第114話:あの男…何回目か
「先日、セカルタでお前に、
冤罪をかけられて逃げられた、
あれからでやンス……」
「はぁ」
特に頼んだわけでもなく、
イグノが勝手に、
事の次第を話し始める。
ぶっちゃけ本当に心の底から、
こやつのクビになった経緯など、
どうでもいいと思っていたレナだったのだが、
たぶん友達もいなくて、
話す相手がいないんだろうなと、
あまりに不憫になり、
とりあえず喋らせるだけ喋らせてみることにした。
「あの後、ファースターに帰った俺は……」
お涙頂戴とばかりに、
さらにイグノが口を開いたのだが、
(あれ?)
レナはここで、ある(・・)事に気づいた。
(クビになったってことは)
喋らせている元7隊長をよそに、
脳細胞が活発に働き始める。
(もう、ファースターの騎士隊には、
所属していない、ってこと……?)
それはレナらしくない、
ようやく頭に浮かびあがった、
任務成功の可能性。
このイグノ、
今でこそ情けない醜態を晒しているが、
紛いなりにも、ファースターが誇る騎士隊、
それを束ねる7人の隊長に選ばれていた男だ。
符術という特殊な札を使った、
中遠距離からの戦闘を得意とし、
前に一度レナ達が対峙した時は、
その戦闘巧者ぶりに、
かなりの苦戦を強いられた相手でもある。
だが、それだけの力を有しているにも関わらず、
なぜか様々な部分が「ズレて」いるのが、
彼の最大の弱点である。
捕えるべき相手が目の前にいる、
しかも宿屋で就寝という無防備状態、
にも関わらず、
なぜか起きて宿屋の外に出てくるまで、
律儀に待ち続けていたり。
また、捕えるべき相手が目の前にいる、
しかも腹痛を起こしているという、
やはり無防備状態であったのだが、
(もっとも、それはレナの演技だったのだが)
わざわざ用を足すまで、
律儀に待ち続けていたり。
とにもかくにも、
一般人なら容易に考えつくであろう、
相手に対する攻略について、
なぜかズレにズレた考えを持って、
自ら状況をややこしくしてしまう、
それがイグノという男なのだ。
実力は申し分なし、
だが、頭が若干弱い。
そんな残念な男から、
ファースター騎士隊という、
金色に輝く箔が剥がれた。
彼はもう、
ファースター騎士隊の関係者ではない。
だが、かといって、
今までの行動、考え、
そして、騎士総長であるクライドからの命令等が、
頭の中から消えたわけではない。
一方レナは、
謎の列車専門の盗賊集団、
シャックの情報を集めるため、
仲間と別れ、
このエリフ大陸へと留まっている。
そして、そのシャックのボスは、
何を隠そうクライドだ。
今のレナには、
情報を探る伝手がまったくない。
となれば、だ。
もしかしたら――。
「ちょっと!
ちゃんと聞いているでやンスかッ!?」
などと考えているうちに、
業を煮やした、かどうかは分からないが、
イグノからいわれのない突っ込みが入る。
好き放題喋らせていたのだが、
どうやらその話も終わっていたらしい。
別にクビの経過を聞かせてなんて、
言った覚えはないんだけどと、
レナは内心思っていたのだが、
「別にクビの経過を聞かせてなんて、
言った覚えはないんだけど」
そのまま口に出してみた。
実際、本当にそう思っていたし、
それに何よりも、
話を先に進めたく、
他愛無い話題などは、
サッサと切り捨てたかった。
「うう……ひどいでやンス……。
こっちは職が無くなったっていうのに……」
「わかったわかった。
あたしが悪かったから、
男のクセに泣き真似するんじゃないわよ」
まったく心底面倒な、
とレナは思っていたが、
これ以上拗ねられてもと、
さすがにそれは口にしなかった。
「んで、クビになったのは気の毒だけど、
あんたは、これからどうすんの?」
代わりに特に差し障りのない、
そこそこ食いついてきそうな質問を投げかけてみた。
いきなり核心の部分を問いかけてみて、
警戒されてしまってはいけない。
急がば回れ、
