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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
10/219

第8話:思いを胸に進む道

「ふあぁ……。

 そういえばあたし、

 昨日から全く寝てないのよね……」



もう何度見たことだろう、

レナが大きなあくびをする口を、

右手で隠しながらぽつりと呟く。

その言葉のとおりに、

その表情は朝方の元気な太陽とは正反対に、

暗く冴えない。


レナ達は、あれからクライドの言うとおりに、

北西の方角目指して、

草原に微妙に舗装された土の道を歩いていた。

まだ歩き始めてから30分も経っていないのだが、

昨日の昼から、

ルイン西部トンネル、最終列車、地下水道と、

ずっと活動してきたレナにとっては、

歩くことだけでも、苦行以外の何物でもない。



「まあまあ、とりあえずその小屋まで頑張ろうぜ。

 そこで少し、仮眠を取ればいいだろ?」



一方、牢屋でレナ達が来るまで、

ずっと寝ていたプログが、

レナに声をかける。



「まあね。

 あー、小屋が向こうからやってきてくれないかしら……。

 っと、それはそうとローザ様……ですっけ?

 歳っていくつくらいなんですか?」



眠気と疲れで頭の回転も遅くなってきたせいか、

レナらしくない意味不明なことを呟きつつ、

不意にローザのほうに振り向く。

クライドとは違い、

ローザが王女ということは信用しているからか、

はたまた目上の人ということからか、

丁寧な言葉遣いで話している。



「私ですか? 16です。

 レナさんは?」


「あ、16なんですか!? あたしは17です!

 歳近いですね!

 あたし、なかなか同じ世代に、

 女の子がいなくて……」


「そうなんですね!

 私もお城の中ですと、

 なかなかレナさんのようなお歳の方がいなくて……」


「あ、あたしのことは、

 レナって呼んでもらって大丈夫ですよ」


「え? でも一応年上ですし……」


「王女さんなら全然いいですよ!」


「そう……ですか。

 じゃあレナも私の事をローザと呼んで……」


「いえいえ、それはさすがに!」



ここで急に、女の子の会話が始まる。

ついさっきまで暗く冴えない顔をしていたレナとは、

全く思えないテンションだ。

後方に控えるアルトとプログは、

完全に置いてけぼりである。



「レナ、なんだか嬉しそうだね」


「そうだな。

 まあレナも女の子ってことだ」


「そうだね、

 さすがにあのテンションには、

 僕もついていけないよ」


「お前が無理なんじゃ、

 俺なんざ、もっと無理だわ」



ここでおっさんのような会話が始まる。

まるで子どもと遊ぶのに疲れて、

公園のベンチで、

ため息をつきながら話し込んでるかのようだ。



「っと、嬉しそうなのはいいが、

 お前たちちゃんと護衛しろよ。

 さっきも言ったが護衛ってのは、

 お前らが思っているほど、

 簡単なモノじゃないからな」


「あ、うん。

 それはわかっているよ。

 命を預けられているってことだしね……。

 でもプログ、さっきは何であんなに護衛を嫌がっていたの?

 その、言いたくなければ別にいいんだけど……」



プログの言葉を自分の中で噛みしめながら、

アルトがプログの問いにうなずき、

恐る恐るプログの顔色を伺いながら訊ねる。


人間誰しも好き嫌いはあるものだが、

先ほどの異様なまでの嫌いようは、

単なる好き嫌いのレベルを超えている。

よっぽどのことがあったとしか考えられない。



「……まあ、お前らより長く生きてりゃ、

 色んなことを経験するもんよ」


「そっか……ごめん」


「アルトが謝るこたぁねーよ。

 それよりも、しっかりとあの王女様を守ってやれよ、ほい!」



そう言うとプログはアルトの背中を軽く押し、

いまだ話に夢中な、

レナとローザのところへ行くよう促す。



(そう、色々と経験しちゃうんだよ、色々と)



アルトがいなくなったのを確認し、

ふと立ち止まるプログ。

雲一つない青空を見上げながら心の中で呟く。



(……。

まさかな、そんな事は絶対ねぇだろ、絶対に)



ふと何かがプログの脳裏によぎったみたいだが、

プログは青空に向けていた視線を、

レナ達に向けることによって即座に打消した。

空に浮かぶ太陽は明るく、プログを照らし続ける。



「おーい、遅いぞプログー!

