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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
109/219

第105話:決断の時

セカルタ城内は、

兵士貴族共に慌ただしく動いていた。


重そうな甲冑を身にまとい、

息を切らして右へ左へ、

セカルタ城兵たちがせわしなく移動をしていれば、

その姿を目に貴族同士が、

口元を隠しながらお決まりの噂話に華を咲かせている。



「当然だけど、城の中も忙しいわね」



目の前を通り過ぎる甲冑を目で流し見しつつ、

レナは先を急いだ。


城内がこれほど、

混乱を極めている理由は分かっている。


早くレイのもとへ行かなければ、

自分たちの面会可能時間が短くなるとともに、

クライドとの面会に備えている、

執政代理であるレイにも迷惑がかかってしまう。


クライドが、この場に到着してしまう前に、

可能な限り早く、レイと話がしたい。

行きかう兵士たちの波をかき分け、

レナ達は謁見室へ急いだ。





「お疲れ様です!

 執政代理がお待ちです、どうぞ」



謁見室を護る兵士に促され、

レナとアルト、プログ、そして蒼音が、

部屋の中へと歩を進めると。



「おお! よかった!

 無事に戻ったのですね!」



王都セカルタの執政代理にして、

現最高責任者であるレイは、

まるで自分のことであるかのように、

歓喜の声で4人を出迎えた。


日々の業務、面会対応に加え、

すぐそこにまで迫っている、

国を挙げた一大行事、

3国の首脳会談。


まるでレイの頭脳(キャパシティー)に、

多忙という多忙を詰め込んだかのような、

シビアな状況に置かれていながらも、

セカルタを束ねる執政代理は、

4人の戻りを快く出迎えてくれた。



「ごめんね、忙しいときに。

 それに交渉、うまくいかなくて」



話を早めに進めたいのと、

本当に申し訳なかったのと、

レナは開口一番、詫びを入れた。



「交渉の件は、相手と時期が悪かっただけだ。

 それに、忙しくなったのも、

 クライド騎士総長の予定が早まったからで、

 レナさん達が謝ることじゃないよ」


「でも……」


「皆さんは、本当によくやってくれた。

 むしろお礼を言いたいくらいだよ。

 っと、その前に……」



軽く頭を下げているレナの労をねぎらいつつ、

レイはふと体の向きを変えると、



「石動蒼音さん、かな?

 初めまして、ですね」


「は、はい!

 はじめまして、レイ執政代理!」


「なるほど、レナさん達からの話には聞いていたが、

 想像以上にお奇麗な顔立ちで」


「え! そ、そんな……。

 余りあるお言葉を!!」


「ははは。

 そんな堅くならないで大丈夫だよ。

 レナさん達と同じように、

 俺に接してくれて構わないよ。

 その方が、俺も話をしやすいからね」



初対面である国の最高責任者を前に、

文字通り石のようにガチガチになっている蒼音を見て、

レイは再び、笑顔を見せる。


今となっては畏まることなく、

いつも通りの感覚で接してくるレナ達の中で一人、

萎縮している蒼音の姿を見て、

やや新鮮味を感じたようだ。


だが、その笑顔も一瞬で、

レイはすぐに表情を引き締めると、



「さて、船旅で疲れているでしょう。

 いつもなら、今日は城の中でゆっくり、

 と言いたいところだったのですが……」



どこか申し訳なさそうに、レナ達へ告げる。



「大丈夫、あたしたちも事情は分かっているわ」



皆まで言うな、とでも言いたげに、

レナは執政代理の、

重そうな口から発せられる言葉を遮った。


確かに疲労はある。

だが、今は事情が事情である。

すべてを棚に上げて休息をとれるほど、

事態は軽くもなければ、簡単でもない。



「それで、あれから何か、

 状況の進展はあった?」



だからこそ、レナも話を急いだ。

事態は、急を要する。

とにもかくにもまずは現状把握、

そしてすぐに手を打つ必要があった。



「いや、あれからこれといって、

 状況に変わりがあったわけではない。

 ただ……」



レイの表情が一瞬曇り、

言葉を詰まらせる。


レナやアルトが怪訝そうな表情を見せていると、



「場合によっては、

 ローザ王女の処遇を、

 少し考えないとまずいかもしれない」



レナ達をあえて視線から外すように、

右上方の窓を見やり、

執政代理は再び語り始めた。



「クライドが、この場に来るからってこと?」


「もちろん、それもある。

 だが……」


「その様子だと、何かあったのかしら?」



明らかに何か、

重要な事柄を隠している。

レナの言葉や表情も、自然とこわばる。


まるで綱渡りでもしているような、

キリキリした緊張感がレナを、

他の3人を襲う。



「……俺もまだ半信半疑で、

 2日前くらいの話なんだが」



意を決したように、

それでいて周りに聞こえぬよう、

声を押し殺しながら、



「ローザ王女のもとに、

 一匹の鳩が訪れたそうだ」



レイは、事の次第を話し始めた。



「ローザ王女はその鳩に、

 何か食べ物をと、背を向けた瞬間、

 鳩が言葉を話したらしいんだ」


「鳩が……」


「言葉を話したですって?

