第一病 先生、あなたは中二病ですか?
松吉高校。
総生徒数六百。
成績は良くもなく悪くもなく、文系大学に強い進学校で、校風はそれなりに落ち着いている。
校内を歩けば、少しだけ見慣れない光景が目に入って来るかもしれない。
どこにだって、その学校の特徴があるのだから、それは決して不思議なことではないだろう。
とある教室、ドアの横には【一年B組】の文字がある。
中にはカッカッと黒板をチョークが叩く音。
もちろん、学校である以上、その行為をしているのは先生と呼ばれる職業の者たちであろうことは、容易に想像がつくだろう。
生徒たちは黙々とノートを取り続けており、進学校らしさがある。
耳を澄ませば、教師が黒板を叩いている音、説明している声などが聞こえてくる。
次の教室。ドアの横には【一年C組】の文字。
この教室からは少しだけ話声が聞こえてくる。
まだ、高校生になって浮かれているのだろう。教師は困った顔でときどきそちらを見ている。
注意した後の反発が怖いのだろう。最近の子供は落ち着きがない。
それにしても、白髪交じりで、頼りなさそうな顔の教師である。
次の教室。ドアの横には【一年A組】の文字。
ここの中では―――――――――――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はい、ここわかる者~」
「「「……………………………………」」」
「なんだ、わからないのか?まったく、中学校で何をしてきたんだ!」
教師の怒号が飛ぶ。
黒板には年号やら、地図が記されている。世界史の授業である。
教師は後ろで束ねた長髪を指に絡めながら、生徒たちを睨みつけている。
緊張した空気――――とは実は微妙に違う。
生徒たちは問題がわからないというより、茫然とただ黒板を見つめているように見えなくもない。呆れている、といった方がわかりやすいだろうか。
それとは対照的に教師は生き生きとしている。
「アヴァロンで鍛えられ、ブリテン島の正当な統治者の象徴とされることもある物は何か、わかるヤツはいないのか!!」
「「「……………………………………」」」
「馬鹿かお前ら!こんなのもわからないなら高校生やってる意味ないだろうがぁ!!いいか、答えはなぁ」
教師は息を吸い込んで、手を眼鏡に持ってくる。
そして、カッと目を見開き、高らかに叫んだ。
「エクスカリバーに決まっているだろう!!聖剣の名前くらい覚えておけ!!」
「あの、先生」
叫んで自分に酔っているような教師に向かって、一人の女生徒の凛とした声が飛ぶ。
教師は眼鏡に添えていた人差し指を女生徒へ向けた。
「よろしい、この俺が発言を許そう」
「大変言いにくいんですが…………」
「別にいいぞ。訊くは一時の恥と言うじゃないか」
女生徒はためらっていた割にさらりと、全く悪びれる様子もなく、今、この場にいる誰もが思っているであろう言葉を代弁した。
「先生、中二病なんですか?」
「そんなわけがないだろう」
教師はハッキリと言いきった。
しん、と居心地の悪い空気が流れる。
言い切りはしたものの、その雰囲気をどことなく纏っているのは確かである。
それにその風貌。
白いワイシャツに黒いネクタイ、黒のスラックスと服装は普通だが、
何故か右の瞳の色が銀で、授業中に「くっ、今日は妙に疼くな」などと言いながら抑えていたり、急に振り向いて「今、魔力が……いや、気のせいか」と言ってみたり。
その行動、言動、全てが例の病気に当てはまるのだった。
「俺はただの世界史の教師だ。ただの平凡な………誰一人救えない………」
「遠い目しないで下さい。やっぱり中二病ですよね」
「お前の眼は節穴なのか?まったく、やはり真実は俺のこの目にしか見えないんだな」
「先生、隠したいんですか、晒したいんですか、はっきりしてください。正直、授業三回目にして既にいらついてきているんですが。あと、その一人称やめてください。キモいです」
無表情な女生徒はため息をわざわざ大きく吐いた。
相手にもしっかり聞こえるように。
無論、この場合の相手は対峙している教師ということになるだろう。
その様子を気に掛けることなく、教師は偉そうに中指で眼鏡を上げる。
「はあ、まったく。レイ、冗談が通じないな。いつもは無口なのに今日はどうしたんだ?」
「カタカナ読みしないで下さい。私の名前は綾村麗です。あと、馴れ馴れしいです。死ぬか、殺されるか、自殺するか、してもらわないと割に合いません」
「どんな等価交換だ!?俺がそこまで不快だったのか………馬鹿な」
「だから、その自信がウザいと言っているんです。それに、どこが不快かと言えば、授業だと言いながらギリシャ神話を話したり、聖剣だの魔剣だのとファンタジーなことをぬかして、全く高校の授業と関係ないことを私たちに延々と聞かせ続けている、のにも関わらず、その生徒を見下したような態度。癇に障るのも当然かと」
「君は軽いクーデレなのかな?」
「速やかに死んでください」
突如、女生徒、綾村は教師に向かってシャープペンを投げつける。
