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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
103/219

第99話:“どうでもいい”情報

強い決意を持ってセカルタを出発して3日半。

そして失意を抱えてディフィード大陸を後にして、

およそ1時間が経過した。


あの極寒の地からわずか1時間しか、

時が進んでいないにも関わらず、

気温はすでに上昇の一途を辿っていた。


流氷だった海も徐々に融解していく海路の中、

レナ、プログ、アルト、そして蒼音は、

船の甲板へと集合していた。


ディフィード大陸出発直後こそ、

失意に押し潰されそうになっていたレナだったが、

セカルタで到着を待つローザのためにと、

何とか気持ちを奮い立たせ、

他の3人の前へと姿を見せたのだった。



「さて、とりあえずレイ執政代理に、

 事の報告をしないといけないわけだが……」



そう切り出したプログだったが、



「しっかし、どうするかね……」



初っ端からいきなり、

言葉を濁し始める。



「え?

 今回のドルジーハ総帥とのやり取りと、

 フロウ達の事を話すんじゃないの?」



濁された部分であろう言葉を、

アルトが代わりに口にする。


ディフィード大陸に滞在した約24時間で、

執政代理であるレイに報告すべき特記事項と言えば、

ディフィード大陸の王都キルフォーの最高責任者、

ドルジーハとの交渉結果と、

その後に出会った反政府組織、

暗黒物質(ダークマター)の剣という存在、

この2つくらいだ。


まさかこの期に及んで大陸は寒かっただの、

港町カイトから王都までは遠かっただの、

蒼音は酒が飲めないといった、

取るに足らない、

言わばどうでもいい情報など、

伝える必要がない。


伝えるべき情報の候補は、決して多くない。

にも関わらず、



「うーん……どうするべきかね……」



年長者であるプログは、

まるで数多い候補の取捨選択をしているかのような、

苦悩の表情が見え隠れしている。


その様子を隣で見ていたレナは、



「プログ、あんたもしかして……」



何となく自らも気にかかっていた、

懸案事項をぶつけてみた。



「フロウの事を言おうかどうか、

 迷ってる?」


「! ん、まあな。

 やっぱお前も引っかかっていたか」



同志を見つけたかのように、

レナの言葉を聞いたプログの表情が、

多少緩んだ。


どうやらプログも、

レナと同じ様子で思考を巡らせていたようだ。



「え? え? どういうこと?」


「フロウ達のような反政府を掲げる組織がある、

 ってのをレイ執政代理に報告すべきかどうか、

 てことさ」


「え、だってさっきフロウに、

 大陸に戻ったら話すって……」


「ありゃあくまでも、

 市民の噂話レベルでの話だ。

 レイに話すかどうかはまた別問題さ」


「???」



話の一歩後ろを歩くような、

アルトの戸惑いように、

プログは言葉を続けた。



「確かにフロウ達のように、

 現政府を倒そうと目論む組織があるってのは、

 非常に特筆すべき事柄ではある。

 だが、それを果たして、

 他大陸の政府、しかも事実上のトップでもあるレイに、

 おいそれと話す、ってのが問題なのさ」


「あの、それが何か、

 不都合でもあるのでしょうか?」



アルト同様、

蒼音も話がピンと来ていない。



「簡単に言っちゃえば、

 レイとしてはまったく要らない情報、

 むしろ聞きたくなかった情報だった、

 って可能性があるのよ」



プログのフォローとばかりに、

今度はレナが、口を開く。



「例えば、蒼音がレイの立場で、

 アルトがドルジーハの立場だったとするわね。

 まずアルト。

 自分に身の危険が迫っていることを知らないのに、

 なぜか全然関係のない蒼音が、

 その事実を知っていたら、どう思う?」


