第9話:悩める人
「アルト、起きれるか?」
アルトの耳に、
プログの小さな声が届く。
程なくしてアルトは、
まだ眠そうに目をこすりながら、
体を起こした。
「ん……ああ、見張りの交代だね」
「悪いな」
プログはアルトに、
ローザから預かった時計を渡す。
まだ半分しか開いていない目で、
アルトはその時計を確認すると、
時計の針は9時を指している。
「あれ? もう2時間近く経ってたの?」
「まあな、10時にみんなを起こす予定だったから、
あと1時間だけ、頼むわ」
そう言うとプログは、
アルトの寝ていた場所に、
ゆっくりと寝っころがる。
最初は半分ずつの時間を2人で、
とプログも考えていたのだが、
プログ自身、それほど体がしんどいわけではなかったため、
アルトの負担を軽くするために、
わざと長い時間、見張りをしていたのだ。
「ありがとね、プログ。
うーんっと!」
アルトは立ち上がり、
体全体を使って大きく伸びをする。
約2時間という、少々物足りない時間ではあったが、
それでもやはり、少しでも休むと体が軽くなる。
おかげでアルトの体調も、
だいぶ回復したようだ。
「さて……見張り見張りっと」
張りきった様子でアルトは、
ドアの真正面に座りこむ。
しばらくすると、窓から外の様子を窺い、
またドアの真正面へと戻る。
さらにしばらくして、
再び窓から外の様子を見
「ダメじゃないアルト、
見張りは中だけじゃなくて、
外に出て様子を見ることも必要なのよ」
「のぁっ!?」
突然、後ろから声がかかり、
急に後ろから脅かされた子どものように、
背筋をぴんと伸ばしながら、
アルトは思わず変な声をあげてしまう。
慌てて振り向くと、そこにはあくびを、
手で押さえながら立っているレナがいた。
「レ、レナ!?
もしかして起こしちゃった!?
ご、ごめん!」
自分が動き回ったせいで、
1番疲れているレナを起こしてしまったと思い、
アルトは慌てて謝る。
「あーいや、別にアルトのせいで起きたわけじゃないわよ。
もう十分休んだから、起きただけ」
「え? で、でもまだあと30分くらいはあるし、
まだ寝ていた方が……」
アルトが9時半を指す腕時計を見ながら、
心配そうにレナを見る。
レナは十分休んだと言っているが、
実際は2時間半くらいしか寝ていない。
丸1日寝ていなかった人の体力が、
たった2時間半の睡眠、
しかも朝日を浴びながら床に直接寝るという、
条件最悪な状態の中、
完全に回復するはずがない。
「本当に大丈夫だから、
心配、どーもですっと」
しかし、アルトの心配を、
どこかにふっ飛ばすかのように、
レナは手を振りながら笑う。
こうなったらこちらが寝るよう勧めても、
素直に従わないだろう。
「そっか…でも無理だけはし
「しっかし、まさかセカルタに行くとはねえ。
あたし、大陸渡るとか初めてなんだけど」
アルトの言葉を聞いているかいないか、
そう呟くと、レナは窓から外を覗き込む。
その表情は、
いつもの明るさの中にもほんの少しだけ、
故郷を離れる寂しげな影がちらついているように、
アルトは思えた。
「そう、だよね……」
なんて声をかければいいか、わからない。
アルトは曖昧な相槌をすることしかできなかった。
アルトは母親を探すため旅をするという、
十分な準備を経てから、
ファイタルを出てきたため、
特に寂しいという感覚はなかった。
だが、レナは元々、
ルインを出るつもりなどこれっぽっちもなく、
ただ昨日の最終列車を止めるだけのはずだったのが、
成り行きでファースター、
更には隣のエリフ大陸に、
行くことになってしまったのである。
護衛さえ終われば戻れるとはいえ、
道中では何が起こるかわからない。
シャックの動向次第では、
しばらくは戻ることができなくなるかもしれない。
それに、自分たちに対するシャックの疑いが、
完全に晴れたわけでもない。
たった1日でガラリと変わった、
そんな現実を受け止めるだけでも難しい、
この状況の中でも、
レナは常に明るく振舞い、
しかし冷静に物事を判断してここまで来た。
たとえ魔物に襲われても、
レナは怯むことなど一切なく、
すべて倒してきた。
だからこそ、アルトの脳裏には、
ある思いがよぎる。
もしそんなレナがいなかったら、
僕はここまで来れただろうか?