まるで忍者が扱うクナイのように、その切っ先はまっすぐに教師の眼鏡に向かう。
放たれたシャープペンは、芯はそれほど出てはいないが、芯を支える部分が鉄製だった。
人体に当たれば、恐らく刺さるであろうことは明白だ。
しかし、教師は余裕の表情を浮かべる。
「無駄だ。我の眼の前では遠距離武器は無力!」
堂々と断言する教師。
ただし、それはあくまで現実であればの話で、
本当にシャープペンなのかと思うほどのスピードで向かうその凶器は、
「ああ!!目が!目がぁぁああああ!!」
やすやすと教師の眼鏡のレンズを貫いた。まるで的に刺さる矢のように、すんなりと。
突然の出来事に、ざわざわと教室の空気が蠢く。
意味不明の言動を残して倒れた教師と、超人的な速さのシャープペンを放つ女子。
周りからは笑い声や、驚きの声、戸惑う声などが聞こえてくる。
ただ一人、綾村だけが冷静に倒れた教師を見下ろしている。
教師は死んだように動かない。
「おい、先生、動かねえぞ。死んじまったんじゃねえか?」
「え、そ、それってまずいだろ。どうすれば…………」
「静まれぇえええええ!!!」
しん、とクラスは静まる。
声の主は、床に転がる、眼鏡からシャープペンを生やした教師であった。
身体を起こし、ふらつく足で教壇に立つ。
「俺は不死身だ。騒ぐな。現にこうして痛ただだだだたた!!」
「どうやら、少し、力が、足りなかった、よう、ですねっ………!!」
立ち上がったところを追いうちをかけるべく、黒板に教師の頭を潰さんとばかりに押し付ける綾村。黒板からみしみしと軋む音がする。
このまま押し付けていけば本当に埋まってしまいそうだ。
男子生徒の何人が止めに入るが、
「ちょっとさすがに教師に手を上げたら………強っ!手が鉄みたいだ………!!」
「くっ、びくともしない………先生は諦めよう」
「え、…………ちょっ、本気か貴様ら………!」
十秒もしないうちに諦める生徒たち。
一瞬抗議の目を向けた教師だったが、やがて白眼を向いて、身体から力が抜ける。
綾村が力を抜くと、しばらくの間黒板に張り付いていた教師だが、そのうち、壊れた人形のように床に崩れ落ちる。
ちょうどその時、終業の鐘が鳴る。
それをBGMにして、教室には葬式さながらの哀愁が漂っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はっ、ここは………」
所変わって保健室。
校内で唯一、清潔であることを求められる場所、そして最も安らげる場所である。
教師、影邸中次は白いカーテンに囲まれたベッドの中にいた。
この教師は一応、この物語の主人公的存在である。そう簡単に死んでもらっては困るのだ。
「ああ、そうか、あの怪力美少女に圧死させられそうになって………あれ、死んだような気がしなくもないのだが」
死なれては、困るのである。
今までの行動、言動からわかるように、彼は完璧な中二病である。
しかし、就職難の世の中を勝ち抜いてきた実力は確かであり、先ほどの行いが彼の全てではないのである。もちろん、どれだけ良く言っても中二病は治らない。
ちなみに、さりげなくではあるが、綾村は中二設定満載である。
「くそ、授業に戻らなければ………まあ、少し休んでも」
言いながら影邸はベッドに寝転ぶ。
掛けてある薄い布団を手に取り、おもむろに腕に巻きつける。
肩口までを布団で覆い終わると、肩に手を置いて、急に喘ぎ始める。
「くっ、ふ、ぐぅぅぅっ、お、おさまれ、くそ、力が………」
中二病の特徴、その一。
何かで肌(主に腕、目など)を隠すことに魅力を感じる。
なんだか未知な感じがしていい、そういう設定等々、理由は様々である。
この男の場合は‘設定’であると仮定できるだろう。
それにしても、よくも恥ずかしげもなく出来るものである。
それも、恐らくは彼がカーテンの向こうの人物に気付いていないのが一番の要因であろう。
「あの、影邸先生、起きてらっしゃるんですか?」
「え、あ、ああ、起きている」
慌てて腕から布団をはぎとり、元の状態に戻す。
手慣れたものである。この状況を日常的に経験していなければ出来ない芸当だ。
平静を装って、眼鏡を中指で持ち上げる。
さすがにうわずった声までは隠せはしなかったが。
「お身体の方は……………良さそうですね」
白衣を着た女性が影邸を見てひきつった笑みを浮かべる。
眠っている人がいきなり喘ぎだして、しかも出てきたのが痛々しい言葉なら、
当然の反応と言えるだろう。
むしろ、声を上げて笑わなかっただけマシである。
「ああ、万全だ。少しだけ目は疼くが…………」
「それは大変ですね。今すぐそのカラーコンタクトを取ってください。乾燥しているのかもしれません」
彼女はどうやら根が真面目であるらしく、影邸の妄言を身体の不調だと勘違いしているようだった。
話がかみ合わないことは、中二病設定においてかなり危うい状態である。
「いや、これは元からの色でコンタクトでは……」
「いいですから、取って下さい」
片方が黒、片方が銀の瞳の眼。
どこにそんな奇抜な色の組み合わせの瞳で生まれてくる人間がいるだろうか。
