第99話:“どうでもいい”情報
強い決意を持ってセカルタを出発して3日半。
そして失意を抱えてディフィード大陸を後にして、
およそ1時間が経過した。
あの極寒の地からわずか1時間しか、
時が進んでいないにも関わらず、
気温はすでに上昇の一途を辿っていた。
流氷だった海も徐々に融解していく海路の中、
レナ、プログ、アルト、そして蒼音は、
船の甲板へと集合していた。
ディフィード大陸出発直後こそ、
失意に押し潰されそうになっていたレナだったが、
セカルタで到着を待つローザのためにと、
何とか気持ちを奮い立たせ、
他の3人の前へと姿を見せたのだった。
「さて、とりあえずレイ執政代理に、
事の報告をしないといけないわけだが……」
そう切り出したプログだったが、
「しっかし、どうするかね……」
初っ端からいきなり、
言葉を濁し始める。
「え?
今回のドルジーハ総帥とのやり取りと、
フロウ達の事を話すんじゃないの?」
濁された部分であろう言葉を、
アルトが代わりに口にする。
ディフィード大陸に滞在した約24時間で、
執政代理であるレイに報告すべき特記事項と言えば、
ディフィード大陸の王都キルフォーの最高責任者、
ドルジーハとの交渉結果と、
その後に出会った反政府組織、
暗黒物質の剣という存在、
この2つくらいだ。
まさかこの期に及んで大陸は寒かっただの、
港町カイトから王都までは遠かっただの、
蒼音は酒が飲めないといった、
取るに足らない、
言わばどうでもいい情報など、
伝える必要がない。
伝えるべき情報の候補は、決して多くない。
にも関わらず、
「うーん……どうするべきかね……」
年長者であるプログは、
まるで数多い候補の取捨選択をしているかのような、
苦悩の表情が見え隠れしている。
その様子を隣で見ていたレナは、
「プログ、あんたもしかして……」
何となく自らも気にかかっていた、
懸案事項をぶつけてみた。
「フロウの事を言おうかどうか、
迷ってる?」
「! ん、まあな。
やっぱお前も引っかかっていたか」
同志を見つけたかのように、
レナの言葉を聞いたプログの表情が、
多少緩んだ。
どうやらプログも、
レナと同じ様子で思考を巡らせていたようだ。
「え? え? どういうこと?」
「フロウ達のような反政府を掲げる組織がある、
ってのをレイ執政代理に報告すべきかどうか、
てことさ」
「え、だってさっきフロウに、
大陸に戻ったら話すって……」
「ありゃあくまでも、
市民の噂話レベルでの話だ。
レイに話すかどうかはまた別問題さ」
「???」
話の一歩後ろを歩くような、
アルトの戸惑いように、
プログは言葉を続けた。
「確かにフロウ達のように、
現政府を倒そうと目論む組織があるってのは、
非常に特筆すべき事柄ではある。
だが、それを果たして、
他大陸の政府、しかも事実上のトップでもあるレイに、
おいそれと話す、ってのが問題なのさ」
「あの、それが何か、
不都合でもあるのでしょうか?」
アルト同様、
蒼音も話がピンと来ていない。
「簡単に言っちゃえば、
レイとしてはまったく要らない情報、
むしろ聞きたくなかった情報だった、
って可能性があるのよ」
プログのフォローとばかりに、
今度はレナが、口を開く。
「例えば、蒼音がレイの立場で、
アルトがドルジーハの立場だったとするわね。
まずアルト。
自分に身の危険が迫っていることを知らないのに、
なぜか全然関係のない蒼音が、
その事実を知っていたら、どう思う?」
「どうって……何で教えてくれないの、
ってなるかなぁ」
「そうね、あのドルジーハがアルトくらい優しい性格なら、
それで済むと思うんだけど、
あいにくそこまでお人好しじゃないからね、あの頑固頭は。
さしずめ『お前らどこからその情報を!』ってなるでしょうね」
と、ここまでレナが話すと、
「さて、一方の蒼音ちゃん。
部下からの報告で、
ドルジーハ総帥の命が狙われている、と聞いたとする。
