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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
110/219

第106話:再び旅立ちの時

「え?」



レナの言葉に、

アルトは驚きの様子を隠せない。



「……すまない」



一方、レナより申し出を受けたレイは、

それほど返答に詰まることはない。


まるでその返答を予期していたかのように、

申し訳なさそうにしながらも言葉を続ける。



「王女を匿いたい気持ちは、

 今も何の変わりもない。

 だが、それ以上に俺には、

 国を護るという使命がある。

 王より預かるこの命を、

 俺は何としても貫かなければならない」


「すべてまで言わなくてもいいわ。

 色々と迷惑をかけてしまって、

 申し訳なかったわね」



レナは謝罪と、感謝をこめて深々と、

執政代理に頭を下げた。


こうするしか、方法はなかった。


クライドがこの場に、

来ることは分かっている。

それはつまりこの場が、

絶対的な安息の地ではなくなることを意味する。


ローザという存在を、

この場からなるべく遠ざける。

その所作自体は、

それほど悪い選択肢ではない。


だが、それと同等なくらい、

レナがずっと考えていたのは、

目の前の執政代理に、

今まで自分たちを厚い待遇でもてなしてくれたレイに、

これ以上迷惑をかけるわけにはいかない、

ということだった。


仮にローザがセカルタ城にこのまま留まるとして、

もしクライドに、ローザが見つかってしまったなら。


そうなれば、

レイは逃げようがない。


身元を確認することもせずに、

得体のしれない人物を匿えるほど、

レイの持つ執政代理という肩書は、

能天気なものではない。


特に相手がクライドともなれば、

ありとあらゆる手を講じて、

レイを陥れるだろう。


そうなってしまえば、

レイは防戦一方になる。

どれほどの弁を並べたところで、

ローザを匿ったという、

何物にも代えられぬ重い事実が、

レイの動きを縛り付けるのだ。


自分たちが無理を言ったせいで、

レイが苦しむ状況になる。

そんな暴挙だけは、

レナは絶対、したくはなかった。


だからこそ、少女は決断した。


ローザをこの場に留まらせることなく、

このセカルタ城を去る。


ローザに危険が及ぶことなく、

かつレイが苦しむことがないよう配慮する。


この2つを同時に達成する選択肢は、

これ以外なかった。


苦渋の選択。

とはいえ、ベストの選択肢ではない。



(ローザに、なんて言えば……)



自分で下した決断とはいえ、

ローザのことを思えば、

とてもじゃないが英断とは言えないものだった。



「すまない」



レイもその気持ちを慮ってか、

必要以上の言葉はかけない。


誰も納得しない、

そして誰もが得をしない結論に、

広いはずの謁見室が、

まるで押し入れに押し込められたかのような、

息苦しい空気が淀む。


誰一人として、言



「まあ、仕方ねえよ。

 クライドが来るってんなら、

 さすがにこの場に残るのはまずいだろ。

 それより、ローザに話をしなきゃ、

 まずいんじゃねえの?」



船を降りてから今に至るまで、

心ここにあらずといった様子だったプログが

まるで今起きましたとばかりに、

俄かに言葉を発した。



「ここであーだこーだ言ってても、

 何も話は進まねえ。

 それよりも、

 もう一人の当事者であるローザに、

 意見を求めた方がいいんじゃねえか?」



どこかまくしたてるように、

プログは続けた。


イライラしているというよりは、

話が先に進まず、

業を煮やした、といった様子だ。



「……それもそうね。

 この場合あたしたちの意見よりも、

 ローザの意見の方が大事だし」


「そうだね。

 僕らよりもローザの方が、

 ずっと辛い思いをしているだろうし」


「諸々すまないな。

 よし、そしたらすぐに王女を……」



レナにアルト、後ろに控えて首を縦に振る蒼音、

そしてレイもプログの言葉に賛同し、

意思決定の最終確認者である元ファースター王女、

ローザをこの場に呼ぶべく、

執政代理が外に控える門番を呼ぼうとした、その時だった。



「大丈夫です、私も皆さんの意見に従います」



キィ、という乾いた金属音に続き、

純粋無垢の声色と共に、

会話の被対象者であるローザは、

どこか意を決したように、

地に足をしっかりとつけるように、

入口付近で立っていた。



「ローザッ!!」



思わず、レナが駆け寄る。

話の内容が、

ローザに関わるものあったことももちろんだが、

それ以上に、

レナが戻ってきてから初めて、

自分の目でローザの無事を確認できたことが、

自然とレナの足を動かしていた。



「よかった……。

 皆さん、よくご無事で……」


「ローザの方こそ!

