第110話:そしてそれぞれの道へ
「……事情はわかった。
それなら、船はこちらで2隻手配しよう。
港にいけば、すぐさま出発できるよう、
兵士たちに通達しておく。
それと一応、通信機ももう2台渡しておくよ。
3部隊にわかれるなら、1台だけでは、
連絡が取れなくなるだろう?」
「もう、何から何まで、
ホントにどーもですっと」
「何、気にすることはないさ。
むしろこちらこそ、
あまり手助けをできず、
こんなことしかできずに申し訳ない」
いやいや、こんなことどころか、
こちらが申し訳なくなるぐらいの厚遇よと、
レナはセカルタの執政代理であるレイに、
小さく苦笑いをする。
エリフ大陸に留まる、
ワームピル大陸の王都ファースターへ向かう、
そして、いまだ謎の多い地、ディフィード大陸へ赴く。
今いる7人のメンバーで、
3つの道を行くことを決断したレナ達は、
その道を進むための足、
すなわち2隻の船を手配してもらいたく、
再びセカルタ城内、謁見室にいた。
もっともスカルドだけは、
俺は行く必要がないとか何とかで、
入城する直前にいつも通り、
勝手に姿を消してしまっており、
今は6人しかいないのだが。
船の大小はあれど国家の船だ、
早々簡単に貸し出しを許してもらえるわけがない、
……はずなのだが、
類まれな頑固さ、
そして特異な義理堅さを持つレイは、
王立魔術専門学校の一件以来、
絶大な信頼を置くレナ達の願いを、
1つ返事で快諾した。
それどころか、
これも国家の最高レベルのツールであるはずの通信機を、
1台だけでは不安だと、
もう2台貸し出すことを提言してくれたのだ。
「ホントに、至れり尽くせりの対応、
感謝しかないぜ」
先のレナの言葉も、
今そう呟いたプログの言葉も、
決して本人たちだけの言葉ではない。
この場にいる他の4人も、
例外なく皆同じ思いしかなかった。
やっぱり若くして人の上に立つ者は、
度量や器が違うものね、
そんなことをレナが考えていると、
「ただ、一つだけお願いがある」
「? 何かしら?」
「おそらくレナさん達なら、
わかってくれるとは思うが」
レイはそう前置きしたうえで、
「ファースターへ向かうときは、
どこかの街の港に船を停めるのではなく、
どこか人気のない場所から、
迂回してファースターへ向かってほしい」
「了解ですっと。
レイから借りた船で、
正規ルートで入港したら、
さすがに大騒ぎになっちゃうでしょうしね」
「なるべくセカルタ製の船、というのが分からない、
ごく一般的な船を用意するつもりだが、
万が一のことがあれば、
こちらも立場が苦しくなってしまうからな、
すまない」
バツが悪そうにしながらも、
はっきりとした口調でレイは言うと、
静かに頭を下げる。
「オイオイ、
執政代理が謝ることなんて、
一つもねーだろ。
こっちが無理ばっか言ってんだからよ」
「そうですよ。
だからレイ執政代理、
どうか頭をお上げください」
「……申し訳ない」
ローザに促され、レイはゆっくりと、
頭をもとの位置へと戻した。
そう、レイは何一つ、
悪いことをしていない。
むしろ、悪いように仕向けているのは――。
「レイ、最後の最後まで、
本当にありがとう。
また何か、新しいことがわかったら、
すぐに連絡するから」
「ああ、わかった。
こちらも何か動きがあれば、
うまく連絡するように努めよう」
レナは、この場の話のクロージングに入った。
ある意味、レイをここまで追い詰めている理由の一つは、
自分たちがいるからだ。
本来ならば、レイは一刻も早く、
他大陸との3国首脳会議に関する事案に、
思考のウェイトを割きたいはず。
にもかかわらず、
自分たちの果てなく面倒な案件に対して、
こんなにも適切に、
それでいて親身に対応してくれている。
だからこそ、
レナは話を切り上げることを急いだ。
ここまでありとあらゆる礼を尽くしてくれている、
この執政代理に対して、
今レナ達がすることのできる最大の恩返し、
それはこの場から早く姿を消すことだ。
そしてレイが思考を切り替えることのできる時間を、
