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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
116/219

第112話:悩む

「……」



盲点だった。



「…………」



冷静に考えてみれば、

確かに思っていたのと違っていた。



「………………」



なぜ、これほど初歩的なミスに、

まったく気づかなかったのだろうか。



「う~ん……」



そう思考が結論付けるたびに、

レナは何度も頭を抱え、

自らが決断したこの道を、

念ずる限り後悔している。



それぞれが別の道を歩むことを決めてから、

夜が明けること一日目。



エリフ大陸の王都セカルタから、

かつて行方不明の怪を探るべく赴いた、

トーテンの村へと続く列車に、

レナは乗車していた。


エリフ大陸に残り、

シャックに関する情報を集める選択をしたレナ。



3国首脳会議が開催される、エリフ大陸。

もしかしたら、

すでにクライドは、

この大陸に入っているのかもしれない。


となれば、この大陸に留まることへの危険度は

まるで絶壁のごとく、

一気に高く跳ね上がる。


それだけではない。


列車に乗っていれば、

いつ、どこで、

どの規模のシャックに襲われるか、

まったく見当がつかない。


自らの知らないところで、

事が進むという恐怖。


対して、その事態に対応するのは、

たった一人。


無論、他大陸に赴くことも危険ではある。

だが、たった一人という戦力と、

見えない敵と戦うという危険性。


プログの提案した3つのルート中、

一番難しく、危険な道ではないか。


そう考え、

レナはこの大陸に留まることを選択した。


元々単独で動くことが多く、

それでいて、

危険な場所に行くことのできる自分なら。


決して過信ではなく、

他の6名のことを思い、

レナはこの道を選んだ。


……つもりだったのだが。



「よくよく考えてみれば」



窓から見える平穏とした風景を背に、

レナはポツリと呟いた。


そう、起こり得る危険が凶悪だからこそ、

レナはエリフ大陸に留まった。


そのはずだった。



だが、レナは気づいてしまった。



「これって、

 何かが起きなきゃ、

 あたしも動きようがないのよね」



そう、危険が多く潜んでいるのは確かなのだが、

この情報収集という任務、

唯一にして最大の難点が、

シャックやクライドが何か行動を起こさなければ、

レナ自身は、何も動けないということだった。


現在レナはセカルタからトーテンへ、

列車で向かっている最中なのだが、

何を隠そう、

本日かれこれ4往復目になる。


昨日仲間たちと別れたのち、

執政代理であるレイに話し、

エリフ大陸内の列車に関するフリーパスをもらい、

本日の朝から早速、

シャックに遭遇するべく列車に乗り込んでいた。



だが、相手は犯罪集団だ。

いつ仕掛けてくるかわからないとはいえ、

めったにお目にかかれるものではない。


1往復目はまあまあ早々出てこないわよね、

2往復目はまだ出てこないかぁ~、

3往復目はちょっと待った、

そして4往復目となれば。



「………………」



そりゃ、言葉も無くなるわけである。


あまりに暇だったため、

2往復目からレナは、

8両が連なる列車のすべてを歩き、

どこかに妙な客はいないか、

シャックと思しき怪しい乗客はいないか、

くまなく探してみた。



だが、結果は。

2往復目に乗った列車の総乗客数が21、

3往復目の列車が19、

そして4往復目、

現在もれなく乗車中の列車は……13。


(探すどころか、

今までの乗客全員、

覚えていられるレベルね)



半ばやけ気味に、レナは笑う。


あまりの少なさに、

怪しい人物をマーク、

という範疇を飛び越え、

今日乗車した人々すべてをマークできる、

そのくらいに、乗客数が少なかった。



(ってかそもそも、

あたしでもわかるくらいに車内で、

あからさまに怪しい動きをするバカがいたら、

とっくに捕まえてるわよね)



