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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
120/219

第116話:クソ野郎の意地

「れ、レナ!

 お前、どうしてここにッ……!!」



突然にして、

あまりにも早すぎる再会に、

イグノはまるで腰を抜かしたかのように、

その場にへたり込むが、

レナは一切その問いに答えることなく、



「あーあー、まったく。

 だらしなさすぎんのよ、あんたは。

 ほらッ」



かわりに何やら黄色い、

15cm程度の緩やかに歪曲した、

複数の棒状の物体を放り投げた。


月夜に綺麗な放物線を描き、

イグノの手の中にしっかりと収まった、

その正体は。



「それでも食べて、

 早くエネルギー補給しなさいよ」



2本のバナナ。

レナは空腹で今にも倒れそうだったイグノに、

バナナを恵んだ。



「バナナはエネルギー補給に、

 即効と持続を持ち合わせた最高の食べ物よ。

 とりあえずそれを食べれば、

 あと10数分くらい体力持つでしょ。

 まったく、なんであたしが、

 ここまで面倒みなきゃいけないんだか……」



気が付けば、

呆れた表情を浮かべるレナは、

イグノのすぐ近くにまで歩み寄っている。



「お前、どうして……」


「話はいーから、

 早くそれ、食べなさいよ。

 あたし達4人と互角にやり合った相手が、

 こんな奴ら相手に負けたってなったら、

 こっちが恥ずかしくなるでしょうが」



まだ状況とバナナを呑み込めていないイグノに対し、

レナは気にかけながらも、冷たくあしらう。


イグノは手に持つバナナを、

うつろな目でしばらく見つめていたが、



「――――ッ!」



堰を切ったかのように、

無我夢中で皮をむき、

むさぼるようにバナナを口の中に押し込む。



「うぅ~~~~ッ!!」



その眼からは、

うっすらと光るものが零れ落ちる。


約2日ぶりの食料。

しかも、地面に転がっていたわけでもない、

正真正銘の美味しい食べ物。

胃に染みる、久々の満足感。


だが、それ以上に、

イグノにとって何よりも嬉しかったのは――。



「レナ・フアンネ。

 騎士総長様から、貴様の話は聞いている。

 一体、何のつもりだ?」



今まで手を止めていたウィルが、

今度こそトドメを刺そうとイグノの方へ、

つかつかと歩んでいくが、



「さっきも言ったでしょ?

 面白そうだから、あたしも混ぜてって」



バナナを口に押し込むイグノの前にレナは立ち、

ニヤリと笑みを浮かべた。

まるで仲間をかばうかのように。

少女はかつての敵のために、立ち塞がった。



「もう一度だけ聞くよ、

 一体、何のつもりだい?」



ペストから再び投げられた問いに対しても、



「面白そうだから混ぜてほしい、

 って言ってんのよ。

 ただ、1対2じゃ不公平だから、

 あたしはコイツの味方についてやる、

 ただ、それだけよ」



トーテンの気温の如く、

レナは涼しげに言い放った。


無論、言葉通りにただ闇雲に、

面白ごとに首を突っ込んだわけではないのだが。


宿屋で主人にイグノという男が今宵、

泊まる予定があるかどうかを確認するところから、

少女の行動は始まっていた。



『ねえ一つ聞きたいんだけど、

 イグノって客は、今日ここに泊まる予定ある?』


『イグノさん……ですか?』


『そっ。なんというかまあ、

 ちょっとした知り合いなんだけど、

 もしかしたら今日いるかなと思って』


『そうでしたか。

 少々お待ちください……。

 うーん、本日のリストには、

 そのようなお客様はいらっしゃらないですね……』


『…………』



そう、主人の最後の言葉から、

レナはすでにこの行動を決めていた。


イグノが、

自らの命が狙われていることを悟ったように、

レナもまた、

近いうちイグノに、

追手が差し向けられるだろうと考えていた。


そして今日、

イグノは宿屋に泊らない。

すなわち、野宿。

クライドから差し向けられた刺客が、

イグノを襲うには絶好の機会。


イグノと別れた当時は、

別に彼がどう生きようが、

こっちの知ったこっちゃない、

レナは意にも介していなかったのが、

それでも、レナはイグノを助けるため、

部屋にあったウェルカムフルーツのバナナを手に、

この極寒の深夜に、トーテンの町中を、

探し回っていたのだ。



「レナ・フアンネ。

 お前もいずれは片づけなければいけない存在だが、

 この場に貴様は関係ない。

 早々に退場してもらおうか」


「隊長になりたくて、

 一生懸命難しい表現を使おうとしてんのね。

 恰好から入ろうとするほどダサいヤツはいないわよ?」


「いいのかい?