あの牢屋の中、
何とかしてここから脱出しようと試みただろうか?
あの暴走する最終列車を、
止めることができただろうか?
あの最終列車の魔物たちから、
生きて戻ってくることができただろうか?
そして、この先無事にローザの護衛が終わったとして、
本来の目的である母を探すことになった時。
その時にはローザはもちろん、プログ、
そしてレナはいなくなってしまう。
果たして、自分は一人で、
母を追い続けることはできるのだろうか。
誰の力も借りず、たった一人で――。
「ねえ、レナってその……、
ローザをセカルタまで護衛した後って……、
どうするつもりなの?」
アルトはレナに、
質問をぶつけてみる。
「ん? その後?
そうね、その後はさすがにルインに戻るかなあ。
さすがにこれ以上ブラブラしていたら、
親方に怒られちゃうだろうし。
まあセカルタからも、
ルインに向けてきっと列車が出てるだろうし、
それで帰ろうかなとは思ってるけど」
窓の枠の部分に両肘をつき、
相変わらず外を眺めながらレナが答える。
小屋に着いてから2時間半ほど経ち、
太陽の位置が変わったことにより、
窓から入る陽射しの量は、少しだけ弱くなっている。
「そ、そうだよね……。
帰らないと親方さんに怒られちゃうもんね……」
「まあね。
ん? どうかしたの?」
妙に元気のないアルトの声を疑問に感じ、
レナがアルトの方へ振り返る。
窓から差し込む太陽の陽射しが、
アルトに振り向いたレナの横顔を、
腰まで伸びた金髪も合わせて、
綺麗に照らし出す。
アルトにはそんなレナがとても眩しく見えた。
そう、眩しすぎるくらいに。
「い、いや、その……」
「??」
アルトは不思議そうにしているレナの表情を、
ほとんど見ることなく、
下を向いて口ごもってしまう。
狭い空間内から会話が姿を消し、
ローザとプログの静かな寝息だけが、
小屋の中の音をわずかな時間、支配する。
「……その、早く護衛終わらせて、
無事に戻れるといいね」
何か引っかかることがありながらも、
無理やり話をするかのように、
必死に口角をあげてぎこちない笑顔を浮かべ、
アルトが入り口のドアに手をかけながら話す。
「? そうね、どーもですっと」
「じ、じゃあ僕、
ちょっと外を見てくるから!」
アルトはそう言い残すと、
なんだか腑に落ちずに、
キョトンとしているレナを小屋の中に残し、
小屋の外へ、一目散に出て行った。
「……ハァ。ダメだな、僕……」
小屋の外に出るなり、
アルトは大きなため息をつく。
(そうだよ、レナにだってレナの都合があるんだ。
一緒に母さんの手がかりを探してほしい、
なんて言ったら……絶対迷惑だよ。
ダメだ、僕一人で何とかするんだ。
これは僕の問題なんだし。
でも、レナがいてくれたら、
すごい心強かったのにな……)
揺れる胸中を必死にごまかすように、
小屋の周りを歩き続けるが、
それでも言いたいことを言えなかった後悔、
そしてファイタルを出る前には打ち勝ったはずの、
一人でやっていくことへの不安は、
簡単には消えない。
今までのレナの戦っている姿や話している姿、
そしてさっきの陽射しに照らされた姿が、
アルトの脳裏を次々に通過していく。
(僕には、レナは…レナは眩しすぎるよ)
そうぽつりと心の中で呟き、
すべてを打ち払うかのように、
思いっきり首を左右に2~3回振ると、
小屋から少し、離れていった。
「よいしょっと……。
あれ、みんなもう起きてたの?」
時計を見ながら小屋に戻ってきた、
アルトがドアを開けると、
プログとローザが起きていたのはもちろんのこと、
すでに小屋を出る準備まで、
できている状態だった。
時計はちょうど10時を指している。
アルトの戻りが遅かったわけではない、
3人の起きるのが早かっただけだ。
「おうアルト、見張りご苦労、
サンキューな」
「ありがとうございました、
おかげでゆっくり休むことができました」
プログとローザが元気な声で、
アルトに声をかける。
小屋の環境を考えると、
決して万全ということではないだろうが、
2人ともそれなりに体力は回復したようだ。
「さてと、ここから洞窟は……、
すぐそこね、それじゃサッサと行っちゃいますか。
