僕のアルコール依存症(1)
第1話 スイッチ
その時、スイッチが入ったのだと思う。
誰かが、スイッチを入れて立ち去って行った。
「カチッ」と言う音がした。
その音は、今、この時に聞こえて来た。
母が、癌で余命を宣告された。
僕にとって、最愛の母だった。
この世界で、唯一人、僕の事を知っている存在だった。
僕には妻がいた。
最愛の妻だった。
パートナーとしては、最愛の、そして最高の妻だった。
だが、妻は僕の事をよく知らない。
母は、父と共に田舎で暮らしていた。
僕達は、東京で暮らしていた。
僕は、多忙だった。
僕は小さな会社を経営していた。
実質的には、僕一人が社員だった。
営業をしなくとも、嫌だというくらい仕事依頼が来る。
しかし、大変だと思う事は、そう多くなかった。
楽しく思える日々が続いていた。
今、思えば贅沢過ぎる生活をしていたと思う。
僕にスイッチが入ってから、孤独感が襲うようになった。
妻と一緒でもその孤独感は消えない。
数刻の間だけ消える時もあったが。
スイッチが入る前までも、大酒飲みだった。
だが、その時から飲酒量が数倍に増えた。
いいようのない、孤独感、不安感、恐怖感が襲って来る事が度々あった。
それを打ち消すために、飲酒量を増やす。
身体からアルコールの抜けない日々が続いた。
仕事にも、影響が出始める。
素面で思考する事が出来ない。
3つの事が数ヶ月の間に起こった。
① 母の死
② 倒産
③ 離婚
(すいません。倒産、離婚の直接的な理由はここでは書けません)
この時、追い打ちを掛ける様に、スイッチがいくつも入った。
「カチッ、カチッ、カチッ」
誰かが、スイッチを入れるために戻って来た。
誰なのかは、はっきりしていた。
誰かは、僕自身だった。
立ち去ったのは、僕の内側へだったのだ。
第2話 悪夢の始まり
母の死から田舎に戻るまでに、数年間必要だった。
倒産の債務をゼロにしなければ、ならなかった。
その数年間は、悪夢を見ているようだった。
僕自身は、心にも身体にも異常を感じていた。
最初の頃は、異変かな?くらいだった。
「また、風邪を引いてしまったか」
「腰痛が酷くなるな」
「肩こりも酷いな」
あまりにも、症状が長引くので、病院にも行って見た。
内科で診察すると、肝数値が高い。
「アルコールを控える様に」医者の決まり文句だった。
精神科に行くと「精神疾患者が独力で診察に来る事はない」
これも、決まり文句だった。
ある日、僕は気が付いた。
「お酒を飲むと症状が無くなる事に」
僕は、画期的な発見をしたと思った。
身体からお酒を切らさないようにした。
辛い目に合うのは嫌なのだ。
お酒が薬だと思った僕の「心」と「身体」は、急転して行った。
急転して、悪い方へと転がって行った。
最初に気付いたのは、幻聴だったと思う。
幻聴だったと思うのは今だからだ。
その時は、何かしらの違和感だけだった。
仕事場の機械の雑音がメロディーを伴って聞こえる。
恐怖は感じなかった。
逆に心地がよかった。
次に気が付いたのは、運動機能の低下だった。
平坦なところで、躓く。
走れない。
だが、それらも酒量を増やすと何事もなかったように回復する。
「やはり、お酒が僕の薬なのだ」
僕は、その事自体が異常なのだと知らなかった。
湿疹が出る様になった。
皮膚科に行った。
皮膚科の薬は、僕に合わないようだ。
お酒を飲んで暫くすると、湿疹は無くなった。
未だ、事の重大さに気が付いていなかった。
第3話 悪夢
不眠症になった。
お酒を浴びるほど飲んで眠りにつける時は、最高の日だった。
だんだん、朝日が昇らないと眠れなくなった。
幸いな事に僕を雇っている会社は、僕を完全フレックスにしてくれていた。
24時間の間、いつ働いてもいいのだ。
求められるのは、仕事の結果だけだ。
僕の仕事は、SEを含めたコーダーからテスターまで全てだった。
与えられた部分を期日までに完成させればいい。
次に襲ったのは、フラッシュバックだ。
典型的なフラッシュバックではなかった。
眼を瞑ると、脈絡のない動画と音声が脳の中に起こる。
それは、昼でも夜でも起こった。
眼が瞑れない。
必然と眠れない。
不眠症に拍車がかかる。
10時間、20時間飲み続けても眠れない時もあった。
さらに、1か所にじっとして居続けられなくなった。
じっとしていると、理由のない恐怖が襲ってくる。
身体を動かすと緩和される。
仕事は、恐怖との闘いへと変じた。
電車通勤も恐怖だ。
1駅の間、乗車しているのが辛い。
ここでも恐怖が襲ってくる。
駅毎に降車して通勤した。
止めが来た。
左腕が動かなくなった。
仕事にならない。
止めは、僕の債務がゼロになるのを待つように来た。
第4話 田舎
仕事を止めて、田舎に戻る事にした。
お金が欲しいのならば、そのまま東京にいた方が何十倍も
田舎より稼げる。
だが、僕は東京に留まる事を断念した。
心も身体も限界だった。
今、思っても最良の判断だったと思う。
僕は、この時未だ、アルコール依存症と診断されていない。
後から分かるのだが、悪夢の原因は、アルコールだった。
アルコールの抜けた状態では、離脱症状(禁断症状)を起こしていたのだ。
当然、アルコールを身体に摂取すると離脱症状は緩和される。
田舎に戻り、1年くらいは、飲酒量が減った。
離脱症状もいく分、緩和されていた。
ここでも、僕は間違いを犯していた。
「離脱症状の原因は、ストレスだった」と、思っていた。
もちろん、その時は離脱症状の事など知らない。
心と身体の異変に気付いていただけだ。
2年目、僕は昼からお酒を飲み、前後不覚になった。
この時の記憶は、今でもない。
後で、他の人から聞いた話によると、父親に病院へと担ぎ込まれたらしい。
気が付くと、ベットの上だった。
それも、鉄格子の嵌まった小さな部屋の中だ。
僕以外は、誰もいない。
暫くして、看護師さんが来た。
その時、気付いた。
僕の腕には、点滴が施されている。
看護師さんは、その点滴を取り換えに来たのだった。
僕は、事情を訪ねた。
「どうして僕はここにいるの?」
看護師さんは、答える。
「何も覚えていないの?」
僕は、思い出そうとしたが、無駄だった。
この独居室で、数日過ごした。
第5話 最後に
ようやく、アルコール依存症について書く事が出来ました。
先週に複数の医療関係者から「僕の現状」について知る事が出来たおかげです。
断酒の成果として、快方?に向かっているみたいです。
本調子になるのは無理でも「平穏な生活が送れたならばいいな」と、思っています。
後日、入院生活から現在までの続編を書きたいと思っています。
本当に多くの人達に支えられて来たと思っています。
「感謝」と、一言でいえません。
余生のある内は、精一杯生きて行きたいと思っています。
もちろん、お酒無しで。