表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
125/219

第121話:田舎のあるある

ワームピル大陸の首都、ファースター。

その遥か北の方角に位置するのが、

レナの故郷であるルイン。

そしてそこからさらに、

ルイン西部トンネルを隔てて、

北西に列車でおよそ1時間走った位置に、

大陸一、人口の少ない田舎村、ファイタルがある。


王都ファースターの住民数が100万人を超えるのに対し、

ファイタルの人口は、わずかに数千人レベル。


エリフ大陸に一番近いとされる町、

サーティアでは住民の多くが農業に従事しているが、

ファイタルも同様に多くの村民が、

農業を営んでいる。


だが、サーティアとファイタルの決定的に違う点は、

ファイタルの村民は、兼業農家、

つまり、他の仕事も兼務して行っているということだ。


ファイタルに住む成人の9割近くが、

農業を生業としているが、

その者達は同時に酪農や漁業など、

2つ以上の仕事を、同時にこなしている。


理由は明快だ。

そうしなければ、

生きていけないからである。


ワームピル大陸でもっとも人口が少ないこの村では、

一家庭が一つの仕事と決めつけてしまっては、

集団組織として、必要なピースが埋まらない。


どんなに小さな集合体であったとしても、

組織として必要なピース、

例えば村長や部落長、

住民責任者、生産者といったものは、

集合体の大小にかかわらず、

必ず必要となる要素である。


その絶対に必要な要素を少ない人口数で賄うには、

一人一役では頭数が足りないことがある。


ファイタルがその最たる例である。



「しっかしアレだな、

 いい意味でも悪い意味でも、

 何もない場所だな」


「お前の眼は節穴か?

