第103話:揺れる思考
「久々に、ここへ戻ってこれたわね」
「ここを出発して、5日かぁ……。
僕、もっと時間が経っている感じがするよ」
「あ、アルトも?
あたしもそんな気がするわ。
何か一か月ぶりくらいに、帰ってきたって感じ?」
「そうそう、そんな雰囲気だよね。
それに5日前は、蒼音ちゃんとも、
まだ出会ってなかったしね」
「そうですね。
そういえば私、皆さんとお会いしてから、
まだ3、4日くらいしか、
ご一緒してないんですよ」
「もう何か月も前から、
蒼音とは知り合いの感じがするわね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいです」
「よし、すぐにレイに会いに行きましょ。
これからのことを、
早く話し合わないといけないし。
プログ、それでいいわよね?」
「ん? ああ、俺は別に構わんぜ」
「……まあいいや。
とりあえず急ぎましょ」
執政代理であるレイの計らいにより、
レナ達は門番に名前を告げれば、
いつでも場内に入れる、
いわば顔パス状態となっている。
城門の前での会話を終えると、
レナ、アルト、蒼音、そしてプログの順に、
4人はレイの待つ、
セカルタ城内へと消えていく。
「…………」
その4人の姿を、
まるで獲物を影から狙う、
肉食動物のように観察する者が一人。
(あいつ等が城の中に入った……。
ということは、やっぱり……)
トレードマークである青髪のツインテール、
そして存在を必死に隠しながら、
少女はレナ達の行方を凝視している。
(セカルタを離れる途中で姿を見かけて後を尾けたら、
やっぱりビンゴだったわ)
息を殺しながらも、
彼女は少しだけ、笑みを浮かべることができる。
観察者の正体は、ナナズキだった。
長考の果て、
一度はセカルタを離れることを決意、
セカルタより別大陸に渡るため、
港へ向かったナナズキだったが、
偶然にもレナ達が、船から降りてくる姿を目撃し、
大慌てで尾行を始めた。
そしてたどり着いたのが、
先ほどまで自らが侵入を悩み、
そして去ることを決意した、
セカルタ城だったのだ。
ローザを連れ出したとされるレナ達の、
セカルタ城への、
ほぼ顔パス状態での入城。
ナナズキが密かに抱いていた、
ローザのセカルタ城保護説が、
ここにきて俄かに現実味を帯びてきていた。
(どうしよう。
思い切って侵入しようかな……)
ナナズキの気持ちが、
グラグラと揺れ動く。
セカルタ城への進入禁止という命令に背けば、
どんな仕打ちが待っているかは分かっている。
けれども、騎士総長という、
いわば最高責任者から受けた、
任務を遂行する一番の近道は、
命令に背き、セカルタ城内を確認することである。
(たぶん、いるのよね……)
ついさっき、侵入しようかと迷った時に比べ、
確証は格段に上がっている。
間違いなく、ローザはこの中にいる。
あとはこの中に侵入さえしてしまえば、
ナナズキの目的は達成できる。
ただそれだけの、
ナナズキにとっては簡単なお仕事だ。
だが、それでも命令がある以上、
その確証を確定に変えることはできない。
クライドから命じられた任務が、
クライドの命令によって果たすことができない。
誰にも相談することのできない、この苦悩。
命令違反と任務とで板挟みとなり、
ナナズキの心は、
先ほど以上に揺れに揺れ動
「お前、こんなところで何してやがる」
「ッ!?」
5時の方向から突如、
男の低い声が体を貫くように刺さり、
ナナズキは即座に距離を取り身構える。
目の前の宝に気を取られ、
背後から何者かが近づいていることに、
まったく気づいていなかった。
ヤバい。
もしかして、
セカルタの兵士に見つかったか。
ナナズキは即座に、