あ、そういえばアルト、
ローザの時計、ちょっと貸して」
クライドからもらった地図をしまいながら、
レナがアルトに話す。
「え? これ? はい」
「どーもですっと。
えへへ、こういうの1回つけてみたかったんだよね~、
どう? 似合ってるでしょ?」
ローザの腕時計を左手首につけながらレナは、
まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものように、
嬉しそうにプログに時計を付けた腕を、
満面のドヤ顔で見せつける。
「うーん、どうだろ……ッ!?」
「はい、じゃああんたはこれから、
5体連続で魔物狩りを一人でよろしくね。
あー、これでしばらく楽できるわー」
レナはプログの話を最後まで聞く前に、
その右足を思いっきり踏んづけると、
怖いくらいに満面の笑みで、
そう言い残しながら小屋から出ていく。
「ちっくしょー、手加減なしかよアイツ……」
冗談のつもりで言おうとしたことを、
途中で遮られた挙句、
足に名誉(?)の負傷を負ったプログは、
痛そうに踏まれた足を、手でさすっている。
「ん、どうしたアルト?
まだ疲れているのか?」
と、いつもだったらここら辺で自業自得でしょ、とか、
気の利いたツッコミをしてくれるはずのアルトが、
何も言ってこないだけでなく、
ドアの方を見ながら、
むしろ冴えない表情していることに気付き、
プログが声をかける。
「え、ああごめん、ボーっとしちゃってて……。
さ、行こうか!」
プログの声で我に返ったアルトは、
その迷いを悟られまいと無理やり元気を出し、
慌てて小屋を出ていく。
「なんだありゃ……それよりいいのか?
腕時計、レナに貸しちまって」
妙なアルトも見送りながらプログは、
残っていたローザへ不意に訊ねる。
アルトが小屋の外を見張りに行っている間に、
レナは起きたローザに頼んで、
腕時計を少しの間貸してもらえないか、
お願いしていた。
そしてローザはセカルタに着くまで、
ということで貸してあげることを、
快く了承したのであった。
「大丈夫ですよ、時計ならもう1つありますし。
それにレナの頼みなら快く引き受けますよ」
「そっか。まあ壊れないように祈っておいた方がいいぜ。
アイツの戦い方は、結構ハードだからな」
「確かに先ほどの戦い方は、
カッコよかったですよね!」
「いやまあ、それとはまたちょっと違うんだが……」
そんな会話をしつつ、2人も小屋を後にした。
ワームピル大陸は他の3大陸に比べ、
1年中穏やかな気候になっており、
4つの大陸のうち、最も住みやすく、
人気のある大陸である。
ただ、一部の地域では山々に囲まれている場所があり、
非常に風が強く吹いている。
レナ達が辿り着いた洞窟がまさにその地域であった。
小屋を出てから魔物にも何回か出くわしたのだが、
すべてプログが1人で倒してきたのであった。
もちろんその間、
レナが後方で常にニヤニヤしていたのは言うまでもない。
そして小屋を出て10分もしないうちに風が吹き始め、
30分弱で王族専用の洞窟、
ダート王洞に辿り着いたのだった。
洞窟付近前まで来ると、
歩けない程の強さではないが、
気まぐれな風がどの全方位からも吹いてくるため、
少しだけ歩きづらい。
「さてと、兵士もいるし、ここね」
そんな風を遮るように、
手で少し顔を隠しつつ、
レナは入り口と思われる、
高さ数メートルにも及ぶ大きな鉄製の扉と、
その前に並んでいる2人の兵士を見つける。
自然にできた洞窟を使ったものなのか、
はたまた人工的に作り出した洞窟なのかは不明だが、
入口からして、かなり大規模な洞窟のようだ。
「この中に転移装置があるんだよね、
ちょっとワクワクするなあ」
「おいおい、遠足じゃねーんだから……」
クライドから転移装置があると聞いていたアルトは、
洞窟を目の前にすっかり元気を取り戻し、
目を輝かせている。
そんなアルトを保護者のようにたしなめながら、
プログは兵士のところへ歩み寄る。
「待て、ここからは許可なきものを通すわけには
「クライド騎士総長からの使い、
って言えば話が通じるか?」
「ク、クライド騎士総長の……!