 ローザに怒られちゃうよー!」


「そうですよー!

 早く来ないと怒っちゃいますよー!」



いつの間にローザと呼び捨てに、

そしてタメ口で喋るようになったのだろうか、

レナとローザがプログに手を振っている。

アルトを向かわせたものの、

残念ながらというかやはりというか、

ほとんど会話に入れなかったのだろう。

アルトは若干寂しげな目でこちらを見ている。



「……ッ、こらこら!

 年長者は労われっつーの!」



2人の言葉で何かを吹っ切ったのだろう、

プログは小さく呼吸を1つすると、

大きな声を出しながら3人のところへ走っていった。





楽しいことをしていると、

時間が過ぎるのが早く感じるというのは、

よく言ったものだ。

ファースターを出た直後は疲労からか、

ずっと暗い表情をしていたレナだったが、

ローザという最高の相手が見つかったというだけで、

30分以上経過しても、

まったく弱音を吐かなくなり、

順調に足が動いていく。



「でさあ、そん時に親方に見つかっちゃって……」


「え、そこで見つかっちゃったんですか!?

 それで、レナはどうしたんですか?」


「そりゃもう、逃げたわよー。

 ただ親方足早くてさー、

 建物のカーブを使って、

 うまく逃げたってワケ」


「そうなんですか。

 でも結局帰ったら……」


「そう!

 あたしそれをすっかり忘れてて、

 結局帰って親方が待ち構えてて大目玉ってオチ。

 もう笑っちゃうわよねー!」


「フフッ、なんかレナらしいですね」


「あ、ひどーい!」



ただ一つ、うるさいのが難点。


2人とも、大声で話しているわけではないが、

如何せん、会話が途切れることがない。

ローザはともかくとして、

ここまで喋るレナを見るのは、

アルトもプログも初めてだ。



「……よく話題がつきないよね」


「ああ、俺には無理だわ。

 んでもって、今の話、

 何がどう面白いのか俺にはさっぱ


「しっ!

 そんなこと言ったらレナに殺されるよ!」



一方こちらは、レナとローザの後ろを歩く、

おっさんコンビ。

プログの思わず出てしまった心からのボヤキを、

アルトが必死に止める。

幸い、レナやローザには聞こえていない。


アルトとしてはローザという存在のおかげで、

レナの足取りが軽くなっているため、

変なことをツッコんでレナのやる気を削いでしまい、

重い足取り、そして再び愚痴だらけのレナに、

戻ってしまうことだけは、

何とか避けたいと考えていたのだ。


そんなアルトの気苦労に気付いているのかいないのか、

レナとローザの会話は尽きない。



(でも確かによく会話が尽きないなぁ、

僕とレナが一緒にいた時は、

沈黙の方が多かったのにな……)



アルトはそんな2人の様子を、

後ろから見つめながら心の中で一人ボヤく。

当然、同性との会話の方が盛り上げるというのは、

アルト自身も納得しているのだが、

それを差し引いたとしても、

もしかしたら自分の会話する能力に問題でもあ



「ングゥッ!!」


「キャッ!

 だ、大丈夫ですか!?」



若干自分の世界に入ってしまい、

前の2人が立ち止まっていることに気付かなかったアルトが、

ローザにぶつかってしまう。



「ご、ごめん!