白衣の女性はじりじりと迫る。
影邸はというと、
「待て、寄るなっ俺は神だぞ!愚民風情が!」
実は初の状況にかなりの焦りを見せていた。
ベッドから起きてこの部屋から出ていくだけでこの状況から抜け出せるというのに、
影邸はそれに気付かない。
「ほら、じっとしてないと角膜を傷つけちゃいますよ~」
彼女の指先が影邸の右目へ迫る。
別にそこまで危機迫るようなことではないのだが、影邸は必死に抵抗する。
ハンターと兎。
「ちょ、ちょっと待て、くそ―――いい気になるなよ貴様ぁああああ!!」
「先生……………何してるんですか?」
あと少しで手が届くというところで、別の声が割り込む。
冷たい、侮蔑さえ籠もった視線を向けるのは、影邸をこの部屋に送った張本人である、
綾村麗その人だった。
「お、おお!レイ、助けてくれ。この女、俺の闇の力を………っ!!」
「手伝います」
「な、何!?くそ、こうなったら、怨むなよ…………暗黒魔法、ダァァアアクフレェェエエイムッ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「先生、闇の力はどうしたんですか?」
「……………………うるさい」
「先生、怒ってますか?」
「…………………別に」
「先生……別に恥ずかしいことじゃないですよ。ただ、学校で、しかも生徒の前ではどうかと……」
「うるさい!わかっている!!俺は中二病だ!!」
影邸の瞳の色は左右とも黒色になっていた。同時に目じりには涙の水滴が見える。
ちなみに彼は今年で二十五歳になる。中二病に年齢は関係ないとはいえ、これは惨めすぎる。
女生徒に慰められている教師。なんとも滑稽である。
「悪くないですよ。面白いだけです」
「笑いを取っているつもりはない」
「…………………マジ、なんですか」
冷静な綾村が若干引いていた。
確かに面白い先生から、変態な先生にイメージが変わったことは確かである。
影邸は束ねた髪の先を弄りながら拗ねたようにうつむく。
その姿はまるで、いじけた子どもの如く。
「し、しょうがないだろう。趣味は人それぞれだっ!」
「確かにそうですね。私も闇サイ…………何でもありません」
「貴様、何を経営している」
「何を言っているんですか。ワンクリック詐欺っぽいことなんてやってませんよ。掲示板に先生の悪口も書かれていません。経営だなんて、何を今更」
「貴様っ!最終的に全部肯定しているではないか!!俺への誹謗中傷、どうなるかわかっているんだろうな………!!」
明らかに詐欺の方がマズイ感じはするのだが、どこまでも自分中心の男である影邸には関係ない。
暴力を奮いかねない勢いでキレる男と、それを冷めた目で、しかも鼻で笑う女子高生。
念のためにもう一度。
影邸は二十五歳である。決して十四、五の子供ではない。
「まあ、そんなことはともかく、先生ってそう簡単になれるものなんですか?倍率、百倍って聞いたことありますけど」
「あ?うむ、難しい。公務員というのは給料は安定しているが大変なものでな」
「…………先生、頭大丈夫ですか」
「俺が真面目に喋ってはいけないのか、レイ?」
「カタカナ読みやめて下さいって言いましたよね。そこらへんに埋めますよ」
そう言って綾村は近くにあった窓の方向を指さす。
外にはグラウンドが広がっており、運動部が活動を始めている。
ああ、もう放課後だったのか、とようやく気付いた影邸。
そんなことよりここは四階で、落ちたら冗談抜きで永眠である。
「なんで突っ込まないんですか、先生」
「突っ込む?何を突っ込むんだ」
「先生、先生から中二病を抜いたら面白みのないゴミ屑が残るんですね」
「俺がゴミならば周りの人間は皆カス以下だがな」
「それなら先生はハウスダスト以下ですね。空気中を漂って駆逐されてください」
「ふざけるな、俺は神だぞ」
「紙ですか。切り刻まれるか、燃やされるか、はたまた紙飛行機にでもなって消えてください。出来れば海とかに」
傍から見れば中の良い教師と生徒なのだが、会話の内容が酷過ぎる。
特に綾村の態度は教師に向ける態度どころか、人に向ける態度としてどうだろうか。
影邸は影邸で大人とは思えない発言の連続。仮にも彼は教師、更に二十五歳である。
さすがに頭にきたのか、影邸は束ねた髪を指に巻きながら、綾村の顔を見ずに話しかける。
「それにしても貴様、大人に向かってその態度はないんじゃないか?」
「先生に対してだけですよ。ちなみに影邸先生のみ、という意味です」
「わかっている。周りの教師陣からは評判良いからな、……レイは」
「あの………まあ、いいです。そうですね、猫被ってるんで」
「まあ、俺の魔眼からは逃れられなかったようだな」
「あ、………ええ、まあ、そうですね、はは」
「貴様、俺の対応に面倒臭くなっただけだろう」
「はい、割と」
人気のない廊下で立ち止まり、見つめ合う二人。
ただし、決してロマンチックなものではなく、
そこにあるのは殺気。見つめ合っているというより睨み合い。
中二病男と毒舌少女の戦いがそこにはあった。毒舌少女優勢。