 ずいぶんとメルヘンな話ね」



唐突に飛び出した、

まるでおとぎ話のような展開に、

緊迫した展開を予想したアルト、

そしてレナは思わず肩をすくめた。


だが、



「そして、その声の主がローザ王女曰く、

 クライド騎士総長だったそうだ」


「!!」



夢のおとぎ話から一変、

悪夢の童話のような事実を聞いた瞬間、

レナ達の表情は一気に現実へと引き戻された。


言葉を発するどころか、

言葉という概念がそもそもない平和の象徴、

鳩がいきなり、自分たちの最大の敵、

クライドの声色で話し始める。



「鳩がクライドの声で喋った、ですって?

 ぜひとも冗談と笑い飛ばしてほしい話ね」



当然、信じられるはずがなかった。



「もちろん俺だって、

 すべてを信じきっているわけじゃない。

 ただ、この情報をくれたのが、

 他でもないローザ王女だ。

 王女がそのようなウソをつかれるとは、

 少々考えにくくてな」


「う……」



確かに、とレナは黙り込んでしまう。


どこぞの知らない者から、

鳩が喋ったということを聞かされても、

何言ってんのかしらコイツ程度にしか思わないが、

今回その情報を提供してくれたのは、

レナ自身が全幅の信頼を置いているローザである。


しゃべる鳩など、

笑えるほどの冗談だ。

だが、自らの身の危険を感じているローザが、

他の誰よりもクライドという存在を、

恐れているあのローザが、

そのような冗談を軽々しく、

口に出すとは思えなかった。



「それで、クライド……いや、

 その鳩は何を言っていたんですか?」


「うむ……ローザ王女も頭が混乱していて、

 すべてを覚えているわけではなかったんだが」



アルトの言葉に、

レイは慎重に言葉を選びながら、



「どうやら近々セカルタ城に来ることを告げたらしい。

 それと、まさかセカルタ城にいるとは思えないが、

 念のためと鳩を飛ばした、ということも言っていたそうだ。

 そして最後に……」



ここまで話すと、レイは突然、

なにかをためらうかのように、

口をとざしてしまう。



「最後に……どうしたんですか?」


「鳩は最後に言い放ったそうだ。

 ローザ王女を殺


「どーもですっと。

 それ以上はいいわ」



アルトに促されるように、

執政代理は最後の言葉を告げようとしたが、

レナはそれを強制終了させた。



「アンネちゃん?」



事の経緯が完全に呑み込めていない蒼音は、

言い知れぬ雰囲気に困惑した表情を見せているが、

レナは構うことなく、



「何となく理解できたから、

 それ以上は話さなくて大丈夫よ」



この話題を終わらせた。


悲しいかな、

レナにはおおよそ、

レイの言葉に続く内容が読めてしまっていた。


ここまでレイがためらうのであれば、

どうせロクなことではないだろうと。


クライドが元々何を目的としていたかを鑑みれば、

ヤツがローザに最後、

何を伝えたいかということを。


レイの口から聞いても仕方がない、

いや、それ以上に聞きたくなかった。


ローザにとって、明らかにマイナスな要素。

レナの脳内は、その結論しか導き出さなかった。



「それだけ伝えて、その後鳩はそのまますぐに、

 その場で死んだそうだ」


「クライドの言葉を伝えるだけのために、

 その鳩を使ったのかしらね」


「おそらくそうでしょう。

 王女の悲鳴が聞こえ、

 兵士があわてて部屋に駆け付けた時は、

 鳩はすでに倒れていましたから」


「そうなのね。

 ……ローザはどうしているの?」


「当時はかなり錯乱されていたようですが、

 だいぶ落ち着かれました。

 今は我が軍の救護隊が、

 一日交代で傍についております」


「何から何までどーもですっと」


相変わらず、

痒いところに手が届くくらいに気が利くわねと、

レナは執政代理の計らいに謝意を感じつつ、



(それにしても困ったわね)



