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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
102/219

第98話:再びの旅立ちにて

初見の地を往復する際、

行きの道よりも帰りの道の方が、

時間が短く感じることがしばしばある。


これには2つの要因が潜在している。


1つは未開の地ということで、

行きでは注意深く行動することにより歩くスピードが、

無意識に落ちるという物理的、身体的なことに由来する。


そしてもう1つは、行きの道のりでは、

目にするものすべてが初めての光景であり、

一体いつになったら着くのだろうか、

まだ着かないのかという疑心暗鬼な心を持ちながら、

行動するという心理的、精神的なことに由来する。


この2つ目の要因の場合、

行きの道ではすべてが初見であったものが、

帰りでは一度経験した情景が広がる。

つまり行きでは、

到着時間を予想するのが雲をつかむような話だったものが、

帰りでは自らの経験則により、

ある程度予測を立てることができるのだ。


それにより、行きよりも帰りの方が、

時間が短く感じられる。



「あれ、キルフォーからカイトまで、

 こんなに短かったっけ?」


「さあ……。

 でも俺ら、同じ道を通ってきたはずだけどな」



キルフォーを出発して約2時間半。

再び港町カイトへと足を踏み入れ、

首をかしげながら話すレナとプログは、

まさにその境地へと立っていた。


所要時間は、

昨日の時間とそれほど変わらない。

道中、魔物にも襲われたし、

吹雪にも見舞われた。

歩きづらい道も、多々あった。


だが、それでも、

レナやプログ、

そしてアルトと蒼音、4人全員が、

昨日よりも今日の道のりの方を、

より短く感じていた。


疲労も、昨日のそれとはまったく違う。

時間も体調も、

順調に事が進んでいた。



「さて、そしたら早いところ、

 出発しちゃいますか、

 ここじゃあ、レイに報告もできないし」



エリフ大陸の王都、

セカルタの執政代理を務めているレイより預かった、

小型の通信機を右手に握りしめながら、

レナは先を急いだ。


じつはディフィード大陸に降り立ってから、

今に至るまで、

レナ達はただの一度も、

通信機を使用していない。


何度か通信機を使って指示を仰ごうか、

という話にもなったのだが、

どこで誰に聞かれるか分からないという、

未開の土地唯一にして最大の障壁を鑑み、

この大陸内では、

レイとの連絡を閉ざしていたのだ。


幸い、レイ側からも呼び出されることはなく、

通信機という存在を、

この大陸内で知られることはなかった。


レイの事だから、

おそらくこちらの意図を汲んで、

あえて連絡をしてこないんでしょうけど、

とレナが内心考えていると。



「そういや、

 フロウの話だとこの街にも、

 暗黒物質(ダークマター)の剣のメンバーがいるんだよな」


周りに人影がないのを二度三度確認して、

プログはそう切り出すと、



「どうする?

