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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第102話:少女たちの葛藤

「……」



入れなくは、ない。



「…………」



一見、厳重そうに見える警備だが、

少女からすれば、

穴は十分にある。

例えば、少女の目の前にある、

長さ30センチ程度の正方形にて作られた、

排気用の換気口。

大の大人が侵入するには無理があるが、

体が小さい子ども、

つまり少女なら容易に侵入ができる。



「………………」



そこをつかえば、

少女は直ちに、

場内へと潜り込むことができる。



「……………………」



そうすれば、少女の持つ、

数多くの疑問の一つは、たぶん解消される。



「……………………はぁ」



にもかかわらず、

先ほどからため息しか出ない。



ファースター騎士隊5番隊隊長、

ナナズキはセカルタ城麓の茂みから、

お城の様子を再びうかがっていた。


だが、4番隊隊長である、

ナウベルから指令を受けた前回とは違う。


今回は自分の意志で、

誰に頼まれているわけでもなく、

この場に身を隠していた。


(私の推測が正しければ、

場内にローザ王女がいるはず)


なぜここまで自信を持って言えるか、

ナナズキ本人もわからないが、

それでもこの結論、

ファースター(元)王女のローザが、

この中にいるという結論に、

ソコソコの自信を持っていた。


実際、ナナズキが考えている通り、

ローザはセカルタ城内に約一週間ほど、

身を寄せている。


ナナズキの予想は、間違っていない。


ローザの保護という任務を、

騎士総長クライドより受けているナナズキ。


ファースターを出発してから今に至るまで、

一度たりともローザの姿を目にしたことはなかった。

だが、それもここで終わり。


あとはたった一つの行動を起こせば、

少女の任務は、終わりを告げる。


そう、たった一つ、

セカルタ城内へと突入する、

という行動さえ起こせば。


だが。



(どうしようかな……。

やっぱし止めとっかな……)



頭では分かっていることなのに、

脚が動かない。


脳では動けと指令を出しているつもりなのが、

その指令が下半身の末端、

足に届くまでに、

まるで電波が遮断されるかのように、

その指令はプツリと遮断されてしまうのだ。


理由は明確だ。



(きっといると思うんだけど……。

あーもう!

なんでよりによってナウベルに、

城内侵入を止められなきゃいけないのよ!)



そう、それこそナナズキの動きを鈍くさせる、

絶対的な理由だった。



『ローザ王女を探す任務は続行。

 ただし、セカルタ城に関しては、

 騎士総長様が伺われるため、潜入は禁止よ』



ナナズキの持つ通信機に、

ナウベルから報が届いたのは、

つい先ほどだった。


ナウベルより与えられた、

セカルタ城に向けて数匹の鳩を飛ばせという、

まるで鳥使いのような指示を遂行してから、

一旦はセカルタを離れようとしたナナズキ。


だが、あまりに不可解な任務と、

7隊長を使ってまでそれを全うさせようとした、

その行動の意味を鑑みナナズキは、

もしやローザがセカルタ城内にいるのでは、

と考えるようになり、

その真偽を確かめるべく、

セカルタ城へと、とんぼ返りをした。


だが、いざ潜入と腰をあげた瞬間、

まるでどこからか動きを監視しているかのように、

ナウベルから城内進入禁止令がくだったのだ。



(このタイミングで潜り込むのを禁止するとか、

どう考えても怪しいのよね)



