早く出て行ってもらってよかったじゃない」
また別の女性が、そう切り出した。
「? なんでさぁ?」
「あら、あんた知らないの?
今日は――」
と続けようとした、次の瞬間。
「どうも、こんにちわーッ!」
子どもの元気良い挨拶がごとく、
腹から出た空気によく通る声量で聞こえてきた、
青年の声。
井戸端会議中の村民たちが、
声のする方へと目を向けると。
「定期の見回りで来ましたッ!
……あれ、皆さんどうしましたー?」
そこには、淡い緑色の短髪をそよ風になびかせる青年が、
村の中心で群がる人々の姿を不思議そうな表情で見つめている。
歳はおおよそ、20歳前後といったところだろうか。
「こ、これはリョウベラー様ッ!!」
その姿を見た途端、
その場にいたすべての村人は僅かに散ると、
我先にと慌てて頭を下げる。
ファースターが誇る騎士隊でトップに立つ、7人の長。
そのうちの一人、7番隊隊長。
それが彼、リョウベラーだ。
「あーそんなそんな。
皆さん、そんな頭なんて下げなくていいですって!
俺、そんなんで怒ったりしないッスから!
ほら、頭を上げてくださいッ!」
人懐っこい笑顔となめらかな口調で、
リョウベラーは遠慮がちに言う。
「あ、ありがとうございます!」
7番隊隊長の言葉を聞いて安心したか、
徐々に村人は、安堵した表情を浮かべながら、
頭を上げ始めた。
「もー、騎士隊だからって、
そんな気を遣わなくてもいいッスよ」
まるでこの村の住人であるかのように、
ごくごく自然にリョウベラーは笑う。
「いえ、ですが……」
「もしかして、
俺のほかにそーいうの厳しい奴がいんの?」
「あ、いえ、その……」
「あ、わかった! ナウベルでしょ!
あのねーちゃん、
そーゆーのうるせえからなー!
“それが礼儀よ”とか言いそうだし!
100点満点はいいんだけど、
ガッチガチなんだよなーあの人。
頭固いので1点引いて、
99点だな、あのねーちゃんは」
「いえ、ナウベル様は決してそのような……」
「あ、違うの?
んー、そしたら誰だろうなー。
アーツのオッサンは割と寛容な80点中年だし、
ナナズキもそういうのは気にしない80点ギャル、
イグノはバカ10点男だし、シキールは紳士だから、
あんまり気にしない85点男だし……」
リョウベラーの、
マシンガンのようなトークは止まらない。
イグノはバカだしって、
村人が若干の苦笑いを隠せないでいると、
「あー、わかったわ。
1番隊隊長の、あの0点ガキんちょか」
その言葉の時だけリョウベラーの表情が、
わずかに曇った。
そして、同様にその言葉が出た瞬間のみ、
村人達の顔がわずかに引きつった。
「図星かぁ」
そのわずかな変化を、
リョウベラーは見逃さない。
「まあ、アイツの事は気にしなくていいッスよ。
戦い大好きの困ったちゃんで、
俺らも結構手を焼いてんのよ。
口も悪いし、ホント気にしないで、ね?」
まるで子共に手を焼く親のように、
苦笑いを浮かべながらそう言い終え、
今度はリョウベラーが軽く頭を下げた。
「そ、そんな、リョウベラー様!
謝罪なんて恐れ多いですだ!」
「早く、早く頭を上げてください!
私たちにはもったいない!」
あの誇り高き7隊長が、
自分たちのために、頭を下げた。
村民たちの動揺は、尋常なものではなかった。
「いや、詫びを入れるところは、
ちゃんとしないと、
100点満点の男にはなれないからね」
だが、リョウベラーは決して、
彼らに対しての礼儀を疎かにはせず、
しっかりとした口調でそう伝えた。
「いえいえ、
オラ達にはもったいないお言葉です」
「そんなことはないよ。
さてそれよりも、だ。
ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」
会話の随所にやたら点数を入れたがる、
おしゃべり好きなこの少年。
彼がこの場、田舎も田舎な農村、
ファイタルにまで足を運んだ理由は。
「レナっていう金髪のねーちゃんか、
プログってオッサン、最近見かけなかった?」
「!!」
リョウベラーがこの地を訪れた理由、
それは騎士隊本来の任務である街の定期見回り、
そしてもう一つ、レナ及びプログという、
ワームピル大陸全土に告知されている、
犯罪者達の行方探しだった。
次回投稿予定→11/26 15:00頃




