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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第96話:酔っ払いちゃん?

「しっかしアレだな、

 あれだけ空気が汚ねぇトコから外に出ると、

 空気がおいしく感じるって言葉も、

 あながち侮れねえと思うね、俺は」



まるで今まで寝ていたかのように、

プログは酒場を出た瞬間から、

体のありとあらゆる場所を伸ばしている。


何をワケのわからんことを、

とレナは外気同様、

冷ややかな視線をプログに注ぐが、

確かにこれほど外の空気を恋しいと思ったことは、

レナ自身もないかもしれない。

それくらい、酒場の空気は酒の臭いで淀んでいたのだ。


こんな具合じゃ、

たとえ二十歳になったところでお酒なんて、

絶対に手を出したいと思わないわね、

などとレナが考えてながら宿屋への道を歩いていると。



「ちょ、皆さん……。

 できれば、あの……もう少しゆっくり……」


「ん? どうしたの――ッ!!」




振り返ったレナは一瞬、

自分の目を疑った。


そこにはまるで熟れまくったリンゴのように、

顔を真っ赤に染めた、蒼音の姿が。

顏だけではない。

ポニーテール姿から見え隠れする首元も、

上下の防寒服からわずかに姿を見せる手足も、

顏同様に、真っ赤っ赤なのである。


ふだんは透き通るような、

白い肌の持ち主であるだけに、

レナはその変わり果てた姿に思わず、

二度見をせざるを得ない。


同様に異変に気付いたアルトは、

慌てて駆け寄る。



「ど、どうしたの蒼音ちゃんッ!?」


「ごめんなはい、

 なんか頭がボーっとしちゃって……。

 風邪ではにゃいと思うんですが」


「寒気とかはないの?」


「寒気はないれす。

 ただ、頭だけがボーっと……」


「頭だけがボーっとって……。

 蒼音ちゃん、お酒にもしかして酔ったの?」


明らかにろれつが回っていない蒼音を見て、

アルトはすぐに、

症状の原因が分かった。


氷点下10℃を下回るこの寒さなら、

風邪を引いても何らおかしなことではないだろう。


だが、風邪初期症状、

例えば寒気やのどの痛み、鼻水等々。

こういったものがなく、

かつ頭がボーっとするとなると、

先ほどまでの環境と照らし合わせれば。


気術の一環で生態学も勉強しているアルトにとっては、

さほど難しくない判断だった。


だが。


そうだとしたら、

おかしな点が一つだけある。



「酒に酔ったって……。

 俺ら、一滴も飲んでねーぞ?」



プログは真っ先に、

その“おかしな点”を指摘した。


先ほどまでレナ達が滞在していた、

大人の楽園、酒場。


その楽園内で、未成年のレナやアルトはもちろんのこと、

成人のプログ、そして今酔っ払い状態である蒼音も、

ただの一滴も酒を口にしていない。


フロウに何度か、

話の流れ抜きにして、

ということで勧められたのだが、

未成年であることと、

話の方が大事だからと言う理由で、

すべて断っていたのだ。


無論、途中で席を抜けた者などいない。

よって、隠れてこっそりお酒を、

という可能性はない。


というより、

自分の意志決定ができない蒼音が、

みんなに隠れてコソコソと酒を、

などということをするなど考えにくい。


つまるところ、

蒼音は酒を口にしていない。


にもかかわらず、

目の前の赤髪の巫女(成人)は、

まるでボトルを一本空けましたとばかりに、

全身を紅潮させているのだ。



「蒼音、もしかして……」



レナはすぐに思いついたその答えを、

届いているかいないかもよくわからない、

蒼音へと投げかけてみた。


体内にお酒を摂取していないとなると、

考えられる理由は、一つしかない。



「もしかして、

 匂いだけで酔っちゃったの?」


「かも、しれましぇん……」



足元がふらつく中、

蒼音は力なく言った。

その姿は、

“呑兵衛フロウ”とまではいかずとも、

端からみれば立派な、

“酔っ払い蒼音ちゃん”となっていた。



「オイオイ、大丈夫か?

 匂いだけで酔っぱらうって、

 下手な下戸よりも、

 酒に激弱じゃねーか」



心配そうに、

だがどころなくやや呆れ気味に、

プログが言うのももっともだ。


この広い世界グロース・ファイス、

酒にとても強い者もいれば、

とても弱い者もいる。


夜通し飲んでも表情一つ変えないツワモノもいれば、

ほんのコップ一杯分を飲んだだけで、

フラフラになってしまう猛者もいる。

また、下戸と言ってお酒がまったく飲めない、

と宣言する者だって、それとなくはいるだろう。


だが、匂いだけで酔いの症状を見せるとなれば、

話、というより次元が別だ。


下戸の人だって、

酒場にいくことはある。

そして、そのアルコール臭を鼻から摂取することもある。

さらに言えば、その臭いを不快に思うことだって、

しばしば起こり得ることだ。


だが、それだけで、

いわゆるベロベロに酔っぱらう状態にまでなる、

という人物が、はたしてどれだけいるだろうか。

いくら弱いと言っても、限度がある。


それほど、蒼音はアルコールに、

滅法弱かったのだ。



(それならそうと、

早く言ってくれればよかったのに)



