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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第104話:情報

「剣の使い手か。

 まあいいだろう」



スカルドはそれだけ言うと、

何のためらいもなく、

ナナズキに背を向けた。



(あ、あれ……?)



驚いたのはナナズキだ。

自分なりに知恵を振り絞り導き出した、

クライドに関する“どうでもいい”情報に関して、

さてどうやってこの無愛想な少年から逃げ切ろうか、

ということしか、今は考えていなかった。


スカルドから発せられるであろう、

ありとあらゆる口撃を、

いかにしてかわしきるかという理詰めを、

思考の中で膨らませていた。


……ところでの、

少年の、この塩対応である。


あまりに拍子抜けしすぎて、

危うく心の中でつぶやいたものが、

言葉として出てしまいそうになったナナズキ。


だが、何とかそれをこらえ、



「もういいかしら?

 それじゃ、これで」



平常心を保つように、

また自分に言い聞かせるように言って、

ナナズキは歩き出した。


スカルドは、声をかけない。

またナナズキも、決して後ろを振り返らない。

互いが互いに干渉することなく、

両者の距離は、徐々に広がっていく。



ザッザッザッザッ。


雑草を踏みつける音だけが、

両者の間を通り抜ける。


だが、徐々に離れていきながらも、

ナナズキは心の隅で、

緊張を解くことはしなかった。



(何か、何かあるハズ……。

アイツのことだから、

何か考えているはず)



進行方向よりもむしろ、

背後の方へ神経を尖らせながら、

ナナズキはセカルタ城付近から去っていく。


あの少年のことだ、

このままおとなしく引き下がるハズがない。

何か、きっと何か企んでいるはず。


言い知れぬ緊張が張り詰めるなか、

少女はセカルタが生み出した天才少年、

スカルドから遠ざかっていく。


だが、セカルタの天才少年が、

去りゆくファースター騎士隊5番隊隊長を、

引き留めることは、ついになかった。


抽象的な返答と人為的に生まれた静けさを残し、

ナナズキはセカルタ城を後にした。





「…………ふっ」



ナナズキのトレードマークである、

ツインテールが完全に消えた瞬間、

少年は口元をわずかに綻ばせた。



(かなりの剣の使い手、か)



ナナズキから得た情報は、

たったそれだけ。



(本当にクソどうでもいい情報だな)



少年はまた少し、表情を緩ませた。


そう、剣の使い手という情報は、

ナナズキのもくろみ通り、

じつにどうでもいい情報だった。


ナナズキの作戦は、成功した。


だが、同時に。



(まあいい。

これでまだまだ、

ヤツのことを調べる必要があることがわかったしな)



スカルドの作戦もまた、確実に成功していた。


いや、正確に言えば、スカルドの作戦は成功し、

ナナズキの作戦は失敗だった。



(くだらねえ情報が来るなんざ、

最初からお見通しなんだよ)



スカルドは、ハナからわかっていたのだ。


ナナズキから発せられる情報が、

どうでもいい情報であるということを。


選択肢を多く与えることで、

彼女に考える幅を持たせ、

取るに足らない情報を言いだすことを。


そして、それこそが、

スカルドの唯一にして最大の作戦だった。


スカルドが一番注視していた場面。

それはナナズキの言葉ではなく、

そのあとだった。



(アイツは俺が目をそらした瞬間、

即座にこの場から離れようとした。

いくら敵とはいえ、

眼前逃亡をはかるなんてリスク、

普通じゃ取れないはずだ)



懐にある丸いガムを口に含みながら、

スカルドは三たび、笑みを浮かべる。



(数ある選択肢から剣の使い手を選んだということは、

おそらく剣以外にも手慣れた武器があるんだろうな、

魔術や気術を含めて)



おもむろに少年は、

市街地の方へと歩き出す。


目的地があるわけではない。

ただ、情報を整理したかったのだ。

ナナズキから得られたどうでもいい情報をもとに、

さらに得られた、真の情報を。



(それだけじゃない。

直接的な武器よりも抽象的に表現できる、

兵力や統率力といった表現を避けたということは、

軍事力やリーダーシップも高いということか)



スカルドの思考は止まらない。



(更に言えば知恵もあるとなれば……。

ただの脳筋野郎かと思ったが、

騎士隊のリーダーなだけあって、

さすがに手ごわそうだな)



相手の強大な力量を改めて感じながらも、

スカルドの、

どこか人を小ばかにしたような笑みは止まらない。



(近々ここに来るらしいが……、

どうやら奇襲はやめといたほうがいいな)