 ってえ?」


「まったく、楽しいおしゃべりの時間だってのに、

 お邪魔なヤツらね」



すぐにローザから離れ、

謝るアルトはなぜ、

2人が立ち止まったかがすぐに理解できた。


ローザから離れた瞬間、目に飛び込んできたのは、

レナ達の前で鋭い角と牙を見せるイノシシに似た魔物、

ワイルボア、しかも3匹。


攻撃してくる素振りは今のところ見せてはいないが、

3匹とも完全にこちらを睨んでおり、

このまま静かに見逃がしてくれそうには思えない。



「さてと、魔物退治はあたしたちの仕事ね。

 アルト、プログ、行くわよ」


「へいよ、んじゃささっと終わらせますかね」


「う、うん」



そう言うと、先制攻撃とばかりに、

レナがワイルボアめがけていつも通り突進す




「うらぁッ!!」




突進するレナの横を黒い影が、

レナ以上のスピードで通り過ぎ、

気合の入った声と共にワイルボアの胴体に短い刃を一閃。


その一閃はワイルボアが悲鳴を上げる時間すら与えず、

体を真っ二つにする。

そのあまりの速さに、

レナが思わず動きを止める。

黒い影は続けて、

右足で自らの動きに急ブレーキをかけ、素早く体制を整える。


ここでようやくレナは、

その黒い影がプログであることに気付いた。

だがその姿はレナの知っているプログではない。

とにかく動きが速い。

アルトはもちろんのこと、レナですら、

追いつくかどうかわからないほどのスピードだ。


プログは続けて今度は2匹目めがけて、

短剣を素早く投げつける。

短いながらも抜群の切れ味を持つ短剣は、

ワイルボアの頭部を直撃する。

致命傷には至らなかったが、

ワイルボアはその痛みからのた打ち回っている。



「どーもですっと!」



しばらくプログのあまりの速さに、

思わず魅入ってしまったレナだったが、

黒い影の正体がわかり、弾むようにそう言うと、

のた打ち回っている、2匹目の胴体めがけて長剣を突き刺す。


頭部に胴体、2つの傷を負ったワイルボアは、

野太い悲鳴をあげながら絶命した。



「えぇい!」



レナとプログが2匹目を倒したちょうどその時、

後方からアルトの大きな叫び声が聞こえる。


レナが後ろを振り向くと、

格闘用グローブを付けた右腕を、

アッパーのように振り上げるアルトの姿が。

だが、肝心のワイルボアの姿がない。



(……ってことは上ね!)