なんとも醜く、しょうもない争いである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから一週間。
生徒は影邸の扱いにはさすがに慣れ始めていた。
特に綾村。
彼女は事あるごとに影邸の中二発言を現実的な言葉で否定し、今では彼の天敵となっている。
生徒たちはその様子を「中二闘争」と呼んで大いに楽しんだ。
そんな状況の中、少し早目の初のテストが行われようとしていた。
そのため、生徒たちの間には緊張感が漂い始め、教師陣はテスト製作に勤しんでいた。
「影邸先生、テスト作成お疲れ様です。新任なのに仕事早いですねぇ」
「まあ、俺は神ですから。この程度の問題を作るのに一時間も必要ない」
「はは、それは頼もしいですねぇ」
白髪交じりの男性教師は随分と温和な喋り方をする。
彼は紀藤勇作。影邸の五年先に入ってきた国語教師で、影邸という人間をどういうものか知った上で、いつも気に掛けてくれる優しい人物である。
生徒の間では中々人気のある先生で、人望がある。
影邸は別の意味での支持を獲得しつつあるが、本人はそれに気づいていない。
「それでは、私はこれで」
「ああ、紀藤先生も頑張って下さい」
優しい人にはとことん弱い影邸だった。今のところ、影邸が敬意を払っているのは紀藤のみだ。
さすがに長い間パソコンと向かい合って疲れたのか、眉間を揉み解す。
影邸の目の前には今作り終えたばかりの世界史のテストがディスプレイに映し出されていた。
出題範囲は少なく、どちらかというと小テストのようなものだった。
「くく、俺の天才的な知識で作り上げたこの碑文。必死に勉強したのに問題が解けずに悩むヤツ等の姿が目に浮かぶようだ」
右目には赤いカラーコンタクト。この前の銀は回収が出来なかったようだ。
椅子にもたれかかり、両手を広げる影邸の上に影が落ちる。
影邸が視線を上に向けると茶色っぽい髪の女性が立って、彼を見下ろしている。
「一条先生、何をしている?」
「いや、こんなに早く問題作れるなんてすごいなあって思ってね。さすが中次先生ですねっ!」
「ふっ、神と呼べ。そして崇めろ」
「ふふ、相変わらずおもしろいなあ。わたしも見習った方がいいのかな」
「ほう、俺と同じ道を歩むか。険しい道のりだぞ(世間的に)」
「だろうねぇ。わたしじゃ無理かもなぁ(性格的に)」
会話にずれが生じる。それでも一応言葉としては繋がっているのだから不思議だ。
この学生と間違えそうな教師は一条遥子。影邸と時を同じくして赴任してきた、少し、間抜けた女性である。
その点では、男子から絶大な支持を受けているが、影邸と同様、本人は気付いていない。
(この女、いつも俺と会話しようとするが、俺に気があるのか?)
純粋な友情を尽くぶち壊している。
この男は生涯ずっと独身のような気がする。
表情で考えていることがわかる。キモい。
全て綾村の言葉である。
確かにその言葉は的を射ていて、さすがは天敵と言ったところだ。
影邸は気付いていないが、口元が微妙に緩んでいるのがわかる。
「中次先生、何か良いことでもあったんですか?」
「いや、別に何でもない、遥子」
「遥子!?」
いきなり呼び捨てにされて困惑する一条。
これは気持ち悪い。
万人が見れば、特殊な趣味の人以外は同感ではないだろうか。
「別に良いけど、どうしたの?いきなり」
特殊な人が一名。
「ふふ、共に歩もうじゃないか。このダークロードをっ!」
「な、なんだかわからないけど、お~!」
影邸が実は彼女は自分よりも何枚か上手だったと知るのは、それからかなり後になってからである。
テスト当日。
影邸は笑いを押し殺しながら廊下を歩く。
「くく、これを見た時、ヤツ等はどんな顔するだろうな」
教室へ入る、と。
「な、なんだこの空間は…………っ!!」
張りつめた空気。
受験会場ながらの緊張感。
扉を開けた瞬間に影邸へと一斉に向けられる視線。
小テスト程度の内容だというのに、ここまで本気になられては逆にこちらが怖い。
(おいおい、どうなってんだ?この前見た時はがやがや騒いでやがった癖に………)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そんな効果音が聞こえてきそうな威圧感を感じる。
それは影邸に向けられたものであることは明白であり、それを放っている人物が、
「…………………………(ニコォ)」
(あの女………!!なにをした?それにしても、ヤツのすることは俺の魔眼を持ってしても全く読めん)
魔眼などあるわけがないのだから読めないのは当たり前である。
「それじゃあお前ら、今からテスト用紙を配る。カンニングなんてしたら、俺が焼きつくしてやろう。………俺の火力はすごいぞ?」
「「「………………………………………」」」
「わーせんせいおもしろーい――――早く配って下さい」
「………いい度胸だ、くく」
テストが配られる。
何故か用紙を受け取った生徒から順に驚きの声を上げる。
(((ま、まともだ…………!!)))