 大丈夫? 怪我とか不安とかない?」


「私は、大丈夫。

 鳩の件の際は少し取り乱しましたが……。

 でも、もう平気です。

 それよりも……」



レナとの再会を喜びつつも、

ローザはすぐさま、

執政代理の方へと視線を向け、



「レイ執政代理。

 今まで、本当にお世話になりました。

 あなたから受けた恩、

 決して忘れません」



何かを吹っ切ったような、

凛とした佇まいで、

ローザはそう切り出すと、



「これ以上、あなたにご迷惑をおかけできません。

 レナやあなたの意見に、

 私は全面的に賛成します」


「ローザ王女……。

 本当に申し訳ない。

 王族に対する退去指令、

 万事に勝るご無礼であることは……」


「いいえ、レイ執政代理は国を司る者として、

 最善にして当然の決断をしたまでのことです。

 気にすることではありません。

 王女でもない私に対する寛大すぎる処遇、

 本当にありがとうございました」



なおローザのことを王女と呼ぶレイに対し、

元王女は深々と頭を下げた。


まるですべてに終止符を打つかのように。

ここ数日の生活に、

セカルタ城で受けた厚すぎる待遇に、

別れを告げるかのように。


ローザは、頭を下げた。


その時間、およそ10数秒。


そのローザの決意の姿に、

レナ、アルト、プログ、蒼音、

そしてレイは、

ローザが頭を下げている間、

ただの一言も、

声を発することができなかった。


ローザの姿から放たれる、

プレッシャーとは違う、

何かオーラのようなものに圧され、

言葉を口にすることをはばかれる、

そんな感覚を覚えていた。



「私は、大丈夫ですから」



そんな中、再び頭をあげたローザは静かに、

自らの気持ちを落ち着かせるかのように、

そう言った。


その瞳は、しっかりと先を見据えていた。


これから自らに課せられる過酷な試練を、

自分の足でしっかり乗り越えていこう、

その姿はまさに、

ニセ王女のレッテルを貼られる前の、

気高きファースター王女だった。



「わかったわ。

 ローザがそこまで言ってくれるのなら、

 あたし達ももう何も言わないわ」


長い沈黙を破り、

レナはそれだけ言うと、



「レイ。

 今までローザを匿ってくれてありがとう。

 あんたには、どれだけ感謝しても足りないくらい、

 本当に助けられたわ」


「気にしないでくれ。

 むしろこちらこそ、 

 最後までお役にたてずにすまない。

 せめてと言ってはおかしいが、

 貸している通信機を、

 そのまま持っていてくれ。

 もし何かあれば、まだすぐに連絡する」


「何から何までどーもですっと。

 こっちもシャックについて何かわかったら、

 すぐに連絡するから」


「ああ、頼む」



かくして、進路は決まった。

ローザを仲間に再び加え、

セカルタ城を出る。


それは、この場にいる誰もが得をしない、

だが、誰もが納得した答えだった。



「よし、それじゃあ――」



外に出ますか、と続けようと、

謁見室の出口に体を向けたレナだったが、



「あらあらみんな、

 BBAのことを忘れてないかしら?」



まるで舞台袖からススーッと出てくるように、

フェイティに行く手を阻まれた。



「……。

 いや、そんなことはないわよ」


内心ちょっとだけ存在を忘れていたレナがったが、

正直に言うとまた面倒なことになりそうと思い、

サラッと答えた。



「本当に~?

 みんなBBAを置いて、

 出発する気満々だったのかと思っちゃって」


「いくらあたしでも、

 さすがにそこまでひどくないって」


「ホントかしら~?

 もし置いてかれたらBBA、

 ショックでショックで……」



結局どっちに転んでもメンドくさかった、

ウソ泣きポーズを決める30半ばのBBAを、

レナは半ば諦めの境地で見つめる。


もっとも、

ローザの護衛役としてこの場に残していたフェイティだ、

彼女をここから連れ出すということは、

自動的にフェイティがこの場にいる意味を失わせるため、

一緒に連れて行く他ないのだが。



「さて、先生も揃ったことだし、

 そろそろマジで出発しようぜ」



師匠であるBBAを見かねたか、

はたまた再び業を煮やしたか、

プログは仕切り直しとばかりに言って、

それじゃ世話になったな、

とレイに一言だけ告げ、

謁見室を後にした。


3大陸首脳会議が行われるのは今日でなくても、

このセカルタ城から距離を取るために許された時間は、

あまり残されていない。


ぶっちゃけ行く先が決まっていない以上、

レナ達にできるのは、

とにかく早く、

この場から離れることだけなのだ。


あいかわらず、

こういう切り替えたい時は役に立つわね、

レナは去りゆく元ハンターの大きな背中を横目にしつつ、



「それじゃローザ、あたし達も行こっか」


「はいッ!

 レイ執政代理、

 今まで本当にありがとうございました」


「皆様のこれからの行く先に、

 大いなる幸福が訪れることを願っています」


「ありがとうございます。

 3大陸首脳会議の成功、

 僕たちも願っていますので!」



続いてレナやローザ、アルト達も、

謁見室を後にする。


再び旅立つ者へ敬意を表してか、

深々と頭を下げる頑固で義理堅い執政代理、

レイの姿を見送りに、

レナ、アルト、プログ、ローザ、

フェイティ、そして蒼音の6人は謁見室から、

自分たちの拠り所であったセカルタ城から、

自分たちの意志で立ち退いた。





「さて、問題はここからだな、ってか?」


「のわッ!!」


セカルタ城門から足を踏み出すこと、

およそ2歩程度でいきなり声をかけられ、

レナは思わず裏声を漏らす。



「うるせえな。

 もっと声、小さくできねえのかよ?」



木の陰から聞こえる声の主、

スカルドは息をするような、

不機嫌の表情でゆっくりと姿を現した。



「だったら普通に姿を見せて声かけなさいよッ!