 ここで僕たちに刃を向けるのなら、

 君は騎士総長様を完全に敵に回すことになるぞ?」


「残念だけど、

 あんた達の大将は、

 もうとっくの昔にあたし達を敵とみなしているわよ、

 情報が遅すぎるわね、ドンマイ」


「くッ……!

 口数の減らないクソガキがッ!!」



痛快愉快とばかりに笑みを浮かべるレナに対し、

ウィルは思わず吐き捨てるが、



「あーらら、せっかく難しい表現選んでたのに、

 すぐに汚い言葉に逆戻り。

 それじゃあ隊長なんて、夢のまた夢ね」



それすらも、

レナは決して見逃さない。

沸騰を通り越し、蒸発させようかという勢いで、

部下の怒りボルテージを上昇させていく。



「落ち着けよ、ウィル。

 相手の挑発に乗ったら、思う壺だろ」


「わかっているさッ!

 チッ、あのクソガキ、

 絶対に許さねえぞッ!!」



冷静に努めるペストと、

見事に挑発を吸収した、

怒りのウィルが出来上がったところで。



「ふうぅぅぅぅ~……」



レナの背後から、

まるで温泉に浸かったかのような、

じつに幸せそうな吐息を響かせる男が一人。

察するに、どうやら二本のバナナは、

ペロッとたいらげたらしい。


まったくこの男は、

とレナは心底脱力しかけたが、

何とかこらえると、



「んで、あんたはどうするの?」


「へ?」


「こいつらとは戦うのかって聞いてんのよ」



何とも間抜けなイグノの返答に対し、

レナはさらにまくしたてる。



「さっきも言ったけど、

 それだけ食べれば、

 あと少しくらいは動けるでしょ。

 あの二人を倒すってんなら、

 あたしが手を貸してあげるわ。

 さあ、どうすんの?」



前に佇むウィルとペストから視線を外すことなく、

レナは元隊長へと、

半ば叫んで問いかけた。



「う……そ、それは……」



だが、イグノから、

すぐに答えは返ってこない。


かつての部下へ武器を上げることをためらっているのか、

はたまた、三たび要らぬプライドが、

レナの助けを拒んでいるのか。


煮え切らないイグノにしびれを切らしたレナは、



「あんたは悔しくないの!?

 長年忠誠を尽くしてきたクライドに裏切られて、

 部下にも裏切られて、

 あげくその部下の踏み台にさせられて!!

 ダメダメでもなんでもいいけど、

 あんたも男なら、

 腐っても7隊長を担っていたのなら!