とにかく早く訪れさせることでしか、
彼に恩を返すことは、現状できない。
今、この場にいることは、
自分たちのためにもならなければ、
彼のためにならない。
「それじゃ、とりあえず一区切りってことで、
今まで本当に、どーもでしたっと」
レナは軽く頭を下げ、
すぐさま謁見室を後にした。
執政代理への、
どれほど口にしても言い表せない感謝を抱えながら。
そして、自分たちとレイ、
お互いがお互いにいい方向へ、
すべての道を導くことができるよう、
心の底から祈りながら。
セカルタのあるエリフ大陸は、
一日の寒暖差が非常に激しいことで有名だ。
ちなみに本日は最低気温-9℃に対し、
最高気温は28℃。
その差は35℃をゆうに超えている。
「……その様子だと、
交渉はうまくいったみたいだな」
「どの様子を参考にしたのは知らないけど、
船は用意してもらえたわよ」
いつものごとく、
セカルタ城を出た途端、
スカルドからのお声掛けを受けたレナだったが、
三度目となれば、
その行動は容易に想像できた。
とくに動じる様子もなく、
淡々と質問に受け答えし始める。
それよりもレナが気になったのは、
「それにしてもあんた、
その格好でよく耐えられるわね」
セカルタ王立魔術専門学校特有の、
全身黒々とした法衣に身を包む少年の姿を、
若干額に汗をにじませるレナは、
まるで珍動物でも見つけたかのような表情で、
少年の服装を見つめる。
見てるこっちまで体温が上がりそうな、
全身に熱をため込めそうな出で立ちで、
「エリフ大陸にいる者として、
この程度の気温変化、
寒暖のうちに入らねえよ」
スカルドは文字通り、
クールに言い放つ。
強がる様子や、我慢をしている様子はない。
ただ淡々と、自らが認める事実を口にしている。
(エリフ大陸にいる者として、ねえ)
レナはチラリと、
後方のある人物2人へと、目を向けた。
「いやいや、ンなことねぇよ。
十分クソ暑いっての」
エリフ大陸出身のち、
ワームピル大陸育ちのプログがそう言えば、
「う~ん、この寒暖差、
BBAの体には堪えるわぁ」
生粋のエリフ大陸出身育ちであるフェイティも、
少年の言葉を即座に否定した。
「フン、他人のことなんざ知るか」
どうやら、少年が口にした事実は、
彼にとってだけの真実のようである。
「ま、別にどうでもいいんだけど」
出会い頭の会話もソコソコに、
レナは適当に言葉をつなぐと、
「とりあえず、早いところ行動しましょう。
いつまでもここにいて、
クライドに見つかりでもしたら、
すべてが水の泡よ」
今までの終わり、
そしてこれからの始まりを告げる、
その言葉を発した。
名残惜しさはある。
迷いはある。
そして、不安はある。
それでも、振り切るしかない。
自分の、そしてみんなの安心を掴み取るには、
自分達は今、必ず動かなればならない。
だが、それでも――。
「よっし。
それじゃあ行動開始だな。
何かあったら通信機で連絡頼むぜ。
ほれスカルド、早いところ行こうぜ」
プログは誰よりも早くそう口を開くと、
集団から一歩、足を踏み出した。
「あ、プログ」
「ま、ちっとばっかしのお別れだ、
またちょっとしたら、
全員で会おうぜ」
「……ファースターの騎士総長とやらが動いたら、
すぐに連絡をよこせ、必ずだぞ」
男2人はめいめいにそう言い終えると、
まるでちょっと買い物に行ってきます、
程度の軽い調子で、5人の前から姿を消した。
ファースター騎士隊騎士総長クライドの本拠にして、
列車専門の盗賊集団、シャックの根城と化している、
汚れし王都、ファースター。
3つの部隊の中で、
直接的、可視的な意味合いでは、
最も危険と思われる部隊かもしれない、
プログとスカルド。
「ずいぶん、あっさりだね……」
群衆の波へと消えた彼らを見送り、
アルトはポツリと本音を漏らした。
別れを名残惜しむかのように、
彼らの進んだ道を、
やや焦点の定まらない瞳で見つめている。
「気を遣ったんでしょ」
レナはあっさりと、
アルトの疑問に対して答えを告げた。
自分でも驚くほど、
簡潔に、速攻でその答えが、