ということはもしやあなた達が……。
それに、王女様!
こ、これは失礼致しました、
どうか無礼をお許しください!」
クライドという名前と、
すぐ近くにいたローザを見た途端、
兵士たちの反応が急に変わり、
しきりに詫びのお辞儀を繰り返している。
「あー、そーゆーのもういいから。
んで、ローザ王女の音声で扉が開くんだっけか?
俺達やり方知らないから、教えてほしいんだけど」
あまりの焦り様とお辞儀の多さに、
少々うんざりした様子でプログが事を急がせる。
この様子をシャックの一味に目撃されたら厄介、
と判断したためだ。
「は、はっ!
そうです、こちらの認識装置に、
王女様のお声をいただければ大丈夫です!」
そう言って左側に立っていた兵士が、
少し立ち位置をずらす。
そこには何やら家のロックのような機械と、
その横に人工的に壁に直径10センチ程度の、
丸く空けられた穴が。
どうやらこの丸い穴に声が届けば、
音声認識してくれるようだ。
「それじゃ、ローザ……王女、
よろしくお願いします」
兵士が目の前にいるし、
さすがにタメ口じゃまずいわね、
そう感じたレナは、
敬語を使ってローザに話しかける。
ローザはゆっくりと穴に顔を近づけ、
「ローザです。
ローザ・ファースターです」
兵士が近くの「START」の赤いボタンを押すのを確認し、
優しく、そしてゆっくりとした声で話しかける。
その声は丸い穴の部分にしっかり届き、
認識装置が作動……
しない。
確かにローザの声が届いているはずなのだが、
鉄製の扉はウンともスンとも言わない。
「……ん? 開かないじゃないの。
もうちょいしないと開かないの?」
レナが腕組みをして、
腕時計を見ながら兵士に訊ねている。
レナもプログ同様、
シャックの一味を警戒しているのだろうか、
しきりに時間を気にしている。
「い、いえ、本来ならばすぐに開くはずなのですが。
おかしいですね……」
「ちょっと、
大事な時に何やってんのよ、もう」
やや苛立ちの表情で、
レナが認識装置のところへ近づく。
そして穴の中をじっと覗き込む。
中は真っ暗で何も見えない。
「この中、何か詰まってるんじゃないの?
