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くだらない  作者: sniper
14/15

球技大会 ~E~

B・・・Begining

R・・・Running

T・・・Turning

E・・・Ending

どうしてこうなったのだろう。

俺は床に転がる二つの身体を見下ろしながら、溜息をついた。

鉄扉の前に、ダンボールと一緒に転がっているのは、クラスメートの岸田だ。体操服に名前が書いてなかったら俺の中では「パンの子」になっていた。

そして、隅っこのボールバスケットの辺りに転がっているのは、白衣のやつだ。名前を知ろうとも思わなかったので、何も探らずに放置した。

俺の想像によると、この二人は被害者と加害者の関係にある。当然ながら白衣のやつが加害者だ。しかも俺が最も嫌いというか「つーか死ねよ」って思う種類の犯罪者だ。メッタ打ちにした直後はちょっとした罪悪感が浮かんだりもしたが、ダンボールから岸田が出てきた瞬間に、俺は「もっとやっときゃよかったかな・・・・・・」と思ったものだ。

「うっ・・・・・・んぅ」

微かな、ぐずるみたいな声が聞こえた。鉄扉の近くから聞こえたな。

ノートパソコンから顔を上げ、その声の方向に目を向けると、人らしきシルエットが、むくりと起き上がるところだった。岸田が目を醒ましたらしい。

「んん?真っ暗・・・・・・」

暗さに目が慣れてないのか、辺りをキョロキョロするも、動こうとしない。砂で汚れた頬をゴシゴシと擦っている。

「あれ?光・・・・・・」

だが、しばらくキョロキョロするうちに微かな光源(ノートパソコンのモニタの光)を見つけたらしく、その方向に―――つまり俺に向かって移動を開始した。おいおいちょっと待て。そこ、段差があるから危ないよ~。

「あでっ」

案の定、ラケットの入った籠に足をぶつけて痛がっていた。なんか、ただこうして見てることが悪いことな気がしてくる。

俺はついつい、声をかけてしまった。

「・・・・・・出口なら後ろだよ」

「えっ、誰!?」

「・・・・・・・・・・・・」

何故か後悔した。なんでだろう。

とりあえず、俺はデータをセーブし、ノートパソコンの電源を落とした。

「あれっ?光が・・・・・・」

俺はマットから静かに降り、鞄にノートパソコンやその他の私物を仕舞うと、それを担いで鉄扉を開けた。

「うっ・・・・・・」

いきなりの太陽の光に、後ろで呻き声が上がる。

「じゃ、ばいばい」

俺は岸田が目を開ける寸前に、その場から走り去った。



第四体育器具庫から撤収した俺は、昼休みをプールの陰で過ごすこととなった。

「ふぅ・・・・・・」

陽のあたらない場所ということに、妙な安心感に包まれながら、俺は惣菜パンの包を開けた。

「はぐっ・・・・・・んぐっ」

安いだけで、大して美味しくない。それを承知の上で買ったこの惣菜パン。

この食事に幸福感とか、そういったものが発生しないのはわかりきっていたことなのに。奇妙な不満を感じた。

どうしてこんな気分になるのか。心当たりはある。

岸田と白衣のやつのことだ。

俺の推測、想像は、シンプルに表現するならこうなる。

『性犯罪』

俺がニュースなどで知って、最も嫌な気分を味わう犯罪カテゴリーの一つだ。

俺の性犯罪に対する認識は、多分、男性視点でも、女性視点でもないのかもしれない。

「はぁ・・・・・・」

人を人とも思わない人たちのことを、「外道」だとか「鬼畜」だとか言うらしい。

世間では、「人殺し」とか、「お金に目の眩んだ上流階級の人たち」だけのことを言ってることがほとんどだよね。

俺は、それだけじゃないと思ってる。

レイプの被害女性たちが、容疑者男性たちのことを口々に「鬼畜」という言葉を使って罵っていたのをテレビで見たことがある。

俺はそれを見て、「あぁ。そうか」と、ちょっと納得してしまった。

「人を人とも思わない」っていう枠に当てはめていくと、強姦や痴漢、盗撮といった性犯罪者たちも、それに類するんじゃないか、と。

女性を、ただの手慰みモノにしているのだから、それすなわち、「人として見てない」ということになると思う。

そういう風に考えるようになってから、俺にとっては、性犯罪が殺人罪と同じくらい罪深いものに思えた。


惣菜パンが手の中から消え、腹が幾分か満たされた頃。

グラウンドにチラホラと、体操服姿の生徒たちが出てきていた。

「さて。どうしよっかなぁ」

このまま閉会式が始まるまで、ここに座っていてもいいが。いかんせん、暇だ。人目もあるので、ここでパソコンを開くわけにもいかない。大体、携帯電話以外の電子機器を、学校に持ってくること自体が校則違反なのだ。はっきり言って、手元に置いておくのだって危ない。だから早く帰りたい。