 ただでさえあんたの声は心臓に悪いのにッ!」


「ったく失礼なヤツだな。

 12の少年に対して心臓に悪いとは」


「そんじょそこらにいる、

 いたいけな少年12歳なら、

 普通はそうなるんですがねぇッ!

 残念ながら、あんたは普通じゃないのよ、

 ふ・つ・う・じゃ!」


「あー言えばこう言う、

 まったく、本当に可愛げのない女だな」


「そりゃこっちのセリフよ!!!!」



感動の再会どころか、

出会い頭の追突事故のち玉突きとばかりに、

レナとスカルドは互いに、

ノーガードの罵り合いを展開している。



「オイオイ、こんなところで、

 道草食ってる場合じゃねーだろうよ……」


「うッ……そ、そうね。

 今はとにかくこ


「今後のことを考えないと、ってか?」



呆れたプログの言葉により、

レナはまるで喧嘩を止められた犬のようになりながらも、

それでも前を向こうとした矢先の、

天敵(スカルド)からの更なる追い討ち。



(ンットにコイツは……ッ!!)



腹の中は煮えくり返り、

沸騰寸前まで達していたが、

ローザの安全が第一と、

レナはグッとこらえ、話を先に進めることを決断した。


……のだが。



「っと。

 どうでもいいけど、

 あんたは何でここにいんのよ?」



出会い頭のヒートアップですっかり飛んでいた疑問を。

レナはスカルドへ投げかけた。


レナ達は特に時間を決めて城を出た、

というわけではない。

なのにこの目の前にいる天才少年は、

少女たちが城を立ち退いたのと同時に、

この場所にいた。



偶然で片づけるには、

あまりにも不自然なタイミングだった。


あの王立魔術専門学校の前で初めて会った時のように、

また何か、企んでいるのか。


そう思ったのは、

決してレナだけではないだろう。


だが、スカルドはレナの問いには答えず、



「お前ら、この街から出るんだろう?

 ならば俺も行く」


「……は?」



唐突に口にした提案、

というよりも決定事項に、

レナは思わず眉間にシワを寄せる。



「聞こえなかったか?

 前と同様、またお前らについていく、

 と言ったんだ」


「いや、聞こえてるし、

 意味もわかってるんだけど」


「ならいい。

 いつまでになるかはわからんが、

 また世話になるぞ」


(いやいや、勝手に話を進めるなし)



そう呟き、レナは再び眉間にシワを寄せ、

何とも難しい表情を作っている。


基本的に、このスカルドという人物は、

予想外の動きを見せることが多いことは承知している。


だが、それが熟考を重ねたうえなのか、

はたまた突発的に思いついたことなのかは不明だ。



(どういう腹づもりなのかしら)



そして、それは今回も例外ではない。


王立魔術専門学校で一緒に戦った以上、

おそらくスカルドは自分達を、

敵とは認識していないだろう。


だが、この少年が最終的に果たしたい最終目的、

自らの父を死に追い込んだファースター政府、

そしてセカルタ政府への復讐という背景を考えれば、

偽りというレッテルがあるとはいえ、

ファースターの王女として君臨していた、

ローザと一緒に行動することは、

できるだけ避けたい。


それが、レナの本音だった。


だが、



「どうした?

 俺がいるのが不満か?

 それとも、俺がいると不都合でもあるのか?」


「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


「お前らがどこを目指しているかは知らんが、

 どうせまた、遠出でもするんだろ?

 だとするならば、

 俺の魔術はソコソコ役に立つと思うが?」


「いや、まあそうなんだけど……」



天才少年の切れ味鋭い指摘を受け、

レナはさらに悩む。



(下手に断ると、逆に怪しまれるのよね。

ここで面倒事は作りたくないし……。

でも……)


ただでさえ、これからのことを考えるのが面倒事なのに、

さらに頭の隅にこびりつく様な事柄を残すなど、

レナには到底できなかった。


確かに少年の言うとおり、

王立魔術専門学校首席である、

彼の魔術の威力は絶大なものがある。

はっきり言って、かなりの戦力になる。


だが、それにしても、である。

少年が一緒にいるということは、

常にローザに危険が及ぶリスクが伴う。


まさに、もろ刃の剣。


レナだけではなく、

アルトやフェイティ、ローザはもちろん、

初対面の蒼音も困惑の表情を隠せない。


レナは悩んでいた。

この少年を連れて行くか、否か。



「まあ、いんじゃね?

 とりあえず人数は多い方がいいだろ」


その最中、プログはあっさり、

レナの悩みを軽く吹き飛ばすかのように言い放った。


次回投稿予定→7/2 15:00頃

本日より投稿再開です。

これからもよろしくお願いします。

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