国交もなく、一方的に拒否をされている国を相手に対して、
どんな行動を取るかな?」
プログが蒼音に対し、
まるで先生のように問いかける。
「え、えっと……。
どう、でしょうか……」
「わりいわりい、
ちっと難しい質問だったか」
七星の里出身の蒼音は幼いころから、
自分の意志を殺してきた人間だ。
言うなれば自分の生き方を見つけることなく、
ここまで人生を歩んできている。
そのことを若干失念していたプログは、
ゴメンゴメンとばかりに軽く手を立てると、
「ま、ここで重要なのは、
相手と国交がない、という点だ。
仮にエリフ大陸とディフィード大陸の親交が深ければ、
レイからドルジーハに対して、
危険因子が潜んでいることを伝えることに、
それほど問題もないだろう。
だが、これが国交のない同士となれば、
話は別だ。そうだろ、レナ?」
言って、話の発言権を再び、
レナへと不意に渡す。
だが、唐突に渡されたバトンにも、
レナは慌てることなく、
「そっ。
親交がある者同士なら、
例えば助け船を出したり、
危険因子を排除する協力ができる。
でも、国交がなければ……?」
「そっか、国交がないから、
協力を申し出ても、断られちゃうんだ!」
「ご明察」
アルトの導き出した答えに、
レナは大きく一つうなずく。
「だから、レイはその情報を知ったところで、
何もすることができないのよ。
仮に地位の危険をドルジーハに伝えたところで、
内政不干渉の原理に反する!
とかイチャモンつけられて、
面倒なことになる可能性があるしね。
つまり、セカルタとしては、
キルフォー側に危険を訴えたり、
強力を申し出ることは、
何のメリットもない行為なのよ」
「かといって国家を揺るがす危険因子、
すなわちフロウ達にレイ、
というよりセカルタ政府が肩入れすることなんざ、
絶対にできない。
反政府組織に他国家肝入り、
なんて箔がついたときたら、
もしドルジーハにバレれば、
それこそ全面戦争待ったなしだろうぜ」
プログは自嘲気味に、
そう付け加えた。
世界を構成していく上で、
なくてはならない存在である、国家。
その国家という集合体が、
世界にいくつも存在することを可能にする大原則、
その中の一つに内政不干渉、というものがある。
常軌から逸脱したことでない限りは、
一定の事柄に関して、
自由にその国家内で処理ができる。
また、その事柄、処理に関しては、
他の国家が干渉することは許されない、
それが内政不干渉の原則だ。
物凄く簡単に言ってしまえば、
よそはよそ、うちはうちという発想に近い。
ディフィード大陸で起こっている事柄、
今回のケースで言えば暗黒物質の剣という、
反乱組織の存在に対しては、
あくまでもディフィード大陸管轄内で処理するべき事柄になる。
よって、レイの所属するエリフ大陸、王都セカルタが、
その事柄に対して何らかの働きかけを行うことは、
内政不干渉の大原則に違反することになってしまう。
加えて、二国間に国交はない。
この2つの揺るぎない前提を加味すれば、
たとえレイが暗黒物質の剣の存在を把握したところで、
打つべき手がない。
つまりレイからすれば、
ディフィード大陸で立ち上がった反政府組織の存在は、
言わば“どうでもいい”情報であり、
何の価値もない情報なのだ。
「で、でも、
一応知らせておいた方がいいんじゃない?
ほら、報連相は大事だってよく聞くし……」
頭では理解しているものの、
黙っていることに少々後ろ髪を引かれる思いなのか、
アルトはさらに食い下がる。
「まあ落ち着けってアルト君。
確かに報連相は大事だが、
時には例外ってモンもある」
「? どういうこと?」
「ま、簡単に言えば、
今回の件すべてを洗いざらい、
レイに話す必要はないってことさ」
プログはアルトの肩にポン、と手を置くと、
「フロウの件を話しても、
レイに何のメリットもないというのは、
さっき説明しただろ?