人間というのは、

行くなと言われれば、

どうしてもその場所に行きたくなってしまう、

非常に我慢弱い生物である。


しかもそれが、自分が何かが臭う、

と感じている場所なら、なおさらだ。


ナナズキは、迷っていた。


ローザ王女探索。

それはナナズキが最初に受けた、

しかも騎士総長であるクライドから直々に賜った、

何物にも代えられぬ指令だ。


その指令はいかなる事象よりも優先される、

いや、優先されなければいけないものだ。


それが、たとえ自分の命であったとしても、だ。


無論、ナナズキにだって、その覚悟はある。


ファースターの騎士隊隊長を任されている身として、

そのくらいの覚悟、そしてそれを貫き通すことは

とうの昔にできている。


だが同時にナナズキは、

非常に義理堅い性格を備えている。


道理に合わないことは、絶対にしない。

そして恩を受ければ、

必ずその恩はすぐに返す。


それが、5番隊隊長、

ナナズキの性格だ。


任務に対して、命を賭す覚悟はある。

だが、だからといって、

卑劣な手を使ってまで、

任務を遂行するということは、

ナナズキの良心が許さない。


先日ギルティートレインで遭遇しながらも、

共に戦い、命を助けられた恩から、

レナ達をその場で捕まえることをしなかったことが、

その最たる例だ。


誰かを騙す、他人を陥れる、

人質をとる。

そういった類のことを、

ナナズキは最も嫌う。


だからこそ、

人にやるなと言われたことは、

必ず守る。


ナナズキという少女は、

そういう人物だ。


実際、今回セカルタ城に潜入するのも、

ローザを捕まえるためではない。


あくまでも、ローザが、

この城の中にいるのか、

それをただ、確認したいだけだった。


いなければ自分の思い違いでよし、

万が一ローザを発見できれば、

そこからどうやって連れ出すかを考える――。


ナナズキの思考の妙はそこにあった。


だが、残念ながらその思惑は、

4番隊隊長であるナウベルに、

無慈悲に砕かれることとなった。


セカルタ城へは入るな。


この命令を耳にしてしまった以上、

義理堅いナナズキは、

目の前にそびえる可能性の塊への潜入を、

諦めざるを得ない状況になってしまったのだ。



(通信機の電源、切っとけばよかったな)



もしその言葉を聞いていなければ、

今ごろこの目の前にある城の中に、

多少の希望感を抱いて入れたのに。


ナナズキは、そう後悔していた。


もっとも、今まで通信機を切るなんて行動、

ただの一度もしたことはないのだが。



「はぁ……」



ナナズキはもう一つ、

大きなため息をつく。


茂みに隠れているとはいえ、

今いる場所が安全である保障はない。


いつ、セカルタ兵士たちに見つかるかは、

ナナズキ本人にも分からない。


セカルタ城に潜入をしないのであれば、

早急にここから立ち去る必要がある、

というより、立ち去らなければいけない。


もしここでセカルタ兵に捕まるようなことがあれば、

それこそ単なるミスでは済まされない。


だが、それでもやはり、気になる。

ここに、ローザがいるのか、否か。



(どうしよっかな……)



