六月十四日
六月十四日。なんと今日は土曜日。休日である。正直課題ぐらいしかやることがない。その課題つったってやる気起きねぇし。ということで脳内会議の結果。一人カラオケに行くことに決定。俺は早速我が母に昼飯代名目の五百円玉を貰い、チャリを軽快に走らせた。
一人カラオケというのは思いの外疲れる。それはたった一人のプライベート空間を満喫すべく、歌えるだけ歌おうと、ペース配分お構いなしに激唱してしまうからだろう。そんな馬鹿が俺以外にもいてほしい今日この頃。
一時間ぶっ続けで歌って(または叫んだとも言う)、吐血するんじゃないかと思うぐらいビリビリと痛む喉を労るべく、ドリンクバーへと水を取りに。お金ないからドリンクバーは頼んでないんだよ。「てめぇガンくれてんじゃねぇぞ」とか「水だけとかマジキモいんだけど」とか言われることはなく、無事お冷やを手に入れた俺は、颯爽と部屋のドアを開けた。が、しかしそこには何故か先客がいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「すいません間違えました」
バタン。扉を閉め、即座に踵を返して次は間違えずに自分の部屋に戻った。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!それから一時間は、ひたすら叫び続けた。叫び続けて女声になったぐらいだった。やっべ・・・・・・高い声出し過ぎた・・・・・・。
帰り際。いつものごとくギリギリでカウンターに駆け込んだ俺は、そこに見知った顔を見つけてスルーした。
会計を済ませ、さぁ帰ろうとチャリに跨がった瞬間に襟首が突然後ろに引っ張られ、俺は危うく転けそうになった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんなのこの娘。
「・・・・・・無視するな」
人のこといきなり引っ張っといて何言ってんの?怒ってんの?怒ってんのか。何怒ってんの?こっちが怒りたいよ。いきなり首根っこ引っ張られてさー。よし、ここは一丁言ってやろうじゃないか。
「け・・・・・・桐林。お前には声をきゃける、という行為が出来ないのか?」
駄目やん俺。カミカミやん。さっき散々声出したのに、ウォーミングアップは万全のはずなのに。まぁそれはいいとして。何でスルーさせてくれないの?いいじゃん別に。友達でも何でもないんだし。というか敬遠されてるとばかり思ってたからちょっち驚いてるんだけど。
「何か御用ですか?」
「手、見せて」
「・・・・・・何?」
今何つった?
「手」
いや手、って言われても・・・・・・あぁ。右手のことね。でも何で?俺の右手に幻想殺しは宿ってないぞ。沈黙の妖精ならデフォルトで発現してるが。
「ん」
俺は包帯に包まれた右手を差し出した。すると桐林は、その右手を両手で掴んだ。思いの外優しく触られ、少々ゾクリとした。
「なに?なんなの?」
桐林は無言で俺の右手を。正確には傷口の辺りをなぞっている。むず痒い。
「なぁいい加減に」
「ねぇ」
台詞を途中でぶった切られた。何やねん。
「今までも何回か、刺したこと、あるの?」
主語を入れて話せんのかこいつ。絶対文系科目苦手だろ。まぁ俺には通じるけどね。
「あぁ、まぁな。何回やったかは覚えてねぇけど」
「それってどうなのよ・・・・・・」
どうなんだろうね~。とりあえずそろそろ放して。なんか恥ずかしい。だが俺の思いは通じず、桐林はまだ右手を放してくれない。そういや・・・・・・。
「何でわかったんだ?その傷が初めてじゃないって」
そう。こいつの聞き方は疑問を口にした、というより、答えの確認をした。という感じがしたのだ。
桐林は俺の言葉に、傷口の周りをなぞりながら答えた。
「掌の肉が凸凹だもの。触ればわかるわ」
なるほどね。だから触ったのか。ちょっとした触診だな。
桐林は手を放した。
「貴方の無茶って、何のための無茶かわからないわ」
あの自傷行為のことを言ってるんだろうな。別に無茶ではないと思うんだが。
「まるで自分の体じゃないみたいに扱うのね」
桐林は呆れたような、疲れたような声で言った。
「そう見えるか?」
「えぇ・・・・・・」
そうなんだろうか。そうなんだろうなぁ~。俺はちゃんと自分の身体のことを自分のものだとわかってるんだが。神様のもの~とか思ってないよ?
「別に、俺がどうなろうが大したことじゃない」
俺の存在感なんて最初から無いに等しいんだから。俺が俺の身体に何をしようと勝手だろう?
「随分卑屈なのね」
「別にそうでもないさ」
悟ってると捉えて欲しい。その方がかっこいいだろ?
「ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」
言外にそろそろ帰りたい意思を示す。いつまでも立ち話に興じていられるほどの体力も気力もない。
「あぁ、そうね。引き留めて悪かったわ」
桐林は俺の意思を正確に受け取り、そのまま歩き去っていった。気を遣わせちゃったな。なんか申し訳ない。日頃遣われる気がないからだろうか。いや、忘れてはいけない。先日も女の子がパンを分けてくれたじゃないか。俺のクラスメートは案外優しいのかもしれない。
時計を見ると、もう二時を回っていた。