レナが頭上を見上げると、

そこには太陽に照らされる大きな楕円形のような影が。

アルトは3匹目のワイルボアと対峙し、

銃を撃ちこみながら間合いを詰め、

最後にアッパーと気術を使って、

ワイルボアを空中に吹き飛ばしたのだ。


いくら獰猛なワイルボアであっても、

致命傷を負わせることのできる鋭い角、

牙を持っているワイルボアであっても、

空中に吹っ飛ばされれば、

それらは全く使いようがない。

そして、重力に逆らうことなど出来るはずもなく、

ワイルボアは徐々に地上に向け落下してくる。



「よしっ、これで終わ


「うらよッ!」



レナが地上に落ちるタイミングで、

長剣を薙ぎ払おうと構えた瞬間、

またもや黒い影が空中に飛び出す。


当然のことながら、その正体はプログである。

プログはワイルボアの落下予測地点のやや斜めからジャンプし、

最大到達点のところで、

先ほど投げたものとは別の短剣を使い、

地面に背を向けて落下してくるワイルボアを、

頭上で綺麗な弧を描くように一気に薙ぎ払う。


1匹目同様、最後のワイルボアも空中で真っ二つにされ、

2つの体が地面に叩きつけられた。


続けて、ひと仕事もふた仕事も終えたプログが、

地上に戻ってきた。

その表情はいつものひょうきんな姿ではなく、

狙った獲物は逃がさない、

凄腕のハンターの姿だった。



「よっと。

 ま、こんなもんかあ?」



綺麗な着地を決め、

2匹目のワイルボアの頭部から短剣を引き抜き、

プログが短剣を懐にしまいながら、

レナ達のところへ笑いながら戻ってくる。

その姿は、すでに先ほどの凄腕のハンターのは姿ではなく、

いつものひょうきんプログだった。



「さすがはハンターね、こりゃ心強いわ。

 ま、最後にあたしの見せ場を残してくれれば、

 100点満点だったのにね」



さすがのレナもプログの凄さに圧倒されたのだろう、

珍しくプログを褒める。

とは言いつつ、

最後に見せ場を取られたことに、

少しの悔しさを乗っけておくことも忘れない。

レナの生粋の負けず嫌い根性も、なかなかのものである。



「おいおい、いくら雑魚とはいえ、

 魔物相手にそんな余裕はないぜ?」


「そうなんだけどね。

 ま、とにかくこれで、

 あんたの実力は間違いないってことも解ったし、

 これからもアテにさせてもらうわよ」



「あ、アルト、

 怪我してるじゃないですか!」



レナとプログのそんなやり取りを尻目に、

今の戦闘を後ろで見守っていたローザが、

アルトのもとへ駆け寄る。

よく見るとワイルボアの突進攻撃を受けた時に、

避けきれなかったのだろう、

左腕に切り傷ができている。



「ああ、大丈夫だよ、

 こんなの僕の気術で……」


「ちょっと待ってください」



アルトが最後まで言い終わる前に、

ローザがアルトに向けてそっと両手をかざし、

治癒術をかける。

アルトが使う時よりも少し大きな光がアルトを包み、

たちまち傷を治していく。



「あ、ありがとう……。

 そっか、ローザも気術使えるんだもんね」


「ええ、まだまだ勉強中ですけどね」



治癒術を終えたローザがいたずらっぽく笑う。

その表情はどこか一安心、といった感じに見える。


もちろんアルトの傷が無事治ったということもあるが、

護衛されている身とはいえ、

ローザも自分なりに、

何とかみんなの役に立ちたいと思っていたのだろう。

僅かではあるがその想いを形にできたということが嬉しい、

そんな意味での笑顔でもあったに違いない。



「ローザ、大丈夫だった?

 無理は禁物だからね」


「大丈夫ですよ。

 ありがとう、レナ」



レナとプログもアルト達の近くに戻り、

心配そうにローザに話しかけるレナ。


レナとしては治癒術が2人使えるようになったのは、

とてもありがたいことではあるし、

クライドもローザの力もきっと役に立つと言っていた。


だが、本来の目的はローザの護衛である。

それに、公園の時にプログに絶対に守ると言い切っている手前、

少しでもローザの力を使わせることがないようにしたい、

というのが本音だった。



「プログ、さっきはありがとう。

 ……そういえば僕、

 プログが戦ってるの見てる余裕なかったんだけど、

 どんな感


「さてと、また魔物が寄ってきたら何かと厄介だ。

 さっさと小屋まで行っちまおうぜ」


「……。えーと、プロ


「そういえばローザ、

 さっきの話の続きだけどー」


「あれ、どこまで話したんでしたっけ?」


「えーと、あれ?