そしてスカルドは、

得た情報をもとに結論を下した。


ファースター政府への強烈な復讐心を抱く、

スカルドは知っていた。


ここ数日のうちに、

ファースター騎士隊隊長、

つまりは軍部のトップであるクライドが、

この地を訪れることを。


単なる噂話レベルで、

というわけではない。

スカルドには、確固たる確証があった。



事の発端は、つい1時間ほど前だった。


魔術の勉学に勤しむスカルドが、

夜通しかけて、

魔術の研究に没頭していたスカルドが、

12時間ぶりに外の空気を吸おうと、

セカルタ市街地へと繰り出すと、

微笑みのBBA、フェイティと偶然、

顔を合わせた。

呑気にも買い物へと出かけていたフェイティに、

無愛想な少年は声をかけた。


別に仲間だから声をかけた、

というわけではない。


使えるものは使う。

自分の目的、

すなわちファースター、

及びセカルタ政府への復讐を果たすためなら

どんな手でも使う。

その心持ちただ一つで、

スカルドは性格真反対のBBAを呼び止めたのだ。


とはいっても、

ぶしつけに城の情報を聞くほど、

少年の脳は単調にはできていない。


フェイティと話した事柄は、

ごくごく普通の会話だけだ。


レナ達はどうしているだの、

何を買いに来たのかだの、

BBAはこれからどうするつもりだの、

通りすがりの人が聞いてもさして気にも留めない、

そんな内容のものでしかない。


当然、BBAもいつもの調子で、

「あらあら」なり「BBAが~」なり、

まるで微笑むことが日課です、

とでも言うかのように、

フワフワした様子で受け答えをしていた。


そしてフワフワしたそのまま、

フェイティとスカルドは5分程度のやり取りを終え、

互いの戻るべき場所へと帰った。


だが、スカルドはフワフワした会話の中、

BBAの言った2つのフレーズだけで、

確かな手ごたえを得ることができていた。



『お城の中も今、ちょっと忙しいのよね』


『あらもうこんな時間。

 明後日の話し合いの準備をしないといけないから、

 それじゃあね』



何気なく言った、この2つの言葉。


だが、明確な目的を持って、

会話に挑んだスカルドにとっては、

この2つのヒントさえ聞き出せれば十分だった。


この数少ない、

しかしそれでいて貴重な要素を使い、

天才少年の思考は論理を次々に生み出していった。



城の中が忙しいということは、

近く何かが起きる可能性が高い。

さらにいえばフェイティという、

元々城にいたわけではない人物にすら、

忙しさを隠さないということは、

よほど大きい何かが差し迫っている、ということだ。


ここまでの論理に加えて、

“話し合いの準備”という、

論理完成のための重要なピースが、

重要な意味を成してくる。


外部の人間にも隠さない、

それほどの忙しさの中で行われる、

何らかの準備を必要とする話し合い。


もし内々の話し合い、

つまりセカルタ政府内で完結する会合ならば、

そこまで多忙を極めるはずがない。

となれば、

どこかの外部の人間が絡む会合であるという可能性が、

わずかに出てくる。


そして、最後に一つ。

その準備に、フェイティが絡んでいるということ。


外部の人間にフェイティが絡む事案といえば、

レナ達関連のことぐらいしか、

スカルドは思い浮かばない。


そしてそのレナ達は、

ワケあってワームピル大陸から来たことを、

スカルドは知っている。


多忙、会合、外部の人間、フェイティ、レナ達、

そしてワームピル大陸。


たった2つの言葉から始まった、

小さな小さな手がかりから、

少年の常人離れした、

頭脳という魔法の(マジックハンド)によって、

固く閉ざされた機密情報の扉を、

強引にこじ開けようとしていた。


そして少年の頭脳が導き出した結論、

すなわち扉の向こうで見つけた可能性。


それが、

国家間での、

何か重要な話し合いが、

近いうちに開催されるのではないか、

というものだった。


無論、あくまで可能性であり、

スカルドの中では、

この仮説が100%に変わったわけではない。


だが、少年には自信がった。


ここ数日で必ず、

国家同士レベルでの会合があると。

BBAから話を聞いた昨日、

そして今日と、

セカルタ城付近にて、何か動きがあると。



国家間での話し合いがあるということは、

セカルタ政府だけでなくファースター政府、

すなわちスカルド積年の復讐相手が来る可能性も、

非常に高い、

というよりも間違いない。


尊敬する父を殺され、

慕った母をも失い、

孤独となった、我が身。

この現状を作り出したすべての悪、

ファースター政府。


このチャンス、

みすみすと逃す手はない。


スカルドの奥底にふつふつと、

まるで成虫になる前のセミのようにじっと待ち続けた、

憎悪の心を、一気に解き放つ機会が訪れたのだ。



とはいえ、焦りは禁物だ。


みすみすと逃す手はない、とはいっても、

復讐に対する青写真を、

まだそれほど描いていてなかった少年にとって、

ただ闇雲に場内に乗り込んだところで、

失敗に終わる可能性の方が高い。

そして失敗はすなわち、自らの死を意味する。


絶好の機会が訪れた時こそ、

慎重に物事を見極め、

情報を整理しなければならない。


自分の頭脳、