 そのプライドに賭けて男の意地の一つや二つ、

 ここで力の限りぶつけてみなさいよッ!!」


「…………ッ!!」



背後で悩める元隊長に対し、

吠えるように叫んだ。


別に彼を励ますとか、

路頭に迷う男を助けたいとか、

そんなつもりは毛頭ない。


自分を本気で殺しにかかる敵がいるのなら、

それが例え町の中であっても、

その場は戦場となる。


ここは戦場だ。


戦う意志のないものが、

この場にいることは許されない。


だがもし、

もしイグノに少し、

ほんの少しでもプライドが、

万人にどれほどけなされても持っていたい、

7隊長だったというプライドがあるのなら。


レナはそれを、確かめたかった。


まあ、それ以上にここで、

この男に倒れられたら困るという、

別の理由もあったのだが。



プライドは、時に己の行動を著しく狭める。

だがその一方で。

プライドは、

意義ある大きなアクションを起こすためには、

常に必要なものとなる。



「…………ッ」



後者のプライドを刺激されたイグノ。

しばらく呆気にとられていた様子を浮かべていたが、

不意にその表情を解くと、



「……上等じゃねぇか」



そう独り言を呟く彼の口元は、

わずかに緩んでいた。


エネルギー補給を終えたイグノは、

瞬時に立ち上がる。

蒼白だった顔色も、

徐々に血の気が戻りつつある。


動ける。


万全ではないが、

それでも先ほどまでとは、まるで違う。


まるで全身に取り付けられていた重石が外れたかのように、

体が軽い。

両手を握れば、指先に力が入る。


力が入れば、戦える。



「サンキューでやンス、

 これでようやく、

 本気で動けるでやンスよッ!」



イグノはすぐさま、

懐から武器を取り出す。



「考えてみれば、

 悩んでいた俺がバカだったでやンスよ。

 ここまで助けられたのに、

 ここで恩を返さなかったら、

 一生後悔するでやンス!!」



霊符と呼ばれる、

符術というイグノが使う独特のための媒介武器。


表面に何やら難しそうな文字が羅列されている、

一見何の役にも立たなそうな紙切れを、

イグノは人差し指と中指を使い、

それぞれ一枚ずつ手に取ると、

ゆっくりと構えに入った。



「女の尻に敷かれて、

 女に護られての戦いとは、

 随分と情けなくなりましたねえ、元隊長サマ」



相手を動揺させる作戦か、

ペストは嫌味たっぷりにそう笑うが、

イグノは意に介せず、レナに話しかけた。



「レナ、お前は前線で、

 ウィルを相手するでやンス」


「いいけど、あんたはどうすんの?

 あんたの動きによっては、

 あたしも戦い方が結構変わるんだけど」


「自由にやってくれていいでやンス。

 俺は後方でペストの動きを見つつ、

 お前の動きに合わせて支援するでやンス」


「そんな難しいこと、

 あんたにできんの?」



レナは半分本気、半分皮肉交じり投げかけたが、

イグノは自信たっぷりに、



「当然でやンス。

 俺を誰だと思っているでや


「いや、あんただから余計不安なんだけど」


「オイッ!

 決め台詞はちゃんと、

 最後まで言わせるでやンスよッ!!」


「ハイハイわかったわかった」



結局いつものパターンじゃないのと、

もはやお約束レベルのやり取りが展開されたが、

今はそれどころではない。



「そこまで言うんなら、

 あんたの言葉を信じて、

 背中、預けるわよ」


「了解でやンス!」



とはいいながら、



「ちなみに、ここでもしあたしを裏切ったら、

 あんたが死ぬまで一生、

 寝た時のあらゆる夢という夢を、

 片っ端から悪夢にしてやるから、

 覚悟しときなさいよね」



ここまで来てあり得ないだろうとは思いつつ、

レナは念のため釘を刺してみる。

(名目上は)面白半分で参加したが、

さすがのレナも1対3では、

明らかに勝ち目がない。


事の一部始終を見る限り、

今更俺たちはグルだったでやンス、

と言われることは、ほぼないだろう。


それでも万が一に備えて。


だが、



「男に二言はないでやンス。

 バナナの恩は、

 ここでしっかり返すでやンスッ!」



レナの心配事は杞憂、

とばかりにイグノは間髪入れずに答えてみせた。


バナナの恩って何よそれと、

レナは眉をひそめかけるが、

すぐに視線と意識を前方の敵へ向け、



「ここ最近、

 良いことが何にもなくて、

 ストレス溜まりまくりだったのよね。

 悪いけどここで思いっきり、

 発散させてもらうわよッ!!」



レナはそれだけ言い捨てると、

素早く1対の双剣を手に、

バネのように小さく身をかがめた瞬間、

目標をめがけて勢いよく突進する。



「つけあがるなよ、たかが一般人が。

 死にぞこないのクソ隊長と共に、

 せいぜい仲良く地獄に落ちるがいいさ……ッ!!」


「たかだか虎の威を借りる狐の人に、

 そんなこと言われる筋合いはないわね」


「吠えてろ、この阿呆がッ!!」



対象とされたウィルもそう言い残すと

長さ1メートル弱の長剣を両手に、

迫りくるレナの脳天をめがけて、

力の限り振り下ろす。


キイィィンッ!!