右手を目いっぱい広げた。
杖使いであるナナズキは、
ふだんはその杖を、
別の空間に閉じ込めている。
そしていざ、
自分の相棒である杖が必要となった場合には、
右手を広げて杖の姿かたちを念じるだけで、
一瞬で異空間からその杖を、
現空間に呼び寄せることを可能にしている。
もし自分を見つけたのがセカルタ兵士だったならば、
多少の武力行使をしてでも、
人物の特徴を詳細に把握されてはならない。
それは、少女が戦士に変わる瞬間だった。
はずなのだが。
「あれ、アンタ……」
少女は目撃をされた者に、見覚えがあった。
というより、しっかりと記憶に刻まれていた。
「確か……スカルド、とかいう名前だっけ?」
「そういう貴様はナナズキという名だったか。
こんなところでコソコソと何をしている」
ナナズキの目撃者、
スカルドはつまらない、というよりは、
どこか呆れた様子でぶっきらぼうに言う。
「アンタこそ、
何でこんあところをほっつき歩いてんのよ?」
「先に質問をしたのは俺だ。
問いを投げかけるなら、
俺の質問に答えてからにしろ」
相変わらずつっけんどんで嫌な感じね、
ナナズキは心では叫んでいたが、
ぐっとその言葉を飲み込み、
「それなら悪いけど、
こっちもアンタの質問に答える義務はないわね」
「そうかい。
ま、俺としては別に、
お前の理由なんざどうでもいいがな」
「あっそ。
それじゃ、お互い興味がないってことで」
終始強気の言葉を並べ、
ナナズキは何事もなかったかのように、
まるで近所で立ち話をし終えて別れを告げるかのように、
その場を立ち去ろうとした。
ナナズキにとって、
見つかった相手がスカルドということは、
どちらかといえばかなり幸いな方に働いていた。
セカルタの兵士に見つからなかったのはもちろん、
素性の知らない一般人でもなかったことが、
特に幸運に恵まれていた。
たとえ知られたものが城兵ではなかったとしても、
例えば一般市民に姿を見られたとなれば、
おそらくすぐに不審者の目撃情報として、
セカルタ政府へと進言されることになるだろう。
そうなれば結局、
兵士に見つかったことと同じ意味となってしまう。
だが、結果として、
ナナズキの前に姿を現したのはスカルド。
ナナズキ側、そしてスカルド側、
互いが互いのことを知っているという人物に、
出くわすこととなった。
ここ数日、ナナズキはセカルタに滞在している。
その中で、スカルドがそれほど、
セカルタ政府との繋がりがないということは、
すでに確認済みだ。
となれば、である。
大ピンチに陥ったところから一転、
大逆転で何事もなく窮地脱出か、
という芽が、急浮上してきたのだ。
「それじゃ」
ナナズキは波風立てることなく、
まるで引き潮のように自然の流れで、
その場からフェードアウトしようと
「待て」
したのだが、
スカルドの鋭い言葉と視線が、
それを許してくれなかった。
「な、何かしら?」
「お前確か、ファースターの騎士隊、
しかも隊長とか、前に言ってたよな」
「そ、そうだけど、
それが何かしら?」
とにかく早く、この場から抜け出したい。
ナナズキは無理に反論することはせず、
コクリと一つ、うなずいた。
「ならば一つ、質問に答えろ。
テメーの頭は、どんな武器の使い手だ?」
極めて直球で、
スカルドは質問をぶつけてきた。
「……は?」
「聞こえなかったか?
お前の上司は、どのような武器を、
持っているのかと聞いたんだよ」
この少年、何を言っているのか。
ナナズキは本気で、
スカルドの言葉の意味が分からなかった。
「答えたくないというならばそれでいい。
質問にさえ答えれば、
この場を見逃すつもりだったが」
「いやちょっと、待ってって、
質問の意味がまったく分からないんだけど!