決断の時は、刻一刻と迫っていた。


可能性、指令、確信、義理、そして立場。


自分を取り巻く、

ありとあらゆる要素が複雑に絡み合いながらも、

少女は考えた。

誰かの手を借りることなく、

ナナズキは悩んだ。


そして。



「……よし」



納得する結論を導き出した、

幼きツインテール少女は意を決したように呟くと、

その場からスクッと立ち上がり、

ゆっくりと歩きだした。


その方向とは――。





この世界、グロース・ファイスは、

4つの大陸から構成されている。

その一つ、エリフ大陸は昼夜の温度差が、

他の3大陸よりも格段に違う。


例えば一日外出する予定で、

昼に25℃付近、

いわゆる夏日と呼ばれる気温に到達したといって、

薄着で外を出ることは、

この大陸では自殺行為に近い。


たとえ一日の中で最も気温が上がる時間、

午後2時ごろに高温を記録したとしても、

そこから3時間後、

つまりたったの180分後には、

その気温は半分どころか、

最大で35℃も急降下する場合があり得る、

それがエリフ大陸の、

最大にして最“痛”の特徴なのである。


ゆえにエリフ大陸へ向かう際、

夜になるのか、

昼になるのかによっては、

まさに天国と地獄のように、

その旅客の運命を大きく左右することとなっている。



「よし、何とか寒くなる前には、

 たどり着けたわね」



セカルタの大地へと、

再び降り立ったレナは開口一番そう言うと、

ホッと胸をなでおろしていた。


現在、午後4時。


まだ辛うじてまだ、

太陽が上空を支配している時間帯に、

船は約5日半の航海を終え、

セカルタ港へと無事に帰港した。


レナ達の夜通しかけて行った、

見張りの甲斐あってか、

船は順調に進むことができ、

見事に予定通り1日半ほどで、

極寒の地、ディフィード大陸から、

現在のレナ達のホームタウンである、

エリフ大陸の王都、

セカルタへと到着したのだった。



「よかったぁ……無事に戻ってくれたぁ……」



レナに続いて船から大地へ降りたアルトは、

まるで自分の故郷に戻ったかのように、

しみじみ言う。


これからの課題はあるものの、

自らの命の保証という、

絶対的な安心を得られたことに、

緊張の糸がほんのわずかに緩んでいる。



「ここが……エリフ大陸……」



一方の蒼音は、

人生で初めて降り立つ南西の地、

エリフ大陸を目の当たりにして、

キョロキョロと目を動かしている。



「蒼音はエリフ大陸、初めてよね」


「はい、こんなに立派で賑やかな場所があるなんて……。

 私、全然知りませんでした」


「そっか、七星の里には港はなかったし、

 ディフィード大陸の港、

 カイトもあの調子だったもんね。

 そう考えれば港らしい港は蒼音ちゃん、初めてか」


「はい。

 里の人々の話でしか、

 港について聞いたことがありませんでしたが……。

 すごく活気に溢れていますね!」



まるで列車や船を見てはしゃぐ子どものように、

蒼音は目をキラキラと輝かせている。


レナ達からすれば、一度見た光景だし、

それほど驚くことでも、

くらいの認識しかないのだが、

ただの一度も故郷である、

七星の里をと飛び出したことのない蒼音からしたら、

目にするものすべてが新鮮なのだ。



「さてと、そしたら――」



早いところレイのところにと、

レナは先へと進もうとしたが。



「――?」



先ほどから、

何か一人抜けているような気が、

というより気配が感じられないことに気づき、

ふと後ろを振り返る。



「…………」



見ると、気配ゼロの男、

プログは最後方で一人うつむき加減に、

まるで棒のようにつっ立っていた。


どうもいつもの調子が出なかった、

その要因を見つけたレナは、



「プログ、どうしたの?

 昨日の夜から、あんた様子がちょっと変よ?」



昨晩は聞くことのできなかった質問を、

年長者の元ハンターへとぶつけてみた。


昨晩の様子は、明らかにおかしかった。

常に冗談を飛ばし、レナをからかい、

それでいて戦いになれば頼もしさを発揮する、

いつものお調子者のプログではなかった。


何かに動揺し、悩み、苦しんでいる。

少なくともレナの目、思考には、そう映った。



「……!!

 あ、ああ、何でもない。

 ちょっと眠気が取れなくてよ」


「ホントに?

 昨日の夜は


「大丈夫、大丈夫だって。

 それよりほら、

 サッサとレイのところへ行かないと、だろ」



そりゃそうなんだけどと、

レナも最優先事項が何かは分かっている。

今、4人が優先すべき項目第1位は、

レイに会うことである。


だが、それでもレナの中で優先事項第2位は、

プログの異変だった。


おかしい。

昨日の夜、レナがプログを叩き起こそうと部屋に押し入り、

目覚めたあたりから、明らかに何かが変だった。



「さっ、そしたらお城へ向かうか」



だが、それでもプログは何も語ることなく、

違和感のある早足でセカルタ城の方へ急ぎだす。


これ以上は何も聞くな。

青年の背中が、そう語っている気がした。



「……何あれ?」



レナは?マークを、

頭いっぱいに羅列せずにはいられなかったが、



(まあいっか。

他人に知られたくないことの一つや二つくらい、

誰にでもあるだろうし)



思って、それ以上追及するのをストップした。


気にならないといえば、

真っ赤なウソになる。


目の前であれほど、

ベッドの上でのた打ち回る様子を見させられては、

気にしないでいられる方が、

むしろおかしい。


だが、彼がこれ以上、

詮索するのを嫌うのであれば、

それはそれで尊重するべきであるとレナも考えていた。


レナは、幼い頃の記憶がない。

なぜかは自分も分からない。

そしてその事に対して、

必要以上に訪ねてくる輩を、

レナはことさら嫌う。


内容を聞いたところで、

あんたはあたしに対して何かできるのか、

理由を聞かせたら、あんた達は、

あたしの記憶を戻すことができるのか。

同情するためだけに聞いてきたんなら、

逆に傷つぐだけだからそんなものは不要。


今までの経験からそういう境地に、

レナはすでに立っている。


そしてそのことを知っているからこそ、

レナはプログに対しての追及を避けた。


安易な考えで、

他人の悩み、苦しみに介入することは、

逆に他人を傷つけることになる。


レナは黙って、プログの後をついて行った。

状況が読めずに困惑するアルト、

そして蒼音をしたがえ、急いでセカルタ城へと向かう。


プログがもし、

気が向いて話してくれるようになった時になったら――。

レナは考えにケリをつけ、

レイの待つお城へと向かう。


プログという青年が、

レナの姿を故人と重ねて苦しんでいる、

ということなど、まったく知る由もなく。


次回投稿予定→5/21 15:00頃

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