レナはあえて先を急がない選択をとった。
「こ、この先のことでやンスか?」
「そっ。
辞めちゃったんなら、
次のことを聞くしかないでしょ。
なに、決まってないの?」
「そそそ、そんなことあるワケないでやンス!」
寒さからか焦りからか、
言葉をやや噛みながらイグノはそう声をあげると、
「これから退職金でしばらく遊んで、
それから実家に帰って、家業を継ぐでやンスよ、
そう、家業!」
「家業を継ぐのに、ここにいるってことは、
あんた、元々エリフ大陸の出身なの?」
「え、あ、ち、違うでやンス。
えーと……今は、
今はまだブラついてる最中で、
これからワームピル大陸に戻るところでやンスよ!」
「ふーん。
んで、家業を継ぐって、
何やってんの?」
「家業は農業をやっているでやンスよ。
地元じゃちょっとばっかし有名な、
デカい農家だったでやンスよ!」
へへーんと、
まるでとっておきの自慢話をする子どものように、
イグノは鼻息を荒くしている。
(…………)
なんとまあ不毛な時間なんだろうと、
レナのやる気とテンションは地に落ち、
もはや地中を絶賛掘削中までになっていたが、
それでも懸命にこらえ、
「あっそう。
なら別にこっちが気にする必要もないわね」
若干顔を引きつらせつつも、
レナはそう言葉を絞り出し、
「あ、そうそう――」
さてアイスブレイクも終わり本題へ、
と話を進めようとしたのだが。
「さ、さぁて、そろそろ寒くなってくるし、
宿屋に帰るでやンス!
俺が予約を取った時は、
残り部屋数がギリギリだったでやンスから、
お前もとってないなら、
早いところ取った方がいいでやンスよ!
それじゃ、サヨナラでやンスー!」
「あ、ちょっとッ!!」
言いたいことだけ一方通行に押し付け、
まるで逃げるようにその場を立ち去るイグノを、
レナは必死に呼び止めようとするが、
得てしてこういう時の悪者は逃げ足が速いと、
相場が決まっている。
レナが追跡態勢に入ろうとした時には、
すでにイグノの「イ」の影も、
近くにはない。
逃げられた。
つまり、そういうことだった。
「……ったく、
何であーゆー奴らって、
決まって逃げ足だけ早いのかしらッ!」
やられた、とばかりにレナは、
頭をクシャクシャと少しばかり掻いているが、
すぐに我に返り、
(まあでも、本当に宿屋に泊っているなら、
明日の朝に待ち伏せすればいいし、
もし居なくても、
この寒さで他の町へ移動するとも思えない。
完全に逃げられたワケでもないから、まあいっか)
早々に結論を下すと、
少女はすぐに、宿屋へと向かい始めた。
別にイグノの言葉を、
鵜呑みにしたわけではない。
だが、確かにあの男の言葉も一理はある、
もし例の行方不明事件が完全に解決しており、
元の町並みを取り戻しているとしたら、
宿屋が満室になっていても、
なんら不思議ではない。
辺りはすでに、
黒色の風景が広がっている。
これ以上外に留まるのは、危険。
レナは、宿屋へ急いだ。
「一名様ですね。
空きはございますので大丈夫ですよ」
「…………」
間髪入れずに返ってきた空き部屋有りの言葉に、
レナはもはや、失笑せずにはいられなかった。
宿屋の主人に対してではない、
もちろん、あの阿呆男に対して、である。
元々あの男の言葉など、
さして信用してもいなかったのだが、
ここまで来ると、
呆れを通してもはや感心すらしてしまう。
「しっかしあの男、
何から何まで、ホントにポンコツね」
ありがとうと、
宿屋からカギを受け取りながら伝えるなり、
レナははあ、とため息をついた。
以前の行方不明事件のこともあってか、
宿屋の主人とレナは、顔なじみになっている。
レナが宿屋に入るなり、
主人は目の色を変えながら、
レナの元へと駆け寄ってきた。
そしてあれから謎の行方不明事件が、
ぱったり無くなったこと、
そして宿屋に以前の客足が戻ってきたこと、
そしてトーテンの町に、
徐々に活気が戻ってきていることを、
丁寧に説明してくれたのだ。