思考の中心部に介入していた。
「一時的とはいえ、
誰もが別れるのを惜しむ。
けど、それでは各々出発が遅れてしまう。
だから自分はあえてサッサと出発して、
他の人たちも動きやすくする、
そんなところじゃないかしら」
別れというものは、
よほどの例外を除けば、
おおむね惜しむためにある。
袂を分かつ、
その期間は場合によってそれぞれだが、
別れの期間が長ければ長いほど、
惜別の意は大きくなる。
そして、惜別が大きければ大きいほど、
別れに要する時間は際限なく伸長していく。
だからこそ、プログはあっさりと、
誰からの声も気にすることなく、
一切の迷いなく、
一歩を踏み出した。
己がこの場から、
できるだけ早く姿を消すことにより、
残りの仲間たちが、後に続けるように。
惜別の時から前進の時へと、
この場を状況変化させるために。
プログ、そしてスカルドは、
後ろを振り返らず、前へと進んだ、
きっと、そうに違いない。
レナは自然と、素直に、
そう考えることができた。
今までのレナだったら、
何よアイツ空気読めない男ねやら、
カッコつけちゃってあの男やら、
結構な斜に構えた発言をしていただろう。
だが、ディフィード大陸の王都、
キルフォーで総帥ドルジーハとの一件以来、
レナのプログに対する見方が、
少しずつではあるが、
変わっていっていた。
きっとアイツはアイツなりに、
あたし達に気を遣ってくれたんだろう。
今はすぐに、
そう結論づけることができていた。
「はーい。
ほぼレナちゃんの意見に同意だけど、
BBAからもう一つ」
不意に、今まで静かにしていたフェイティが、
待ってましたとばかりに口を開くと、
「きっとプログちゃんは、
ローザちゃんとみんなが、
最後にしっかり会話できるように、
わざと早くこの場を去ったんじゃないかしら?」
「え? 私、ですか??」
キョトンとする元王女へ向け、
破顔一笑のフェイティは大きく一つうなずく。
「そっ。
ファースター大嫌いのスカルド君がこの場にいたら、
レナちゃん達が、
ローザちゃんとしっかりお話しできないでしょ?
だからプログちゃんは、
あえて自分たちから先にこの場を去って、
スカルド君をBBA達と距離を置かせた。
……ってBBA、推測してみたのだけれど。
どう?」
確かに、とレナはフェィティの言葉に、
妙に納得する。
自らの父を殺された過去から、
ファースター政府へ執拗なまでの復讐心を抱く、スカルド。
彼はまだ、ローザという少女が、
ファースターの元王女の肩書を持つことを知らない。
先ほどだって、
スカルドとローザは王立魔術専門学校での、
あの初対面以来の顔合わせとなったハズなのだが、
まるで空気扱いかのように、
スカルドはローザに対して、
言葉を発することをしなかった。
結果としては、
ローザの正体がバレずに済んだわけなのだが、
このような事情がある以上、
スカルドの前では、
ローザと会話をすることが容易ではない。
したがって。
プログは、惜別の時間を早めるために気を遣ったと同時に、
スカルドをこの場から引き離すことにより、
レナとローザの惜別の時間を、
人為的に作り出した。
プログの小さい頃からの学びの師匠であり、
また武術に対しても先生と敬う、
フェイティの言葉には、
ずしりと重みがあった。
「……ま、師匠のフェイティがそう言うんなら、
もしかしたらそうなのかもね」
だとしたら、プログの計らいは、
レナにとっては非常にありがたいものだった。
「ローザ、ごめんね。
一緒にいてあげられなくて」
今まで我慢していた思いを、
レナは迷いことなく言葉として表現した。
「私は大丈夫。
ありがとう、レナ」
偽りの王女は、
レナの言葉に慎ましく微笑んで見せた。
「ディフィード大陸は、
とにかく寒くてキツいところだけど、
それでも、ここや今のファースターに比べれば、
まだマシなところだから……」
レナは最悪、個々が旅立つ際、
ローザにただの一言も、
声をかけることができないかもしれない、
と考えていた。
「大丈夫ですよ、レナ。
たとえどんなところでも、
私は負けませんから。