駅員を務めていた都合上、

凡人に比べ、多少は観察力に優れるレナである。

だが、とはいえ駅員としてはもちろん、

まだまだ一人前とはいえない。


一方相手は、プロの犯罪集団だ。

犯罪を生業として生活している彼ら。


どれだけ下っ端だったとしても、

凡人以上プロ未満のレナがすぐに見抜けるような、

ダイレクトすぎる怪しさの匂いを、

そうそう充満させているはずがない。


つまるところ、

今までレナがとっていた行動は、

まったく、とまではいかずとも、

ほとんど無意味なものであった。



「はぁ……しくじったわ……」



レナの深いため息は、

とどまることを知らない。


だが、列車はそんなレナの憂いなど、

一切気に留めることなく、

本日も軽快かつリズムよく車速を刻み、

淡々と乗客を、次の目的地まで送り続ける。



『次はトーテン駅、トーテン駅。

 お降りのお客様は、

 お忘れ物のありませんよう、

 お気をつけください』



降車駅を告げる、

人間味溢れる車内アナウンスが、

今日も規則正しく、

乗客達の耳へと流れ込む。


日常にありふれた、

何の変哲もない光景。



『まもなく、トーテン駅、トーテン駅――』



乗客が降り損ねないよう、

優しいアナウンスが再び、

社内全体へと響き渡る。


だが、今のレナにとってはこのアナウンス、

どれほど無慈悲なものに聞こえたか。



どれほどの勢いで目をこすったとしても、

シャックの影など、

微塵も見受けられない。



「まいったわね……」



また一言ぽつりと、

レナの口から言葉が漏れた。


こんなことなら、誰かと行先を、

変えればよかった。


そう思わずにはいられない。


突如として降りかかる災難の危険度でいけば、

おそらく自らに課せられた、

このルートが一番厳しいということは、

レナ自身もわかっている。


だが、長期的な立場に立つと、

このルートが一番、

いわゆる“何も起きない”可能性が高いというのが、

いとも容易く見えてくる。


例えて言うなら、

最大瞬間風速と最大風速と似ている。


最大瞬間風速とは、

瞬間の風速を計測するものである一方、

最大風速とは、

10分間の風速の平均値をとったものである。


初見では最大瞬間風速の強さに、

どうしても目がいきがちだが、

この強風はあくまでも、

ほんの一瞬だけ記録されるものであって、

実は重要視するべきなのは、

常時から10分間という局面を切り取った、

最大風速の方なのである。


仮に最大瞬間風速が80m/s、

最大風速が15m/sの場合と、

最大瞬間風速が50m/s、

最大風速が40m/sの場合を比べてみる。


一見、前者の最大瞬間風速の大きさから、

こちらの方が、

風が強くて危険と思われがちだが、

これはあくまでも一瞬だけの危険であり、

10分間、つまり長期的な視野でみれば、

後者の最大風速40m/sの方がよっぽど、

凶悪で危機的な状況であることが読み取れる。


今の状況に戻すと。


レナのルートは前者、

他のディフィード大陸組やファースター組は、

後者に該当するといっていい。


最大瞬間風速、

つまり凶悪な災難が降りかかる瞬間、

例えばクライドとの遭遇や、

突如として襲い掛かる、

シャックという恐怖だけをきりとれば、

このエリフ大陸に留まる選択が、

一番危険を伴うだろう。


だが、最大風速。

ある期間で平均化した、

危険度で物事をとらえるならば。


レナのルートは最大瞬間風速こそ強烈であるものの、

その他の期間、つまりシャックやクライド、

それに7隊長と遭遇する時間以外は、

何も危険がない状態、

いわば無風といってもいいレベルなのだ。


一方、他の2部隊は、

最大瞬間風速、

つまり大きなインパクトこそないものの、

自分たちにとっては逆風、

要はアウェーの状態のまま、

大陸内を、街中を移動しなくてはならない。

しかも、一切の気の緩みが許されることなく。

常に危険とリスクがつきまとう、

最大風速が強い状態。



どちらがより体力、神経、精神、

そして命を削られるかと考えれば、

それは明らかに、後者の方だった。



「はぁ……」



考えれば考えるほど、

自らの決断に嫌気がさしてしまう。


親切な車内アナウンスは、

まるで川に大きな堰を打つかのように、

いつの間にかパタリと止まっている。


自責と後悔、

そして決して解決できない、

残念な問題を推敲しているうちに、