部屋を確保してから状況確認を、
と考えていたレナにとっては、
これ以上ないアシスト、説明だった。
感謝の言葉をしきりに口にする主人に対し、
レナは空き部屋はないかと確認した矢先の、
先の言葉である。
あれからトーテンの町に何も起きておらず、
ひとまず安心と思っていたら、
まさかのそれ以上の腰砕けである。
(この感じだと、
さっきアイツが話していた今後のことも、
何か嘘くさいわね)
イグノは先ほど、
実家に帰って家業を継ぐ、
と言っていた。
だが、レナは決して、
見逃さなかった。
言葉を発するのが、
すべてワンテンポ遅れていたことを。
ごくありきたりな話題だったはずなのに、
なぜかたどたどしく話していた、イグノ。
未来の決定事項であれば、
決して詰まるはずのない話題で、
たびたび焦って言葉を口にしていた、あの男。
ここまでの情報を整理すれば、
イグノが発した言葉の信用度など、
一目瞭然だった。
(となると、
アイツはどこへ行くつもりなのかしら)
とりあえず残念な男が発した言葉は横に置いておき、
レナは今一度、考えてみる。
ヘドロレベルに淀んだあの雰囲気から察するに、
イグノが3番隊隊長をクビになったということは、
どうやら信用してもいいと思われる。
元3番隊隊長である、
イグノに残されている、
現実的な選択肢。
1、ハンターとして食いぶちをつなぐ
2、どこか遠くの大陸へ渡り、ひっそりと暮らす
3、命を捨てる覚悟でファースターへ戻り、復職を哀願する
ざっと考えて、このくらいだろう。
だが、どれも長期的なスパンとして考察するに、
あまり有効な選択肢ではない。
まずハンターとして生きる。
今まで紛いなりにも騎士隊として生きていた男が、
ならず者が多く所属するハンターへ、
すぐに順応するとは、到底考えにくい。
2つ目の、隠居生活。
一見ほのぼのしていていい感じに見えるが、
これでは肝心の稼ぎの部分で不安が残る。
そして3つ目の、復職。
こればっかりはイグノの意志によるだろうが、
それでも一度クビになった者が、
簡単に復職できるほど、
騎士隊はきっと、甘いものではないだろう。
どの選択肢をとっても、
イグノにとっては、いばらの道でしかない。
彼は、間違いなくこの先の道を不安視している――。
(……ん? 待てよ?)
レナはここで、
ある一つの可能性に気づいた。
(…………)
その可能性について、
レナは慎重に、検討を始めた。
その可能性を提案するのに抜け、漏れはないか、
考えに考えを重ねる。
チャンスだからこそ、
しっかりと準備、理論武装を怠らず。
宿屋の入り口付近で数分、
レナは無言で思考を張り巡らせたのち、
目の前で急に考え込まれ、
頭に?マークを並べる宿屋の主人に対して、
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど……」
レナはようやく、口を開いた。
トーテンの夜は、
エリフ大陸に存在する4つの街で、
最も気温が低くなる町といってもいい。
その寒さゆえ、
トーテンの夜を屋外で過ごすことは、
自殺行為に等しいとまで言われている。
「はあ……」
それを知ってか知らずか、
イグノは町はずれにある、
草木が生い茂った小さな川のほとりにいた。
まるで誰かに怒られているかのように、
地に体育座りをしたまま、
ため息を繰り返し吐き続けている。
グギュルルルル……。
先ほどから、
空腹の意を示す腹部の音が、
しきりにイグノを襲っている。
だが、今のイグノに、
その音源を断つ術はない。
最後に食べ物を口に運んだのは、2日前。
偶然、道に落ちていたリンゴを見つけ、
アリとの壮絶な奪い合いに勝利してから、である。
「腹、減ったでやンス……」
ポツリと漏れたその言葉は、
明らかに覇気がない。
空腹から満腹にする方法は簡単だ、
どこかの店で食べ物を購入して、
それを摂取すればいい、
ただそれだけである。
ちゃんと説明をすれば子どもでもできる、