同時にレナは、

悪化していく現状に頭を痛め始める。


ある程度、めどは立てていた。

船の中からこの場に至るまでに、

レナは対策を、

クライドからローザを護る手段を考えていた。


首脳会談を行っている間、

クライドがこのセカルタに滞在している期間は、

自分たちも城の中に残り、

24時間体制で徹底的にマークをする。


クライドの動きを速やかに察知し、

ローザとの距離が近くなるようなら、

すぐさま部屋を移動し、

遭遇の可能性を必ず0にする。


非常に場当たり的な、

お世辞にも妙案とは言い難い策ではあったが、

それでもこの限られた時間の中では、

最善の策を見出し、実行に移せばいいと、

レナは覚悟を決めていた。


ところが。


クライドがローザ宛に言葉を伝えるため、

セカルタ城をめがけて鳩を飛ばした。


一見、この切り取った事実だけではそれほど、

事態を重く見る必要はないかもしれない。


だが、この一連の行動は、

表面の事実だけにとどまらない、

別の意味を内包している。


すなわち、クライドがすでに、

ローザの所在を、

詳細に把握しているということだ。


クライドが真の正体をあらわす前、

あの王都ファースターのはずれにある、

名もなき公園でレナ達と出合った時、

クライドはレナ達に、

セカルタを目指してくれと言った。


そして結果としてレナはローザを、

セカルタに連れてきた。


だが、それはクライドに指示されたから来た、

というわけではない。


セカルタに向かう道中、

列車専門の犯罪集団、

シャックのボスとして立ち塞がったクライドから、

ローザの命を狙うクライドから逃げるため、

レナ達はあえて、彼が指示したのと同じ場所、

セカルタへ逃げ込んだのだ。


エリフ大陸の王都セカルタなら安全、

ファースターとの友好関係がないこの地なら、

ローザに危険が及ぶ可能性は低くなる、と。


だが、クライドの狙い、

思惑は明白だった。


首脳会議をセカルタで開くこと、

そしてローザ宛の言葉を鳩に託し、

セカルタ城へと飛ばしたこと。


無論、他大陸の王都、

もしくは街へ向けても、

無差別に同じことをしている可能性もある。


だが、今のレナは事態を、

それほど楽観することはできなかった。


間違いなくクライドは、

この場、セカルタを狙って策を講じてきている。


騎士総長の肩書を持つシャックのボスの打つ手は、

思っている以上に早く、それでいて的確。



ここまで思考を巡らせれば、

もはや認めざるを得なかった。

クライドは、ローザがセカルタ城にて、

保護されているのに気づいているということを。


それを認めた上で明日行われる、

3国の首脳会議。


おそらく彼は間違いなく、

ローザに焦点を当ててくる。


そしてクライドが、

ローザの居場所を把握しているということは、

同時にレナが考えた、

苦し紛れの作戦を、

完全無効化することを意味する。


クライドは、切れ者だ。


おそらく、

レナがわずかの時間で考えた策など、

とうに見抜いているだろう。


その場しのぎの案では、

決して逃げることはできない。


現状のままでは、

ローザがクライドに存在を見つけられる可能性が高い。


それに、それだけでは済まされない。

他国の王女を匿ったとされ、

レナ達に便宜を図ってくれている恩人、

レイにも危害が及びかねない。


今度はレナ達が、

クライドを超える策を、

講じなければいけない立場となった。


クライドがこのセカルタ城に到着する前に、

レイにこれ以上の負担と迷惑をかけることなく、

それでいてローザの安全が確保できる、

夢のような妙案を、

今すぐ画策しなければならなかった。


気が付けば、窓ガラスから入り込んできていた、

西日の橙色光が、徐々に消えつつある。

猶予は、ほとんど残されていていない。



(現状、クライドと対峙することは、まだできない。

迎え撃つ選択肢がないとなれば、

もう、あり得るとしたら……)



ローザのためにも、レイのためにも、

次の行動を早く決定しなければならない。



正直、あまり気が乗らない。

だが、最善の作戦を潰された。


レナが今考えることのできる、

妙案を起こすには、

あまりに時間が無さすぎる。

でも、この限られた時間、

条件の中で最良と思える、

ある意味レナ達が城に残る前案よりもさらに、

場当たり的な案を、

レイに伝えようとしていた。



「そこで、だ。

 非常に言いにくいことなんだが、

 レナさん達に、一つお願いがある」



だが、レナがまさに口を開こうとした時、

レイの言葉が一瞬早く、

謁見室という密室に響く。

その表情は、苦虫を噛み潰したかのように、渋い。



「このような状況で、

 このようなことを言うのは本当に心苦しいのだが」


「大丈夫。

 皆まで言わなくてもいいわ」



執政代理が言葉を続けようとしたのを、

レナは止めた。


少女は分かっていた。

自分と、レイが考えていることが、

ほぼ同じであるということを。



「レイ、一つ提案があるんだけど」



レイも自分たち、そしてローザのことを考え、

その言葉を口にしようとしたことを。



「このままじゃ、

 ローザが危険に晒されるのは分かっているわ」



そして、その言葉は、

レイからではなく、

自分たちから言わなければならない、

いや、言うべきだということを。



「でも、これ以上レイに、

 迷惑をかけるわけにもいかない」



依頼という形ではなく、

こちらの意志で決定した、という形にするのが、

レイにとっても負担が一番軽くなるということを。



「だから――」



レナはすべての負担、

責任を背負うのを決意して、言った。



「あたし達、

 ローザと一緒に、

 この街から出ていくわ」


投稿時間が大幅に遅れ、大変申し訳ありませんでした。

また、作者の私情で申し訳ありませんが、

来週、再来週の投稿はお休みとさせていただきます。

なにとぞご了承くださいませ。


次回投稿予定→6/25 15:00頃

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