 人に牛に家に、色々とあるだろうが」


「そういうことを言いたいんじゃねえよ。

 つか、中途半端にボケんじゃねえ」


「そんなこと、俺の知ったこっちゃねえ」


「なあお前さん、理不尽って言葉、

 知っているか?」


「道理に尽くさない、道理に合わないこと」


「そこはボケねえのかよ!」


「うるせえな。

 俺らはヨソモノだぞ。

 ギャーギャー騒いで怪しまれたらどうすんだよ」



およそ数キロ離れた場所に上陸し、

およそ1時間半程度をかけてたどり着いた、

プログとスカルドの会話も、

どこか緊張の糸から外れたものとなっている。


実際、スカルドはそう諌めたが、

完全ある新参者二人に対して、

懐疑的な目線を送る者などいない。


別にそれが当たり前の光景、

というよりはプログとスカルドという異分子に、

まったく気づいていないという表現が正しい。


だが、かといって、

緊張を完全に弛緩させるわけにはいかない。



「平和に見せかけて、

 どこにシャックや騎士隊の野郎共が隠れているか、

 分かったもんじゃねえんだぞ」



スカルドの発したセリフが、

すべてを物語っている。


確かに、見た目はほのぼのした平和。

だが、その表向きだけを、

決して信じてはいけない。


ここは、ワームピル大陸。

プログにとっては敵の総本山、

一方のスカルドにとっては復讐のターゲットである、

王都ファースターが存在する地だ。

目に映る光景が、

必ずしも真実とは限らない。


更に言えば、プログはファースター政府に、

王女誘拐の犯人として追われている身だ。

この大陸のどこに、

魔の手が潜んでいるかなど、

二人には想像もつかない。


だからこそ。



「わかってるよ少年くん、

 行動は慎重かつ慎重に、だろ?」



プログは素直に、

年下少年の言うことに従った。


ここで辺に抗って騒ぎになってしまっては、

自爆以外の何物でもない。


ましてや、アルトの祖母に彼の無事を伝えるという、

ある種目的とは違う行動をこれから起こすというのならば、

なおさらだ。



「まあいい。

 とっとと事を済ませてずらかるぞ」


「オイオイずらかるぞって、

 泥棒じゃねえんだからよ……。

 まあ、それはさておき、

 とりあえず何とか家を探さねえと。

 村の人に聞きこむのはちとリスクがあるしな」


「だが、かといってコソコソ動きをとっていれば、

 それはそれで怪しまれる。

 まずは独自に探してみて、

 しばらくして見つかりそうもなかったら、

 誰かに聞くことも必要だぞ」


「オーケーだ。

 多少骨が折れるし気を遣う作業になっちまうが、

 自然な感じで探してみよう」



かくして新参者の怪しい2人は、

怪しくない通りすがりの人を演じつつ、

この平凡な村のどこかにある、

アルトの祖母が住む家屋を探し当てるべく、

歩き始めた。



のだが。



「あっれ、

 お前さん達あんまり見ねえ顔だな。

 どこから来たんべ?」


「おうおうこりゃ珍しい、

 こんな辺鄙な田舎に外から人が来るたぁ」


「おーいみんな、

 お客さんが来たッぺ~!!」



歩き始めて数分もしないうちに、

あれよあれよと二人のもとへ、

まるで食料を見つけたアリのように、

村人が集まり始める。


「え、いや、その……」



いきなり存在をバラされる格好となったプログは、

そそくさとその場から退散しようとしたが、

時すでに遅し。


気が付けば四方八方、

ファイタルの村人たちに、

周りを囲まれてしまった。


田舎と呼ばれる場所はしばしば、

こういうことが起こりがちであるのだが、

それにしたって、恐ろしい速さである、



「えーと、その……」



突如として四面楚歌状態に見舞われ、

プログは言葉を詰まらせ、



「…………」



さすがに想定外だったか、

スカルドはどこか不機嫌そうな様子で、

口を閉ざしてしまう。


本来ならばそれ見たことかくらい、

スカルドが言い放ちそうなものだが、

今回ばかりは自分もある程度納得して、

導き出した行動のためなのか、

あまり強くは出れていないのかもしれない。


だが、そんな彼らの様子を知る由もない、

ファイタル村民たち。



「お兄さんたち、なにしに来たんけ?」


「ねえねえ、

 あのお兄さん、よく見たら“いけめん”じゃない?」


「えーそう? あたいはあっちの、

 クールな男の子の方がタイプかな~!」



一部の村娘からは、

ちょっと嬉しい言葉も聞こえてくるが、



「あんちゃんたち、

 もしかしてファースターから来たんけ?」


「うへえー、やっぱし都会ともなると服装がちげえなぁ~!」


「いや、もしかしたら違う大陸からかもしれねえぞ?」


「はあー! 世界の旅人ですけ!

 かっくいー!!」



大半は野太い声と、

我先にと近づいてくる野郎どもに、

たちまちイモ洗いのごとく、

もみくちゃにされている。


中途半端なアイドル気分(?)を味わう羽目になったプログは、



「いや、俺たちはアルトの知り合いで……!」



話をするにしても逃げるにしても、

まずは彼らから距離を取りたい、

村人たちの妙な圧力に屈しそうになりながらも、

何とかそのフレーズだけ、絞り出した。



瞬間。



「お? なんだ、お兄さんたち、

 アルトくんの知り合いなん?」


聞き覚えのある名前を耳にしたからだろうか、

今までイモ洗い騒動だった現場が嘘のように、

人々はぴたりと動きを止めた。


あまりにギャップに少しだけ戸惑いながらも、



「ま、まあ知り合いっつーか何というか。

 旅の道中、偶然アルトと知り合ってさ」



いきなりここで逃げだしたら、明らかに怪しまれる。

それを避けるべく、

目的は伝えずにとりあえず、

様子見がてら話を切り出した。


一方のスカルドは、

相変わらず不機嫌な表情で黙っている。

何も言葉を発しないということは、

どうやらプログの行動を支持しているようだ。



「そうかいそうかい。

 アルトは元気だったかい?」


「ああ、元気でやっているぜ。

 色々事情があるみたいで、

 まだこっちには帰れないみたいだけれど」


「そうか……。

 あのアルトが……」


「あの泣き虫アルトが旅をするって聞いたときゃ、

 どうなることかと思ったが……」


「あの子も大人になったわねぇ」



プログの言葉を聞くなり、

村人の大人という大人が、

まるでわが子を見守っているかのように、

安堵の表情を浮かべながら、目を細める。



「そうだ! お前さんたち、

 サクラさんに会っていかねえか?」



不意に村人の一人が、

聞きなれぬ名前を口にした。



「サクラさん?」


「サクラ・ムライズ。

 アルトの母親、ヴェール・ムライズの母親、

 つまりアルトにとってのばあちゃんだ!」



先ほどとは別の男が、意気揚々と声を弾ませる。



「そうだ! アルトが無事なのを聞けば、

 サクラばあさん、きっと喜ぶだで!」


「そうだそうだ!

 おめーさんたち、サクラさんに会うべ!」



ほんの数分前にタイムスリップするかのように、

俄かに周りが騒ぎ始める。

プログは、嫌な予感がした。


そして、その予感はすぐに現実のものとなる。



「よっしゃ、オラが案内するだ!」


「あたしも!」


「ほら、こっちよ!」



堰が決壊したかのように、

ファイタルの村民たちが、

まるで襲い掛かるかのように2人の自由を奪う。



「いて、イテテテテ!!

 おい、ちょっ、腕引っ張んなって!!」


「……………」


「こっちよこっち!」


「ばーさん、きっと喜ぶだでぇ~」


「お、おいスカルドッ!

 お前もなんか言ってやれって……!」


「………………俺が知るか」


「あぁひどいッ!!」


「そもそも貴様の蒔いた種だろうが」



もみくちゃにされながらも、

スカルドは努めて冷静に突き放す。

とはいえ、そう語るスカルドも冷静とは真逆の状況、

右左上下と、体を引っ張られているのだが。



「ンなもん、お前も同意していたじゃねえか!」


「俺は何も喋らなかっただけだ。

 特に同意などしていない」


「卑怯! ンなもん、

 お前のさじ加減じゃねーか!」


「さじ加減もクソもあるか。

 とにかく、お前が何とかしろ。

 そろそろウザったいぞ」


「ンなもん、どうにかできたらとっくにしてるわ!」


「ンなもん、ンなもん、うるせえな。

 いっそのこと、お前ごと全員丸焼きにしてやろうか」


「うわー待て!