簡単な作業。
だが、今のイグノには、
それさえもできない。
なぜなら。
「クビになった身で、
退職金なんか出るわけないでやンス……」
イグノはポケットに手を突っ込んでみる。
指先の感覚で確認できたお金は、ごくわずか。
そのお金はリンゴを1つ買えるかどうか、
程度の金額でしかない。
「明日の昼に買って、
一口ずつ食べれば、
3日くらいは持つか……」
また一つ大きなため息をつき、
イグノはポケットから手を抜いた。
瞬間。
ポロッ。
「!!」
手を引き抜いた瞬間、
大事に大事に温めていたお金の一部が、
ポケットから滑り落ちた。
「ああッ!!」
イグノは慌ててその硬貨を回収しようとしたが、
チャリーンチャリーン……ポチャッ。
不幸にも、
地面を転がった硬貨はあろうことか、
目の前を流れていた川の中へ、
その姿を消してしまった。
川の流れは速く、
硬貨は瞬く間に下流の方へと、
流されていく。
回収は、不可能だった。
「さ、最悪でやンス……」
今にも泣きそうな顔で、
イグノは恐る恐る、
震える手で残ったお金を確認してみる。
雀の涙程度だったお金は、
間違いなく減っている。
明日の昼に買うはずだったリンゴ1つすらも、
もはや買うことができない。
「ああ……」
明日の、唯一の希望を絶たれ、
もはや、言葉すら発することができないイグノ。
この世のすべての“負”を背負い込んでいるかのように、
文字通り、目の前が真っ暗になっている。
助けてくれるものなど、いない。
いるはずがなかった。
「元々孤児だった俺に、
実家なんてないでやンス……」
イグノは後悔していた。
なぜあの時、
咄嗟にウソをついてしまったのか。
少し前にレナと出会った時、
実はその出会いを喜んでいた。
帰る場所もない、金もない、希望もない。
何もかもを失ったイグノにとって、
レナの出現はこれ以上ない、
神から授かった大チャンスだった。
敵とはいえ、
レナは数少ない、
イグノの知り合いだ。
職を失い、金もなく、
行くあてもないと伝えれば、
お情けで何かを恵んでくれるかもしれない。
自分の情けない状況を、
隠すことなく彼女に言えば、
もしかしたら――。
だが、先にも後にもない大チャンスを、
イグノは逸した。
『これから退職金でしばらく遊んで、
それから実家に帰って、家業を継ぐでやンスよ、
そう、家業!』
自分の、あまりにもくだらないプライドのせいで。
『家業は農業をやっているでやンスよ。
地元じゃちょっとばっかし有名な、
デカい農家だったでやンスよ!』
自分の、バカバカしいにもほどがある見栄のせいで。
結果としてイグノは、
必要ない見栄と虚栄心を守ったかわりに、
何も得ることができなかった。
「うう……寒いでやンス……」
夜は更け、気温は低下の一途をたどる。
今宵は、まだまだ寒さが厳しくなる。
リンゴ1つも買うことができない彼に、
宿泊施設などあるハズがない。
すべては、ウソだった。
ウソを塗り固めた結果の、今。
だが、もうどうすることもできない。
日付が変わろうとしているこの時間、
助けを求めようにも、人がいない。
幸い、生い茂る草木のおかげで、
わずか、ほんのわずかではあるが、
今いる場所は他の地点よりも風をよけることができる。
「ちょっと、
体を休めるでやンス……」
イグノは、少し横になることにした。
何をするにも、体が資本。
とにかく今は少しでも体力を回復させ、
明日以降の生きる気力を持たせる。
かつては栄光を誇った、
みすぼらしいイグノは明日を生きるべく、
体を横に
「隊長……隊長ッ!!」
「!?」
懐かしい呼ばれ方に、
イグノはまるで水をかけられたかのように、
思わず飛び上がる。
「やっぱり……隊長だったんですね!!」
イグノの視線の先に、
2つの人間のシルエット。
イグノの前に現れた本日2度目の大チャンス、
それはかつて自分の部下として同行していた、
あの2人だった。
次回投稿予定→8/27 15:00頃