「どうって……何で教えてくれないの、

 ってなるかなぁ」


「そうね、あのドルジーハがアルトくらい優しい性格なら、

 それで済むと思うんだけど、

 あいにくそこまでお人好しじゃないからね、あの頑固頭は。

 さしずめ『お前らどこからその情報を!』ってなるでしょうね」



と、ここまでレナが話すと、



「さて、一方の蒼音ちゃん。

 部下からの報告で、

 ドルジーハ総帥の命が狙われている、と聞いたとする。

 国交もなく、一方的に拒否をされている国を相手に対して、

 どんな行動を取るかな?」



プログが蒼音に対し、

まるで先生のように問いかける。



「え、えっと……。

 どう、でしょうか……」


「わりいわりい、

 ちっと難しい質問だったか」



七星の里出身の蒼音は幼いころから、

自分の意志を殺してきた人間だ。

言うなれば自分の生き方を見つけることなく、

ここまで人生を歩んできている。

そのことを若干失念していたプログは、

ゴメンゴメンとばかりに軽く手を立てると、



「ま、ここで重要なのは、

 相手と国交がない、という点だ。

 仮にエリフ大陸とディフィード大陸の親交が深ければ、

 レイからドルジーハに対して、

 危険因子が潜んでいることを伝えることに、

 それほど問題もないだろう。

 だが、これが国交のない同士となれば、

 話は別だ。そうだろ、レナ?」



言って、話の発言権を再び、

レナへと不意に渡す。

だが、唐突に渡されたバトンにも、

レナは慌てることなく、



「そっ。

 親交がある者同士なら、

 例えば助け船を出したり、

 危険因子を排除する協力ができる。

 でも、国交がなければ……?」


「そっか、国交がないから、

 協力を申し出ても、断られちゃうんだ!」


「ご明察」



アルトの導き出した答えに、

レナは大きく一つうなずく。



「だから、レイはその情報を知ったところで、

 何もすることができないのよ。

 仮に地位の危険をドルジーハに伝えたところで、

 内政不干渉の原理に反する!

 とかイチャモンつけられて、

 面倒なことになる可能性があるしね。

 つまり、セカルタとしては、

 キルフォー側に危険を訴えたり、

 強力を申し出ることは、

 何のメリットもない行為なのよ」


「かといって国家を揺るがす危険因子、

 すなわちフロウ達にレイ、

 というよりセカルタ政府が肩入れすることなんざ、

 絶対にできない。

 反政府組織に他国家肝入り、

 なんて箔がついたときたら、

 もしドルジーハにバレれば、

 それこそ全面戦争待ったなしだろうぜ」



プログは自嘲気味に、

そう付け加えた。


世界を構成していく上で、

なくてはならない存在である、国家。

その国家という集合体が、

世界にいくつも存在することを可能にする大原則、

その中の一つに内政不干渉、というものがある。


常軌から逸脱したことでない限りは、

一定の事柄に関して、

自由にその国家内で処理ができる。

また、その事柄、処理に関しては、

他の国家が干渉することは許されない、

それが内政不干渉の原則だ。


物凄く簡単に言ってしまえば、

よそはよそ、うちはうちという発想に近い。


ディフィード大陸で起こっている事柄、

今回のケースで言えば暗黒物質の剣という、

反乱組織の存在に対しては、

あくまでもディフィード大陸管轄内で処理するべき事柄になる。


よって、レイの所属するエリフ大陸、王都セカルタが、

その事柄に対して何らかの働きかけを行うことは、

内政不干渉の大原則に違反することになってしまう。


加えて、二国間に国交はない。


この2つの揺るぎない前提を加味すれば、

たとえレイが暗黒物質の剣の存在を把握したところで、

打つべき手がない。


つまりレイからすれば、

ディフィード大陸で立ち上がった反政府組織の存在は、

言わば“どうでもいい”情報であり、

何の価値もない情報なのだ。



「で、でも、

 一応知らせておいた方がいいんじゃない?