 少しばかり、探してみるか?」



4人にしか聞こえない、

喉の力もあまり使わないような、

微かな声で問いかけた。


暗黒物質の剣のリーダー、

フロウの話によれば、

ディフィード大陸に存在する4つの街すべてに、

反乱組織のメンバーがいるとのことだった。


今レナ達が立つこの港町、

カイトももちろん、その例外ではない。


つまり、この街のどこかに、

フロウやレビリンと志を共にする人間が、

少なからずいるということになる。


あくまでも、

フロウの話がすべて本当ならば、ではあるが。



「…………、」



レナは一瞬、何かを言いかけたが、

すぐにその言葉を飲み込むと、

一旦周りを見渡したのち、



「……いや、

 それは止めときましょ」



静かに首を横に振った。


プログの言葉を聞いた瞬間は、

確かにそれは妙案、と捉えていたのだが、



「フロウの話が本当かどうかもわからないし、

 もし本当だったとしても、

 ここで彼の同志に会いに行ったら、

 不要な期待感を持たせることになるし」



結果、このような結論に至った。


そもそも彼らの期待度を増幅させないよう、

必要以上の質問をしなかった経緯がある。


ここで組織の構成員と面会すれば、

そのメンバーは間違いなく、

リーダーであるフロウへと、その報告をするだろう。


一度は断られた者が、

じつはひっそりと関心を抱いていると知れば。


下手をすれば、一度は抑えた期待度を、

再び元に戻す、

いや、一度断っている分、

それ以上の期待度を持たせてしまうかもしれない。


話に興味は、確かにある。

だが、期待度の上昇という、

過剰な刺激を与えることだけは、

何としても避けなければならなかった。



「確かに止めといた方が無難か。

 意思統一ができてないまま、

 俺らだけで勝手に行動するワケにもいかねえし」


「ま、そういうことで」



プログが発した言葉は、

レナが危惧したものと微妙に違うものであったが、

それでもレナは話を先に進めた。


この場において過程などどうでもよかった。

暗黒物質の剣のメンバーとの関わりを避ける、

その結果さえ同じであれば。



「さ、とにかく先を急ぎましょ」



多くを語らず、

そう切り出したレナは一切の迷いなく、

自分達を乗せてきてくれた船を目がけ、

一直線に歩き出す。





エリフ大陸の王都セカルタを旅立ち、

道中海上の魔物、シップイーターに襲われ損傷した、

レナ達を乗せてきた小型の乗客船。


仁武島で応急処置を施した際、

船員達は港町のようなちゃんとした施設でなら、

完全に修復が可能だ、と話していた。



「おー、直ってる直ってる。

 どこがぶっ壊れた部分か、

 これじゃ分かんねえな」



プログはまるで現場監督のように、

船の出来栄えに満足そうに笑っている。

はたして船員たちの話は本当だったようで、

応急処置でツギハギのようになっていた、

船の側面部分の損傷部分が、

レナ達の滞在期間、つまり1日で、

ものの見事に修復されていたのだ。


いくら修復可能な設備環境が整っていても、

24時間という、あまりにも限られた時間の中で、

100%のものに仕上げるのは、至難の業だ。


だが船員たちは、

それを平然とやってのけていた。



「お、あんたらか。

 お疲れ!!」



船へ近づくなり、

船の整備士がすぐさま4人の元へと駆け寄ってきた。



「すごいわね、

 たった一日でここまで修復できるなんて」


「それが俺達の仕事だからな」


「でもすごいですよね!

 僕、どこが壊れた部分なのか、

 まったく分からないですよ!」


「そうかい。

 ま、これくらい俺らからしてみたら、

 設備さえあれば朝飯前ってトコロさ」


「さすが海の男、だな。

 男に二言はない、ってか?」


「……何言ってるかちょっと分かんないんだけど」



元ハンターの男、

プログに冷ややかな視線を送るレナに、



「それより、随分と早い戻りだったな。

 てっきり本日の午後くらいに戻るかと、

 勝手に予想していたんだが……」



キルフォー城での出来事を知らない整備士は、

何の気なく言葉を口にした。


唐突に痛いところを指摘されたレナは、



「あー、まあその辺は……、

 ちょっと色々、あったもんでね」



喋りがしどろもどろになってしまう。

まさかここで交渉は大失敗でした、

などとも言えるワケがない。



「? どうした?

 何かあったのか?」


「いや、何にもないっちゃないし、

 あったといえばあったんだけど……」



まるでテストで悪い点数をとり、

必死に言い訳を考える子どものように、

レナは曖昧な言葉を並べている。



「あーその、なんだ、

 とりあえず船を出してもらってもいいか?

 執政代理に相談しないといけないことが、

 色々あるもんでさ」


「あ、ああ。

 分かったぜ。

 そしたら早いとこ乗ってくれ」



アップアップになっているレナを見るに見かねたか、

プログは助け舟とばかりに早期出発を促した。

助かったと、

なぜか妙に追い詰められている気分だったレナは、

どーもですっと、という声をかけようと、

プログの方へと視線を送った。


……のだが、元ハンターのニヤついた顔が目に入った瞬間、

謝意が一気に殺意へと変わったため、

そのまま何も言わず、船へと乗り込んだ。



「やれやれ……。

 よっしゃ、そしたら俺達も行くか」



そんなことは露知らないプログは、

わざとらしい大きなため息をつきながら、

傍でレナの殺意に気付き、

なんとも微妙な表情をしていたアルトと蒼音を連れて、

レナの後に続いていく。





数分後、船はわずかな水しぶきをあげながら、

1メートル、2メートル、3、4、5メートルと、

今まで着港していたカイト港から離れる。



「ふう……」



次第に離れていく極寒の地を、

甲板に立つレナはあまりに複雑な思いで見送っていた。


先ほどまでは誰かと話していることにより、

現実、結果の重さを紛らわしていた。

だが、今一人になってみて初めて、

事態の重さ、そして深刻さが、

束になって少女の背中へとのしかかって来たのだ。


仕方がなかった。

一言で片づけてしまうのは容易い。


ドルジーハとの交渉は、

ハナから負け戦だった。

負け惜しみでも、言い訳でもない。

誰が交渉の場についたところで、

石頭を地で体現するような性格の彼とは、

うまく事が進むことはない、

自信を持って断言できるほど、

ノーチャンスだった。

それは間違いがない事実だった。


だが、たとえ可能性が0であったとしても、

いくら仲間にあれはしょうがないと言われたとしても、

大人の社会では、その言い訳は認められない。



(結局、何も得られなかった……)



あくまでも、過程よりも結果。

それが、社会の鉄の掟だ。


どれだけその人が全力を尽くしても、

血のにじむような、

人の何倍以上努力したとしても、

結果が出なければ、評価は×になる。

そこに頑張りとか、努力という補正など、ない。


○か、×か。


社会は簡単に、

それでいて冷酷に形成されている。


今のレナ達の交渉はいくら頑張りがあろうと、

勝てる見込みがなかったとしても、

社会という枠に当てはめれば、

×以外の何物でもなかった。


レナは現在、17歳。

世間では未成年と呼ばれる世代に入る。

だが、それでもワームピルの炭鉱町、

ルインにある駅員として、

親方であるマレクと共に働き続けてきた彼女は、

社会という概念を、少しばかりはかじっている。


故に今回の出来事が、

止むを得ないでは済ませられない、ということも、

少しは理解していた。



(レイに、申し訳がなさすぎるわ……)