「ままならないなぁ~・・・・・・」

全く。溜息も出るってもんだ。



「これより、閉会式を始めます」

結局、何処へ行くでも、何をするでもなく、ただブラ透けを目で追っているうちに時間が過ぎ去り、閉会式を迎えた。(注:ちゃんと出席してます)

時間を無駄にしすぎて心配になってきた。が、その心配を晴らす手段などもうない。過ぎた時間は戻ってこない。たとえ、今俺の周りに突っ立っている少年少女を皆殺しにしたとしても、戻ってこない。この世に黒魔術は実現しない。

そんなことをつらつらと考えていると、時間はすぐさま過ぎ去ってしまう。

俺はどうしようもない無力感を感じながら、球技大会の終わりを迎えた。



教室で着替えを済ませ、さぁ帰ろう―――とドアに向けて歩きだそうとした俺の肩が、ガシィッ。と、思いっきり掴まれた。

つんのめりそうになりながらも振り返る。地に足が着いた瞬間にその手を振り払った。

目が合う。

勝気な目がうざったい。平均以下な目鼻立ちだ。スタイルも大したことない。足太いなぁ。

典型的な、どこにでもよくいる「行事に真面目に取り組む女」だ。俺の嫌いなタイプ。死んでくれないかな。で、こいつ誰?つーか死ねよ。それにしても俺ってこんなに死ね死ね連呼するようなやつだったっけ?いや、多分疲れてるんだ。そうに違いない。

俺が自分の人間性について考えていると、その女が穢い口を開いた。

「あんた由美子に何したの」

・・・・・・・・・・・・。誰それ?

「だっ・・・・・・何のことですか?」

一瞬「誰?」って言いそうになったけど堪えた。何か面倒になりそうだったし。クラスメートだったりしたら失礼だし。言い直したおかげで敬語になっちゃったし。どうしてくれんだこのアマ。

だが、俺の気遣いには何ら反応を示さず、というか俺のは気遣いとは言えないが。女は言葉を続けた。

「あんたなんでしょ?由美子拐ったの」

拐った―――・・・・・・あぁ。岸田ね、岸田のことね。岸田が第四体育器具庫に連れ込まれたやつ。あれ、まだ犯人特定してなかったの。あの白衣の馬鹿も上手くやるなぁ。

「―――違う」

「嘘だ。今、答えるまでに間があった」

現状を推察する時間も許してくれないのね。俺、とことん疑われてるな。証拠もないのに。オライライラしてきたぞ!・・・・・・駄目だ。孫悟空風に言ってもイライラ薄れない。

「はぁ・・・・・・。何で俺がそんなことせにゃならんのだ」

「セックスとか」

「三次元に興味ない」

「気持ち悪っ」

メ・ン・ド・ク・セ・ェ・!・!

いつの間にか、俺と女の周囲には人垣が構築されていた。その中に澤村の姿はない。

澤村は球技大会の実行委員にクラス委員長としての強制参加させられている。今もグラウンドで片付けに追われていることだろう。

被害者かつ告発した張本人であるはずの岸田は、立場の割には心配そうな目でこちらを見ている。まだ俺が犯人だという疑いが持ててないといった風情である。ということは、だ。

この「俺が犯人説」を提唱しているのは、目の前で腰に手を当て、睨みをきかせているこの女、ということか。大根みたいな足しやがって。

「あんた。ミニサッカーのところにもいなかったでしょ。どこで何してたの?」

それ訊くぅ?やばい。違う意味で答えられない。追い込まれちゃった。てへっ☆

「・・・・・・・・・・・・トイレ」

「んなわけないでしょ」

一発で否定された。なんなのもう。

「そういや練習の時もほぼ参加してなかったよな」

右脇から男の声が上がる。俺の敵が増えた。

未だに着替えを済ませてないらしく、体操服を着たままだ。名札には『高橋』と書いてある。・・・・・・誰?

高橋はでかい図体に眼鏡という「正直キャラがわからない」感じの男子高校生である。

「どうせ試合に出ないでも不自然じゃないようにやる気ない感じ出しといて、今日いなくなっても不思議がられないようにしてただけだろ?」

いや、ドヤ顔でそんなこと言われても、殴るに殴れないじゃないか。駄目だ。俺の思考回路が「他人の言葉→オラ、イライラしてきたぞっ→殴打」で固定されつつある。危ない危ない。

「ふん。どうせコイツが悪いんでしょ?ねぇ由美子?」

大根女が岸田に振った。岸田は目を伏せる。それを首肯と受け取った大根女は、俺を指差してこう言った。

「賠償金。払って」

・・・・・・。ぁあ?