酒場に向かうという確定情報があったのだから、

例えば入口の扉を開ける前に、

私、アルコールに弱いので等、

自己申告さえしてくれれば、

レナもいくらでも対処のしようがあった。


だが。



「ゴメンね、

 あたし達も蒼音がアルコールに弱いってこと、

 知らなかったから。

 今度から気を付けるようにするから、

 蒼音も、もしあたし達が忘れていたら、

 遠慮なく言ってくれていいからね」


「は、はい……。

 ありらとう、ございまふ……」



耳まで真っ赤にしている蒼音に対し、

レナは決して責めたり、

落胆の色を出すようなことはしない。

なぜなら、理由が明白だったからだ。


その理由とは、

蒼音は、自分の意志を、

周囲に知らせることができない。

ただ、この事実だけだった。


ここでレナが例えば、

冗談交じりであっても注意しようものなら、

眼前の巫女さんはさらに委縮をしてしまい、

ますます自らの意志表示をしなくなるだろう。


自らの明確な意志を持ち、

自分自身を変えたい。

そのために蒼音は七星の里から、

思い切って飛び出したのだ。

ならばその旅を共にする自分達が、

その芽を摘んでしまってはいけない。


蒼音は自分を何とか変えたく、

慣れない土地にまで足を踏み入れてまで、

自分と戦っている。

それなら、あたし達も蒼音の頑張りを、

全力でサポートしてあげたい。


それが、レナの蒼音に対する、

強い意志だった。



「とりあえず、宿に戻ろうぜ。

 フロウの件について話し合うにしろ、

 さすがにこの寒さで外に居続けたら、

 蒼音ちゃんだけでなく、

 俺達だって風邪引いちまうぜ」


「そうね。

 まずは宿屋に行って、

 色々と整理しましょう。

 蒼音、歩ける?」


「だ、大丈夫れ~す」


こういう時のプログの仕切りは、

何だかんだ助かるわね、

レナは多少見る目が変わった、

プログへの思いを持ちつつ、

いまだフラフラしている蒼音を、

抱きかかえるようにして宿屋を目指す。





「ふう、ガッツリ冷えたぶん、

 暖かいところに入ると沁みるわねー」



チェックインを済ませ、

宿泊する部屋に入って開口一番、

まるで急に30歳近く歳をとったかのように、

レナは言う。



「いや、まった……ぜ。

 エリフ……夜に慣れ……俺で……、

 この寒……堪えるわ……」



ベッドへ大の字になり、

完全オフモードへと突入した、

プログが何か言っているが、

顔を枕にうずめているため、

半分近く、何を言っているか分からない。



「とにかく2人ともお疲れ様。

 今日はもうゆっくり休んで、

 と言いたいんだけど……」



プログとは別のベッドに座ったアルトは、

一方でバツの悪そうな表情を浮かべる。


ちなみに宿屋に着き、

酔いがさらに回ってしまった蒼音は、

女性陣用にとった別の部屋にて、

絶賛熟睡中である。



「そうね、さすがにこのまま、

 寝るわけにはいかないわね」



蒼音を部屋に押し込み、

隣の男性陣部屋へと乗り込んできたレナ。


当然疲れはある。

朝がべらぼうに弱い少女からしたら、

一刻も早く床に眠りに落ちたいのが本音だ。


だが、そうも言っていられない。

キルフォーの最高責任者、

総帥ドルジーハとの交渉は、

完全に決裂した。

この事実は変わらない。


だが、そこにと舞い込んできた、

反政府組織である暗黒物質の剣という、

思わぬ救いの手。


絶望と救済。


時計の針は、夜の8時を刻んでいる。

長い旅を踏まえれば、

寝るには決して速すぎる時間ではない。

だが、3人が床に就くためには、

整理しなければいけない事柄が、

あまりに多く残っていた。



「2人はどう思う?