 どこまで話したんだっけ?」



レナやプログとは違い、

アルトは1人でワイルボアと戦っていたため、

プログの戦っている所を見ることができていない。

せっかくだから、

どんな様子だったのかを聞こうとしたアルトだったが、

プログと声が被ってしまい、

さらにそのまま、

レナとローザが会話に入ってしまったため、

アルトの声が誰かにピックアップされることはなかった。



「……」



無言のまま立つピックアップされなかった悲しい少年を、

爽やかな風が絶妙なタイミングで嘲笑う。



「もうー! 待ってよぉ~!」



風にすらバカにされたアルトは、

まるでお菓子を買ってもらえなかった子どものように、

泣きそうな声を出しながら、

必死に前を歩く3人に追いつこうと走っていった。





この世界、グロース・ファイスは街が1地区に固まって形成され、

その街と街の間がかなり離れている。

そこで、旅をする者やハンター、

その他諸々の人々のために街と街、

または洞窟といった間に休憩施設が設置されている。


ただ休憩施設と言っても、

そのほとんどが寝る場所を提供する程度のものであり、

食料や水分、衣類といったものは置いていない。

表現悪く言えば、休みたければどうぞ休んでください、

といった感じの施設である。


ファースターの公園でクライドが言っていた、

粗末な小屋というのも、その1つである。


レナ達はその後、

野生の魔物に数回襲われることがあったが、

プログという心強い味方を得たおかげで、

今まで以上にスムーズに退けることができた。

そして更に歩くこと約3~40分、

クライドの言っていた小屋に、

ようやく辿り着いたのである。



「ようやく着いたわー!」



全身で大きく伸びをしながら、

それはそれは幸せそうな表情で、レナが叫ぶ。



「うわ……クライド総長は、

 確かに粗末とは言ってたけど……」


「すげえなこりゃ。

 雑草とかちゃんと手入れしてんのか? コレ……」



続いて小屋の前まで来たアルトとプログは、

小屋の周辺を見渡して、

何か気持ち悪いものを見ているかのような表情で呟く。


木で造られている小屋こそ、

しっかりした造りをしているのだが、

小屋の周りがとにかくひどい。

入り口以外がとにかく雑草だらけの伸び放題で、

草の先端が膝にまで達しそうなくらいに伸びている。

しかもその範囲も小屋の周りだけでなく、

小屋を中心にして数メートルは草の山で、

“最近使われていない”を、

絵に描いたような状態である。


こういった休憩施設は、

本来ならば近くの街によって管理されているはずで、

この休憩施設はファースター管轄のはずだが、

どう見ても管理が行き届いているようには思えない。



「寝る場所さえあればいいじゃないの。

 ふあぁ……超眠」



睡眠欲という最大級の敵と戦ってきたレナにとって、

周辺の劣悪な環境という雑魚敵など眼中にない。

誰よりも先に小屋の入り口に、

足早に向かっていく。



「まったく、中に兵士がいてドア開けた瞬間に襲われる、

 なんていう考えはないのかね」



そんな姿のレナを見て、

プログが呆れながら頭を搔きつつ、

レナの後を追う。



「それだったらあたしたちを小屋の中に入らせて、

 眠ってる時に襲ってくるって可能性の方が高いと思うけど。

 それに、もしそんなことしたら、

 それこそローザが危険に晒されて、

 その兵士は一発でクビになるか、

 リアルに首が飛ぶわね。

 ま、盗賊とかがいるんだったら、

 話は別だけど」



ドアの目の前に辿り着き、

プログの方を特に振り向くこともなく、

レナがその問いに淡々と答える。


が、そうは言いつつも、

レナの右手はしっかり長剣のところに置いてある。

口では否定してても念には念をってところか。



「やれやれ、杞憂か」



レナに限ってそんな心配はする必要はなかったか、

剣に手を置いていることに気付き、

プログは両手を広げて失礼しました、

とばかりに肩をすくめる。



「とは言っても、

 本当に誰もいないと思うけどね、ほら」



レナはそう言いながら、

小屋のドアをゆっくり開ける。


開けた先には誰もいない。

小屋内は大体5~6人が寝ればいっぱいになる程度の空間に、

中央付近に火をおこすため、

正方形に区切られた、

小さな砂場のようなものがあるだけである。

布団や食料と言ったものはもちろんない、

本当に休憩や仮眠をするためだけの施設だ。



「あぁ~ようやくだわ……」



中の安全を確認したレナに続き、

プログ、ローザ、アルトの順に小屋の中に入る。

アルトが入る頃にはレナは、

部屋の隅ですでに床に寝そべり、

仮眠を取る気満々の状態だった。



「さてと、そしたら2~3時間くらい仮眠を取るか。

 ここまでくれば、それくらいは大丈夫だろう。

 みんな今のうちにしっかり休んどけよ。

 アルト、先に俺が見張りをするから、

 後半はお前が見張りをしてくれ」



全員が小屋に入ったことを確認し、

ドアを閉めながらプログがアルトへ話す。

ドアに鍵がなかったということもあるし、

いつ誰がこの小屋を襲ってくるかわからないため、

ドアの前で見張りを置くことにしたのだ。



「あ、うん、わかったよ。

 そしたら時間になったら、

 起こしてもらっていい?」


「了解……っと。

 俺、時計持ってないか」


「あ、私、持ってますよ」


「そっか、すまないが、

 ちょっと貸してもらってもいいかい?」


「いいですよ。

 はい、どうぞ」



4人の中で、唯一時計を持っていたローザが、

純金でできた腕時計をプログに渡す。



「わお、こりゃ壊せないな。

 丁重に扱わないとな」


「ってかいいわよ、

 後半の見張りなら、あたしがや


「いや、レナは休んでていいよ。

 見張りくらい、僕にもできるよ。

 それにレナ、ずっと寝てないでしょ?

 あんまりゆっくりはできないけど、

 今くらいは休んでて大丈夫だから」



もう寝たかと思っていたレナが、

ゆっくりと起き上がるがアルトがそれを制する。

その口調はいつにな強く、固い。


もちろん、アルト自身も睡魔に襲われており、

出来ることなら少しでも長く寝ていたいのだが、

アルトは列車内で、

そしてプログは牢屋内で少し寝ている。

だが、レナは昨日の朝から今まで、

ずっと起きっぱなしである。

その疲労はきっとアルトやプログの倍、

いやそれ以上だろう。

そのためせっかくの休憩なんだし、

レナには最大限にしっかり休んでほしいという思いと、

見張りくらいなら自分でもできる、

だからレナは休んでていいからという、

アルトのちょっとしたプライドの、

両方が入り混じったものだった。



「でも……でもそう言ってもらえるなら、

 お言葉に甘えよっかな。

 ふあぁ……」



自分の体調と相談し、

アルトの言葉に従うことが賢明と判断したレナはそう言うと、

再び床に寝る。



「そ、そんな全然!