俺はとうとう我慢しきれず、大根女と高橋の胸倉を同時に掴んだ。

「今、なんつった?」

クラスメートが俺を引き剥がそうと、数人が手を伸ばしてくる。

俺は大人しく引き剥がされた。

「何すんのよっ!!」

「何すんだてめぇ!!」

逆上した二人も、他のクラスに抑えられている。

「ほら。手ェ出したってことは、つまりそういうことよねぇ!」

やばいな。さらに状況が悪化しちまった。

教室にはクラスメートがひしめき、教師達は片付けに追われて近くにはいない。澤村も同様。岸田はあちら側が握ってる。白衣の教師は、多分もう帰った。

孤立無援。四面楚歌。絶体絶命。

こりゃぁ、もう・・・・・・。

「謝るしか、ないか」

俺は足元に転がった鞄から、小刀を取り出した。

「ぇ、まさかっ!」

鞘を抜き、右前腕に狙いを定める。後は、赦しを請うだけ。

「ちょ、やめ―――」

「これで、許してくれないか?」

ヒュッ。

僅かな空間を切り裂いて、右前腕に到達する―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

かと思った。

だが、小刀は俺の皮膚に触れてさえなかった。その代わりに、明らかに自分のものではない手の中に、それはすっぽり納まっていた。

「っ・・・・・・!」

『・・・・・・・・・・・・』

周囲に静寂が満ちる。誰一人として、言葉を発そうとはしなかった。悲鳴さえ起きない。

そんな沈黙を破ったのは、か細い、少女の声。

「・・・・・・来て」

その少女は小刀を掴んだまま、もう片方の腕で俺の袖を引っ張って、教室から静かに出た。

「・・・・・・・・・・・・」

リノリウムの床をカツカツと鳴らして、その細い足を大股で繰り出している。

俺は何も言えない。ただ引き摺られていく。

そうして連れ込まれたのは、使われてない空き教室。俺の知らない場所だった。

後ろ手に戸を閉めた。空き教室に沈黙が落ちる。

俺は彼女の手を取り、小刀に食い込まれた指を、それ以上傷つけないように注意しながら剥がした。たちまち血が滲んでくる。とりあえず学ランに入っていた新品のハンカチ(包装されたまま)を取り出し、それで傷口を覆った。

「・・・・・・ありがと」

「えっ?」

「これで俺に疑いはかからない」

あの寸劇の御蔭で、俺への疑いは雲散霧消したはずだ。多分、今頃岸田が尋問にあっているだろうが。知ったことじゃない。

今思えば、俺は何も考えてなかった。腕をぶっ刺して誠心誠意謝ったところで、容疑を認めたと思われるだけだ。当事者―――岸田の証言など無視されて。

結果、俺が犯人。学校側にも話はいくだろう。そうしたら停学処分になる可能性は高い。公立なだけに強制退学にはならないのが忌まわしい。

そんなことがわからなかったなんて。やっぱ疲れてるな、精神的に。

それにしても、彼女―――桐林は、どうして刃を握り締めるなんて無茶までして、俺を止めたのだろう。

「なぁ」

「お父さんとね」

「あ?」

「似てるの。あなた」

いきなり何を言い出すんだ俺から話を掻っ攫いやがって。と思って顔を覗くと、悲壮感漂う、白い肌が目を灼いた。

青白い、血の気の失せた顔で、続ける。

「私のお父さんはね。死んだのよ。―――自分の胸を、切り裂いて」

「ふぅん」

それがどうしたんだろうか。もしかしてそれが俺の邪魔―――とは言わないまでも、俺の行為を止めた理由だろうか。

「そんなお父さんはね。生きてた頃、よく自分で自らの手や足を刺していたわ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「誰かに、似てるとは思わないかしら?」

俺は答えない。何も言う気が、言ってやる気が無かった。

「でも、貴方は自身を、自身の身体を傷つけることに、何の恐怖も躊躇いも無い。それはお父さんとは違う」

こいつは、桐林は、混同してしまったんだ。記憶の中の父親と、目の前の俺を。

だからこうして、父親の話を俺にすることで、俺と父親との差異を明確にして、自らの中で区別しようとしている。まったく・・・・・・なんて奴だ。

「だから、心配する理由も、関わる理由も無いのよね。貴方は貴方。お父さんはお父さん。私は私」

自分に言い聞かせるその姿は、俺にほんの少しのいじらしさを抱かせた。俺はこの少女に、僅かながら興味を持ち始めていた。

「全く・・・・・・あのな。関係無いなら、もう俺に関わろうとするなよ」

奥底の想いとは裏腹の言葉で、突き放すことしか出来ない。己と他人は水と油。混じり合うことは出来ない。

「―――そうね。そうするわ」

桐林は俺の胸にハンカチを押し付けると、教室からあっさりと立ち去った。

「―――はぁ・・・・・・」

血のついた、桐林の血のついた小刀を拾い上げ、そのまま鞘に納めた。もうこれは必要無い。何故なら―――俺にはもう、謝ったぐらいで許してもらえるほどの人間関係は、存在しないんだから。


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