セカルタの執政代理であるレイのことだ、

ちゃんと理由を説明すればやむを得ないことだったと、

おそらく理解を示してくれるだろう。


しかし、それでは何も進まない。

キルフォーとの関係づくりという目標へのアプローチが、

ほぼ閉ざされた形になっただけだ。


そして、レナがそれと同様に気にかけていたのが。



(ローザに合わせる顔が、ないわね……)



レナは船の手すりに肘をつき、

力なくしゃがみ込むと小さくうずくまってしまう。


そう、国家としての交渉も失敗したが、

同時にセカルタ城にて報を待つ、

ローザの居場所を確保するのにも失敗したのだ。


ワームピル大陸の王都、

ファースターの王女として君臨していたローザ。


だが、彼女は偽りの王女という事実を知らされ、

ファースターの騎士隊騎士総長、

クライドにその命を狙われている。


今はレイの厚意により、

セカルタ城にて匿ってもらっているが、

数日後に3大陸首脳会議と称して訪れる、

クライドから身を守るためにも、

今回の交渉は非常に大きな意味を持っていた。


だが、交渉は失敗。

結果、ローザはセカルタ以外の身を潜める選択肢を、

増やすことができなかった。


それはすなわち、

クライドに見つかる可能性の、

爆発的増加を意味するものだった。



(レイにこれ以上、

迷惑をかける訳にもいかない……でも……)



寒い空気を切る冷ややかな風が、

まるで骨に突き刺さるかのように、

しゃがみ込むレナへ、容赦なく突き刺さる。


ローザを守る選択肢は、増やせなかった。


だが、だからといって、

このままセカルタに、

レイに彼女を任せることは、

執政代理としての立場の彼を、

徐々に苦しめることになる。


ファースター元王女の保護が、

やむ得ない事情であったとはいえ、

レイは今、友好関係にない、

乱暴にカテゴライズするならば、

対立国の要人を抱えていることになる。


主観的なモノの見方ならば「保護」、

という表現で誤魔化すことができるが、

客観的な視点になると、

それは立派な「拉致」と判断されてしまう可能性がある。


仮にクライドが、

対立国であるセカルタで、

ローザの姿を目撃したとなれば。


自国の王族を拉致監禁したと主張してくれば、

セカルタの執政代理であるレイは、

おそらく何も言い返すことができないだろう。


それだけではない。

王都セカルタにおいて現在、

対立国の要人が城内に保護されているという事実を、

セカルタ国民はまだ知らない。

混乱を避けるためという理由で、

レイがあえて公表しなかった、

というのが経緯だった。

だが、それも表沙汰になれば、

なぜ自国の人間でもない王族を、

国民に黙って保護していたのかという、

不平不満が出てくる恐れは、十二分にある。


人の大衆心理とは厄介なもので、

政治に関する不安がひとたび広まれば、

それまで何とも思っていなかった、

いわゆる浮遊層が一気に不安側へと、

世論がなだれ込むようになっている。

そうなれば当然、

執政代理に批判が一斉射撃、とばかりに、

集中砲火が浴びせられる。


レイ自身が蒔いた種なら自業自得となるが、

今回の案件はレナ達が半ば、

というより100%強引に、

ローザの保護を申し出たことがきっかけだ。


それによってレイが、

苦境に立たされるようなことがあっては、

絶対にならない。


自分たちのせいで、

レイを苦しい立場に追い込むようなことは、

絶対にしてはいけない。


それはレナも分かっていた。


だからこそ今回の交渉は、

是が非でもいい方向へ持っていかなければならなかった。


だが、何度後悔、回想しても、

事実、そして結果は――。



「これから、どうしよう……」



ぽつりと、

レナは弱音をこぼした。


まずは、レイに相談。

それしか選択肢はない。

だが、交渉が失敗という結界以上に、

そこから広がる波紋を考えれば、

頭では理解していても、

体がなかなか動いてくれない。


ディフィード大陸の玄関、

港町カイトはすでに豆粒程度の大きさまで、

遠ざかっている。


ここまで離れれば、

通信機を使っても、

誰かに見られるということはない。


プログやアルト、

そして蒼音を呼びさえすれば、

今すぐにでもレイと連絡を取ることはできる。


だが、レナはうずくまったまま、

動こうとしない。

動くことが、できなかった。



「何か考えないと……」



自分に言い聞かせるように、

レナは潰されそうになる現実から、

前を何とか向こうと、

思考を動かして必死にもがく。

事実が変わらない以上、

代替策を考えるしか、道はない。


人の賑わいのない、

寂れた様相の港町を離れ、

失意と共に海を望む、

レナ達を乗せたセカルタ船は再び、

大海原への長期航海を進んでいく。


次回投稿予定→4/23 15:00頃

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