その話には続きがあってだな、
メリットがないどころか、
逆にデメリットになっちまうんだな、これが」
「デメリット? どうして?」
「俺達が暗黒物質の剣の件を、
レイに話すことにより、
否が応でも、知識としてレイの脳内に、
その情報がインプットされちまう。
国を背負っている立場の人間において、
色んな政治判断をするときに、
その情報によって判断を鈍らせるようなことにでもなれば、
どれだけヤバいことか、多少はわかるだろ?」
子どもに何かを教え込むかのように、プログは言う。
国を預かる立場の者が、
法や言動により国を動かそうとする場合、
決断に一番の拠り所とするのが、
情報、しかも確定確信に満ち溢れている情報である。
国を動かしたことにより、
果たしてどのような結果が訪れるか。
超能力者でもない限り、
それを事前に把握することはできない。
だからこそ、執政者は情報を求める。
国民が飢えに苦しんでいるという情報があるからこそ、
食料に関する対策を打ち出すことができ、
他国から侵攻を受けているという情報があるからこそ、
速やかな迎撃指示を出すことができる。
とにもかくにも、
確かな情報を得ることによって、
初めて国を動かすことができる、
それが国のトップに立つ者の、
責任の重さなのだ。
ただ、それは逆を言えば、
不確定、曖昧な情報は、
判断材料にならないことを意味する。
いや、むしろ確定情報の中に曖昧な情報が入ってくれば、
執政者に迷いが生まれる。
例えば国民が飢えに苦しんでいるが、
誰かが食料を独り占めしているらしい、
という曖昧な情報が、
耳に入ったとなれば。
例えば他国から侵攻を受けているが、
じつは国内に内通者がいるらしい、
という不確定情報が、
どこからか紛れ込んだとしたら。
たとえその情報がデマだとわかったとしても、
国の責任者の判断は、間違いなく遅れる。
そしてその遅れが、
結果として命取りとなってしまったら。
今、レナ達が報告しようとしている、
暗黒物質の剣という反政府組織の存在という情報は、
フロウの言葉を100%信用していない時点で、
不確定情報に分類される。
もしレイにこの情報が、
あまりに曖昧で信じがたいこの情報が、
脳内へとインプットされてしまったら。
一度聞いてしまった情報を、
完全に脳内から消し去ることなど、
人間にはできない。
レイがディフィード大陸、
王都キルフォーに関する施策を考える時に、
必ずレイの思考に、
この不確定情報が紛れ込んできてしまう。
そうすれば判断、決断する時間は、
間違いなく遅れる。
ただでさえ、何の成果も得られなかった上に、
レイの判断を鈍らせる怪しい情報を供給してしまう。
そんなことは、
当然許されるはずがなかった。
「そうね。レイには、
フロウの件は黙っておいた方がいいわね。
これ以上、迷惑をかけるワケにも、いかないしね」
レナも概ね、プログに同意だった。
世の中には知ったほうがいい情報と、
知らなくてもいい情報がある。
今回のフロウに関する情報がどちらかと言うならば、
明らかに後者のほうだった。
この件に関しては、
4人の中でとどめておくべき、
そう考えたレナは、
「さて、と。
そしたらレイに報告しますか。
全然気乗りしないけど……」
商談失敗を上司に報告する部下のように、
大きくため息をつきながら、
通信機を取り出した。
気持ちが乗っていないのは、
誰が見ても明らかだった。
ピッ。
だが、レナの後ろ向きな思考などお構いなし、
といった具合の軽快な機械音に続き。
『はい、レイです』
間髪入れず、
エリフ大陸の王都、
セカルタの執政代理の声が、
すぐさま聞こえてきた。
「あ、レイ……かしら?
