第104話:情報
「剣の使い手か。
まあいいだろう」
スカルドはそれだけ言うと、
何のためらいもなく、
ナナズキに背を向けた。
(あ、あれ……?)
驚いたのはナナズキだ。
自分なりに知恵を振り絞り導き出した、
クライドに関する“どうでもいい”情報に関して、
さてどうやってこの無愛想な少年から逃げ切ろうか、
ということしか、今は考えていなかった。
スカルドから発せられるであろう、
ありとあらゆる口撃を、
いかにしてかわしきるかという理詰めを、
思考の中で膨らませていた。
……ところでの、
少年の、この塩対応である。
あまりに拍子抜けしすぎて、
危うく心の中でつぶやいたものが、
言葉として出てしまいそうになったナナズキ。
だが、何とかそれをこらえ、
「もういいかしら?
それじゃ、これで」
平常心を保つように、
また自分に言い聞かせるように言って、
ナナズキは歩き出した。
スカルドは、声をかけない。
またナナズキも、決して後ろを振り返らない。
互いが互いに干渉することなく、
両者の距離は、徐々に広がっていく。
ザッザッザッザッ。
雑草を踏みつける音だけが、
両者の間を通り抜ける。
だが、徐々に離れていきながらも、
ナナズキは心の隅で、
緊張を解くことはしなかった。
(何か、何かあるハズ……。
アイツのことだから、
何か考えているはず)
進行方向よりもむしろ、
背後の方へ神経を尖らせながら、
ナナズキはセカルタ城付近から去っていく。
あの少年のことだ、
このままおとなしく引き下がるハズがない。
何か、きっと何か企んでいるはず。
言い知れぬ緊張が張り詰めるなか、
少女はセカルタが生み出した天才少年、
スカルドから遠ざかっていく。
だが、セカルタの天才少年が、
去りゆくファースター騎士隊5番隊隊長を、
引き留めることは、ついになかった。
抽象的な返答と人為的に生まれた静けさを残し、
ナナズキはセカルタ城を後にした。
「…………ふっ」
ナナズキのトレードマークである、
ツインテールが完全に消えた瞬間、
少年は口元をわずかに綻ばせた。
(かなりの剣の使い手、か)
ナナズキから得た情報は、
たったそれだけ。
(本当にクソどうでもいい情報だな)
少年はまた少し、表情を緩ませた。
そう、剣の使い手という情報は、
ナナズキのもくろみ通り、
じつにどうでもいい情報だった。
ナナズキの作戦は、成功した。
だが、同時に。
(まあいい。
これでまだまだ、
ヤツのことを調べる必要があることがわかったしな)
スカルドの作戦もまた、確実に成功していた。
いや、正確に言えば、スカルドの作戦は成功し、
ナナズキの作戦は失敗だった。
(くだらねえ情報が来るなんざ、
最初からお見通しなんだよ)
スカルドは、ハナからわかっていたのだ。
ナナズキから発せられる情報が、
どうでもいい情報であるということを。
選択肢を多く与えることで、
彼女に考える幅を持たせ、
取るに足らない情報を言いだすことを。
そして、それこそが、
スカルドの唯一にして最大の作戦だった。
スカルドが一番注視していた場面。
それはナナズキの言葉ではなく、
そのあとだった。
(アイツは俺が目をそらした瞬間、
即座にこの場から離れようとした。
いくら敵とはいえ、
眼前逃亡をはかるなんてリスク、
普通じゃ取れないはずだ)
懐にある丸いガムを口に含みながら、
スカルドは三たび、笑みを浮かべる。
(数ある選択肢から剣の使い手を選んだということは、
おそらく剣以外にも手慣れた武器があるんだろうな、
魔術や気術を含めて)
おもむろに少年は、
市街地の方へと歩き出す。
目的地があるわけではない。
ただ、情報を整理したかったのだ。
ナナズキから得られたどうでもいい情報をもとに、
さらに得られた、真の情報を。
(それだけじゃない。
直接的な武器よりも抽象的に表現できる、
兵力や統率力といった表現を避けたということは、
軍事力やリーダーシップも高いということか)
スカルドの思考は止まらない。
(更に言えば知恵もあるとなれば……。
ただの脳筋野郎かと思ったが、
騎士隊のリーダーなだけあって、
さすがに手ごわそうだな)
相手の強大な力量を改めて感じながらも、
スカルドの、
どこか人を小ばかにしたような笑みは止まらない。
(近々ここに来るらしいが……、
どうやら奇襲はやめといたほうがいいな)
そしてスカルドは、
得た情報をもとに結論を下した。
ファースター政府への強烈な復讐心を抱く、
スカルドは知っていた。
ここ数日のうちに、
ファースター騎士隊隊長、
つまりは軍部のトップであるクライドが、
この地を訪れることを。
単なる噂話レベルで、
というわけではない。
スカルドには、確固たる確証があった。
事の発端は、つい1時間ほど前だった。
魔術の勉学に勤しむスカルドが、
夜通しかけて、