クラス全体が、初めてシンクロした瞬間だった。
今まで散々中二病全開で来た先生が、ここに来て物凄くまともなテスト。
ざっと中身を見ても、そこまで奇抜な問題は見受けられない。
驚きもする。
「先生、そうきましたか」
「テスト中だ。私語をするな」
「死語はいいですか?」
「その質問自体が私語だ。屁理屈をこねるな」
珍しく少し動揺している綾村。しかし、残念なこの男はそのことに気付かなかった。
テストを配り終わった後、懐から薄い小説を取りだして読み始めた。
ブックカバーはかかっているが、にやにやする顔を見れば、真面目な内容のものではないと誰もが推測できる。
事実、影邸が読んでいる本の内容は魔法を使える教師が生徒たちに慕われて、軽くラブコメチックになっていく、というものだった。
終業の鐘が鳴る。
「よし、テスト終了だ。テスト用紙を後ろから回せ」
テストが終わった瞬間に教室がにぎやかになる。
「わかんねえ」、「ここってこれだよね?そうだよね?いやっほぉい!!」
「何この問題、死ねばいいのに」等の声が聞こえてくる中、やはり、彼女は冷静に影邸を睨む。
「くく、貴様はどれだけ出来たのかな………レイ?」
「余裕です。それより、これは何ですか、先生」
「……は?」
「こんな普通のテスト出して、熱でもあるんですか?」
「何を言ってんだ?俺は曲がりなりにも教師だぞ。お前たちを良い高校に導く義務がある」
その後、照れたように「不本意だがな」と付け足す影邸。
そんな様子に綾村はぼそっと呟く。
「うわ」
「聞こえたぞ。何だ「うわ」って」
「右心房がわいせつ物、の略です。話しかけないで下さい、言葉に修正を加えますよ」
「貴様、いい■■だな」
「先生、セクハラはやめてください。最低ですね」
「セクハラ?レイ、お前貞操観念が高すぎるのではないか?俺はガキに欲情するほど」
「ここでそんな性癖をカミングアウトされても困ります」
「なんだか恐ろしいことをされているような気がするんだが?」
「気のせいじゃないですか?〈放送できません〉先生」
「いや、確かに違和感が…………」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
テストも終わり、学生たちは平和(?)を取り戻した。
それとは対照的に、職員室では緊張した空気が流れる。
「やはり、彼に任せましょうか」
「そうですね。あの曲者たちには彼が適任でしょう」
「あ、わたしもそれがいいと思います」
「でも、大丈夫でしょうか。彼は新任で………」
「大丈夫でしょう。彼は打たれ強そうですからね」
そこにいるのは影邸以外の教師面々。
何やら深刻な議題で話し合っているような、そんな雰囲気である。
中心には、本校の校長、石川邦夫が椅子に腰かけている。
まだ若々しい黒々とした髪の毛があり、太いまゆ毛は彼の凛々しさを際立たせている。
「それでは、いいですね。影邸先生が、次期生徒会の顧問ということで」
「「「はい」」」
そこで会議は終わり、校長は職員室を退出する。
そして、教師は顔を見合わせる。
(((………あれは誰だったんだろう)))
校長、石川邦夫。彼は何故か極端に影が薄い。
しかし、彼はまだそのことに気付いていない。
「先生、生徒会に立候補したいのですが」
「………何故俺にそれを言う?」
「先生、担任じゃないですか。1‐Aの」
「付け足したように言うんじゃない。ああ、そういえば担任だったような気がしてきた」
「しっかりして下さいよ。お陰でホームルームは先生がいない状態だったんですよ?」
「いや、それは俺を呼びに来るべきではないか?」
「ちょうどクラス全員が両足を粉砕骨折していたんですよ」
「学校に来るな」
いつも通り、対立する二人。
影邸が担任だったということは置いておいて、もうすぐ、生徒会の選挙が始まる。
実はこの生徒会、少し特殊である。この学校の特色、とも言えるかもしれない。
学校で行われる行事に貢献する生徒会。基本的には生徒会長、副会長、書記、会計の構成で成り立っている。副会長は二人いるので、メンバーは五人となる。
通常ならば、ただ疲れるだけの役職だったり、逆にやりがいのある仕事だったり、そして、任期を終えた生徒会は「お疲れさまでした」の一言で終わり。
それでは、面倒な仕事というイメージになってしまいがちである、ということで。
この松吉高校では、その‘仕事’の部分に着目したのだった。
働けばそれ相応の利益が手に入る、思い出等の曖昧なものではなく、学校がその五人の利益になるようなことをする。
ただし、仕事である以上功績を上げていない者には報酬がその分しか得られない。
平等なやりがいのある仕事。それを目指したのだ。
そして、それは思惑通りになり、近年は生徒会への立候補が急増。
計画通りに進んでいたはず、だったのだが。
「何故、生徒会に入りたいんだ?報酬目当てか」
「そうです。こんなおいしいことを見逃すわけにはいかないでしょう。だって、働き次第で何でも手に入るんですから」
そうなのだ。
その報酬を具体的に設定しなかったせいで、要求されるものは荒れに荒れた。
現金に始まり、この学校の所有権、土地、命等。
更に、その椅子に座るのは決まって性質の悪い者たちであった。
今更条件を変える訳にもいかず、生徒が盛りあがる反面、教師たちは頭を悩ませる時期であるのが、この生徒会選挙。
「ふん、物好きだな。まあ、神である俺にはそんなものがなくとも実力で勝ち取ってみせるがな。このゴッドハンドがある限り」