どうやら、トーテン駅を通過していたようだ。



「う~ん……」



それでも、レナのある種、

呻きにも似た、

モヤモヤ感が晴れることはない。


だが、このモヤモヤを晴らそうにも。



「そういやあたし、

 一人になるの、久しぶりなのよね……」



その事実がレナのもやっとした感じを、

さらに助長させる。


悩みというものは、

誰かに話した時点でほぼ解決していると、

世間ではよく言われる。


だが、口に出せばいいというわけでは、

もちろんない。


悩みを打ち明ける相手がいることで初めて、

その構図が成立するのであって、

ただ独り言をブツブツと唱えるということでは、

この法則は成立しない。



「なんだかなぁ……」



とはいえ、悩みの打ち明け相手がいないから、

という要素だけで、

レナはモヤモヤしているわけではない。



「ちょっと前なら一人でも、

 何てことはなかったのにな」



結局、この言葉にレナの、

感情すべてが凝縮されていた。


今、レナの周り、

つまりエリフ大陸を走る列車内には、

知り合いが一人もいない。


正真正銘、レナは孤独の身だ。


この状況下において、

少し前なら、

ほんの少し前の自分だったら、

きっと何にも感じることはなかっただろう。


父親のような存在の親方、

マレクがいたとしても、

記憶喪失の身で両親はおろか、

身内の存在すら分からないレナにとっては、

いつも孤独を感じずにはいられない状態だったからだ。


事実、少し前に外出をして、

シャックの一味、コウザと対峙した、

あのルイン西部トンネルの時も、

レナは一人だったが、

特に孤独について抗う心は湧いてこなかった。


理由は単純、

それが当たり前だったから。


レナは孤独について、

何の寂しさも感じなかった。

それどころか余計なしがらみがなく、

自由気ままに生きていけるという、

むしろポジティブなイメージ体として、

一人という時間を捉えていた。


だが、今は違う。


同じ孤独という立場に置かれた今。


ファースター最終列車内、

魔物の巣窟と化した中で行動を共にした、

ちょっと頼りなさげなアルト。

そのアルトと共に入った牢屋内で、

何とも胡散臭い雰囲気を醸しながら、

地下水道で顔を合わせたプログ。

その地下水道を抜けた直後、

騎士総長であるクライドから託され、

名もなき公園内で出会った、

元ファースター王女、ローザ。

3人だけではない。

他にも陽気なBBAのフェイティや、

口の悪い天才少年、スカルド。

それに、七星の里のアイドルとも言われる、

意思を持たぬ強き少女、蒼音。


ひょんなことからマレクの元を飛び出し、

今まで出会い、深く関わってきた、この6人。


常に全員が揃うことはなくとも、

レナのそばには、

6人のうち必ず誰かしらがいた。


自分は決して、

意識していたわけではない。

だが、それでも必ず、誰かといること。


いつのまにか、

自らも気づかぬうちに、

それが当たり前になっていた。


そして、今。


レナは一人で、列車と共に揺られながら、

当てもない目的地へ向かっている。



(いなくなってから初めてわかる、

ってのは、まさにこのことを言うのかしらね)



頬杖をつき、

窓からエリフ大陸の壮大な渓谷を眺めながら、

レナはぼんやりと思う。


この風景を一緒に見ている者は、いない。


レナはふと、

昨日の別れ際のことを思いだす。



『ま、ちっとばっかしのお別れだ、

 またちょっとしたら、

 全員で会おうぜ』



真っ先に仲間の輪から離れ、

去り際に言い残した、

プログの言葉。


きっと、ルインにいた頃の自分なら、

気にも留めなかった言葉だろう。


でも、現在の自分なら。

仲間という、

今まで経験したことのない、

同じ意思を持ち、

同じ方向を一緒に向いてくれる人々と、

行動を共にした現在なら。



(全員で会おう、か)



口に含んだばかりのガムのように、

ゆっくり噛みしめてその言葉を反芻し、



「いい言葉じゃないの」



言って、

レナは少しだけ、笑みをこぼした。


自責と後悔、寂しさ、

そしてほんのちょっとの喜びが入り混じった、

17歳の金髪少女を乗せた列車は、

進路を北にとりつつ、

定刻通りに走っていく。


次回投稿予定→8/13 15:00頃

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