 それだけは待てーい!!」


「じゃあ何とかしろ」


「いやだから、

 何とかしろと言われましてもこの状況じゃあ……」



ファイタル村民にはぐちゃぐちゃにされ、

またスカルドからはある意味、

“死”にも近いプレッシャーを受け、

プログは四方八方から物理的にも精神的にも圧を感じつつ、

ドンブラコという表現がまさに合う、

まるで船に乗っているかのように村の奥へと、

半強制的に消えていく。



「う~ん、今の2人、

 どこかで見た顔のような気がするんだけれど……」



お祭りのごとく騒ぐ片隅で、

ポツリと呟かれた、

そのセリフを耳にすることなく。





ヨソモノ2人を乗せた村民号は、

程なくしてある一つの、

民家の前で泊まった。


他の家とさほど変わらない、

どこにでもあるような、

ごくごく平凡な大きさの一軒家。


察するに、ここがアルトの祖母、

サクラ・ムライズの住むところらしい。


コンコン、コンコン。



「サクラさーん、サクラさんやーい!!

 ちょっといいかいー?」



頼んでもいないのに、

船の一部……もとい、

村民の1人が、

何のためらいもなくドアをノックする。



(ちょ、いきなりかよッ)



田舎ゆえになせる業か、

相手の都合を気にすることなく、

いきなり相手を呼ぶ村民に、

プログが少々面食らっていると。



「はいはい、今開けますよぉ」



これも田舎ならではの反応か、

一切疑問を持つことなく、

ドアの向こうから物腰柔らかい女性の声。


まもなくドアがゆっくりと開けられ、

中から一人の老婆が、姿を見せた。


「おやおや、随分と大勢の人ね。

 今日は何かのお祭りだったかしら?」


齢はおそらく70弱くらい、

やや腰をかがめながらも、

しっかりと地に足をつけて立つその女性は、

突如として出現した、

数多の訪問客をキョロキョロ見渡しながら言う。



「えっと……」



さてこの状況をどうやって説明したものか、

とプログが心底くたびれた様子で考え始めようとした、次の瞬間。



「んじゃ俺達の役目はここまでだぁ」


「あとはにーちゃんたちで、

 アルトの事、話してやってくれや」


「オラ達は邪魔になっちまうだろうから、

 これで失礼するだ」



先ほどのすべてをなぎ倒さんとする勢いはどこへやら、

まるで押し寄せた波が再び沖へと帰るように、

民衆はああよかったーだの、

アルトが無事でよかったやだの、

サクラさんも一安心だべだの、

各々晴れやかな表情のまま、

一斉にその場から立ち去って行く。


いよいよ困ったのは、プログ達だ。



「ってオイ!

 ここまで来させといて放置プレイかよ!」



男は心の中に溜まったものをすべて世に出すように言い放つが、

その主張もむなしく、村民たちはあっという間に霧散してしまった。



「くそっ……むちゃくちゃすぎんぜ……ッ!」



突如の出来事に、

プログはそう吐き出すのが精一杯だった。


とはいえ、いつまでもその状況を、

憂いている場合ではない。


「はて……?

 私の記憶も怪しくなってきたかの……?

 お兄さん達、今までどこかでお会いしましたかいな?」



アルトの無事を伝えに来たことも、

いきなり村民たちに連れてこられたことも、

サクラは露知らない。


扉を開けたら突如として現れた、

自らの記憶に存在しない、男と少年。


ただそれだけの情報でしかない。


記憶に存在しない、

つまり初対面の人間が、

突如として家を訪問した。


この事実だけを切り取るならば、

プログとスカルドは今、

大変危険な状況にあるといっていい。


見知らぬ者が自分の元を訪ねてきたとなれば、

まず大抵の人間は、疑いから入る。


そして、一度疑いのフィルタがかかると、

その色目を取り除くことは容易ではない。


言葉で説明しようにも、

その一つ一つの単語すべてに疑いをもたれ、

かといって何か行動を起こそうとしても、

相手は決して、

その行動を手放しで受け入れることはしない。


まず、疑いありき。

人は、そこから入る。



「あ、えーと……」



プログは、次の言葉を急いだ。



「……?」



サクラは頭に?マークを並べながらも、

相変わらず柔らかい表情をしている。


だが、その表情も時が経てばいずれ、

怪訝なものになっていくだろう。


プログ達が、

自分たちが何物なのか、

何の目的で、見ず知らず、

初対面である彼女の元を訪ねたのか、

サクラが100%、

完全に納得するような説明ができなければ、

きっと警



「あんたの孫、アルトは元気だぞ」


「!!」



それまでは、

まるで死んだように気配を消していたスカルドは、

単刀直入に、ストレートに、

真実を包み隠すことなく、

シンプルに事実を告げた。


次回投稿予定→11/5 15:00頃

2週間休載しており、申し訳ありませんでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