「ダメな発言ですが、よくよく聞いてみると立派な事言ってますよね」
それから、一週間。
「私が副会長になった暁には―――――」
綾村の演説が始まる。
よくもまあ、つらつらと言葉が出てくるものである。
言いすぎず、引きすぎず、あくまで実現可能なことだけを述べる。
公約なのだからそれは実行されなければならず、だからこそ下手なことは言えないのだが、
「冬の間、加湿器を希望によって貸出し―――――」
微妙に実現可能であるラインを上手く使う綾村であった。
何台等の具体的な内容は指定せず、‘貸出’と言うことで学校側の支出を最低限に抑える。
計算された戦略。これほど学生らしくない生徒会選挙も珍しいだろう。
そんな様子を影邸はつまらなさそうに見ながら、欠伸を一つ洩らす。
「神である俺でも、この光景には少し、飽きてくるな…………」
「はは、我慢ですよ。影邸先生。生徒たちにとっては一大イベントですからね」
「そんなものか………はあ」
生徒席は熱気に包まれている。
生徒としては、この小競り合いが面白いのだろう。中には叫んでいる生徒もいる。
そんな中、演説を終えて悠然と歩く綾村が影邸の視界に入る。
無表情だが、その中に黒い笑みが浮かんでいる。
「ヤツはいつも通りだな。今日も絶好調といったところか」
「影邸先生?何か?」
「いや、こちらの話です」
今回の立候補数は五十二人。役職は能力さえあればどこにでも就けるため、学年関係なく、制限人数は全員から五人。
普通の演説では話にならない。魅力を感じるものやインパクトのある面白い公約。
恐らくは容姿さえも判断基準に入るのだろう。
その点では、綾村はその条件を十分クリアしている。
ちなみに彼女は四十八人目で、今のところ、彼女以上の狡猾さを持った人間は現れていない。
しかし、四十九人目にして異変は起こる。
「おい、来たぞ!前生徒会長だ!」
「マジ!?これで二年連続か?」
ひと際高い歓声と共に現れたのは、影邸と同じように後ろで髪を束ねた女子。
彼女は息を吸い込み、一声。
「お前ら、私に投票しろ!そうすれば……………」
にっ、と口角を釣り上げて笑う。
そして教師陣へと一瞬顔を向ける。
「そうすれば、お前らのウザいと思ってる先生、一人消してやる!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!(生徒)」」」
「「「ええええええええええええええっっっ!!!!!?(教師)」」」
「この杖嶋桂花に清き一票を!以上だ」
ざわざわと体育館全体がざわめく。
嵐が通り過ぎていった。この場を一瞬でかき乱して、そのままにして去って行った。
生徒たちは好奇心。教師たちは恐怖に満ちている。
この杖嶋桂花は昨年の公約も出鱈目な内容のものを提示していた。
「私が当選したらこの学校の男子、女子!四分の一は彼氏、彼女持ちにしてやる!!」
これは大いに反響を呼び、彼女は見事、当選を果たしたわけだ。
もっとも、実行して、利益を得た人数。それが四分の一かどうかは定かではない。
「今年はまた思いきってきましたねぇ」
いつものことだとでも言うように紀藤は呟いた。
「あの生意気な女生徒は何なんだ?あんなのが生徒会に入れるとでも」
「それが………」
「入れるんですよ。生徒の信頼が厚ければね」
影邸と紀藤の会話に何者かが割り込む。
それは、校長と呼ばれる人物、石川邦夫であった。
「(誰ですか、この人)」
「(さ、さあ。私にもわかりかねます)」
アイコンタクトで会話する二人。
やはり、この二人もこの男を認知していなかったようである。
影の薄い男、石川邦夫。彼は自分の影の薄さに気付いていない。
「生徒の意見がこの学校では絶対なのです。どこの学校にも特色があるように、この学校は生徒の声が少しだけ受け入れられやすい」
「(紀藤先生、語り始めましたよ。もしかして呪文ですかね?)」
「(呪文ではないと思いますが………しかし、うちの教員にこんな人がいたんですねぇ)」
「それ故に我々の解雇も、生徒が望めば十分にあり得る。彼女、杖嶋桂花を役員に迎え入れるという形でな」
緊張した面持ちで説明する石川。残念ながら、皆が気になっているのは彼の素性であって、
そんな話をまともに聞いている人は一条くらいのものであった。
「あのぅ、すいません。貴方は―――」
「おっと、そろそろ行かなければ。会議がありますので」
「え、あのっ」
石川はスタスタと歩いて行ってしまう。
奥の方で何やら人と話し、会釈をする。その動作を幾度か繰り返した後、完璧に影邸たちの視界から消えた。
後から何やら生徒たちの歓声が上がる。演説が全て終わったのだ。
「ようやく終わりか―――しかし、誰だったんでしょうね、あのオッサン」
「オッサンだなんて、私よりは若く見えましたよ?」
「そうですねぇ、わたしは物知りなオジサンだなぁって思いましたけど」
「はは、まあ、今はそんなことよりも選挙の集計をする準備を進めなければ―――影邸先生、頼りにしてますよ」
紀藤は朗らかに笑って影邸の肩をたたく。そのことに同意を示すように隣の一条も頷く。
「ああ、そうでしたねっ!頑張って下さいね、先生!!」
「――どういうことだ?」
影邸が生徒会の顧問となったことを知らされたのは、それから間もなくのことであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ、お前」