魔術の研究に没頭していたスカルドが、
12時間ぶりに外の空気を吸おうと、
セカルタ市街地へと繰り出すと、
微笑みのBBA、フェイティと偶然、
顔を合わせた。
呑気にも買い物へと出かけていたフェイティに、
無愛想な少年は声をかけた。
別に仲間だから声をかけた、
というわけではない。
使えるものは使う。
自分の目的、
すなわちファースター、
及びセカルタ政府への復讐を果たすためなら
どんな手でも使う。
その心持ちただ一つで、
スカルドは性格真反対のBBAを呼び止めたのだ。
とはいっても、
ぶしつけに城の情報を聞くほど、
少年の脳は単調にはできていない。
フェイティと話した事柄は、
ごくごく普通の会話だけだ。
レナ達はどうしているだの、
何を買いに来たのかだの、
BBAはこれからどうするつもりだの、
通りすがりの人が聞いてもさして気にも留めない、
そんな内容のものでしかない。
当然、BBAもいつもの調子で、
「あらあら」なり「BBAが~」なり、
まるで微笑むことが日課です、
とでも言うかのように、
フワフワした様子で受け答えをしていた。
そしてフワフワしたそのまま、
フェイティとスカルドは5分程度のやり取りを終え、
互いの戻るべき場所へと帰った。
だが、スカルドはフワフワした会話の中、
BBAの言った2つのフレーズだけで、
確かな手ごたえを得ることができていた。
『お城の中も今、ちょっと忙しいのよね』
『あらもうこんな時間。
明後日の話し合いの準備をしないといけないから、
それじゃあね』
何気なく言った、この2つの言葉。
だが、明確な目的を持って、
会話に挑んだスカルドにとっては、
この2つのヒントさえ聞き出せれば十分だった。
この数少ない、
しかしそれでいて貴重な要素を使い、
天才少年の思考は論理を次々に生み出していった。
城の中が忙しいということは、
近く何かが起きる可能性が高い。
さらにいえばフェイティという、
元々城にいたわけではない人物にすら、
忙しさを隠さないということは、
よほど大きい何かが差し迫っている、ということだ。
ここまでの論理に加えて、
“話し合いの準備”という、
論理完成のための重要なピースが、
重要な意味を成してくる。
外部の人間にも隠さない、
それほどの忙しさの中で行われる、
何らかの準備を必要とする話し合い。
もし内々の話し合い、
つまりセカルタ政府内で完結する会合ならば、
そこまで多忙を極めるはずがない。
となれば、
どこかの外部の人間が絡む会合であるという可能性が、
わずかに出てくる。
そして、最後に一つ。
その準備に、フェイティが絡んでいるということ。
外部の人間にフェイティが絡む事案といえば、
レナ達関連のことぐらいしか、
スカルドは思い浮かばない。
そしてそのレナ達は、
ワケあってワームピル大陸から来たことを、
スカルドは知っている。
多忙、会合、外部の人間、フェイティ、レナ達、
そしてワームピル大陸。
たった2つの言葉から始まった、
小さな小さな手がかりから、
少年の常人離れした、
頭脳という魔法の手によって、
固く閉ざされた機密情報の扉を、
強引にこじ開けようとしていた。
そして少年の頭脳が導き出した結論、
すなわち扉の向こうで見つけた可能性。
それが、
国家間での、
何か重要な話し合いが、
近いうちに開催されるのではないか、
というものだった。
無論、あくまで可能性であり、
スカルドの中では、
この仮説が100%に変わったわけではない。
だが、少年には自信がった。
ここ数日で必ず、
国家同士レベルでの会合があると。
BBAから話を聞いた昨日、
そして今日と、
セカルタ城付近にて、何か動きがあると。
国家間での話し合いがあるということは、
セカルタ政府だけでなくファースター政府、
すなわちスカルド積年の復讐相手が来る可能性も、
非常に高い、
というよりも間違いない。
尊敬する父を殺され、
慕った母をも失い、
孤独となった、我が身。
この現状を作り出したすべての悪、
ファースター政府。
このチャンス、
みすみすと逃す手はない。
スカルドの奥底にふつふつと、
まるで成虫になる前のセミのようにじっと待ち続けた、
憎悪の心を、一気に解き放つ機会が訪れたのだ。
とはいえ、焦りは禁物だ。
みすみすと逃す手はない、とはいっても、
復讐に対する青写真を、
まだそれほど描いていてなかった少年にとって、
ただ闇雲に場内に乗り込んだところで、
失敗に終わる可能性の方が高い。
そして失敗はすなわち、自らの死を意味する。
絶好の機会が訪れた時こそ、
慎重に物事を見極め、
情報を整理しなければならない。
自分の頭脳、
そして思考に絶対の自信を誇るスカルドは、
すぐさま行動にでる。
まずは外から観察とばかりに、
少年はセカルタ城へと足を運んだ。
可能性としては低いが、
それでも何か情報、