どんな武器の使い手って、
私は何を答えればいいのよ!?」
あまりにも抽象的すぎる質問に、
ナナズキはやや苛立ちを見せ始める。
一口に武器とはいっても、
その種類は無限にある、といっていい。
剣や槍、格闘用グローブ、
そして矢や斧といった、
物理的損害を与えるものは当然だが、
例えば兵を動かす指揮力や、
有能な兵士を育て上げる育成力だって、
武器というには十分なものになる。
さらに言えば、
言葉によって相手を言いくるめる交渉力や、
精神的な苦痛を与える暴言だって、
見方によっては武器と捉えることができる。
つまりは何が武器かと聞かれたところで、
質問者がどこまでが武器なのかという、
明確な定義づけがされていなくては、
本来、この質問に答えることはできない。
それを理解しているからこそ、
ナナズキは困惑した。
今、目の前にいる無愛想の少年が一体、
どのような武器の答えを欲しているのか。
スカルドの言葉から文意を読み取るには、
あまりにも発せられた単語情報が少なすぎた。
「貴様の判断で構わん、何が武器だ?」
だが、少年はそれ以上の情報を、
ナナズキに与えることはしなかった。
相も変わらずガムを含む口元を、
モゴモゴと動かしながら、
齢13とは思えない鋭い眼光で、
7隊長の一人、ナナズキを睨み付けている。
(いや、貴様の判断って言われても……)
いよいよ困ったのはナナズキだ。
雰囲気から察するに、
これ以上の情報開示は望めそうにもない。
(何なら……話しても大丈夫かしら……)
貴様の判断。
この自由度がナナズキの判断を、
完全に鈍らせることとなった。
一度は休戦協定を結んだとはいえ、
ナナズキとスカルドは本来、敵同士にあたる。
敵同士ということはもちろん、
自軍に対する情報を、
安易に公開することは許されない。
だからこそナナズキはスカルドから、
指定が欲しかった。
自分はどのような情報を欲しているかという、
明確な指定を、彼女は望んでいた。
仮に情報の指定があったならば、
ナナズキは無条件に、
その情報を開示することが義務付けられる。
例えば、手に持つ武器と言われれば、
半強制的に剣と答えなければいけないし、
軍事力はと問われれば、
一国を動かすほどの力を有していると、
自動的に回答をする。
質問がより具体的に絞り込まれていれば、
ナナズキも回答の自由度がなくなっていく。
一見、ナナズキにとっては具合が悪いように映るが、
今のナナズキにとっては、
スカルドに主導権を握られている現在の少女にとっては、
むしろそちらの方が、好都合だった。
情報を易々と渡すことは当然してはいけないことである。
だが、自身が危険な状況に置かれているなら、話は別だ。
ナナズキは現在、
ファースター騎士隊の隊長を務めている。
当然、部下も多数抱えている。
ここで彼女の身に何かあれば、
ファースター騎士隊にとってのダメージは、
決して小さくない。
この場から命を落とすことなく脱出する。
そのためならば多少の犠牲、
この場合クライドに関する情報提供をはらうことは、
やむを得ない状況だ。
自分の身を守るために、
相手の条件をやむを得ず呑んだ。
多少のペナルティーは受けるだろうが、
それでも大事までにはならないだろう。
それが例え、
クライドに関する重大な情報であっても、だ。
重大な情報であれ、
相手からそのような情報開示の指定があれば、
生命には代えられない。
相手から指定があれば、だ。
だが今回、
スカルドの情報指定の条件が、
クライドの武器、という要素だけだった。
選択肢が狭くなればなるほど、
ナナズキは自分の命のため、
何も考えることなく、
重大な情報を話すことへの、
“やむを得ない”度が上がっていくが、
今回、ナナズキに与えられた選択肢は、
あまりにも多い。
結果、ナナズキは考えなければいけなくなった。
スカルドの要求通りに、
かつそれほど自軍に影響のない、
クライドに関する武器の一つを、
ナナズキは自分で判断し、
答えることを余儀なくされたのだ。
(どうしようかしらね……)
ナナズキは、思考をフル回転させた。
スカルドがナナズキの自由度を高めた以上、
即答をする必要は、どうやらなさそうではある。
事実、ガムをストレス発散のごとく、
乱暴に噛みつづけるスカルドだが、
「早くしろ」という一言だけは、
まだ発していない。
自由度が増した分、
ある程度の考える時間を与えてはくれている。
だが、
(この根暗が、長いほど待ってくれるとは思えない。
早いところ考えないと……)
スカルドの性格からして、
それほど多くの時間をもらえるとは考えにくい。
ナナズキはつい先ほどの城への侵入に続き、
再び決断を迫られていた。
「…………」
少女は考えた。
自らの上司である、
騎士隊隊長クライドの、
数ある武器の中で、
一番どうでもいい情報を。
スカルドより与えられた自由の範囲で、
最も外側にある武器を。
「そうねえ……」
思考をこらしたその時間は、
およそ4、5秒。
スカルドのストレス度を、
それほどあげることのない時間にて、
本題に入る前の、
適当な接続言葉を発したのちナナズキは、
「騎士総長様の武器といったら……」
小さく一つ、
呼吸と気持ちを落ち着かせるように息をつくと、
「相当な剣の使い手というところかしら、ね」
少女は、自らが考えた上司の武器を、
包み隠さずストレートに伝えた。
次回投稿予定→5/28 15:00頃