影邸が生徒会室に入って受けた最初の言葉。声の主は、先日の選挙で見事生徒会長に選ばれた杖嶋だ。生徒会長より番長の方が向いているのではと影邸は口に出しそうになったが、すんでのところで堪え、紛らわすように生徒会室を見回す。
部屋の広さはそこそこ、冷蔵庫、冷房、ストーブ、茶をいれるポットなどが完備され、五つある椅子の内、正面に杖嶋、その左隣に綾村、更に男女二人が綾村と逆側の椅子に座っていた。
「おい、聞いてんのかよ、先生?」
「ふん、黙れガキ。俺は神だ。ひれ伏せ」
口の悪さは互角であった。一瞬、きょとんと目を丸くした杖嶋だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「へえ、少しは面白そうな先生じゃねえか」
「二人とも、何やってるんですか?喧嘩なら動物園か地球外でお願いします」
「綾村、あたしはアンタに初めて会ったけど、どういうキャラか理解したぞ」
「全く、そろそろデレてくれないと人気でないかもだぞ?」
「先生もそろそろ死なないと人気出ませんよ?」
「ふ、俺には死という概念がないからな―――それにしても今日は一段と腕が疼くな」
そう言って影邸は右腕を押さえつける。会話が成立していないのはいつものことであるので、悪しからず。腕が震えて見えるのはあくまで力を入れてプルプルしているだけなのだが。
しかし、それを見て、左側の席に座っている女子が目を見開く。
「そ、それは……っ!なんて禍々しい妖気!!」
「仁呼、離れろっ!!」
そしてその女子を影邸から庇うように、隣にいた男子が前に出る。
「お前、何者だ!」
「ほう、わかるヤツがいたものだな――そうだ、俺は神。貴様ら人間を掌握する、絶対的な存在だ!!」
「な、何だって!?」
「……………なんだ、このノリは」
「知りません。貴方がた、気が合いそうですね。一緒に消えてくれますか」
彼らは千菊兄妹。影邸と同じ匂いがするどころか、もうそのままである。
双子だが、兄は煌、妹は仁呼という。
よって、綾村にとっては鬱陶しい敵が増えたと言ってもいいだろう。
杖嶋は状況を呑みこめないようで、目を細めて場を静観している。
「仁呼、君は俺が守る。神であろうとも、打ち勝って見せる!!」
「煌……………ぽっ」
「ふん、ゴミ風情が俺に盾突くか。いいだろう、この聖剣で相手をしてやる」
影邸は傍にあった物差しを手に取る。三十センチだ。
千菊兄妹は身構える。さながら、姫を守る勇者のように影邸を睨みつける。
「行くぞっ!刹那跋扈襲来剣!!」
「消えろ――ゴッドレクイエム!!」
「あ~すいません。遅れましたぁ~」
盛りあがったところで、生徒会室のドアが開く。
部屋の中では影邸と煌が物差しと拳で競り合っていた。
「どういう状況ですか!?」
彼は早瀬祐希。ここに来て初めての突っ込み役の登場であった。
「さて、気を取り直していくか。まずは自己紹介だな。あたしは知っての通り、二年の杖嶋桂花、生徒会長だ。」
「僕は二年、千菊煌だ。勇者(会計)だ」
「同じく二年の千菊仁呼です。ジョブは魔道師(書記)です」
「私は一年の綾村麗、副会長です。特技は革命を起こすことです。そして下僕の」
「俺は神(顧問)だ!!」
「……………ダメだ、突っ込みどころが多すぎて対処出来ない。えと、僕は」
「このメンバーで一年やっていくことになる。この学校の良いところは三年に役職を与えないところにあるよな……というわけで、よろしくは終了だ。それじゃあ」
生徒会長こと杖嶋はゆらりと席を立つ。それにつられるように早瀬以外の全員が椅子を引く。そして数刻の睨み合い。
打ち合わせでもしていたかのように皆が同時に息を吸い込み、一言。
「「「ここの最高権力者は(俺、あたし、わたし、僕)だ!!!」
全員がハモる。もちろん、早瀬以外。
「なあ、俺は神である前にここの顧問だ。ここの最高権力者はやはり、この俺ではないかな?」
「なにを言っているのか理解できないな。あたしは生徒会長だ。アンタらみたいに経験が少ないわけじゃない」
「副会長と会長、差なんてほとんどないわけですし、能力のある私が適任かと」
「馬鹿め、この僕の才覚に勝る者はいないだろうよ。仁呼以外はね」
「煌………………ぽっ」
「あの……………僕は」
「ふん、このままでは埒が明かないか。なら、こういうのはどうだ?」
影邸は何やらホワイトボードに書き始める。黒字で、さらに赤で強調される。
正直、大げさすぎるような内容がいくつか書かれていく。
(((見やすい………)))
変なところで教師っぽい影邸であった。
「いや、しかし、阿弥陀くじはどうかと思うぞ」
「そうだな、ひもくじというのもガキ臭い」
「棒くじ………くじは嫌いじゃないですけど」
「というか、くじ以外思いつかないんですか?ガキですか、先生」
「何を言う!何かを選ぶときはくじか戦争と相場が決まっておろうが!!」
「ならやるか?戦争を」
「愚かだな、わざわざ避けてやったというのに」
影邸は手元にあった先ほどの物差し(三十センチ)を手に取り、杖嶋の方へ向ける。
それを見た杖嶋はため息を一つついて、手元にあった日本刀(一メートル三十センチ)を鞘から引き抜き、構える。居合の構えだ。
「……………真剣なのか」
「もちろんだ。安心してくれ、先生。一瞬だ(居合五段)」
「な、なんじゃこりゃああああああああ!!」
杖嶋が刀の柄に指をつけたあたりで、早瀬が叫ぶ。
ただし、これは突っ込みとは言い難く、無視され続けた者の痛烈な叫びであった。
しん、と静寂。気まずい空気が流れる。
「………コイツでいいか。もちろん俺が神であることに変わりはないが」