 ほら、報連相は大事だってよく聞くし……」



頭では理解しているものの、

黙っていることに少々後ろ髪を引かれる思いなのか、

アルトはさらに食い下がる。



「まあ落ち着けってアルト君。

 確かに報連相は大事だが、

 時には例外ってモンもある」


「? どういうこと?」


「ま、簡単に言えば、

 今回の件すべてを洗いざらい、

 レイに話す必要はないってことさ」



プログはアルトの肩にポン、と手を置くと、



「フロウの件を話しても、

 レイに何のメリットもないというのは、

 さっき説明しただろ?

 その話には続きがあってだな、

 メリットがないどころか、

 逆にデメリットになっちまうんだな、これが」


「デメリット? どうして?」


「俺達が暗黒物質の剣の件を、

 レイに話すことにより、

 否が応でも、知識としてレイの脳内に、

 その情報がインプットされちまう。

 国を背負っている立場の人間において、

 色んな政治判断をするときに、

 その情報によって判断を鈍らせるようなことにでもなれば、

 どれだけヤバいことか、多少はわかるだろ?」



子どもに何かを教え込むかのように、プログは言う。


国を預かる立場の者が、

法や言動により国を動かそうとする場合、

決断に一番の拠り所とするのが、

情報、しかも確定確信に満ち溢れている情報である。


国を動かしたことにより、

果たしてどのような結果が訪れるか。

超能力者でもない限り、

それを事前に把握することはできない。


だからこそ、執政者は情報を求める。

国民が飢えに苦しんでいるという情報があるからこそ、

食料に関する対策を打ち出すことができ、

他国から侵攻を受けているという情報があるからこそ、

速やかな迎撃指示を出すことができる。


とにもかくにも、

確かな情報を得ることによって、

初めて国を動かすことができる、

それが国のトップに立つ者の、

責任の重さなのだ。


ただ、それは逆を言えば、

不確定、曖昧な情報は、

判断材料にならないことを意味する。

いや、むしろ確定情報の中に曖昧な情報が入ってくれば、

執政者に迷いが生まれる。


例えば国民が飢えに苦しんでいるが、

誰かが食料を独り占めしているらしい、

という曖昧な情報が、

耳に入ったとなれば。

例えば他国から侵攻を受けているが、

じつは国内に内通者がいるらしい、

という不確定情報が、

どこからか紛れ込んだとしたら。


たとえその情報がデマだとわかったとしても、

国の責任者の判断は、間違いなく遅れる。

そしてその遅れが、

結果として命取りとなってしまったら。


今、レナ達が報告しようとしている、

暗黒物質の剣という反政府組織の存在という情報は、

フロウの言葉を100%信用していない時点で、

不確定情報に分類される。


もしレイにこの情報が、

あまりに曖昧で信じがたいこの情報が、

脳内へとインプットされてしまったら。


一度聞いてしまった情報を、

完全に脳内から消し去ることなど、

人間にはできない。


レイがディフィード大陸、

王都キルフォーに関する施策を考える時に、

必ずレイの思考に、

この不確定情報が紛れ込んできてしまう。

そうすれば判断、決断する時間は、

間違いなく遅れる。


ただでさえ、何の成果も得られなかった上に、

レイの判断を鈍らせる怪しい情報を供給してしまう。


そんなことは、

当然許されるはずがなかった。



「そうね。レイには、

 フロウの件は黙っておいた方がいいわね。

 これ以上、迷惑をかけるワケにも、いかないしね」



レナも概ね、プログに同意だった。


世の中には知ったほうがいい情報と、

知らなくてもいい情報がある。


今回のフロウに関する情報がどちらかと言うならば、

明らかに後者のほうだった。


この件に関しては、

4人の中でとどめておくべき、

そう考えたレナは、



「さて、と。

 そしたらレイに報告しますか。

 全然気乗りしないけど……」



商談失敗を上司に報告する部下のように、

大きくため息をつきながら、

通信機を取り出した。


気持ちが乗っていないのは、

誰が見ても明らかだった。


ピッ。


だが、レナの後ろ向きな思考などお構いなし、

といった具合の軽快な機械音に続き。



『はい、レイです』


間髪入れず、

エリフ大陸の王都、

セカルタの執政代理の声が、

すぐさま聞こえてきた。



「あ、レイ……かしら?