あるいは手がかりがあるかもしれない。
ベタな方法だな、と自分でも思いながらも、
スカルドは構うことなく、城へと向かった。
そして、程なくしてセカルタ城へ到着、
さて草むらから様子を――と、
どこか隠れる場所をと探していた矢先に、
ナナズキと偶然、遭遇したのだった。
さすがの天才少年も、
先客がいたことに驚きを隠せなかったのだが、
逆にこの場にナナズキがいたことにより、
自分の仮説が、
ほぼ間違いっていないことを再確認できた。
やはり、城の中で何かが起こると。
ただ、スカルドの思考は、
これだけで終わらなかった。
待て。
コイツは確か、
ファースターの手先だったはず。
となれば、国のトップについて、
情報を引き出すチャンスになる。
ただもちろん、コイツが簡単に、
口を割るとは思えない。
相手に怪しまれず、
また自分に危険が及ぶことなく、
知り得たい情報のみを抜き出すには、
どうしたらいいか。
確固たる意志と明確な課題、
その課題へのアプローチ法。
そのすべてを兼ね備え、
かつ不明な点を解消する手法、
それが先ほど実践したことだった。
相手に無限の選択肢がある質問に答えさせ、
回答後に起こすアクションによって、
“真の答え”を導き出す。
この“真の答え”こそが、
スカルドの知りたい、質問の核心部分だった。
『ならば一つ、質問に答えろ。
テメーの頭は、
どんな武器の使い手だ?』
まずは自らが知りたい“仮の答え”を、
相手に伝わりやすいよう、
シンプルかつストレートに伝える。
『答えたくないというならばそれでいい。
質問にさえ答えれば、
この場を見逃すつもりだったが』
次に相手の方が、
立場が上にならないよう、
相手の弱いところを意識させる。
『貴様の判断で構わん、何が武器だ?』
そして無限に近い、回答の選択を与える。
これにより、相手は否が応でも、
答えについて考えなければいけなくなる。
さらに相手から回答を得られたならば、
『剣の使い手か、
まあいいだろう』
サッサと野放しにする。
これこそが、大切な意味を持っていた。
人間という生物は賢い。
世界で数少ない、
未来のことを考えることができる生物だ。
この場合、ナナズキは彼女の中で、
最もどうでもいい情報を、スカルドに告げた。
実際、スカルドにとっても、
剣の使い手という要素はどうでもよかった。
だが、どうでもいい情報ゆえに、
ナナズキは理論武装を行った。
スカルドからどのような突っ込みを受けたとしても、
すべて跳ね返すことができるよう、
未来を想定し、弁解を準備した。
ところが、スカルドは何も言ってこなかった。
いや、正確には、あえて何も言わなかった、
という方が正しい。
スカルドは、その弁解すらも想定していたのだ。
想定していたからこそ口出しすることをせず、
ナナズキをそのままどこかに行かせたのだ。
スカルドの思考は、確信していた。
言い訳を用意していたところへ何もなければ、
ナナズキは必ず肩透かしを食らうはず。
そこで例えば、
『あら、いいの?
こんなどうでもいい情報で満足して』
とか、すぐにリアクションが返ってきたなら、
目上の人に関する物事を、
大きく見せたいという人間の心理上、
また、追いつめられると、
必要以上のことを喋りだすという人の性質上、
クライドはそれほど多くの武器を持っていない可能性がある。
だが、多くを語ることなく、
すぐにその場を立ち去ろうものなら、
まだまだ隠し玉が多く残っている確率は高い。
無論、天然人間や脳筋人間ならば話は別だが、
騎士隊隊長を担うナナズキなら、
それらの部類には属さない人間だ。
未来を予見し、
対策をしっかり立てようと画策する人物なら、
取るべき行動によっておのずと選択肢、
そして情報は見えてくる。
何も物事が確定したものだけが、情報ではない。
人物像を大まかに象り、
情報収集をどの程度までするべきか見極めることも、
大切な情報なのだ。
復讐を遂行するためには、
まだまだ情報が必要。
それこそが今回、
少年がナナズキから盗み出した、
真の情報だったのだ。
(どのみちすぐには事を起こそうとは思っていなかったが、
それ以上にまだまだ、情報が必要そうだな)
スカルドはふと後ろを振り返り、
セカルタ城を見やった。
地上55メートルを誇るセカルタ城は、
いつもと変わりなく、
セカルタの象徴としてスカルドの視覚へ、
厳かに、重厚に、それでいて無表情に訴えかけてきた。
急いてはことを、仕損じる。
今はまだ、その時ではない。
今はまだ、無理をしてまで行動を起こすべきではない。
スカルドは再び前を向くと、
「明日あたり、レナ達から色々聞き出してみるか」
自らにそう言い聞かせると、
少しばかりの気分転換を終え、
再度自らの研究部屋へと、戻っていった。
次回投稿予定→6/4 15:00頃