あたしよ、レナ」
『ああ、レナさんか。
今、どちらにいるのかな?』
「今はえーっと……。
ディフィード大陸からちょっと離れたトコ……かな」
『そうか。
とりあえず、無事で何より』
「とりあえず、命を取られるようなことはなかった……かな」
一言一言の歯切れが最高に悪い口調で、
レナは通信機へと言葉を向けている。
これから交渉が失敗したという、
望まない事実を伝えなければいけないと考えると、
口取りは重くなる一方である。
『妙に歯切れが悪いが……。
その様子だと、厳しい結果だったということか?』
まるでレナの表情を読み取ったかのように、
レイは通信機越しに、
気まずそうに報告するレナへと、
質問を投げかけた。
「……ゴメン、察しの通りよ。
交渉は、失敗したわ」
レナは交渉失敗の事実を、
着色することなく述べた。
正直、レイから結果を察してくれたことに、
少女はかなり救われていた。
人はマイナスの結果を報告しなければならない時、
明らかに気が重くなり、
話題を切りだすのが遅くなることが多々ある。
いくら報告しなければいけないことだとはいえ、
レナ自身からこの話題を切りだすことに、
非常に億劫になっていた。
だが先ほど、その暗くなる結果を言いやすい環境を、
レイが問いを投げかけたことにより作ってくれた。
よってレナもすんなり、
失敗と終わった報告を、
何のつかえもなく口に出すことができたのだった。
だからといって、
事実がひっくり返るワケではないのだが。
『そうか……。
やはり難しい相手だったか』
「ゴメン、あたし達がもう少し、
うまくやっていれば……」
『いや、レナさんが気にすることじゃない。
元々相手が相手だったんだ、
最初から事がスムーズにいくなんて、
俺も思っちゃいないさ。
むしろ大変な役割をさせてしまって、
こちらこそ申し訳ない』
「何言ってんだ、
こっちがうまくいかなかったのが悪いんだし、
執政代理が謝ることじゃねえよ」
やはりレナの予想通り、
事情を瞬時に把握して深くは追及してこないレイに対し、
プログも申し訳なさそうに通信機越しで話をしている。
無論、どちらが悪いわけでもない。
もっと言えば、レナやプログに対し、
強硬な姿勢をとったドルジーハでさえ、
国を守る守護者という、
最高責任者の立場で考えればとった行動が悪とは、
一概には言えない。
失敗はやむを得なかった。
悪がどこにも存在しない以上、
その言葉でしか、
事態を収める方法はなかった。
『まあ、詳しくは戻ったら聞かせてくれ』
レイは簡潔な報告を受けたのち不意に、
『今大陸を離れたとなると……、
一日半でこちらに着くか。
まあ、報告を受けて行動すれば間に合うな』
デカい独り言で、
しきりに時間を気にし始める。
まるで聞いてくださいと言っているかのように、
通信機でもバッチリその言葉を拾う。
そしてその大きい独り言は、
通信機を通してもちろん、
レナ達の耳にも聞こえてくる。
「あの、何かあったんですか?」
4人全員が感じていた疑問を、
アルトが代表してレイへと投げかける。
『ああ。ちょっと色々とあってだな……。
お疲れのところ申し訳ないんだが、
なるべく早めにこちらに戻ってきてほしいんだ』
待ってました、と言わんばかりの反応の速さで、
レイは切り出すと、
『そちらが交渉している間、
こちらも少し状況が変わったんだ』
先ほどよりも低いトーン、
鋭い切れ味の口調でレイは言葉を挟み、
『クライド騎士総長が、
一日前倒しでここに来る可能性が出てきた』
「……!!」
失意に沈むレナ達へ、
さらに殴り込みをかけるように、
レイはどうでもよくない、
厳しい報を告げた。
次回投稿予定→4/30 15:00頃