すみません王女、もう1回お願いできますか?」
「ちょ、ちょっとレナ……」
「おいおい、さすがにそりゃねえだろ」
「あ、はい。
えーと、ローザです」
中を覗き込むレナに促され、
ローザは心配そうなアルトと呆れるプログを見つつ、
もう1回、自分の名前を、
さっきよりも大きな声にして出す。
さっき同様、やはり扉はウンともスンとも
ゴオォォォォォォ……
今度は言った。
いかにもといった重そうな音をたて、
扉が真ん中より、
まるで反応の悪い自動ドアのように、
ゆっくりと開いていく。
開いた先には薄暗い空間が広がり、
レナ達を待ち構えている。
「まったく、随分とボケてる認識装置ね。
ちゃんと中の方掃除した方がいいわよ、コレ」
小さくため息をつき、
しっかりツッコミ(?)を入れるレナ。
絶対掃除とかの問題じゃないと思うけど、
後ろからツッコみたいアルトだったが、
後が怖そうなので、
やはり唾と一緒に飲み込んでおいた。
「た、大変申し訳ございません!
おそらく機械の調整が不十分で、
認識時間が長くなってしまったのでしょう。
とりあえず急いでお向かいください。
ここは我々が守りますので。
中には魔物が潜んでいる可能性もあります、
王女を何卒お願い致します!
どうかローザ王女、ご無事で……」
ひとまず扉を開けることができ、
焦りながらも一安心の兵士たちが、
レナ達にそう告げるが、
当のレナはほとんど話を聞いていない。
「さてと、時間もないし、
さっさと行きましょうか」
ローザが再び腕時計に目をやり、
アルト達に向けてそう言うと、
洞窟の入り口へ向けてスタスタと歩き出す。
「あ、ちょっと!
すいません、ありがとうございました!
行きましょう、ローザ王女」
「あ、はい。
あなた方もどうか無事で」
アルトが兵士に一礼し、
兵士たちを労うローザを連れて、
レナの後をすぐに追いかけていく。
「ったく、アイツらは……。
ってことでサンキューな、見張り頼むぜ」
一人取り残されたプログは、
自由気ままな子どもの先生のように、
半ば呆れ気味な表情を浮かべて肩をすくめると、
洞窟の中へと進んでいった。
ダート王洞は入口の大きな扉が示すように、
洞窟の中もかなり広々としていて、
歩道も整備されている。
また、洞窟内は火が灯っているわけではないが、
洞窟の壁がまるで宝石が埋め込まれているかのように、
所々淡いピンク色に光っていて、
暗い洞窟内を明るく幻想的に照らしている。
4人が横一列に並んで余裕で歩ける程の通路を、
レナ達はどんどん進んでいく。
「ずいぶんと舗装されているわね。
さすがは王族の人達が使われる道、
ってトコかしら?」
踏みしめる感触を確かめながら、
綺麗に舗装されている道に視線を落とし、
レナが話す。
「そうなの?
僕洞窟に入るのって初めてだからわかんないけど……。
そういえばローザは、
この洞窟には入ったことってあるの?」
本人の言う通り、
初めて洞窟と呼ばれる所に入ったのだろう、
アルトが都会に出てきた田舎者のように、
目をキョロキョロさせている。
「いえ、じつは私も今回が初めてで……」
「へ? そうなの?
じゃあもしかして道わかんない?
なによあの騎士総長、
そしたら洞窟内の地図くらいくれてもいいのに。
肝心な所が抜けてるわね」
てっきりローザが以前にここに来たことがあり、
道は知っていると思い込んでいたレナだったが、
予想外の事態に、
洞窟内のことを教えてくれなかった、
クライドに向けてブツブツ文句を言っている。
「クライドは部下からの信頼も厚い、
とても頼りになる方ですよ。
今回もクライドが自らの危険を冒して、
私を城の外へ連れ出してくれて……」
「ふーん、よっぽど信頼されてんのね。
まあ確かに態度と言い話し方と言い、
丁寧な感じはあったかもね」
ただ、ローザの話を聞いて、
少しはクライドのことを信用するようになったのか、
レナが印象を思い出しながら話している。
「そしたら格闘術や気術って、
やっぱりクライド総長に教えてもらったの?」
「はい。
格闘術はクライドから教わりました」
「へえ、あの人格闘術なんだ。
騎士だからてっきり、
剣を扱ってるのかと思ってたわ」
「あ、クライドは騎士ですので、
普段はもちろん、剣を扱っていますよ。
クライドは剣術に加えて、
格闘術も心得ているんですよ」
「剣術に格闘術!?