 あの暗黒物質の剣とかいう組織のことを」



レナは率直に、

プログとアルトにぶつけてみた。


この場に集まった以上、

個々に考える時間を持つよりも、

3人でざっくばらんに意見を交わした方が得策、

と考えたからだ。



「俺はどうにも信用できねえな。

 口だけなら何とでも言えるが、

 今の政府をひっくり返すとなりゃ、

 並大抵な覚悟じゃ、絶対にできねえだろうからな。

 その準備がしっかり進んでいるとは、

 さっきの話だけじゃ判断できねえよ」



レナの思考を瞬時に読み取ったか、

プログが真っ先に声をあげた。

先ほどまで顔をうずめていたのだが、

レナの言葉を聞いた瞬間、

待ってましたとばかりにスッと起き上がる。


一方のアルトは、



「でも、この大陸の事を話してるフロウさんの目、

 すごい悲しそうだったよ。

 計画がどこまで進んでいるかは分かんないけど、

 何とかしたい、って思いは持っているじゃないかなあ」


「まあ、確かにアイツの目は真剣そのものだった、

 俺もそれは感じたさ。

 だが、思想と行動は別モンだからな。

 アルトの言うことはもちろん分かるが、

 それだけじゃアイツを、

 完全に信用するまでには至れねえ、ってことよ」


「そうなんだけどね。

 プログが言うように、

 口先だけで実際は何も伴ってない、

 ってこともあり得るだろうしね……」



やや臆するところはあるものの、

それでも自分の考えを、

しっかりと表へ出している。



「うーん。

 正直、判断に困るわよね。

 悪いヤツじゃなさそうなんだけど、

 腹の中で何を考えているかまでは、

 あんまり分かんなかったし」



ここでようやく、

レナも2人の意見の場へと参加する。


おおよそレナの考えていることも、

プログやアルトとほぼ同じだった。

プログが言ったように、

確かにフロウの話したことは、

乱暴に表現するならすべて机上の空論である。


彼が何を語ったところで、

それを証明しうるものが、何一つない。

論より証拠とはよく言ったもので、

彼が話す、

例えば反政府に対する具体的活動や、

同志の人数確認等、

実際に物的証拠があれば信用度も増すのだが、

フロウが示したのは、

すべて言葉での表現だけだった。


口だけなら何とでも言える――。

プログが言った言葉、

まさにそのものだった。


だが、一方でレナが同時に感じたのは、

フロウの、この大陸に対する想いの強さだった。


確かに、

物的証拠もなければ、実績もない。


だがそれでも、

アルトが言ったように、

このディフィード大陸の現状を語る時に見せた、

リーダーとしてのフロウの姿は、

それまでに見せていた醜態とは、

真反対の表情だった。


現状を憂いながらも、

どうすることもできなかった、過去。

その過去を変えるべく立ち上がった、今。

そして今、反旗を翻すことによって開ける、未来。

そのすべてを背負い、

同志たちの先頭に立つリーダーとして語る。


あの姿すべてが嘘で塗り固められていたとは、

レナにも考えづらかった。


決して、信用はできない。

だが、彼の想いだけは、

受け取るに値するものがある。

その狭間でレナは、

一致した見解をまとめるのに、

苦労していた。


先ほど発したレナの言葉を最後に、

部屋に沈黙が姿を見せ、

3人の無音の空間へといざなう。


結論は、出ない。


セカルタの使者としてここまで来た以上、

反政府組織との接触をしたことが知られれば、

それはもはや、

自分達だけの問題だけではなくなる。

自分たちの行動、

それはすなわち国家の行動として見られることとなる。


軽率な行動は、許されない。

それは重々承知している。


だが、ドルジーハとの交渉が、

続行不可能レベルになっていることも、

また事実だ。


この現状を打破するには、

表現を選ばなければフロウ達を利用することも、

決して捨ての選択肢ではない。


彼らの申し出を、

受けるか捨てるか。



「とりあえず、今日はもう休むか。

 疲れた脳で考えても、

 良い案は浮かんでこねえ。

 今日はもう一度、

 個々で考えよう。

 んで、明日の出発を1時間遅らせて、

 結論をアイツらに伝えに行こう。

 1時間くらいの遅れなら、

 それほど影響はないはずだ」



これ以上の沈黙は無意味な労力と判断したか、

年長者のプログは、

そう言ってこの話し合いの場を締めた。


考えることも大事だが、

忘れてはならないのは、

彼らは今日、

港町カイトからここまで歩き、

かつドルジーハとの胃が軋むような交渉を行い、

そしてフロウ達との出会いを果たした。

その消費労力は、

レナ達の持つキャパシティーを、

はるかに超えている。



「……そうね。

 今日はもう、休みましょう。

 蒼音がいない中で、

 話を進める訳にもいかないしね」



レナも、素直にその提案を受け入れた。

この場に蒼音がいないという、

真っ当な理由もあったのだが、

それよりも何より、レナは明らかに疲れていた。


身体的にも、精神的にも。

まるで体のあらゆる場所に鉛をくくりつけられたかのように、

体が重くなっていた。



「そしたら明日は、

 予定より1時間遅らせて、

 8時にロビーでいいかしら。

 それまでに、それぞれ考えをまとめとくってことで」


「オーケーだ、俺は構わないぜ」


「僕も大丈夫。

 それじゃあおやすみ、レナ」



2人の言葉を背に、

レナは疲れ切った重い体にムチを打ち、

見えないこの先のことを、

ぼんやりとだけ考えながら、

男たちの部屋を重い足取りで後にした。


次回投稿予定→4/9 15:00頃

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