静かなトーテンの夜に、

剣の交わる金属音がまるで波紋のように響き渡る。


いつもは沈黙を身にまとっているかのような、

静けさであるはずのトーテンの町に、

有機質な音色が交差する。


だが、それでも町民たちは、

たったの一人でも異変に気づくことはない。

彼ら彼女らはいつもの、

何気ないトーテンの夜で眠りについている。



とはいえ、長期戦は好ましくない。

夜の町中でドンパチ始めたなどと一般人に知られ、

警察を呼ばれようものなら、厄介なことになる。


執政代理であるレイに迷惑がかかるだけでなく、

さらには要らぬ不安要素を、

持ち込むこととなってしまう。


ここは素早く、短期決戦。

男女の腕力差も考慮に入れ、

レナはウィルの真上からの攻撃を、

小剣と全腕力を費やしてガードすると、



「動きが大きすぎんのよッ!!」



残った長剣をほぼ丸腰状態の、

脇腹付近めがけて叩き込もうとする。



「させないさッ!!」



素早くペストが、

炎の魔術でレナの動きを封じようとするが、



「迅雷風烈ッ!!」



それより一瞬早く、

イグノが霊符より疾風を解き放つ。


元3番隊隊長が放った風の矢は、

二刀流少女のすぐ脇を駆け抜け、

今にも火球を放とうとしていた、

ペストの右手へピンポイントに直撃。



「ちっ!!」



まるで静電気に触れたかのように、

ペストの右手がバチン、と弾かれる。



「はあぁッ!!」



結果、阻まれるものがなくなったレナの長剣は、

ウィルの脇腹付近の鎧部分へと命中。


まるで中華鍋をお玉でたたいたかのような、

やや鈍い音が響く。


攻撃を繰り出したのが17歳の少女の腕力とはいえ、

武器は長剣だ。


致命的なダメージにはならずとも、

ウィルを決して小さくはない衝撃が襲う。



「クッ……このアマがッ……!!」



全身を鎧で固めたウィルは、

わずかに体がよろめく。

だが何とか体制を立て直すべく、

剣を左右に無秩序に振り回し、時間を稼ごうとする。


だが、その隙を、

自称百戦錬磨の男が見逃すはずがない。



「俺はそんな戦い方なんて、

 教えたはずじゃないでやンスよッ!

 ……そこだッ、電光石火!」



疾風に続きイグノは目の前に突き出した霊符から、

今度は火炎を打ち出す。


まるで羽毛や火が燃え移った、

フラッシュファイヤー現象のように、

瞬く間に地を這い、

炎はまたもやレナの横を通り抜け、

一直線にウィルのおぼつかない、

不安定な左足へと突き進む。



「くそっ!! 間に合――」



何とか火焔を相殺するべく、

後方に控えるペストは慌てて、

火球を生み出そうとするが、



「その程度で元隊長様に勝負を挑もうなんて、

 片腹痛すぎるわねッ!

 ……炎破ッ!!」



レナはペストの打ち放った炎を、

自らの約800℃の蒼炎で難なく打ち消す。


炎を発射させるまでに要した時間は、

レナとペスト、ほぼ同じ。


だが、それでも威力は、

まさに雲泥の差だった。

ペストがこぶし大の大きさだったのに対し、

レナのそれは人間を丸ごと包み込めるようなシロモノ。


まるで熊とウサギ。

ウサギを全力で狩る熊のように、

レナの炎はペストの火球を飲み込み、

そしてはじけ飛んだ。



イグノの放った焔が、

ウィルの左足へ直撃したのは、ほぼ同時。


イグノもそれほど霊符に力を込めていなかったため、

火の殺傷力自体はそれほど大きくなかったが、



「うわぁッ!!」



それでも、足元をぐらつかせ、

大の大人を無様に地に転がす、

それくらいには十分の威力だった。


甲冑の重さも相まってか、

ウィルは堪えることができず、

呆気なく地面へと転んだ。



「ウィ――」



前線の壁を失ったペストは、

一目散に相棒を救おうと咄嗟に駆け出したが、

それよりも一瞬早く。


バシュッ!! 



「ひっ……ッ!」



ウィルの、

冷や汗をにじませた蒼白の顔のすぐ横をめがけて、

地に剣が深々と突き刺さった。


次回投稿予定→9/10 15:00頃

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