やっぱり騎士総長ともなるとすごいものね」
「それはもう、
ファースターでクライド以上の猛者はいませんよ」
「へえ、一回くらい手合せ願いたいモンね、
腕試しに」
「ふふふ、いくらレナでもクライドには、
敵わないと思いますよ」
「あ、言ったな!
そう言われると、ますます手合せしたくなるわね~」
そして相変わらずの女の子の会話の始まりである。
こうなると2人の世界に入ってしまうため、
おっさん……もとい、
アルトとプログの入り込む隙はない。
「ねえプログ。そういえば昔、
クライドと何かあったの?
朝の時、何か微妙な、
雰囲気だった気がするんだけど……」
レナとローザが2人で話している後方で、
アルトは横を歩くプログに、
前から少し気になっていたことを話す。
「ん?あぁ……、
まあ、俺の場合はお前らより、
牢屋にいた時間が長いし、
アイツが牢屋に来た時に、
顔を合わせることもあったからな、
ちょっと腹が立ってさ」
「そ、そうなんだ」
アルトの質問に少し間を置き、
何かを考える探偵のように指を顎にあて、
プログは答える。
聞いちゃまずい事だったかな、
返答したのち、
やたら遠い目をしているプログを見てアルトはそう感じ、
それ以上聞くことはやめておいた。
「……」
「……」
2人の間に気まずい、
とはまた違う、何とも微妙な沈黙が流れる。
それにしてもアルトの話の振り方の下手加減も、
なかなかのものである。
「そ、そういえばこの洞窟って一本道だよね!
あ、転移装置に行くだけのための洞窟だから、
そんなの当たり前か、あは、あはは
「そうでもないみたいよ、ほら」
「……え?」
沈黙に耐え切れず、
自己完結する意味不明なアルトの言葉に、
さっきまで女の子会話を展開していたはずのレナが食いつく。
そして、立ち止まったレナの視線の先には、
3つに分かれる道が。
「万が一の侵入者対策ってことかかしら。
さてと、どうしようかしら」
そう言いながら腕組みを始めるレナ。
ほのかなピンク色の光だけが、
洞窟内の唯一の照明になっているため、
どの道も数メートル先は暗く、
どちらが正しいかが判断つかない。
完全なくじ引き状態だ。
「うーん。
ローザも解……らないよね、
さすがに」
アルトが、
明らかに困った表情で首をかしげている、
隣のローザを見ながら、小さくため息をつく。
入り口に見張りがいるため、
今までほど先を急ぐ必要はないが、
仮にクライドの話が本当ならば、
魔物に遭遇することも想定しなければいけないため、
あまり間違ったルートを行きたくない。
「よし、ここは右に行こうぜ」
と、ここで急にプログがそう言い、
右の道を指さす。
その表情は、妙な自信に溢れている。
「何で? プログ、ここ知ってんの?」
怪しいを絵に描いた、
という表現がベタと思われるくらいの固い表情で、
レナは口元を引きつらせている。
「ンなモン決まってんだろ、勘だ、勘!
そんな時間も費やしていられないし、
年上の意見は聞いとくものだぜ、
さあ、行くぜ!」
そう言い残すとレナの冷たい視線を、
なるべく見ないようにして、
プログがレナを追い越し、
歩みを右の道へと進めていく。
そのスピードは、驚くほど速い。
「あ、ちょっと待ってよ、プログ!」
「本当に大丈夫なんですか!?」
アルトとローザがそんなプログを、
引き留めようと急いで追っかけていく。
それでもプログは止まらない。
「……。
あんたこれでもし間違ってたら、
さらに魔物5連続追加、だからね!」
1人取り残されたレナは呆れた表情で、
歩いていくプログにそう叫ぶ。
そして時計をチラ見すると、
3人の向かった、右の道へと進んでいった。