 あたしよ、レナ」


『ああ、レナさんか。

 今、どちらにいるのかな?』


「今はえーっと……。

 ディフィード大陸からちょっと離れたトコ……かな」


『そうか。

 とりあえず、無事で何より』


「とりあえず、命を取られるようなことはなかった……かな」



一言一言の歯切れが最高に悪い口調で、

レナは通信機へと言葉を向けている。


これから交渉が失敗したという、

望まない事実を伝えなければいけないと考えると、

口取りは重くなる一方である。



『妙に歯切れが悪いが……。

 その様子だと、厳しい結果だったということか?』



まるでレナの表情を読み取ったかのように、

レイは通信機越しに、

気まずそうに報告するレナへと、

質問を投げかけた。



「……ゴメン、察しの通りよ。

 交渉は、失敗したわ」



レナは交渉失敗の事実を、

着色することなく述べた。


正直、レイから結果を察してくれたことに、

少女はかなり救われていた。


人はマイナスの結果を報告しなければならない時、

明らかに気が重くなり、

話題を切りだすのが遅くなることが多々ある。


いくら報告しなければいけないことだとはいえ、

レナ自身からこの話題を切りだすことに、

非常に億劫になっていた。

だが先ほど、その暗くなる結果を言いやすい環境を、

レイが問いを投げかけたことにより作ってくれた。


よってレナもすんなり、

失敗と終わった報告を、

何のつかえもなく口に出すことができたのだった。


だからといって、

事実がひっくり返るワケではないのだが。



『そうか……。

 やはり難しい相手だったか』


「ゴメン、あたし達がもう少し、

 うまくやっていれば……」


『いや、レナさんが気にすることじゃない。

 元々相手が相手だったんだ、

 最初から事がスムーズにいくなんて、

 俺も思っちゃいないさ。

 むしろ大変な役割をさせてしまって、

 こちらこそ申し訳ない』


「何言ってんだ、

 こっちがうまくいかなかったのが悪いんだし、

 執政代理が謝ることじゃねえよ」



やはりレナの予想通り、

事情を瞬時に把握して深くは追及してこないレイに対し、

プログも申し訳なさそうに通信機越しで話をしている。


無論、どちらが悪いわけでもない。

もっと言えば、レナやプログに対し、

強硬な姿勢をとったドルジーハでさえ、

国を守る守護者という、

最高責任者の立場で考えればとった行動が悪とは、

一概には言えない。


失敗はやむを得なかった。

悪がどこにも存在しない以上、

その言葉でしか、

事態を収める方法はなかった。



『まあ、詳しくは戻ったら聞かせてくれ』



レイは簡潔な報告を受けたのち不意に、



『今大陸を離れたとなると……、

 一日半でこちらに着くか。

 まあ、報告を受けて行動すれば間に合うな』



デカい独り言で、

しきりに時間を気にし始める。

まるで聞いてくださいと言っているかのように、

通信機でもバッチリその言葉を拾う。

そしてその大きい独り言は、

通信機を通してもちろん、

レナ達の耳にも聞こえてくる。



「あの、何かあったんですか?」



4人全員が感じていた疑問を、

アルトが代表してレイへと投げかける。



『ああ。ちょっと色々とあってだな……。

 お疲れのところ申し訳ないんだが、

 なるべく早めにこちらに戻ってきてほしいんだ』



待ってました、と言わんばかりの反応の速さで、

レイは切り出すと、



『そちらが交渉している間、

 こちらも少し状況が変わったんだ』



先ほどよりも低いトーン、

鋭い切れ味の口調でレイは言葉を挟み、


『クライド騎士総長が、

 一日前倒しでここに来る可能性が出てきた』


「……!!」


失意に沈むレナ達へ、

さらに殴り込みをかけるように、

レイはどうでもよくない、

厳しい報を告げた。


次回投稿予定→4/30 15:00頃

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