そして思考に絶対の自信を誇るスカルドは、

すぐさま行動にでる。


まずは外から観察とばかりに、

少年はセカルタ城へと足を運んだ。


可能性としては低いが、

それでも何か情報、

あるいは手がかりがあるかもしれない。

ベタな方法だな、と自分でも思いながらも、

スカルドは構うことなく、城へと向かった。


そして、程なくしてセカルタ城へ到着、

さて草むらから様子を――と、

どこか隠れる場所をと探していた矢先に、

ナナズキと偶然、遭遇したのだった。


さすがの天才少年も、

先客がいたことに驚きを隠せなかったのだが、

逆にこの場にナナズキがいたことにより、

自分の仮説が、

ほぼ間違いっていないことを再確認できた。


やはり、城の中で何かが起こると。


ただ、スカルドの思考は、

これだけで終わらなかった。


待て。

コイツは確か、

ファースターの手先だったはず。

となれば、国のトップについて、

情報を引き出すチャンスになる。


ただもちろん、コイツが簡単に、

口を割るとは思えない。

相手に怪しまれず、

また自分に危険が及ぶことなく、

知り得たい情報のみを抜き出すには、

どうしたらいいか。


確固たる意志と明確な課題、

その課題へのアプローチ法。


そのすべてを兼ね備え、

かつ不明な点を解消する手法、

それが先ほど実践したことだった。


相手に無限の選択肢がある質問に答えさせ、

回答後に起こすアクションによって、

“真の答え”を導き出す。

この“真の答え”こそが、

スカルドの知りたい、質問の核心部分だった。



『ならば一つ、質問に答えろ。

 テメーの(かしら)は、

 どんな武器の使い手だ?』



まずは自らが知りたい“仮の答え”を、

相手に伝わりやすいよう、

シンプルかつストレートに伝える。



『答えたくないというならばそれでいい。

 質問にさえ答えれば、

 この場を見逃すつもりだったが』



次に相手の方が、

立場が上にならないよう、

相手の弱いところを意識させる。



『貴様の判断で構わん、何が武器だ?』



そして無限に近い、回答の選択を与える。

これにより、相手は否が応でも、

答えについて考えなければいけなくなる。


さらに相手から回答を得られたならば、



『剣の使い手か、

 まあいいだろう』



サッサと野放しにする。

これこそが、大切な意味を持っていた。



人間という生物は賢い。

世界で数少ない、

未来のことを考えることができる生物だ。

この場合、ナナズキは彼女の中で、

最もどうでもいい情報を、スカルドに告げた。


実際、スカルドにとっても、

剣の使い手という要素はどうでもよかった。


だが、どうでもいい情報ゆえに、

ナナズキは理論武装を行った。


スカルドからどのような突っ込みを受けたとしても、

すべて跳ね返すことができるよう、

未来を想定し、弁解を準備した。


ところが、スカルドは何も言ってこなかった。

いや、正確には、あえて何も言わなかった、

という方が正しい。


スカルドは、その弁解すらも想定していたのだ。

想定していたからこそ口出しすることをせず、

ナナズキをそのままどこかに行かせたのだ。


スカルドの思考は、確信していた。


言い訳を用意していたところへ何もなければ、

ナナズキは必ず肩透かしを食らうはず。

そこで例えば、

『あら、いいの?

 こんなどうでもいい情報で満足して』

とか、すぐにリアクションが返ってきたなら、

目上の人に関する物事を、

大きく見せたいという人間の心理上、

また、追いつめられると、

必要以上のことを喋りだすという人の性質上、

クライドはそれほど多くの武器を持っていない可能性がある。

だが、多くを語ることなく、

すぐにその場を立ち去ろうものなら、

まだまだ隠し玉が多く残っている確率は高い。



無論、天然人間や脳筋人間ならば話は別だが、

騎士隊隊長を担うナナズキなら、

それらの部類には属さない人間だ。


未来を予見し、

対策をしっかり立てようと画策する人物なら、

取るべき行動によっておのずと選択肢、

そして情報は見えてくる。


何も物事が確定したものだけが、情報ではない。

人物像を大まかに象り、

情報収集をどの程度までするべきか見極めることも、

大切な情報なのだ。


復讐を遂行するためには、

まだまだ情報が必要。

それこそが今回、

少年がナナズキから盗み出した、

真の情報だったのだ。



(どのみちすぐには事を起こそうとは思っていなかったが、

それ以上にまだまだ、情報が必要そうだな)



スカルドはふと後ろを振り返り、

セカルタ城を見やった。


地上55メートルを誇るセカルタ城は、

いつもと変わりなく、

セカルタの象徴としてスカルドの視覚へ、

厳かに、重厚に、それでいて無表情に訴えかけてきた。


急いてはことを、仕損じる。

今はまだ、その時ではない。

今はまだ、無理をしてまで行動を起こすべきではない。


スカルドは再び前を向くと、



「明日あたり、レナ(あいつら)から色々聞き出してみるか」



自らにそう言い聞かせると、

少しばかりの気分転換を終え、

再度自らの研究部屋へと、戻っていった。


次回投稿予定→6/4 15:00頃

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