 ゆっくり休んでて大丈夫だから!

 あ、ローザもゆっくり休んでてね。

 また、これからいっぱい歩くことになるだろうから」


「2人ともごめんなさい、

 でも、ありがとうございます。

 もし万が一のことがありましたら、

 私も代わりますので……」



ローザは申し訳なさそうな顔をしながら、

軽くお辞儀をすると、

レナの横に並ぶようにして横になる。

よっぽどの時間睡眠欲と戦っていたのだろう、

ローザが横になった同時に、

レナからスースーと寝息の音があがる。



「さてと……そしたら僕も先に休むよ、

 じゃあプログ、お願いね」


「ああ、お前もしっかり休んどけよ」


「うん、お休み」



そう言い残し、

レナとローザとは少し離れた、

入り口付近のところにアルトが横になる。

それを見届けるとプログは入り口付近に座り込み、

ローザから借りた時計に目を落とす。


時計は7時過ぎを指している。

小屋に1つだけある入り口の右手にある窓から、

公園にいた時よりも一層強くなった陽射しが、

小屋の中に射し込み、プログの顔を捉える。

その陽射しを手で遮りながら、

プログはおもむろに部屋内に視線を一周させる。


他の3人に陽射しこそ当たってはいないが、

何分、外がこの明るさである。

もちろんカーテンなどなく、

普通ならかなり寝つきが悪い環境なのだが、

気が付けば3人とも、

5分もしないうちに眠りに落ちている。

まあ16~7歳の子どもたちにはまだまだしんどいわな、

プログは心でそう呟きながら、

ふう、と1つ、ため息をつく。



「まあ、10時過ぎに出発でいいか」



再び時計に目を落として、

出発時間を決めたプログはもう1つ、

大きなため息をつく。

静かな小屋の中に、プログのため息だけが独り歩きをする。


確かに多少は眠いが、

何回もため息をつくほど体が疲れているわけではない。

むしろこの程度で疲れているようでは、

ハンターなんてやっていけない。

そんなことはプログ自身が一番理解している。

だが、プログのため息が止まることはない。



(……また色々と考える時間ができちまったじゃねえか)



右手で顔を少し覆いながら、

プログはふとレナとローザに視線を向ける。

2人とも、とても幸せそうな表情で眠っている。

シャックに狙われて逃げている、

そんなことを忘れてしまうくらい幸せそうな表情だ。

親友同士が疲れるまで遊びつくして、

楽しい思い出を共に残したまま一緒に寝ている、

そんな光景に一瞬間違えてしまうかのようだ。



(ローザ王女も気の毒だな、

厄介なことに巻き込まれちまって……)



プログはそんな2人の表情を見ながらまた考え、

そして深いため息をつく。


どうしても1人の時間ができると考えてしまう。

牢屋にいた時もそうだった。

過去の自分、現在の自分、そして未来の自分――。


過去に自分がしてきたことを考え、

牢屋にいる自分が現在、

何をしなければいけないかを考え、

そして自分は何をしたいのかという未来を考え――。


何十回、何百回と牢屋の中で考えてきた。

だが結果は全て同じ、何も見出すことができなかった。

自分が本当にするべきことがわからない。


いや、本当は何をするべきかは自分でもわかっている。

わかっているけど進めない。

進むのが怖い、という言い方が正しいか。


プログは今度はレナとアルトを順番に見る。

もしかしたら牢屋の中で何も見出せなかったからこそ、

レナとアルトが隣の部屋で、

牢屋から脱出しようと話していた時、

自分でも知らないうちに聞き耳を立てていたのかもしれない。

何かを変えたかったから。

1人ではなく、誰かといることで、

何かを感じることができるかもしれないと思ったから。


だがそれは結局、

ただ考えることから逃げているだけなのだろう。

本当ならば1人で、あのまま牢屋で……。



「……周り、見てくるか」



考えることに疲れたプログ、

今までで一番の大きなため息をつき、

ゆっくりと立ち上がると、

小屋の外の様子を見にドアから出て行った。

第8話更新です。

なんか活動報告という便利なものに気づいて以来、こちらが雑になってしまってますね、すいません。

というわけで次回は登場人物をまとめようと思うので途中から読まれている方はぜひご覧ください。

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