それにアルトやフェイティ、
蒼音さんもいてくれてますし」
「……ホント、ごめんね」
今、7人の中で最も命を狙われているローザ。
偽りの王女というレッテルを貼られた少女と、
行動を別にしなければならないとなれば、
心配するな、という方が異常だ。
「それよりもレナの方こそ、お気をつけて。
一人な上に、クライドが近くにいるでしょうから……」
「あたしは大丈夫よ。
元々みんなと会う前までは、
一人で行動すること多かったし。
それに、むしろクライドの方から、
あたしの方へ来たなら、
それはそれで好都合だし」
だが、スカルドという少年がいる以上は、
気安く声をかけられる状況にない、
レナは、とにかく我慢をしていた。
「万が一クライドと遭遇してしまっても、
無理だけはしないでくださいね。
もしレナの身に何かあったら……」
「大丈夫よ、さすがにあたしも、
一人でアイツにケンカを売るほど、
命知らずじゃないわ」
別れる前に、
最後にローザと話すことを。
一緒にいることができず、
自らの立場をこの上なく悔いている、
と伝えるのを。
「ローザが一日も早く、
安全に過ごすことができるように、
あたしもとにかく情報を集めまくるから、
だからローザも、少しだけ頑張ってね」
「レナ……本当にありがとう」
でも、年上の元ハンターのおかげで――。
「よし、僕たちも、
そろそろいこうか。
ローザ、行ける?」
「はい!」
「ごめんごめん、時間とっちゃったわね」
たった今、
アルトの言葉の直前まで、
レナとローザは、
言葉を交わすことができた。
わずか1、2分程度の、
ごく限られた時の流れ。
だが、それでもレナにとっては、
十分だった。
「それじゃレナ、いってきますね」
「うん、いってらっしゃい。
気をつけてね」
2人は軽く、抱擁を交わす。
レナにとって、ローザは2歳ほど歳が上、
つまりお姉さんにあたる。
だが、それでもレナはこの子を護りたい、
そう感じた。
早く自らの故郷であるルインに戻りたい。
自らの父親とも言うべき親方、マレクと再び、
今までと変わらぬ日常を過ごすようになりたい。
そして、いまだ戻らぬ記憶を取り戻したい。
だが、今はそれ以上にこの子を、
ローザを護りたい。
それは何の偽りもない、
レナの本心だった。
ほんの数秒の抱擁を終え、
軽くお辞儀をしたのちに、
ローザ、フェイティ、
そして蒼音は、港へ向けて一歩を踏み出した。
「それじゃ、いってくるよ」
去り際、アルトはレナに向けて、
小さく笑って見せた。
「アルト、フェイティと蒼音、
それにローザのこと、よろしく頼むわね。
とりあえず、
暗黒物質の剣と接触するのがいいと思うわ」
「うん、僕もそのつもりでいるよ。
フロウに事情を話せば、
もしかしたら、
ローザのことを匿ってもらえるかもしれないし」
「元王女とか、クライドに追われているとか、
全部は説明しなくていいわ。
まだ100%、アイツを信用していいわけでもないし」
「オッケー、とにかくフロウに会ってみるよ。
また何かあったら、すぐ連絡するよ」
「ヤバくなったら、すぐに戻ってきていいからね」
了解! と、
アルトは軽く手をあげながら、
前を行く3人の後を追うように、
小走りで駆ける。
徐々にレナとアルト達の距離が、離れていく。
「……アルトッ!!」
自分でも無意識に、
不思議に、レナは叫んだ。
再び名を呼ばれ、
足を止めたアルトに対し、
「絶対に、無事で帰ってきて」
レナはもう一度だけ、
その願いを言葉と共に届けた。
それぞれの想いを胸に分かれ行く、
旅路の待つ先に、
7人すべてが揃うことができるように。
気が付けば、
空の主役は太陽から、
徐々に月へと変わろうとしていた。
ゆっくりと、しかし着実に上る、
厳かな光を放つ月を背にアルトは一言、
「もちろん。
必ず、みんなで戻ってくるから」
それだけ言って、
レナのもとを、
ただの一度も振り返ることなく、
静かに立ち去った。
次回投稿予定→7/30 15:00頃
かなり長くなりましたが、これにて第3章、終了です。
次からは第4章になります。