「ふむ、そうだな。まあ、いいか」
「そうですね。普通ですし」
「僕は仁呼がいれば」
「わたしも煌がいれば………ぽっ」
「………………え?」
早瀬は生徒会副会長。そして、今この時より生徒会の最高権力者である。
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「さて、この回も終わりが近づいてきましたね、先生」
「何を言っているんだ、レイ」
「面倒なのでいいです。適当な場所で死んでください」
「ふん、俺は神だぞ。死ぬわけがない」
「ほう、試してみるか?先生(日本刀を構える)」
「杖嶋よ、お前は度が過ぎていると思うんだが」
「生徒会メンバーの中では割とまともに見えるのが不思議です」
「お前らには敵わない、ということだろう?むしろ、敵いたくもないけどな」
「ふん、やはり俺は絶対的な」
「ゴミ屑ですね」
「俺には絶対的なゴミ屑の想像がつかないんだが………」
「自分の思考能力のお粗末さ加減がわかったのでは?………ゴミはさておき、次回の話の内容は………「教師、地獄に落ちる」「生徒会長、援助交際発覚」「綾村、世界を取る」の三本です」
「おい…………」
「それでは、また次回でお会いしましょう。さようなら~」――――ブツッ
接続の切れる音と共に音声が途絶える。綾村は満足気に一息をついて振り向く。
「完璧ですね」
「「「どこがだっ!!!」」」
反論したのは言うまでもなく、その他の生徒会メンバーである。
ちなみに、今までの会話が何であったかというと、
「俺の神さ加減が全く出ていないではないか!!」
「まったく、僕の出番がないなんて何を考えているんだ?愚民め」
「私は…………煌さえいればどうでもいい」
「これは…………ラジオ放送といえるのか?」
生徒会の初の活動として始めた、昼の校内放送、もといラジオ放送である。
一応は全てのメンバーが出演予定のはず、だったのだが。
「何を言っているんです?内容的にはそのものじゃないですか。それ以外に考えられないほど完璧にラジオ放送じゃないですか」
「俺には単なる教師への誹謗ちゅっ」
「うるさいです。私は先生以外の皆と喋っています」
影邸の身体が一瞬で壁に叩きつけられる。そのことについては触れずに会話は進んで行く。
「それにしても、出番が異常に偏っているような気がするぞ。早瀬なんてこの会話にも入って来れてないじゃないか」
「早瀬……………?」
「お前…………素で忘れてたのか」
「…………………(ぐすっ)」
「元気を出せ。僕だって出番はなかったんだから君と同じようなものさ」
「……死んじゃダメだよ」
「死なないよ!なんだよ、なんか「初の突っ込み役」って出てきた瞬間は「ああ、重要な存在だな」と思ったであろう人々の期待を返せよ!!」
「大丈夫ですよ。多分、そこまで期待されてないと思います」
「馬鹿、せっかく出てきたのにいきなり夢壊すようなこと言うな。いじけたらどうする。あたしは対処しないからな」
「何か僕、根暗だと思われてない?」
「「「違うのか」」」
「たとえ否定してもどの道その結果に落ち着きそうな気がするのは僕の気のせいですか………!!」
早瀬は拳を震わせて言う。
しかし、その様子を無視して綾村は言葉を続ける。
「さて、この反省を生かして次に望むわけですが―――先生の出番が多いので減らす、という方向でいいですか?」
「いや、まずお前が減らなきゃダメなんじゃないか?」
「私はいいんです。デフォルトでこの立ち位置ですから」
綾村は澄ました顔で言いきる。自己中心の極みである。
見かねたように影邸はため息をついて、一歩前に出る。眼鏡に中指を添え、くいっと一度上げる。
「はあ、全く。ここは俺が決めてやるしかないな。神である俺が」
「「「それはない(です)」」」
全員の声が一致する。打ち合わせでもしないとあり得ないほど綺麗に。
「はあ、グダグダですね」
「そうだな。そりゃあ、ほとんどが中二病で、アウェイなツッコミに、自己中女がメンバーじゃあな」
「先輩、男女が抜けています」
「ほう、あたしのことか。そういえば、一年だったよな綾村」
今までの態度からは考えられないかもしれないが、一応、一年は綾村だけである。
ついでに、早瀬は二年である。後輩ではない。
この生徒会では上下関係がほぼ皆無になる。社会に出てもあまり苦労しそうにないのが不思議であるが。
「まあ、そんなもの些末な問題でしょう―――そろそろ帰りませんか?もう五時ですよ」
「そうだな、これでお開きにするか」
「ふん、くだらない話し合いだったな。帰ろうか、仁呼」
「うん」
「んじゃ、さよならってことで」
皆が個々人に生徒会室を出る。煮詰まった空気から廊下の澄んだ空気へ。
気圧差で扉が重いようで、多少後がつかえる。
「ああ、そういえば綾村。前から言っておきたいことがあったんだが」
「何ですか?愛の告白なら年収五億を超えてからにしてください」
「馬鹿が、神であるこの俺が貴様のようなガキに好意をよせるものか―――お前、よく俺の中二病を馬鹿にしているな」
「ええ、それがどうかしましたか?今更、という感じですが」
「知ってたか?それをな」
皆が廊下に出て、部屋には二人が残された。
影邸はわざと、聞こえるように、大きく息を吸い込んだ。
「それを、高二病っていうんだ」
「……………………………………で?」
部屋は静まりかえる。この後に影邸が悲惨な目にあったのは言うまでもないこと。
早瀬曰く、夕焼けが綺麗だったとか。
ご意見等がありましたらよろしくお願いします。